八十五話 新菜さんが飛んできた
無事、新菜さんの使い魔のバルと出会った僕らは、リディを紹介すると来た道を戻って暗い森を抜けていった。
この森の中よりも広い場所にいるほうが新菜さんが転移しやすいためだ。
道すがら、僕がいない間のことをバルから聞きいた。
新菜さんは気丈に振る舞い、淡々と床に設置された魔方陣を調べて僕が飛ばされた範囲を計算していたそうだ。そして、特定した範囲に使い魔達を送り込み、自身はこの原因を突き止めるべく魔法院に留まって調べているようだ。
むしろティの方が泣き取り乱して大変だったらしい。範囲が特定された時も焦れてすぐに飛びだそうとしたのを皆で止めたようだ。当てもなくティがほうぼうを回り無茶をして、村や町が破壊される可能性が高いとの判断で新菜さんと留守番になったみたいだ。
二人には心配かけた事を申し訳なく思った。せめて連絡手段があればよかったのに……。でも、元気そうで聞いていてホッとしていた。
バルには僕がリディと出会った経緯を話す。
一通り聞いたバルがニヤリとする。
「へ~、あんたがねぇ。てっきりひ弱なヤツかと思ってたけど、なかなか大したもんだ!」
「まあ、僕だけの力じゃないからね。防具や武器を作ってくれた大佐やリディのおかげだよ」
「それでもさ。あの魔物を倒したからね。あいつは魔法院所属の騎士が百人かかっても倒せないのに、あんたときたら一発だからね。正直、惚れたね。ニーナ様が夢中なのもわかったよ」
「そんな相手だったの!?」
僕が驚くと気をよくしたバルは笑う。
ついで隣で歩いていたリディがバルに質問する。
「ところで、あの森で何をしてたの? どう見ても人捜ししているようには見えなかったけど…」
「ああ、あれね! 白滝が全然見つからないからイライラしててさ。この森にいる精霊を怒らせて憂さを晴らしていたんだ」
笑いながら語るバルに冷や汗をかく。気晴らしにケンカを売って戦っていたのか…。というか、僕らは巻き込まれただけだな。
聞いたリディは目が点になって口を開けている。想像していない話しに言葉がでないようだった。
つばを飲み込んだリディが慎重にバルに聞く。
「精霊って言ったよね? 魔物じゃなくて?」
「あいつは半分精霊みたいなもんだね。悪い瘴気で育った精霊は大型の魔物に変わっていくんだ。しまいには人を襲うから早めに退治しないと後で大変なことになるんだ」
「な、なんで、そんな精霊様を倒せるのあんた?」
「そりゃ、ニーナ様の使い魔だよ。当たり前さ。あたしらも元は精霊だからね」
「えーーっ!」
驚いたリディが慌てて僕に目を向けるが知らないので首を横に振る。
というか精霊って、あの風の精とか木の精とか、おとぎ話に出てくる例のアレかな? この世界だと違う存在なようだけど。
「それじゃあ、ティも精霊なのか?」
「そうだよ。あいつはニーナ様が一番最初に造った使い魔さ。あたしは二番目」
「えっ!? ティが最初の一人だったの! そんな大切な使い魔を僕に……」
なんてことだ! 一番愛着のありそうなティを僕に譲るなんて……。当時、全く気がつかなかった自分を殴りたい。そこには好意以上のモノが含まれていたなんて思いもしなかった。結果的に付き合う事になって良かった。それじゃ無ければ後悔していたかもしれない。
僕の様子を見たリディが声をかけてくる。
「大丈夫? 顔が青いよ」
「ああ、ごめん。ちょっと昔を思い出して後悔してたところ」
「?」
不思議そうな顔をしているリディに説明する気が起きない僕。事情を知っているようでバルは僕の様子に笑っていた。
そんな話しをしながら森を抜け明るい草原に出るとひと休みした。やはり見晴らしの良い場所は気持ちいい。
腰を降ろす僕らを余所に、まだまだ体力がありそうなバルは手の平を上に向けると光る玉を青空に向け打ち出した。
打ち上げられた光る玉はしばらく空を飛び、ジワジワと背景の青い色に溶け込んでやがて消えていった。
僕らに向いたバルが笑みを浮かべる。
「今、ニーナ様へ連絡した。そのうち来るよ」
驚いたリディが問う。どうやら彼女の知っている魔法とは違うようだ。
「ま、魔方陣は!? 転移用の魔方陣は描かないの?」
「そんなのいらないよ。だって、あたしが目印だからね。ニーナ様にはそれで充分」
両肩を上げてバルが答える。リディは自分の知る魔法とは違うやり方に戸惑っているのかもしれない。今まで独学だったのが、正規の魔法使いの精霊が目の前にいるのだ。この出会いは衝撃的だったのかも。
やはり新菜さんに言ってリディを魔法院に入れてもらうのが一番良い方法だと思う。衣食住も揃ってるし、彼女も魔法を学べるから安心だ。
そこで、よく考えたら僕がバルの魔法を補助すれば、彼女の転移魔法で三人とも新菜さんたちのいる魔法院へ行けることに気がついた。
立ち上がってバルにそのことを伝えようとしたとき、
「シラにぃいいいいいいいいいいいーーーーーーーーー!!」
「おふぅ!」
ドウッっと僕の腹に何かが突き刺さった! ついで肺から空気が漏れて変な声がでる。ここで倒れなかった自分を褒めたい。
見るとティが僕に手を回して抱きしめていた。
「ティ!」
「じらにぃいいい!」
涙声でティが顔を上げると泣いている。腰を降ろして視線を合わせるとティに微笑む。
「ごめんね。急にいなくなっちゃって」
「ちがうよー。ボクが悪いんだよーー!」
再び抱きしめ合うとティの背中を優しくなでていく。ティはワンワン泣いている。寂しい思いをさせて悪かったね、ティ。
「栄一さん……」
聞き慣れた声に顔を向けると目の前に新菜さんが静かに佇んでいる。栗色の髪が風になびいて目にはうっすらと涙がたまっていた。
ティを優しく離して立ち上がると新菜さんをいっぱい抱きしめる。
「ずっと会いたかった!」
「はい。私も……」
回された腕に力が入る。彼女の体温と匂いが再び会えたことを実感させてくれた。するとティが僕の後ろに回って抱きついてきた。
これ以上、言葉はいらないほど彼女からの想いが抱きしめた身体を通して伝わる。
僕たちはひとかたまりのようになってしばらく抱き合っていた──
しばらくして体を離すと、照れた新菜さんに居心地悪そうにしていたリディを紹介する。
「彼女はリディ、僕の命の恩人だ。彼女と出会ってなければ、ここまでこられなかったかもしれない」
「ち、ちょっとシラタキ! そんな大層な…」
僕の言葉に慌てたリディが訂正しようとすると新菜さんが彼女を抱きしめる。
「ありがとうございます。あなたには返しきれない恩ができました。私にできることは何でも言ってくださいね」
「えっと、あの、あ、後で…」
なぜかガチガチに緊張して棒立ちのリディがなんとか応える。何かあったのだろうか?
新菜さんが離れると急に僕の腕をつかんでリディが皆から少し遠ざかり背を向ける。どうやら個人的な話しがあるようだ。
「どうしたのリディ?」
「ちょっと! 聞いていたのと違う!」
「ん? 何が?」
「エリだよ、エリ! 聞いていたよりもメチャメチャ美人なんだけど! ティって子もすんごく可愛いし、あんたの美的感覚おかしくない?」
「いや、僕は綺麗な人だよって言ったよね? それにティもかわいいって」
「嘘だ! かわいい彼女って言ってた! あんな美人とは言ってなかった!」
「えー!? それはないよー」
僕らが言い合っていると後ろからバルの声がかかった。
「あんたら声がでかいから丸聞こえだよ」
僕とリディはハッとして振り返ると、真っ赤な顔で恥ずかしそうにモジモジしている新菜さんと嬉しそうにしているティがいた。
バルはその様子を見て吹き出すと笑い始めた。
僕らが新菜さんたちの元へ戻ると、少し膨れた彼女が僕のお腹をつねった。
「ずいぶん親密になったみたいですね、栄一さん?」
「えっと、何もしてないからね? それに数日の間、ずっと一緒だったし」
慌てて言い訳する僕に新菜さんはニコリとする。嫉妬している彼女にさっきまでの感動の再会が台無しだ。
とりあえず、積もる話は後にして魔法院へ戻ろうということになった。
そこで僕が新菜さんに提案する。
「恵利、僕が魔力を送るけどいいかな?」
「はい大丈夫です。この人数なら私だけでも…え? なんて言いました?」
僕の言葉に驚いた新菜さんが聞き返す。まさか僕から魔力とは思わなかったのだろう。
「自分の魔法は上手くいかなかったけど、人に魔力を供給できることがわかったんだ。恵利が魔力を使うと疲れるだろ? だから僕が肩代わりしようかと思って」
エヘヘと愛想笑いして説明する。なんか自慢しているようで照れる。
新菜さんは目を丸くして僕を見ている。あれ? 彼女はその顔のままで呼びかけた。
「バル?」
「本当らしいよ。リディが詳しいよ」
聞かれたバルが頭をかいてリディに振る。名指しされたリディはいきなり緊張している。
「え、えっと、シラタキから魔力があたしに流れてきて、それであたしの魔法が考えられないぐらい凄くなって、それで、なんか温かいんだ」
しどろもどろに答えるリディ。なんだか支離滅裂な説明になっている。大丈夫?
緊張しているリディに新菜さんは微笑むと僕に向いて手を重ねた。
「ごめんなさい。疑ってたわけじゃないんですけど、栄一さん自身しか無理だと思っていたので……」
気恥ずかしそうに新菜さんが謝ってきた。まあ、わかる。僕を知っていれば、なおさら。リディは初対面だったから受け入れやすかったのかもしれない。
「大丈夫。最初、僕も半信半疑だったし。試してみる?」
「はい。もちろん!」
嬉しそうに返事をする新菜さんの重ねている手を取ってしっかり握る。
「じゃあ、いくよ。まだ、調整がヘタなんだけど我慢してね」
「ええ」
笑顔の新菜さんに抑えて魔力を送ると、みるみる新菜さんの笑みが変わり真面目な顔つきになる。
「…驚きました。まさか魔石にこんな利用法があるなんて。確かに感じます、栄一さんからの魔力を」
「良かった、ホッとしたよ。リディに言われていろいろ調整してたんだ」
「そうですか。今は少ない量だけど、限界はあるの?」
「うーん、わからないけど、たぶん相手の力量によるかもしれない。僕の方は全力で送れるから」
「なるほど」
ニコッと笑顔を向ける新菜さん。口調もだんだんとくだけてきた。さっきまでは緊張していたのかな? リディとは逆で新菜さんは緊張するとかしこまるタイプみたいだ。知り合ってから時が経っても、彼女の新しい側面を発見することを僕は嬉しく思う。
こうして僕と新菜さんは手と手を取り合って、バルやティ、リディと共に魔法院へと転移した。
◇
魔法院へ一瞬で着いた僕らは、話しを聞きつけ飛んできたネイサとアンナに温かく迎えられ、ひと休みすることになった。
転移される前に聞いていたけど、魔法院における新菜さんの位はかなり高いようで、専用の部屋に通された僕らに豪華な食事が振る舞われた。
ここでもリディはガチガチに緊張して、ピカピカのシルバーに輝くスプーンを持つ手が震えている。
今までの暮らしでは決して見られない世界にいるのが夢のようで、目をキョロキョロして物珍しそうにあちこちを見ていた。
これも魔法院に入れば慣れるだろう。彼女には幸せになってほしい。
出された料理は前に新菜さんと行ったトルコ料理に似ていてとても美味しかった。具材は分からないが、あまり僕らの世界と変わらないなと思った。
食事中は僕が転移されてからの事を隣に座る新菜さんたちに話して、リディにも補足してもらった。
バルは魔法院に戻った時に人形へと変わると新菜さんの手元に戻っていた。他の地域に出していた使い魔たちも、いつの間にか新菜さんが回収していた。せめて皆にお礼を言いたかったが、すでに伝わっていますよと新菜さんに説明された。
食事が終わり落ち着いたところで、新菜さんにリディを魔法院に入れて欲しいとお願いした。
聞いて驚いたリディは謙遜して、あれは冗談だったのにとブツブツ文句をたれていたが新菜さんは快諾してくれた。
だけど新菜さんは魔法院を去る身なので、リディのことはネイサに一任することになった。そのネイサは、リディの魔法使いとしての資質を確認して納得すると、魔法院の別館にある宿舎へと連れて行ってしまった。
この世界では皆が裕福ではないので、見習いの魔法使いたちには宿舎が用意されているとのことだった。ここで魔法の勉強をしながら雑務をこなしたりしているようだ。
これでリディも村に連れ戻される心配もない。まさか遠く離れた魔法院にいるとは夢にも思わないだろう。
少しは借りを返せたので僕もホッと一安心していた。
再開してからティは常に僕にべったりで、体のどこかにふれていないと不安なのか腕や足につかまっていた。しかし、さすがに動きづらいので最終的にはおんぶすることでティの要望を解決した。彼女は軽いし、足を持たなくてもぶら下がっていた。
今回の原因となった転移の魔方陣については、誰がいつ、どのような目的かで行ったかは分からなかったようだ。以前、リディが推測していた通り、魔方陣に隠蔽の魔法を重ねてかけてあったようなので新菜さんにも感知できなかったようだ。
しかし、話しを聞いていて、新菜さんには心当たりがありそうな気がしていた。
僕が不在の間、新菜さんは原因の究明と自身の引き継ぎをしており、いつでも魔法院を出る準備ができていた。
今もこの場にいられるのは新菜さんの実績と人徳のおかげか、周りの人には好きなだけ居てもいいと言われているそうだ。あわよくば復職してくれるのを願っているのかもしれない。
僕らは新菜さんの執務室で休んでから、明日、彼女の実家へ行くことにした。
魔導士専用の執務室は事務室と客間、寝室と大きな三部屋の構成で、僕らは客間の大きなソファーに座り、アンナの入れたお茶を飲んでくつろいでいた。
おぶっていたティは僕の膝の上に向き合って座って抱きついている。もう、なにか違う生物みたいな感じだ。ひっつき虫のよう。
新菜さんは隣で僕に体を預けるようにピッタリと寄り添っている。やっと落ち着いた気分になってきた。
彼女の腰に手を回してより密着すると耳元で囁く。
「ずいぶんと迷惑をかけたみたいだね。心配かけてごめんね」
「……本当は胸が張り裂けるぐらい心配したの。でも、あなたの顔を見たら何もかも飛んじゃうくらい、どうでもよくなっちゃった。ただ、ただ、とても嬉しかった」
新菜さんが僕の胸に頭を預けて囁き返す。
「僕も君の顔を見てホッとしたよ。さすがに会えないとは思わなかったけど、日が経つにつれ焦ったよ。どのくらい探せば会えるかって」
「ふふっ、巡り合わせに感謝しないと。でも、ずっと信じてた。私の愛している人はこんなことで失うわけがないと……」
「恵利……」
彼女の言葉に感動した僕が顔を上げさせ、キスをしようとしてはたと気がついた。
反対側のソファーの後ろにアンナが立って僕らをずっと凝視しているのを。
目を閉じてキス待ちをしている新菜さんがいつまでもしてこないので薄く見開く。
「どうしました?」
「えっと、ずっとアンナさんが見ているんだけど…」
ハッと気がついた新菜さんが慌てて僕から離れるとアンナに向いた。
「アンナ!?」
「何ですか?」
「もう大丈夫ですから下がってください!」
「お断りします」
平然と答えるアンナに新菜さんの口がパクパクしている。
アンナはスカートの裾をピッと直して続ける。
「お世継ぎが生まれる行為を確認しなくては。これは興味本位ではありません。ニーナ様が非常に珍しくデレデレでイチャイチャしている様子を観察して今後の為に勉強しているのです」
「アンナーーーーー!」
真っ赤になった新菜さんが叫んだ。もちろん僕も真っ赤だ。
でも、ここでさらに気がついた。ずっとティを抱っこしていたことを。見るとニコニコしていた……。
◇
翌日、朝食を済ませて僕らが旅立ちの準備をしていると、ネイサとリディが部屋に訪れてくれた。
「もう旅立つのか? もう少しいてもいいんだが」
「ありがとうネイサ。でも行かないと」
残念そうに言うネイサに新菜さんが微笑んで対応している。
僕のところにはリディが来た。服装が魔法院でよくすれ違う人と同じ物に変わっていた。たぶん見習い魔法使いの服装なのだろう。こうして見るとお嬢様みたいだ。
「シラタキも行くんだろ? 最後に挨拶できてよかったよ」
「僕もだよ。君は恩人だからね」
からかうとリディが怒った振りをする。
「もういいってば! こんなに良くしてもらっているのに、これ以上は望めないよ」
「ははは。本当に感謝しているからね」
するとリディが抱きついてきた。
「ありがとうシラタキ。あんたはあたしの救い主だよ。転移魔法を覚えたら遊びに行ってもいいかい?」
「もちろん。いろいろ案内するよ。美味しいものもあるし」
「フフフ。楽しみができたよ!」
笑顔のリディが体を離す。新菜さんも挨拶が終わったようだ。
旅行カバンを持ったアンナとティ、僕と手をつないだ新菜さんはひとまとまりになる。
ネイサが僕に声をかけてきた。
「今度おたくとゆっくり話したいものだね」
「ああ、そのときはお手柔らかに」
答えるとネイサは笑う。
「それでは行きますよ。ネイサ、リディ、本当にありがとう。たまに顔を出しますから」
感謝の笑顔を向けた新菜さんがそう言うと転移魔法を行使する──
僕らは新菜さんの故郷へと旅立っていった。




