七十八話 新菜さん引越しを手伝う
新幹線を降り、新潟駅に着いた僕らは改札を出ると妹の春奈が出迎えてくれた。
「新菜さ~~ん! 会いたかった!」
僕の隣にいる新菜さんに笑顔の春奈が抱きつく。というか、僕らは無視なのか? 妹よ。
「お久ぶりです。春奈さん」
嬉しそうに新菜さんも応えている。
「ホント、久しぶりに戻ったわね」
南さんが呟く。彼女は数年ぶりの新潟になるのか…。この世界に降り立った場所だから特別に感じるのかもしれないな。
妹の春奈が新菜さんの腕をとって道案内を始めた。
僕らはその後についていった。
新潟に戻ったのは春奈の引越しを手伝うのと叔父さんたちに挨拶するためだ。
先日、妹が新潟に戻った後、連絡がついた新菜さんに事情を説明した。
春奈に会えなかったことを残念そうにしていたが、南さんの所へルームシェアをするとわかって嬉しそうだった。
それで親代わりの叔父さんたちに会って欲しいと伝えると笑顔で了解してくれた。
僕と新菜さんにティが新潟に出かけ、部屋を借りる手前、責任者の南さんもついてきた。叔父さんたちは南さんを知っているから正直、元カノと言いにくい。
できれば来てほしくなかったが、本人は行く気満々で断ることができなかった。
霧谷さんはお留守番だ。春奈は来てほしそうだったけど、本人は人混みが嫌いなので残るのを選択していた。それに日帰りだから夜には僕らと会えるからかもしれない。
僕と南さんは互いにティの手をとって、楽しそうに話をしている春奈と新菜さんの後ろを歩いている。
去年は帰らなかったから久しぶりだし、いろいろな事がありすぎてどう叔父さんたちに説明したらいいのやら悩む。
それに言えない事も多いし。春奈が東京に来たら叔父さんたちが心配だ。いつか一緒に住めたらいいのだろうけど。
南さんは懐かしそうに周りを見ながら変わっている所を見つけては楽しそうに聞いてくる。
なんとなく昔、二人で通った喫茶店を見つけてしまい、慌てて視線を逸らした。そんな僕を南さんは微笑みながら見つめていた。
前を歩く春奈は新菜さんに店やビルなど地元を紹介しているようだ。
新菜さんも嬉しそうに聞きながら質問していた。本当は僕が案内したかったけど、妹に取られてしまって少し悲しい。
叔父さんの家は、駅から歩いて二十分ぐらいの住宅地の一角にある。
繁華街とは反対側にあるのでお店の数は少ない。
僕らはいつもよりテンション高めで向かって行った。
住宅街にある二階建てのどこにでもあるような叔父さんの家。駐車場には見慣れたワゴン車があった。
春奈が玄関を開けると叔父さんたちを呼んだ。
僕らが待っていると、すっかり灰色の髪をした叔父さんと短い黒い髪の叔母さんが出てきた。
あまり変わってない姿にホッとして挨拶をする。
「お久しぶりです叔父さん、叔母さん」
「お帰り栄一君。また、ずいぶんと賑やかで…」
僕らを見て叔父さんが驚いている。慌てて彼女らを紹介した。
「こちらは彼女の新菜恵利さんと連れのティだよ叔父さん」
「は、初めまして、て…」
深々と頭を下げて新菜さんが挨拶する。ガチガチに緊張しているみたいだ。ティの説明も困って新菜さんの連れということにした。
「お久しぶりです」
続けて南さんがニコニコと挨拶をする。
渋い顔をした叔父さんが僕を見た。
「栄一君…どうなっているんだね? ずいぶんと美人な彼女にしおり君とか…」
「えっと、叔父さん。これには訳があって」
「もう! いつまでも玄関先で立ってないで早く中に入ろうよ!」
じれた春奈が皆を家の中へと押し込み始めた。
笑いながら僕らは移動した。
リビングに来た僕らは、お土産を叔父さんに渡しつつ新菜さんや南さんについて説明した。
ソファーで僕の横に座っている新菜さんは緊張しているようだ。ティはテーブルの上にあるお菓子をモグモグと食べている。
南さんは春奈とコソコソと話していた。
一通り聞いた叔父さんは改めて新菜さんに声をかける。
「ところで新菜さん、栄一君で大丈夫かね?」
「はい。とても頼りになる人で心から信頼していますし、私はずっと隣にいたいと思っています…」
顔を赤らめながらも新菜さんは、叔父さんの目を真っ直ぐに見て話す。というか僕も照れて居心地が悪い。
しばらく見つめ合った後、叔父さんが姿勢を崩して微笑むと視線を逸らした。
「しっかりしたお嬢さんだし、人の運命とは不思議だな。去年、栄一君がなかなか連絡しなかったのは、いろいろとあったようだね、どうやら。自分の家とは言えないが気を楽にしてください新菜さん」
「は、はい。お言葉に甘えて」
少し緊張が解けたのかニコリと新菜さんは微笑んだ。
それを待っていたかのように春奈が立ち上がった。
「もういいでしょ? 私の部屋を案内するから新菜さんを借りるね! さ、行こうよ!」
「え、ええ。少し外しますね」
新菜さんは言うと春奈に引っ張られて二階の自分の部屋へと行ってしまった。
残された僕たちが何か話題を探していると叔母さんが笑い始めた。
「ふふふ。でも、しおりちゃんも豪胆ね。嫉妬しないの?」
「そりゃもう。でも決めたんです」
南さんは挑発的な笑みを僕に向ける。だけど僕は澄まして受け流した。
さすがに今までの誘惑に負けないようになっていたから大丈夫なはずだ。
僕らの態度に叔父さんたちは笑っていた。
「まあ、しかし、若いってのいいな栄一君。前から思っていたんだが、どうやったら美人と仲良くなれるのかね?」
「ええ!? ぐ、偶然だと思うけど。た、確かに南さんや恵利は美人だけど」
「あら! ありがと!」
フフフと南さんが笑って礼を言う。
叔母さんはお茶に口をつけてから僕らに向いた。
「だけど残念ね、今日で帰っちゃうなんて。泊まればいいのに」
「さすがにこの人数だときついでしょ? それにまた日を改めて来るよ。今日は挨拶なだけだし」
「そうね。息子同然なんだからいつでもいいのよ?」
「ありがとう叔母さん」
そして和やかに最近の話を互いに報告し合った。
だけど、僕らには言えない事が多すぎて、なんだがフワフワしている内容になっていたけど。
それでも新しい会社に移った事を嬉しそうに二人は聞いていた。
春奈と新菜さんはしばらくして二階から戻って来た。
僕の隣に再び座った新菜さんは興奮しているようでチラチラと僕を見ていた。
何かあったのかは気になるけど後で聞こうと心に決めた。
それから、叔父さんたちが用意していてくれたようで、地元料理を中心としたお昼をご馳走になった後、僕らは春奈の部屋へと行った。
すでにいくつかダンボールが積みあがって引越しの準備中なようだ。
とりあえず今日、持っていく物だけをまとめることにした。
春奈が選別して荷物をスーツケースにに詰めている。部屋にある荷物は全部ではなく、必要な物を持っていくようだ。
叔父さんたちの好意で部屋はそのまま残してくれるのはありがたい。ちなみに僕が出るまでは妹と共同の部屋だったので、今でも僕が使っていたカラーボックスなどが残っている。
すると見ていた新菜さんが僕の腕を突っついてきた。
「ん? どうしたの?」
「あの…荷物を転移しましようか?」
「い、いや、それはマズい。というか魔法はやめて恵利」
「あ! そうですね。フフフ」
新菜さんの好意は嬉しいけど、断ると気がついた彼女が笑って誤魔化している。
「でも、先ほど春奈ちゃんに教えてもらいましたよ。栄一さんの使っていた机とか本棚とか…なんか昔の頃を知れて嬉しかった」
「そうなんだ。変な事言ってなかった?」
「フフ、内緒です」
そう言うと笑顔の新菜さんが春奈を手伝いに行ってしまった。
春奈が何を言ったかは気にはなるけど、おかしな事を吹き込んでいないのを祈るのみ。大丈夫だよね?
部屋の片隅で春奈は新菜さんと南さんと一緒に荷物を選んでいる。
僕はティに久しぶりの実家を案内していた。
荷造りを終えた春奈のスーツケースを持ち、残りはダンボールに詰めて引越しの準備は完了した。
ダンボールは後で宅配便で出す予定で、事前に春奈が宅配の営業所へ連絡していたようだ。
後に必要な物は現地で調達できるし、南さんがいるから安心だろう。
名残惜しそうな叔父さんたちと別れてスーツケースを引きながら新潟駅へと向かう。
今年はもう一度、ゆっくりと新菜さんと戻ってこようと思う。その時は良い報告ができればいいけど。
チラリと隣を歩く新菜さんを見ると楽しそうにしている。叔父さんたちを紹介するのは少し早いかなと思ったけど満足そうな彼女の顔をみていると一緒に来て良かった。
春奈は見送りのようで一緒についてきている。
駅に着いた僕らに春奈が何か話すかと思いきや、新菜さんに抱きついた。
「あ、あの…」
困った新菜さんが春奈の頭をなでている。新菜さんが助けを求めて僕を見てくるがどうしたらいいのかわからない。
やがで離れた春奈は満足そうな顔で僕らに手を振る。
「今日はありがとう! また今度ね! 南さん連絡するからねー!」
僕は苦笑いで手を振り返す。新菜さんたちも笑顔で返していた。
そしてスーツケースを引きながら東京へと新幹線に乗り込んでいった。
◇
地元に戻った僕らは駅前にあるファミレスに直行した。
すでに空も暗くなり、さすがにこれから夕飯を作るのもしんどいから。
ナインと霧谷さんに連絡を取り、ご飯を食べてないなら一緒に食べようと誘うと二人ともすぐ来るとの返事をもらった。
すると本当にすぐ来た。
余裕そうなナインに比べ、肩で息を切らしながら霧谷さんもゼーゼーと僕らの座る席についてくる。熱い吐く息で眼鏡が曇っている。
それを見ていた南さんが笑う。
「ふふ、そんな慌てなくてもいいのにね。寂しかった?」
「べ、別に寂しくないし! 腹空いてるから!」
眼鏡を取って汗を拭きながら反論する。
僕とティが見ていたメニューをナインが奪うと、あれこれ悩み始めた。
笑った新菜さんが僕らにメニューを差し出した。
それぞれ注文を終えると霧谷さんとナインに春奈の事を話した。
一通り聞いた霧谷さんが聞いてくる。
「で、いつから南の所へ来るの?」
「んー再来週あたりね、たぶん。地元の友達にも挨拶するらしいから」
僕のかわりに南さんが説明する。
「あっそ」
興味なさげに霧谷さんが答えた。だけど口元が緩んでるよ。嬉しいのが丸わかりだ。
皆に集まってもらったのは仕事について妹の春奈にバレないようにしてもらうためもあった。
新しい会社についてはいいけど、さすがに魔物や妖怪については教えられない。
すでに霧谷さんが超能力者ということはわかっているから扱いが難しい。普通なら一人いるなら他にもいると考えるだろうし、仲間は? となる。
そこをどう誤魔化すかというのを僕は悩んでいたが、新菜さんたちは楽観的な雰囲気だ。
妹と接した感じだと霧谷さん個人の事が気に入っているようで、他は興味ないみたいだから大丈夫ということらしい。
まあ身内だから妹の身に何かあったら心配だけど南さんと一緒なら守ってくれるだろう。
新菜さんも安心してくださいと太鼓判を押してくれた。
でも、彼女たちに頼りっぱなしの自分が情けない気持ちもあって、少なくとも魔物や妖怪にも僕一人で対処できるようになりたい。
それには大佐と魔石の研究をしてもっと強化するのが一番だろう。
それでも結局、大佐たちに頼っている僕はまだまだ半人前かもしれない。
すっかり夜も更けてファミレスを出た僕らは、新菜さんとナインにおやすみを言って別れた。
自宅のあるマンション前で春奈のスーツケースを南さんに預けて別れた。
やっと部屋に戻った僕はリビングでグッタリとお茶を飲む。さすがに今日は疲れたな……。
僕の近くに座った霧谷さんがソワソワと聞いてきた。
「それで? 新菜さんはどんな感じだったの?」
「どんなって…叔父さんたちに初めて会うから緊張していたよ。しばらく話していたら落ち着いたけど」
「へー。あの新菜さんでも緊張するんだ」
意外そうな顔で霧谷さんが呟く。
「ははは。そりゃそうだよ。僕だって新菜さんの親に会ったらガチガチに緊張するよ」
「アタシの親に連絡したときは普通じゃん!」
「当たり前だよ。霧谷さんと恵利は違うし…」
すると眼鏡を光らせてズイっと霧谷さんが迫って来た。なんで?
「でも実際に会ったら緊張するだろ?」
「んーどうかなー」
あまり興味なく言うと霧谷さんが睨んできた。どうして? 霧谷さんをないがしろにしているわけじゃないのに。
すると霧谷さんがヒートアップしてきた。
「ホント、デリカシーが無いよね? なんで? 新菜さんの時もすっとぼけててさ!」
「いや、なにか気に障る事言ったかな?」
「アタシはもう少し仲間に気遣えって言ってるの!」
「ははは。ちゃんと気にしてるし、霧谷さんも好きだよ?」
「は~あ!? な、なななに言ってんの!」
なぜか真っ赤になった霧谷さんが怒ってきた。怖い!
慌ててティに助けを求めた。
「ティ! なんとかして!」
「うふふ。シラ兄たちって、いつも面白~い!」
お菓子を食べながら嬉しそうに僕らを見てるティ。ちっとも動く気配がない。きっとこのまま静観するようだ。
隣の住人に迷惑にならないように二人で声を落として言い合う。
それから、なんとか霧谷さんを落ち着かせると僕らは寝室へとそれぞれ入って行った。
翌日、新菜さんや南さんと落ち合い出勤する。
さっそく水野さんや大佐たちと話し合って、新しい武器や防具を開発するために研究室へ訪れた。
ちょうど僕らが研究室に来ると大佐が他の研究者と共に魔石を扱っているところだった。
まだ僕が触れる前のくすんだ状態の魔石を大型の機械を使って細かく砕いている。意外と加工が大変そうだ。
ふと、僕ならあることができるかもしれないと思いついた。
ティと連れ立って彼らの横について作業を見守っていると、気がついたようで大佐が顔を上げる。
「おお! いいタイミングで来たな!」
「と、いいますと?」
「細かくした魔石の一部を活性化して欲しいのだ。いいかな?」
「はい、大丈夫ですよ。でも、少し試してみたいことがあるんですが…」
「ふむ。どういったことかな?」
「そうですね…説明するより実際に試してみましょう」
作業台に乗っている一センチ大ぐらいの魔石の欠片を手にとってみる。
するとブルーに輝き出した。
そこでギュッと力を入れないようにして、想像した形を念じながら両手でつまむと魔石がゆっくりと変形し始めた。少し硬い粘土のような感じ。
魔石の欠片を平たく潰しながらひねってみる。意外にだんだんと楽にできるので驚く。
思った形に出来上がった青く輝く魔石を作業台に戻した。
「……」
大佐と周りにいた研究者たちは目を丸くしている。あれ? 想像した反応と違う。もっと喜ぶかと思った。
「ど、どうです?」
「何故だ……一体全体どうやったんだ?」
眉間にしわを寄せ、怖い顔した大佐が僕に詰め寄って来る。冷や汗が出てきた。
「ひ、ひょっとしてと思ってたら出来たんで自分でも驚きですけど」
「驚きどころではないぞこれは! 魔石を砕くのにも苦労していたのになんてことだ…」
グッタリした大佐が近くにあるイスに腰かけた。
「いや、しかし、これで加工が楽になるな…だが、白滝君任せとは…」
大佐が首を巡らせ他の研究者を見ると皆は視線を逸らしたり、両肩を上げていた。
ひょっとしてだが、自分の仕事を増やしてしまったのではないだろうか? ふと視線を感じて顔を向けると、研究室の向こう側に白い研究服を着た水野さんがニヤリとしてこちらを見ていた。
なんだか今日は残業な気がしてきた。それに応えるように研究者たちが慌ただしく動き始める。
ティは僕が変形させた魔石を不思議そうに手に取って眺めていた。




