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四章 その⑤

「エルシー様が今日からここにお泊まりになると聞いて、ティアナ様がどうしてもお会いになりたいと……」


 パメラが説明し終えるまでに、エルシーも急いでベッドから降り、頭を垂れる。


 ティアナは部屋にアーネストがいることに驚いていたが、すぐに眉尻を下げた。


「……騎士団長様もいらしていたのですね。申し訳ありません」


「いえ、構いません」


 アーネストは短く答えるとティアナに椅子を勧めた。しかし、ティアナは首を横に振る。


「エルシー様が倒れたと侍女伝手に聞きました。私のせいだと、謝りたかったのです。……騎士団長様もいらっしゃるのなら、今がいいタイミングなのでしょう」


 ティアナはエルシーの近くまでやって来ると、頭を下げた。


 あり得ないその光景に、アーネストは思わず目を見張る。ティアナはいずれこの国の王妃になる女性だ。そんな高位に身を置く者が簡単に下の人間に頭を下げていいはずがない。


 エルシーは訝しげな夫の視線を感じ、慌ててティアナよりもっと体勢を低くした。ティアナは、大丈夫ですから、というふうに微笑むと、ゆっくりアーネストの方を向く。


「騎士団長様。あなた様が感じられていることは、わかっています。でも、それが真実です。私はこの場にいる誰よりも身分は低いのです」


「ティアナ様っ!」


 エルシーが焦ったように思わず声を上げた。ティアナは再びエルシーに視線を移す。


「いいのです、エルシー様。私は全てを陛下にお話する覚悟を決めた、とあなたに伝えに来たのです。あなたは私の秘密を守ろうとしてくれました。……しかし、このまま嘘がまかり通るとは思いません。誠意をもって尽くしてくれるあなたを巻き込むのは間違いだと、今更ですが決心がついたのです。騎士団長様にも聞いていただきたいのです」


 出会った時はどこか頼りなげだったティアナの今の表情は晴れ晴れとしていて、紫水晶色の瞳には強い光が灯っている。エルシーは何も言えなくなり、口を閉ざした。


 アーネストは黙ってティアナを見ている。「誰よりも身分が低い」と語る王女の話から、ただならぬ気配を感じ取っているのか、その視線はやや鋭い。


「騎士団長様。私が今から言うことは、きっとすぐには信じてもらえないでしょう。……パメラ、お願い」


 ティアナが小さな声で背後に立つパメラを呼ぶ。その“お願い”をパメラはすぐに察知したようで、ティアナの後ろからドレスの紐を解いていく。


 自分が偽物だという証拠をアーネストに見せようとしているのがわかり、エルシーは咄嗟に視線を逸らした。少年とはいえ、二度も男の肌を見るのはさすがに抵抗がある。


 ティアナがドレスを脱ごうとしているのがわかったアーネストは、焦ったように肩を揺らした。しかし、肩からドレスが落ちる方が早かった。アーネストは寸前で床に片膝をつき、顔を伏せる。勝手に見せられたといえども、将来の王妃の肌を臣下が目にしたとジェラルドにわかれば、両目を潰されるか、それ以上の刑が下されるだろう。


 だが、そんなアーネストの回避もむなしく、ティアナは同じようにしゃがみこみ、彼の手を取ると自分の方へと引き寄せる。


「どうか御容赦願います、王女殿下」


 アーネストは下を向いたまま手を引っ込めようとするが、思いがけずティアナの力は強い。そのまま強引にピタリと胸へと当てられる。


 その固い感触に、アーネストは驚いて顔を上げる。


「なっ……!?」


 全てを悟った彼の頬が引きつった。





「私は幼少の頃、ティアナ様の影として王家に拾われ、ずっとお側におりました」


 きちんとドレスを着直したティアナは椅子に座ると、そう切り出した。その傍らにはパメラが立ち、正面にはエルシーとアーネストが並んでベッドに腰かけている。


「王妃様はティアナ様をご出産後、懐妊が難しいお身体になってしまいました。ティアナ様は王家唯一の嫡子にして、王位継承者。将来はローランザムの女王となるべくお育ちになりました。ティアナ様はローランザムが決して失ってはいけない宝だったのです」


 しかし、王妃が病でこの世を去ると、周りの臣下たちが新しい妃を迎えるように進言するようになった。そして、有力貴族の中から若い娘が選ばれ、妃として王宮に上がった。


「新しい王妃となられたそのお方は、やがて男の御子をご出産なさいました。王家に新しい命が誕生し、国王陛下もとてもお喜びになられました。しかし、それが臣下たちによる王女派と王子派の争いの火種を生むことになったのです」


「では……王子様のご誕生で、王女様は王位継承権を奪われてしまったということですか?」


「いいえ、そうではありません。王女様と王妃様は、とても仲がよろしいのです。異母弟の王子様のことも、王女様はとても可愛がっていらっしゃいました。王妃様も控え目な方で、王位継承を主張されたことはありません」


 だが、黙っていなかったのは王妃の兄だった。彼は男子が国を治めるべきだとの主張を繰り返し、周りの有力貴族を抱き込み、両者の対立はさらに深まっていった。


「その状況に王女様は大変胸を痛めていらっしゃいました。国がひとつにまとまらなければ、やがて混乱を招き、民にも影響を及ぼす。王女様は悩まれた結果、王位継承権を王子様にお譲りになりました。そして、国の駒として自ら他国に嫁ぐ決心をなさいました」


 王女は西のアシュクライン王国との繋がりを選んだのだが、それを面白くないと見る国があった。南に位置するカーディフト王国だ。


 カーディフトは、ローランザムとぼぼ同じ大きさの国だが、ローランザムとアシュクラインが繋がることはやがて大陸の脅威になると捉え、しばしば婚姻の撤回を求めてきた。しかし、ローランザム側がそれに応じないとわかると、国境付近の兵の数を倍に増やすなど、明らかな挑発行為に出てきたのである。


「我がローランザムは貿易には長けていても、軍事力は他国よりやや劣ります。ティアナ王女は、アシュクライン王国と繋がることで故国を守ろうとなさったのです」


 国内では、この婚姻を一旦保留にする案も出たが、王女は予定通りアシュクライン王国へ出立することを選んだ。


 しかし、その数日前に事件が起きた。王女が何者かに襲撃されたのである。幸い、命に別状はなかったものの、すぐに身体を動かすのは困難となった。


「王女様は、今回の事件は公にしないとお決めになりました。臣下たちに動揺が広がることを懸念なさったのです。それでも何とか輿入れに間に合うように努めていらっしゃいましたが……時間的に無理でした。そこで、私が一時的な替え玉としてアシュクラインへ行くと申し出たのです。王女様の容体が安定したと連絡が入れば即、国王陛下に、ローランザムと王女様をお救いくださいますよう、嘆願するつもりでした。もちろん、身を偽り周囲を欺いた罪は、この命をもって償う覚悟でした」


「……でも、特に目立った動きもなく、お部屋にいらっしゃったということは、王女さまからはまだ何の連絡もないということですか?」


 エルシーの問いかけに、ティアナは神妙な面持ちで頷く。


「はい。……王女様が本当にご無事なのか、それとも国内で他に何か変動があったのか……私どもにはわかりません」


「その本物の王女様は今、どちらに?」


「この国から一番近い東側、ローランザム領内の、信頼できる貴族様のもとに身をお寄せになっています」


 エルシーとアーネストは顔を見合わせた。


「これから、どうしたらいいんでしょうか……?」


「俺たちだけでは手には負えない話になっている。ここは正直に陛下に申し上げるべきだろう」


「それはそうでしょうけれど、でも、そうなれば、この方たちは……っ」


「いいのです、エルシー様。我々はその覚悟を持って、ここに来たのですから。一昨日は思いがけず正体がバレて、突然のことに取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。首を刎ねられる前に、あなたにきちんと説明をして、これまでのお礼を言いたかったのです」


 ティアナは穏やかに微笑んだ。その表情は、とうに死期を悟った者が見せる落ち着きをはらんでいて、エルシーの胸は鋭く痛む。


「エルシー様のような忠誠心に厚い方に出会えて良かった。おかげで、私は落ち着きを取り戻すことができました。感謝申し上げます。これで思い残すことなく、自分の使命を全うできます」


「……そんな……私など、何もできなくて……」


 エルシーはそれ以上言葉が続かず、目を伏せた。


「では、我々はこれから陛下のもとへ参ります」


「お待ちください」


 頭を下げるティアナとパメラに、アーネストが声をかける。


「私も同行しましょう。話を聞いた以上、ただの傍観者ではいられません。それに、次第によっては、あなた方の命は助かるかもしれない。陛下は決して無慈悲なお方ではありません」


 その言葉に、エルシーもハッと顔を上げる。


「で、でしたら、私も一緒に参ります! アーネスト様だけにこの件について、責任を負わせるわけにはいきません。むしろ、陛下から罰を受けるのは私です。アーネスト様、お願いします、私も連れて行ってください……!」


「……君ならそう言うと思っていた」


 アーネストは少し口角を上げてエルシーを見やると、再びティアナの方を向く。


「その前に、ひとつお尋ねしたいのですが」


「はい、なんなりと」


「貴殿の本当の名を伺っても?」


 それは唐突な質問だったようで、ティアナは目を見開いてアーネストをじっと見つめた。これまでの話題が王女についてだったので、話の流れからまさか自分のことを聞かれるとは思ってもいなかったのだろう。


「……ディアン、といいます……。ローランザム王家に拾われた際、王様より賜った名前です。王女と近い名前だから覚えやすいだろう、と」


 やや震える声で、ずっとティアナの替え玉を務めてきた美しい少年は、自分の名を明かす。緊張の中、身を偽っていた少年の肩の荷が少し下りたのだろう。彼の目が少し潤んでいる。その姿に、エルシーは安堵すると同時に、これまでの彼の心情を察してなんとも言えない切ない気持ちになった。




 

 国王ジェラルドとの面会の許可はすぐに下りた。ティアナ王女の方から出向いてくるなど、ジェラルドも予想していなかったに違いない。


 以前、通された私的な謁見室で、エルシー、アーネスト、ディアン、パメラが待っていると、扉からジェラルドが颯爽と現れた。四人はすぐに姿勢を低くし頭を垂れ、礼の形を取る。


「そんなにかしこまらなくていい。楽にしてくれ。……ティアナ王女、あなたから来てくれるとは思ってもいなかった。セルウィン公爵夫人、ご苦労だった」


 ジェラルドは従者を下がらせると、穏やかな微笑みを浮かべて、まずディアンに椅子をすすめた。この笑顔が数分後には怒りの形相に変わる未来を予測し、エルシーの背中には冷たい汗が伝い落ちる。しかし、ジェラルドがここで剣を抜いても、俊敏なアーネストが止めに入るだろう。それだけがエルシーの心の支えだ。


 ディアンは着席せず、ジェラルドのそばまで歩み寄ると、床に片膝をついた。残る三人も同様の体勢になるのを見たジェラルドは、怪訝そうに眉根を寄せた。


「陛下に申し上げたき儀がございます」


 ディアンが顔を伏せたまま口を開く。数日前の初謁見時のような細い声ではなく、しっかりとした声質だ。


 ジェラルドもただならぬ空気を感じたのか、しばらく無言だったが、やがて長椅子に悠然と腰掛けた。


「許す。申してみよ」


 ディアンから全てを聞き終えたジェラルドは、小さく息を吐き出したまま、再び沈黙してしまった。彼が驚きのあまり声も出せないのか、それとも怒りを必死で抑えているのか、エルシーには見当もつかず、ただただ緊張と恐れの中でじっとしているほかない。


 長く感じられた静寂のあと、ジェラルドがようやく言葉を発した。


「今の話を踏まえて、今後を吟味する必要がある。騎士団長と王女……ではなく、ディアンだったな。ふたりはここに残れ。あとの者は、別室で待つように」


 エルシーは顔を上げて、アーネストを見る。彼は安心させるように大きく頷いた。


「どうかディアン様を……」


「わかっている」


 小声で言葉を交わすと、エルシーはパメラと連れ立って退室した。ふたりはディアンの部屋へと一旦戻ったが、彼の処遇が気になり、互いに口を閉ざしている。特にパメラは彼と一緒に運命を共にするつもりでいたのだ。握り合わせた両手の指が、左右それぞれの手の甲の皮膚に食い込んでいる。その痛々しい様子を見ていられなくて、エルシーはパメラの手をそっと戒めから解放した。


「そんなふうにしてはいけませんわ」


「……エルシー様、でも……」


 青ざめた顔でパメラが答える。


「手に傷を負ってしまったら、戻って来られたディアン様のお世話に支障が出ますよ」


 エルシーは努めて穏やかに諭した。それでもやはりパメラの表情は晴れない。


 何か気が紛れる話を、とエルシーが思い巡らせていると、ある疑問がふと浮かんだ。こんな時に話す内容ではないのかもしれないが、不安の静寂の中、パメラが精神的に参ってしまうよりマシに思える。


「ディアン様のことでお聞きしたいことがあるんです。よければお教え願いたいのですけれど」


「……はい、なんでしょう」


「その、ディラン様は……男性にご興味がおありだったり、しますか……?」


 パメラは目を丸くしている。


「あ、いえ、実は以前、騎士団長と毎日一緒で羨ましい、と言われたものですから。その時は、ディアン様を女性だと疑いもしていなかったので、私も不安というか、嫉妬のようなものを覚えまして……」


 慌てて理由を述べるエルシーを見て、パメラの口元が少し緩む。


「そうですね」


「えっ……⁉」


「ですが、ご心配には及びません。ディアン様は王宮で王女様の影として、育てられてきました。髪を伸ばし、ドレスに囲まれ、女性としての所作を身につけ……幼少期はそれで良かったのでしょうけれど、自分が男性だと強く認識してからは、葛藤していたと思います。身寄りのない自分を育ててくれた王家に恩を返すためにも、与えられた役割をこなさなくてはならない。でも無意識に、本来の自分の姿をどこかに追い求めるようになったのでしょう。つい癖で、凛々しく逞しい男性に、自分の理想像を重ねてしまう傾向があるのです。いわば憧れです。どうか大目に見て差し上げてくださいませ」


「そう……なのですね」


 誤解だとわかり、エルシーは胸を撫で下ろした。


「パメラさんは、ディアン様のことをとてもよく理解されているのですね。まるでお姉様みたい」


「私はもともと王女様つきの侍女でしたので、ディアン様とも付き合いは長いというだけです。王女様の影の存在を知っているのも、ほんのわずかな人間です」


「ではパメラさんも、ローランザム王家からとても信頼されているのですね。こんな重大な秘密を抱えて他国へ赴く勇気など、私にはありません。感服いたしました。よろしければ今度、ゆっくりお話しさせていただけますか?」


 エルシーの申し出に、パメラは再び目を見開く。しかし自分が褒められたのだとわかると、少しはにかんで、「……はい、是非」と小さく返事をした。





 ディアンが部屋に戻ってきたのは、それから一刻ほど経過した頃だった。意外にも早く、しかも無事帰ってきたことに、パメラも安堵したようで、少し涙ぐんでいた。このままディアンが縛られて投獄されてしまう可能性もあっただけに、喜びもひとしおだ。


 あのあと、ジェラルドに再び詳しく問いただされたらしい。今日はもう遅いからという理由で一旦部屋に戻されたが、アーネストはまだ謁見室に残っているという。


 ディアンの無事な姿にエルシーも喜んだが、彼の顔には疲労の色が漂っている。それもそのはず、この連日でどれほど神経をすり減らしていただろう。


 エルシーは、ディアンとパメラがゆっくり休めるように、お茶の用意をしたり寝台を整えたり、一通りの世話をしたあと、部屋を出た。もう遅い時間なので、侯爵家に戻るのは明日にしよう。ひとまず、先ほど与えられた宿泊部屋へ向かう。


 暗い部屋には窓から月明かりが差し込んでいた。テーブル上のランプに火を灯し、厚手のカーテンを引く。寝台に腰かけた瞬間、軽い眩暈がした。ディアンたちほどではないにしろ、エルシーにとってここ数年で一番疲れた日となった。


(それに、アーネスト様にちゃんと謝っていないわ)


 許してくれるだろうか。勝手な行動をした自分を、まだ妻だと認めてくれるだろうか。


 最初からひとりで悩まず、すべてをさらけ出せばよかったのではないか、と今さら後悔したところで遅い。自分の不甲斐なさに、自然と俯いてしまう。


 コンコン、と小さなノック音が聞こえた。エルシーはハッと目を開け、上体を起こした。いつの間にか身体を横たえていたようだ。


 扉を開けると、立っていたのはアーネストだった。


「多分、ここにいると思った」


 エルシーはそっとアーネストを部屋に招き入れる。


「陛下とのお話は無事に終わったのですか?」


「今日のところは」


 アーネストは椅子に座り、エルシーは向かうように寝台に腰掛ける。


「近々、陛下は騎士団を率いて、ローランザムへ向かうご意向のようだ。表向きは、体調を崩した王女を祖国で養生させるための同行。しかし真の目的は本物の王女を迎えに行き、国境付近で不届き千万な動きをしているカーディフト国を牽制するためだ。もちろんディアン殿も連れて」


 ジェラルドは明日、朝から重臣らを招集し、軍議を開くつもりだという。


「本物の王女様をお迎えにあがるということは……陛下は婚約破棄はなさらないおつもりなのですね?」


「そのようだ。そして、王女が替え玉だということも他に臣下には明かさない、と仰せだった」


 内陸に位置するここアシュクラインは数多の鉱山を有し、金銀銅といった豊かな鉱物資源で発展を成し遂げてきた国だ。しかし海がなく、海を隔てた国からの物資はどうしても隣国ローランザムを経由しなければ入ってこない。港を持つ国と繋がることで国内の物流をもっと活性化させ、それが民を豊かにする。ジェラルドにとって、この婚姻は大きな意味を持ち、おいそれと簡単に白紙に戻すわけにはいかないのだ。


 なんにせよディアンとパメラの命が助かったことに、エルシーはホッと安堵の息をついた。だが、すぐに次の心配事に表情を曇らせる。


「アーネスト様も、陛下に付き従って出立なさるのですか……?」


「ああ。すぐに王女と会えればいいが、一ヵ月は見ておいた方がいい」


 「そうですか……」


 エルシーは俯きかけたが、自分は騎士団長の妻だ、と心の中で渇を入れる。


「ご無事に戻られる日を、お待ちしております」


「本当に、待っていてくれるんだな」


 アーネストは椅子から腰を浮かせると、エルシーの横に座り直し、強く彼女を抱き寄せた。


「ここからは夫婦の話だ。……君が、自分を捨ててくれと言ったり、家をでたりしたのは、ディアン殿の件が原因だったのか?」


「……おっしゃる通りです。申し訳ありません。今思えば、ちゃんとアーネスト様に話せば良かったと後悔しています。でも、その時は、そうするしかないと思い込んでしまっていて……私のせいで、アーネスト様にご迷惑をおかけするわけには、と……」


「どうして、全部背負い込もうとするんだ」


 アーネストが深くため息をつく。


「君のこれまでの環境を考えると、そうすることが自然と身についているのはわかっている。だが、俺たちは夫婦になったんだ。求婚の時は自分でもぞんざいな言い方をしてしまったと後悔しているが……俺は形だけで君と結婚生活を送ってきたわけじゃない。心から大切に想っている」


「アーネスト様……」


「これからは、どんなことがあっても共に立ち向かっていきたい。それがどんな結果を生んだとしても、俺は後悔しない。愛する妻と一緒に迎える運命なら、本望だ」


温かい言葉がエルシーの涙を誘う。思わず、アーネストにすがりついた。


「私も心からお慕いしております。……愛しています」


 アーネストはより一層エルシーを抱きしめる。


「君の待っていない家は、とても寒かった。心に穴が開いたようだった。だから、今から埋めさせてくれ」


 そう言うや否や、エルシーを寝台に押し倒す。


「あ、あの、アーネスト様、ここ王宮ですが……」


 自分を跨いだまま夫が性急に軍服を脱ぐ姿を見て、エルシーは戸惑った。だが、彼の少し余裕のない表情はどことなく野性的で妖艶さを含んでいて、エルシーの心拍数が上昇していく。


「やっぱり、ダメです……」


 それでも最後に残ったわずかな理性を奮い立たせ、弱々しく抗議したエルシーだったが、アーネストの甘い口づけのもとにあっけなく陥落した。





 翌朝、目覚めるとアーネストの姿はなかった。夫婦とはいえ、王宮内の同室で一夜を明かしたことが周囲に知られるのはさすがに体裁が悪いと感じたのだろう。昨夜、脱ぎ散らかされたエルシーの衣類等はきちんと椅子の背に掛けてあった。身体のけだるさと気恥ずかしさを抱えながら、それらを身につけると、エルシーは荷物をまとめてセルウィン公爵邸へと帰った。


 こうして最初で最後の家出は、早々に幕を閉じた。


 

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