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九十四話 大佐、うっぷんを晴らす

すみません、遅くなりました。

 

 白い通路を通る。

 たまにすれ違う研究者らしき白衣を着た人たちは、僕らに興味を持たずにすれ違う。

 あまり異質な格好では無いみたいだ。そういえば街中でも目立って浮いてはいなかった。

 隣を歩く新菜(にいな)さんは回りをつぶさに観察していて、ティは興味を失ったのか、つまらなさそうにしている。

 大佐は、窓のない大きな両開きの扉のある部屋の前で止まると僕らに顔を向けた。

「きっとここにいるはずだ。研究室は外に張り出していて、大型機械などを搬入しやすいようにできている。ヤツは没頭すると周りが見えないからな」

「なるほど。不意打ちですか?」

 僕が相づちを打つとニッと大佐が口元を上げた。

 大佐は僕らを見渡し目で合図すると、そっと扉を開けて中へと滑り込む。

 続けて入ると広い空間に出た。地下を広く掘った場所で、天井部分にはレールが敷かれて移動式のクレーンがカギ爪をいくつも()らしていた。

 僕らが立っているのは踊り場のようで、眼下にはガラスに覆われた大きな筒や装置類、手術台のようなものがあり、作業場らしき場所では数人がいて何かを組み立てている。

 踊り場の両側に階段があり、大佐は迷わず下っていき僕らも続いた。


 地下へ降りた大佐は作業している人たちのそばを通り抜け、僕らは奥へと進む。

 そこには大型機械を相手に作業をしている頭の禿かかった初老の男性の後ろ姿があった。

 大佐はその男性の背後に立つと軽い調子で声をかける。

「よお! ヘルマン教授!」

 知っている声に飛び上がるほどビックリしたヘルマン教授が目を見開いて振り返った。

「ノ、ノリアジ大佐! ど、どうやって生きて戻ったんだ!?」

「なに、礼を言いたくてな。俺達は死んだ事になっているらしいじゃないか?」

 ニヤリと顔を崩して大佐が近づく。というか、初めて大佐の名前を知ったな。なにか親近感が…日本人にはなじみのある名前だ。

 数歩後ろにさがったヘルマン教授が大佐と向き合い弁解し始めた。

「し、しかたなかったんだ。大佐達を送った後、何組も同じ方法でやったが失敗し続けたのだ。追跡装置や帰還用ユニットも応答無しだったから、やむを得なく計画を中止したんだ。戻ってきた大佐がワシと一緒に上層部に掛け合ってくれれば再び予算が下りる。そしたらまた我々は実験ができるぞ!」

「まだそんな事を言っているのか? ちょうどいい、俺の友人を紹介しよう。異世界、アビエットの新菜とチキュウの白滝(しらたき)だ」

 予想だにしなかった大佐の紹介に、僕は頭を少し下げて挨拶する。新菜さんが僕の腕に手をからませると(ささや)いてきた。

「魔力を少しずつ流して。何があっても私があなたを守るから」「わかった」僕も返す。ティも身を寄せて空いた僕の手を握る。


 僕らをいぶかしげに見たヘルマン教授は、徐々に理解したように顔が驚きの表情へと変わっていく。

「まさか!? 二つ目の世界の住人なのか!? そんな……成功していたなんて。凄いぞ大佐! ぜひワシに彼らを引き渡してくれ!」

「何を言っているんだ? 友人を売るようなことはできない」

「友人だと……。軍部に復帰できなくていいのか!?」

「ふん、何を今さら」

 (あき)れた大佐が両手を腰に当て僕を呼ぶ。

「白滝」

「は、はい?」

「君の持つ例の武器でこの機械をスクラップにしてくれ」

「ええっ!? いや、だめでしょ! 大変な事になりますよ!?」

 慌てて言うと大佐はニカッと歯を見せる。良い笑顔だけど、無茶苦茶な要求だよ。

「我らの成果を見せてやれ! いいんだよ、こんな機械が壊れても!」

「ほんとにもう……」

 仕方なくティとつないでいた手を離し、(ふところ)からボールペン型の武器を取り出し構える。

 僕らのやりとりを見ていたヘルマン教授がいらだちを隠さずに噛みついてきた。

「貴様ら何をやっているんだ!? そんな棒で何が出来るというのだ!? いい加減にしろ!」

 ちらと大佐を見ると目が早くやれと語っている。

 ため息を一つつくと僕はヘルマン教授の横に鎮座する機械に向けて発射した。


 ──次の瞬間、機械に拳大の穴が空く。

 機械がバチバチと漏電した火花を散り始め、施設の向こう側でドォオオオン! と爆発が起きた!

 光線が地下に貯蔵されている燃料か何かに当たって引火したようだ。

「な……」

 驚いたヘルマン教授だが、言葉に出ないようだ。機械に空いている穴を見つめている。

「どうだ? 夢のような兵器だろ? せいぜい悔しがって頭を悩ませるがいい!」

 大佐があざ笑うように言うのと同時に警報が響き始めた。

 ジリリリリリリリ……。

 目覚まし時計のような音の中、大佐は素早く動く。

 ハッとヘルマン教授が気がつくよりも速く近づいた大佐が拳を繰り出す。

「へぶぅ!」

 完璧に顔面を捉え、ヘルマン教授が吹っ飛ばされる。鼻が潰され、血しぶきを散らしながらヘルマン教授は倒れたままだ。

 仁王立ちの大佐が見下ろして(つぶや)く。

「……すっきりした」

 晴れやかな顔で僕らの元へ戻って来る大佐。ひょっとして、これがやりたかったことなの? ずいぶんと大掛かりだ。

 僕は武器をしまうと再びティの手を握った。


 警報音の聞こえる中、いくつもの足音が聞こえ、頭上にある奥のバルコニーから大声が響く。

「何者だ!? そこを動くな! 手を上げろ!」

 振り向くと銃を手にした兵士たちが何人もいて、すでにバルコニー両側にある階段を下っている兵もいる。

 ヤバイ! 僕らの騒動に気がついたようで、兵士たちが集まってきている。

「大佐!」

 慌てて声をかけると大佐はニッと笑う。いや、そうじゃなくて、早くこっちに来て欲しい。

 いきなりダダダとバルコニーから銃撃され、新菜さんが魔法障壁で防ぐ。

「ティは攻撃を防いで! あと絶対に離れないで! 早く来て大佐! この場所から転移します!」

 新菜さんが叫び、握っていた僕の手に力を込める。

 あちこちから一方的に撃たれて怖い。僕は魔力を新菜さんに流し始めた。

 行き交う銃弾の中、大佐が慌てて走ってくる間にティが魔法で銃弾を防いでいる。

「騒がしくなってすまんな」

 僕らの元に来た大佐が笑って謝ると、新菜さんが聞いてくる。

「思い残しはありますか?」

「ない。帰ろう」

「わかりました」

 ニッとする大佐に(うなず)いた新菜さんは微笑んだ。

「私たちの場所へ」

 すると一瞬で世界が切り替わった。


 ──静まりかえった薄暗く肌寒い工場の中に僕らは立っていた。さっきまでの銃撃の騒がしさが嘘のようだ。

 周りにある冷たくなった工作機械たちは沈黙している。ここは見慣れた大佐の工場だ。

 大佐は辺りを確認すると伸びをして新菜さんと僕に握手を求めた。

「ありがとう。実に清々した」

「できれば、もう少し穏便にして欲しかったですけどね」

 苦笑しながら僕が言うと大佐は笑った。

「今日は実に充実していた。明日、会社で会おう!」

「ははは、わかりました」

 僕らはドルーダで購入した魔石を会社用と個人用に分配した。大佐はいくつか手にして、残り全てを会社で使うつもりのようだ。

 作業が終わると大佐は二階の住居へ向かい、僕らは手を振って工場を出る。

 外はまだ明るく、夕方前のようだ。このまま帰るのもなんだし、新菜さんと駅前のファミレスに足を運んだ。


 ◇


 ファミレスのテーブルにつくと、フリードリンクとちょっとしたおつまみを注文。

 それぞれ好みの飲み物を手にしている。

 しかし、六人用テーブルの片側に僕を挟んで新菜さんとティが座っているから、反対側のイスが空いている。

 それはいいとして、大佐について疑問に思っている事を新菜さんにぶつけてみた。

「ところで大佐たちは元の世界には戻らないのかな? 恵利(えり)は知ってる?」

「ええ。日本に腰を落ち着けるみたい」

「確認はしたの?」

「しました。私も含めてですが、今いるこの世界が好きですから平気です」

 はにかみ気味に新菜さんは答える。好きでいてもらえるのは嬉しいけど、それでいいのかな?

 そんな僕の表情を見た新菜さんが微笑む。

「心配しなくても大丈夫。本当に戻るような事態が来ても、私と栄一(えいいち)さんがいればいつでも訪れることは可能だから……」

「なら良かった。なんだかんだ言っても生まれ故郷だからね」

 ほっとする僕に新菜さんが笑顔になる。

「優しいですね栄一さんは」

「そうかな?」

 褒められると照れる。新菜さんはつつと寄り添い肩を僕に預けた。


「あの…お願いがあるの」

「ん? 何を?」

 申し訳なさそうに新菜さんが切り出す。何か重大な事があるのだろうか? ひ、ひょっとして、またご両親に会うとか!?

 僕の予想に反し、彼女の口から出た言葉は今後のことだった。

「今回、大佐の世界にある次元の裂け目を閉じたけど、アビエットにはまだ沢山の裂け目があるの。だから、いずれは閉じなければならないから栄一さんに手伝って欲しいの」

「ああ、なるほどね! お安い御用だよ。いつでも手伝うよ」

「ありがとう」

 新菜さんは嬉しそうに僕の腕に抱きついた。豊かな胸が押しつけられて、なんとも気持ちがいい。

 反対側にいたティは、対抗して腕に抱きついてきた。平たい感じがなんともいえない…。

 そのままの状態で新菜さんは続ける。

「それで、根本の原因はアビエットの“真理の輪”が破損していることにあるのは栄一さんも憶えていると思うけど、今の私たちなら魔法で修復できるかもしれない」

「ホントに!?」

「たぶん。それには活性化された魔石がいくつかいると思うけど、できるはず」

 腕に抱きつく力をギュッと込める新菜さん。顔が近いし、さっきから甘い香りが僕の嗅覚をくすぐっている。

「でも、その前にある人物に会って確認したいことがあるの。それにも付き合って欲しい」

「もちろん! 恵利の力になれれば僕も嬉しいよ」

「ありがとう!」

 笑顔の新菜さんが僕の頬にキスをした。最近はめっきり恥ずかしがらずに好意を向けられることが多くなった。それはそれで嬉しいやら照れる感じだけど。

「ある人物って誰なの?」

「……賢者様」

 言いにくそうに新菜さんが口を開く。なるほど、アビエットの上司なわけだ。確か魔法院の最高位の人だっけ。

「いつ頃の予定かな?」

「賢者様の動向を探っているので、もう少し待って。予定が立ったら声をかけるから」

「わかった。それじゃあ、魔石をいくつか用意したほうがいいよね。ちょうど今あるし」

「ふふっ」

 二人で笑い合い、魔石の入ったリュックを取り出して必要分をよりわけた。

 ついでになぜ新菜さんが賢者様を疑っているのかを聞くと詳しく教えてくれた。

 発端となった事件において、歴代の賢者様の仕事の一つに“真理の輪”の儀式がある。この儀式は“真理の輪”に魔力を注ぎ込み安定させることで、巨大な(くさび)を地中に落下させないようにするためだ。

 以前にも聞いたが、この楔はアビエットの中心へと引き寄せられているので、これ以上沈まないように“真理の輪”をストッパー代わりにしている。そして、このストッパーの効きを良くするために魔力を定期的に注いでいるわけだ。

 だから“真理の輪”は儀式の失敗で壊れるとは考えにくい。たとえ失敗しても魔力の供給が止まるだけだから。

 そのようなわけで、新菜さんは賢者様が故意に事故を起こしたと推理しているようだ。

 真相は賢者様に直接会って聞かないとわからないという事らしい。


 ティが二杯目のパフェを食べ終える頃、そろそろ帰ろうかと腰を浮かせたところで誰かから声をかけられた。

「兄さん! 新菜さんも!」

 見ると嬉しそうな妹の春奈(はるな)が、霧谷(きりや)さんと一緒にいる。

 彼女らは僕らのテーブルに来ると空いている対面のイスへと座ってきた。

「二人してどうしたの?」

「だって白滝たちの帰りが遅いからお腹が空いてきたし。そんで小腹を満たしに来たわけ」

 ぶ然と霧谷さんが答え、春奈がニコニコと続けた。

「でも兄さんたちに会えてよかった! 先輩がシラタキ、シラタキってうるさいから」

「そんなに言ってないだろ! たまたまちょっと(つぶや)いただけじゃん!」

「うそ! ぐで〜って寝そべりながらブツブツ、白滝が遅い〜って言ってた!」

「何でそんなの聞いてるんだよー!」

 真っ赤になってヒートアップする霧谷さんがやまかしい。春奈も笑って応じてるし。

 心配かけて悪かったと霧谷さんに言うとプイッと顔をそらして、別にと返事をされた。照れ屋は相変わらずだな。

 とりあえず霧谷さんたちのことはわかったので、夕食を用意するためにファミレスを出て家に帰ることにした。

 せっかくなので新菜さんを誘うと笑顔で快諾してくれた。

 スーパーに立ち寄り、食材を買うと皆で賑やかに家路へとつく。


 マンションの部屋に戻ると、さっそく夕食の準備を始める。

 新菜さんと春奈が手伝ってくれたので楽だ。新菜さんもだいぶ上達してきたようだ。

 少し大きめのハンバーグを作ってリビングのローテーブルに並べる。

 霧谷さんとティはワクワクと期待しながら箸を持って待っている。せめて味噌汁を入れたりするのを手伝って欲しい。

 食事の用意が終わる頃には、黒猫のユキがいつの間にかちょこんと僕の場所に座っていた。

 新菜さんも加わって、相変わらず賑やかな夕食をとる。彼女は僕の隣で笑いながら春奈と話しをしている。

 夢中でハンバーグにかじりつく霧谷さんにティ。ちゃんと野菜も食べて欲しい。

 みんなの笑顔になんとなく幸せな気分になる。

 膝の上でくつろぐユキをなでながら、いつも平和でいますようにと僕は思った。


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