九十三話 大佐とドルーダに向かう
週末の朝、僕と新菜さん、ティは大佐の工場の前に立っていた。
前から計画していた大佐たちの元いた世界であるドルーダに向かうため、大佐の住居へと訪れていたためだ。
新菜さんが軽装で大丈夫と言っていたので、防具のパーカーとボールペン型の銃、それにリュックサックだけという出で立ちでいる。新菜さんとティもリュックサックを背負って、おにぎりや水筒を中に詰めていた。
まるでピクニックに行く装いだ。決して別世界へ転移するためには見えない。
工場の二階へ上がり、ドア横の呼び鈴を押すと中から大佐の声が聞こえた。
「早いな! ドアは開いてるから中へ入って、少し待っててくれ!」
僕らが中へ入ると、大佐が忙しそうに大きめのリュックサックに物を詰めたりと忙しそうに動いている。
挨拶をして勝手にソファーに座って待つ。その間に新菜さんと言葉を交わす。
この間、南さんと話した公園の事は、新菜さんには言っていない。言うもなにも、僕の中でまだ理解できていない部分があるからだ。というか、理解できない。
南さんといえば、いつも通りの様子で普段と変わらずに接している。強いていうと、心なしか恵利に優しくなっているように見える。
そういうわけで、この問題はしばらく忘れることにした。
大佐の準備が終わったようで僕らの所へと向かって来た。
服装がいつもと違って、最初に出会った頃に着ていた軍服になっている。
「待たせたな。準備はできたぞ、どこで転移するんだ?」
「では、ここで」
新菜さんはニコリと答える。驚いた大佐は目を見開いた。
「驚いたな……特定の場所も必要ないのか?」
「はい。魔方陣や準備は必要ありません。栄一さんがいれば大丈夫です」
僕の手を取り新菜さんが顔を向けて微笑む。毎日見ているけど、やっぱりかわいい。
全員がひとつに集まり互いに手を取ると、新菜さんが声をかける。
「栄一さん、魔力をお願いします。それでは、行きます!」
僕は言われた通りに新菜さんに魔力を送った……
──そこは鉄クズが散乱する瓦礫の山だった。
辺りを見回すと岩場のようで、剥き出しの土に大きな岩が埋まっていたり、ゴロゴロと石がちらばっていた。
鉄クズはまるで施設を爆破したような、黒くすす焼けた土台を残している。
大佐は頭を振って見渡すと冷や汗をぬぐった。
「……ここはドルーダだ。こんなにあっさりだと拍子抜けだな。地球に行くときは苦痛をともなっていたのに」
「場所はわかりますか大佐?」
「ああ。ここは異世界へのゲートを管理していた場所だ。爆破したということは、破棄したにちがいない」
僕の質問に答えながら大佐は足元の鉄クズを拾い、観察していた。
新菜さんが僕に近づき手を取る。
「栄一さん、先に次元の裂け目を閉じるからお願い」
「わかった」
彼女に連れられて何も無い場所に来る。
「ここは以前来た時に魔物除けの魔方陣を置いたの。魔方陣を消して裂け目を閉じるから、栄一さんには大量の魔力を送って欲しいの」
「大丈夫? 魔力に恵利は耐えられる?」
「はい。信じて」
力強い新菜さんの目を見て、僕も覚悟を決める。
後ろから彼女を抱きしめると魔力を流し出す。いままでは魔力の量を少なくするために苦労して調整していたが、今回は逆だ。水を張ったお風呂の栓を抜いたように魔力を流し出す。
一瞬、ピクリとした新菜さんが両手を前へと出す。
「始めます! 何が起きても離さないで!」
「絶対に離さないよ!」
すると前方に黒いシミが空中に出現すると、背後から強烈な風が流れて黒いシミへと吸い込まれていく。
さながら小さなブラックホールのようだ。
うっかりすると僕らも吸い寄せられそうになる。思わず抱きしめる手に力が入る。
足を踏ん張って耐えていると、胸ポケットにある魔石から新菜さんへ大量の魔力が伝わるのを感じた。
ふと気がつくと黒いシミの真ん中に白い輝きが現れる。
その輝きはだんだんと大きくなって黒いシミを覆うと、辺りを照らし始める──
次の瞬間、全ては消えて元の景色を映していた。
微動だにせずにいると、新菜さんが僕の手をギュッと握る。
「……終わった」
「ホントに?」
振り返った新菜さんが笑顔で抱きついてきた。
「ありがとう栄一さん! こんなに上手くいくとは思わなかった!」
「ははは、そう言われても実感ないけどね」
笑う僕にムスッとした新菜さんがお腹をつねる。
「もう! もっと自慢して! これは凄いことなの!」
「恵利のほうがもっと凄いよ」
そう言うと顔を上げている新菜さんに口づけした。
顔を離すと頬を染めた新菜さんが微笑む。あまりの可愛さにギュッと抱きしめた。
「ゴホン!」
大佐の咳払いにハッとした僕らは体を離した。
「邪魔してすまないが、まだ俺の用事が終わってないからな。続きは日本でしてくれ」
「すみません……」
完全に二人の世界だった。恥ずかしい。新菜さんは下を向いてモジモジしているし。
「ワハハハハ。若いのはいいもんだ。とりあえず移動しよう。あの丘の上を登るぞ」
大佐は笑いながら背を向けると歩き始める。
僕らも後についていき、ティは僕と手をつないで新菜さんは隣を歩き先を急いだ。
別世界へ来たのは、これで二度目だが、どれも地球と変わらない景色だ。
木や草など詳しく見れば違いがあるのだろうが、遠目には同じように見える。
やがて岩だらけの小高い丘へ登り頂上へと着くと、大佐は眼下に広がる地平線を見下ろす。
「あそこに都市が見えるだろう? 目的地はあそこだ」
遠くに見える、とても小さな灰色の建物群が丸く密集している部分を僕らにわかるように指を差す。
言われなければ見落とすぐらい、風景に溶け込んでいた。
「よく見えますね。わかりませんでしたよ」
「ワハハ、そうだろう。日本ではあまり使えなかったが、遠くを拡大して見ることができるのが俺の能力のひとつだ」
「他にもあるんですか?」
「うむ、耳もいいぞ。一キロ離れた時計の音も聞こえる。だが、一日中騒がしい日本では無理だがな。ワハハハ」
僕の肩を叩いて大佐が笑う。
足の速いソールや体が大型化するライノスがいるので大佐も何かあると思っていたけど、まさか目と耳とは……。
確かに東京のようなビルが乱立し、人や車がひしめく都会だと使いにくい能力かもしれない。
大佐は新菜さんに目を向ける。
「新菜。今、言った都市に行きたいんだが、ここから一気に飛べるか?」
「場所を指定してもらえれば問題ありません」
新菜さんがニコリと答える。
気をよくした大佐は新菜さんに目的地を細かく伝え、僕らは都市の近くへと魔法で転移した。
◇
青空の下に五、六階建てのビルが整然と並ぶドルーダの都市。
道も舗装されていて行き交う人々の服装も僕らの住む世界と似ている。軍服を着た人達もちらほらと見られた。
ただ、車のようなものは少なく、バスのような大型車が通りを走っていた。大佐に聞くと、魔石から取り出すエネルギーの関係で、個人で車のようなものを持つ人は限られているようだ。大型の機械になればなるほど使う魔石の量か質の高い物が必要で、お金に余裕のある裕福層ぐらいしか自家用車は持てない。かわりに乗り合いバスが一般的と教えられた。
僕らは物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回しながら大佐の後についていく。
大佐は商店の建ち並ぶ一角へと向かうと、その内の一軒へと入っていった。
遅れて中に入ると、そこは大小さまざまな魔石が所狭しと並べられ、どれも淡いブルーの輝きを灯していた。
どうやら魔石を販売している店のようだ。あまり店内は高級感もないので、町の電気屋さんみたいなところのようだ。
店員とカウンター越しになにやら話していた大佐がハッと気がつくと僕に注意してきた。
「白滝! ここの商品には絶対にさわるなよ? いいな!?」
「ははは、イタズラしたくなりますよね」
僕が笑うと大佐が目を細めて睨む。本気な大佐に僕は慌てて首を縦に振った。はー怖かった。
新菜さんは含み笑いをして僕の腕に手をからませた。ティは珍しそうにショーケースに入った大きな魔石を眺めている。
店員から袋に入った魔石を受け取り、料金を支払った大佐が僕らに声をかけ店を出た。
袋を僕に渡すと大佐は通りの向こう側の店を示す。
「あと二、三軒回るぞ。あまり大量に買うと怪しまれるからな」
「いま買った魔石はどんな品質なんですか?」
「最低ランクだ。家庭の照明とかに使われるタイプで、低出力で長持ちするものだな。白滝の世界での乾電池だと思ってくれ」
「なるほど」
「我々には白滝がいるからな。こんなモノでも最高級の魔石にできる。フフフ」
ニヤリとする大佐に、僕は研究所で水野さんが言っていたことを思い出していた。
確かに、僕がホイホイ魔石を活性化させたら、経済や価値が無茶苦茶になりそうだ。
その後、僕らは魔石を買い込み、手分けしてリュックに詰めた。
大佐の案内で喫茶店に入り、コーヒーっぽい飲み物にサンドイッチと軽めの食事をとって休憩する。
その間に大佐から今後の予定を聞いた。
今いる都市の半分は軍部の敷地で、フェンスによって区切られているようだ。もう半分は居住区と商業区が合わさった場所で、住民はそこで暮らしているとのこと。軍に所属している人たちは敷地内に住居を構えているそうだ。
そこに僕らは進入して大佐の目的を果たす。ちなみに大佐の目的は聞かされていないのでわからない。少なくとも破壊行為ではないようなので安心している。
やがて喫茶店を出ると再び大佐が先導していく。
しばらくビルの合間を歩いた先にフェンスで区切られた場所が見えた。
大佐はあごで示すと足を速めた。
「あのフェンスの先にある検問所から中へ入る」
「長く不在でしたけど大丈夫なんですか?」
「ああ。検問所の先は一般人でも入れるエリアだ。じゃないと商いをしている連中には不便だろ? その奥に階級の高い者しか入れないエリアがある。最初の検問所はチェックがゆるいから問題ない」
新菜さんの質問に大佐は答えながら、懐から身分証を取り出した。
少し行くと検問所が見え、小さな監視所に長い銃器を肩から提げた衛兵が三人いて、通行する人たちをチェックしていた。
大佐は衛兵に身分証を見せ、連れがいると告げる。
確認した衛兵は一礼して、何も調べられずに僕らはすんなりと中へと入れた。
検問所を抜けたところで大佐はニヤリとする。
「白滝たちは親戚と言っておいたよ。まあ、俺のほうが階級が高いから、衛兵ごときは問題ならんな」
「凄いですね、大佐」
「しかしこれからが大変だ。この先の検問所は厳しい……俺たちが行方不明になっているはずだ」
渋い顔に戻った大佐が兵舎と思われる建物を横切って進む。
この辺りは軍服を着ていない人も多く賑わっている。
大佐は人気のない場所へと僕らを導いていく。
と、誰か知り合いを見つけたらしく、僕らに待ってくれと言つけて走り出してしまった。
なんとも手持ち無沙汰なので新菜さんに感想を聞いてみることにした。
「恵利はこの世界をどう思う?」
「ずいぶんと地球に似ている世界……。大佐たちがアビエットを素通りした意味がわかった気がする」
「ボクもニーナ様と同じ! とってもシラ兄の世界と似てるね!」
考え深げに新菜さんが答えるとティも続ける。でも、ティは見た印象かな。
僕らが感想を言い合っていると大佐が戻ってきた。
「すまんな。知り合いがいたから情報を仕入れてきた」
「ええ!? 大丈夫なんですか!?」
「驚いていたが、付き合いの古いヤツだから口止めしておいた。どうやら思った通り、異世界への探査は中止になったらしい。同時に俺たちも存在していないモノとなったようだ」
「そんな……いいんですか!?」
「ワハハハ。新菜には言ったが、俺たちは日本で暮らすよ。かえって好都合だ」
笑って僕の肩を叩く大佐。どうやら彼らの中で、故郷に戻らないことを決めていたようだ。
新菜さんは僕の手を握って耳元で囁いた。ごめんなさい、伝えるのを忘れてました、と。
責めるように彼女を見ると、ぺろっと舌をだした。仕草が可愛いくて腹が立たない……。ダメな僕。
ともかく大佐は必要な事を聞き出していたようで、僕らを奥にある建物の裏手に連れ出した。
頑丈な施設なようで、むき出しのコンクリートが無骨な印象を与えている。
表の方には検問所が置かれ、こちらも武装した衛兵が複数立っていた。
建物の裏側には入り口が無く、五メートルほど上に窓が見える。この建物に入るには表の検問所を通り抜けるしかなさそうだ。
窓を見上げた大佐が振り返って新菜さんを見た。
ため息をついた新菜さんが笑う。
「ふふっ、わかりました。魔法で強行突破するのですね?」
「できればな」
大佐は腰に手を当てて笑った。ぎこちない笑いをする二人……これは面倒ごとを押しつけ合っているのかな?
折れた新菜さんが僕に向く。
「栄一さん、魔力をお願いできる? この世界は魔法が効きづらいから多くの魔力が必要なの」
「もちろん」
微笑んだ僕は彼女の手を握った。
◇
建物内部は外壁と同様にコンクリートが通路を覆っており、採光目的の窓だけで装飾の一つもない。
天井には裸電球が列をなし、ポツポツと通路を暗く照らしている。
新菜さんの魔法で壁に穴を空けずに、僕らは施設内へと侵入に成功していた。
誰もいない通路で大佐は僕らを先に導く。
入り組んだ薄暗い通路を抜け建物から外へと出る。
「この先に研究所がある。そこへ向かう」
先に進む大佐が僕らにそう告げる。
堂々と大股で歩く大佐に、すれ違う制服の人たちは何の疑問もないようだった。ついていく僕らに対してもチラリと目を向けるが無視をされていた。
いつばれるかとドキドキしていた僕は肩すかしにあった気分だ。隣を歩く新菜さんに、こういう所ではコソコソしないほうがかえって目立たないと教えられた。
灰色の建物をいくつか通りすぎると屋根が丸い倉庫のような施設が見えた。どうやらここが目的地のようだ。
医者の様な白衣を着た人たちが出入りしている。
警備のいない施設の入り口を他の人にまぎれて僕らは中へと入っていった。
最初に入ったコンクリート製の建物と違って、白く通路が塗られている。天井の電球も白く輝いて照らしている。
この施設の内部に来てから大佐は慎重になっているようで、部屋の前に掲げられているプレートを確認しながら歩いていた。
奥に進んだあるところで大佐の足が止まる。そこは個室のような所でドアは閉まっている。
「ここだ。とりあえず挨拶からだな」
僕らにニヤリと悪い笑みをしてドアを開ける。
最初に見えたのは大きな書斎机の上には所狭しと書類が積まれ、何かの設計図が折り重なっている光景。
思ったよりも狭い部屋には誰もいない。壁にある天井まで届く棚には本や書類が無造作に突っ込まれていた。
「……」
僕らが黙って見ていると、大佐は部屋を一通り眺めてから机の引き出しを開けて中身を確認している。
「……面白いモノは何も無いな。どうやら研究室にいるようだ」
そう僕らに告げると大佐は部屋を出て通路を歩いて行く。僕は新菜さんと顔を合わせて苦笑いで後をついていった。




