表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/100

七十七話 霧谷さん、後輩ができる

 

 今日は休みだが新菜(にいな)さんとのデートもないのでマンションの自宅でノンビリとしていた。

 なんでも新菜さんは急な用事で外出しているようだ。故郷の方で何かあったのかな?

 霧谷(きりや)さんは居間にあるローテブルの横で寝そべってスマホのゲームをしている。今日はジーンズをはいているので間違ってもめくれないから安心だ。

 ティは僕と一緒におやつを食べながら読書をしていた。僕は新菜さんに借りた魔法の本、ティは魔法少女ビジュアルムックだ。


 ──ピンポーン。

 呼び鈴に本を置いて立ち上がると玄関へ向かう。ティも後からついてきた。

 宅配かなと思いながらドアを開けると意外な人物が目の前に立っていた。

「やっほー兄さん!」

春奈(はるな)!? どうして? いや、とりあえず上がって」

「へへ~。おじゃましまーす!」

 春奈は上がり込むと居間へドタドタと走り込む。

 ギャーーーっと、奥から霧谷さんの叫び声が聞こえる。

 慌てて追いかけていくと壁に体をあずけて霧谷さんが逃げいていて、ジリジリと春奈が追い詰めていた。

 僕に気がついた涙目の霧谷さんが声を上げる。

「し、白滝(しらたき)ッ! なんとかしてぇええ!!」

「春奈!」

 後ろから春奈の腕をつかんでローテーブルの反対側へと連れ戻す。

「ちょっと! 兄さんじゃましないで!」

「でも霧谷さんが嫌がってるだろ? 前も言ったよね?」

「今日は大丈夫なの。わかってよー兄さん」

 なぜかプンスカしている春奈を座らせてティに頼んでお茶を持って来てもらう。

 冷や汗をかいた霧谷さんが僕を手招きしてくる。

 黙って霧谷さんの元へ行くと、素早く僕の背中に隠れた。シャツをギュッと握るから伸びないか心配になってきた。


 ティがお茶を持って来ると皆でローテーブルを囲んで座って落ち着く。

 春奈が来てから急に騒がしくなった。一体、何で僕の所へ来たんだろうか?

 落ち着いたところで春奈に聞いてみる。

「ところで連絡もしないでどうして来たんだ?」

 お茶を飲んだ春奈がチラリと僕の背中にいる霧谷さんを見てから僕にニコリとする。

「サプライズ! ビックリしたでしょ? 大学に受かったから下見に来たの」

「それはビックリしたけど、下見って?」

「一人暮らしの」

「あー、なるほど」

 春奈は大学に通うためのアパートかマンションを探しに来たみたいだ。僕の住んでいるマンションはティと霧谷さんでいっぱいだからしばらくは大丈夫だけど、この先と思うと難しい。

 背中から顔を出した霧谷さんが恐々と春奈に聞いてきた。

「なんでアタシにかまうのよ!? 勝手にすればいいじゃない!」

「えーだって、後輩になりましたから挨拶しないと。私、新入生だし」

「は!? だ、だってアンタはお湯の水女子大でしょ?」

「違いますよ。四ツ橋大に変えたんです。先輩って頭よかったんですね。ますます気にいっちゃった」

 霧谷さんが驚いているようだが、僕も同じだ。てっきりお湯の水女子大だと思ったのに。

 だから以前、妹は霧谷さんの事を根掘り葉掘り聞いていたのか。軽い気持ちで答えていたが、まさか同じ大学を狙っているなんて気がつかなかった。

 僕たちの顔を見た春奈がクスクスと笑う。

「これもサプライズ! 驚いたでしょ?」

「びっくりしたよ。それで大学名を言わなかったのか」

「そう。これからずっと一緒ですね先輩。ところで選択科目はなんですか?」

「イヤだ! ぜったーーーいに教えない!」

 霧谷さんがシャツを握りしめて声を荒げた。というか、僕を挟んで言い合いして欲しくない。

 すると笑顔の春奈が座ったまま僕の近くに移動してきた。

「先輩……。友達になってくれませんか? いいでしょ?」

「なんでアタシなんだよ! (みなみ)と仲良くなればいいだろ!」

「南さんはお姉さんって感じだから違うのよね。先輩の好きな食べ物って何? 私はオムライス」

「何しれっと聞いてくるんだよ~。それが怖いの!」

 霧谷さんがますます縮んだ。

「春奈も急がないでゆっくりと時間をかけて霧谷さんと友達になったら?」

「な、なに言ってんだよ! 白滝も応援するなー!」

 僕の言葉にビックリした霧谷さんがシャツの上から脇肉をギュッとつかんできた。すごく痛いから止めて。

「イタタ…。霧谷さんも同学年の友達いないだろ? 春奈は一つ下だから良い友達になれると思うよ」

「そうそう。兄さんも良いこというなぁー」

「あんたら兄妹マジ最悪!」

 僕の意見に春奈が(うなず)き霧谷さんが毒づく。


 真面目な顔つきになった春奈が座り直して正座する。そして僕の背に隠れている霧谷さんに優しく語りかける。

「ねえ、先輩。ふれた人の思考や過去にあった感情なんかを知るのが嫌なんでしょ? でも、私は大丈夫。先輩によく知ってもらえるし、もし、私のことで傷ついたなら、それは私の感情に共感してもらえたってことだから逆に嬉しいな。だって、私の思いを本当にわかってもらえる人って、この世界にただ一人、先輩だけなんだから…」

 僕のそばまで来た春奈が霧谷さんを覗き込む。

「もし先輩が他のなにかに傷ついても私に遠慮無く言ってください。そしたら私にも何か手助けできるかもしれないですよ? 私にふれることで先輩の傷ついた心が伝わるなら、そうしてください。少しでも先輩の気持ちを軽くしてあげるから」

「……」

 押し黙った霧谷さんは、僕の背中に顔を押しつけているようで熱い息がシャツを通して肌にかかる。

 僕からは見えないけど震えている感じが伝わってくる。

 やがてすすり泣く声が聞こえてきた。背中に押しつける力が強くなる。きっと声を殺して霧谷さんが泣いているみたい。

 しばらくすると霧谷さんが涙声で話し出す。というか、シャツが濡れているのがわかるのでそろそろ離れてほしいのだけど。

「…なんで…兄妹揃ってお節介なんだよ……ばか。……なってやるよ……と、友達に……」

「やった! 照れちゃって、かっわいーーー!」

 喜んだ春奈が霧谷さんの頭をなでている。ん? あれ? いいのか?

 ハッと気がついた霧谷さんが慌てて身を引く。

「ちょっと! しれっとさわんないでよ!! ……あれ? 何も入ってこない?」

 驚く霧谷さんに笑顔の春奈が、さわった手にはまった薄い透明なゴム手袋を外して見せた。

「これもサプライズ! 驚いたでしょ!? こんなに薄くても効果があるなんて不思議だね」

 プラプラとゴム手袋を振る。

 状況を飲み込めた霧谷さんは口を開けてぽかんとしていた。

 ポケットからハンカチを取り出して霧谷さんへ差し出す。

「はい。かわいい顔も涙でグショグショだよ」

「うっさい!」

 文句を言いながらも霧谷さんはハンカチを受け取り、グシグシと顔をふく。春奈はゴム手袋をたたんでスカートのポケットに入れていた。

「霧谷さんは嬉しいとすぐ泣いちゃうから春奈も気をつけてね」

「へー、意外と泣き虫さんだね。先輩!」

「うっさーい! ばか!」

 僕が春奈に注意すると霧谷さんがポカポカと背中を叩いた。照れを誤魔化しているのがわかるから、つい笑ってしまう。


 そんなことをしていると、ベランダの窓が叩かれた。

 皆が気がついて目を向けると南さんが黒猫のユキを抱いてベランダに立って手を振っている。

「あ! しおりさん! 猫ちゃん!」

 嬉しそうに春奈が立ち上がって向かうと窓を開けて招き入れる。というか、妹は不思議に思わないのだろうか? ここが三階だってことに。

 ユキを床に降ろした南さんが僕らの元へ来てローテーブルを挟んで座り、泣きはらした霧谷さんの顔をマジマジと見た。

「なにか良いことあった?」

「もー! どいつもこいつもーー!」

 膨れた霧谷さんがそっぽを向いて南さんは笑う。ユキはトトトと僕の膝に来た。

 僕は春奈が来た理由を南さんに説明する。

 すると南さんが春奈に提案してきた。

「それじゃあ、私の所に来る? 一部屋空いてるけど」

「ええっ!? いいの?」

「もちろん。誰かさんがオッケーしてくれれば、ね?」

 驚いた春奈に笑顔の南さんが僕に目配せする。つまり僕の返事待ちだ。これ以上、南さんには借りを作りたくないけど春奈が期待を込めた目で僕を見ている。……はぁ。心の中でため息をつく。

「…わかったよ。お願いできる南さん?」

「ふふっ、もちろん。よかったね春ちゃん!」

「はい! やったー!」

 二人が手を合わせて喜んでいる。いいのか? 本当に? 霧谷さんは戸惑っている感じだ。

 南さんのマンションについて詳しく聞くと、どうやら単身者専用ではないので管理会社に言えば大丈夫なようだ。家賃は折半で僕が払う事になった。といっても、春奈もある程度自分で払う気があるのかバイトを始めるようだけど。

 正直に言うと、最近は懐事情が寂しいので妹も稼いでくれるのはありがたい。新しい会社のボーナスが待ち遠しい……。

 それから南さんの都合を聞いて引越の日程を詰めていった。後で叔父さんたちにも連絡しないと。


 夜は駅前のファミレスで春奈を含む五人で食事を取った。急な客で冷蔵庫に食材が無かったからと、南さんもいたからだけど。

 帰りにはスーパーに寄って食材を買い足してマンションへと戻った。

 春奈は明日、新潟へ帰るので今日は僕のマンションへ泊まることになった。

 南さんと別れた僕らは自宅へ戻って、リビングでくつろぐ。

 気恥ずかしそうな霧谷さんが春奈とポツポツと話して交流を深めている。二人とも楽しそうなので僕も一安心だ。

 新菜さんの用事がなければ、妹の見送りに付き合って欲しいけど難しいかな? 会った時に引越しの話をしておこう。

 風呂に入るとまだ起きている霧谷さんと春奈、ティにお休みを言って自分のベッドへと入った。

 明日は改めて南さんにお礼を言っておこう。

 暗くした部屋でしばらくすると(まぶた)が重くなってきた……


 ◇ ◇ ◇


「…そんな感じなんだけどわかった?」

「わかったから、寝かせてよー。もう、眠いから」

 なんでか知らないけど白滝の妹、春奈が自分語りを始めて止まらない。お前の学校の話なんて興味ないってのに。

 でも、楽しそうに話すから無下にできないし、困った。

 アタシと春奈は二段ベッドの横に座って喋っていた。もちろん少し離れて。調子に乗って春奈がさわってきたらすぐに逃げれるようにはしている。

 それまで下のベッドに座ってフンフンと聞いていたティがおもむろに立ち上がると、アタシと春奈の肩に手を置いた。

「それじゃあボクはシラ兄の所に行ってくるから。春奈姉ちゃんは上のベッドを使ってね!」

 笑顔で言うとティは魔法少女のオープニングテーマの曲を鼻歌しながら部屋から出て行った。

 春奈は親指を立てて笑顔で応えている。なんで、あんたらはそんな元気なわけ?

 アタシはグッタリした。


 すると壁の向こう側から声が聞こえる。

『おわぁあ! って、ティか…。どうした?』

『ボク、今日はこっちで寝るから!』

『えっ! 春奈か霧谷さんと一緒に寝ればいいだろ?』

『二人だと狭いし。いいでしょ?』

『だめだって。こっちだって狭いよ。って、抱きついてきた…』

『エヘヘ。いい匂い』

『やめてくれよティ。腕を回されると身動きとれないから。大人しく横で寝て欲しいんだけど』

『じゃあ、チューしてくれたらやめる』

『だめだって!』

『ニーナ様ばっかりズルい~~!』

『ティは彼女じゃないだろ?』

『シラ兄はボクのこと嫌いなの……』

『あー泣きまねしてもだめだって。そんな涙目で見てもダメ! ……しょうがないな』

 ……チュッ。

『エヘヘーー。おでこだけど許してあげるー』

『満足してくれて嬉しいよ。早く寝ようよティ』

『はーい』

 めっちゃよく聞こえる。

 しかも、ニャーって鳴き声も聞こえる。いないと思ったら白滝の部屋にいたのかユキは。

 手で口を隠して笑いをこらえていた春奈がこそっと言ってきた。

「壁…薄いですね」

「まあね。おかげで喧嘩すると隣の住人が壁ドンしてくるし。このマンションって古いからね」

「アハハハ。兄さんとはよくケンカするんですか?」

「たまにね」

 肩をすくめて答える。大半はアタシが原因とは言わないでおこう、面倒だし。あとは、南がらみだな。

 と、春奈が違う事を聞いてきた。

「なんで兄さんにはふれて大丈夫なの?」

「んー知らない。アタシにもわかんない」

「でも、しおりさんやティちゃんにもふれても大丈夫なんですよね?」

「なんって言ったらいいか…白滝とは別なんだよ」

「ふ~ん。それって秘密の事案ですか?」

「兄と違って鋭いね、春奈は」

「もう一回!」

 突然ググっと春奈が迫って来る!

 驚いて後ろに身を引くとまた春奈が繰り返した。

「もう一回お願い!」

「な、なにを!?」

「名前です! 私のこと」

「ああ! 春奈?」

 何のことか理解して言うと笑顔で春奈はニコニコと座り直した。一体なんだ? 名前を呼ばれるのが良かったの? アタシにはわからない。

 それで白滝のことを思い出した。

「そういえば、一度だけ白滝にふれたときに読めたことがあったよ」

「そうなんですか? 過去が全部見えたとか?」

「いや、ほんの一瞬、なんか温かくて優しい感情が流れてきたのを覚えてる。後にも先にも、それっきりだけど」

 あのときの出来事が頭に浮かんでくる。白滝の手にふれたとたんに溢れてきたんだっけ。

 さわっても平気な人間がいるなんて当時は思ってなかったもんな。だからたまに突っついてたっけな。

 春奈の視線にハッと気がついて見るとニヤニヤしている。

「なんかいい思い出があったんですね。兄さんと」

「ねえし! あったら喧嘩してねぇし! うっさい!」

「ウフフ。かっわいいーー」

 今度はキャッキャして近づいてくる! 怖いよ!

 なんでか知らないけどアタシに対して、あからさまに好意を寄せてくる人間は初めてだ。

 白滝家は変な奴しかいないんじゃないか? 自分の境遇が良いのか悪いのかが分からなくなる。

 まあ、でも、嫌われるよりは百倍良いけど。


 翌日、お昼過ぎに春奈は電車に乗って新潟へ帰って行った。

 ホントにただの報告をしき来ただけだったようだ。

 あの行動力には負けそうだ。旅費もかかるだろうに。

 その日の夜に白滝は新菜と話があるとかでティちゃんと一緒に行ってしまった。

 一人、マンションで待っているのも少し寂しい気がする。

 前までは一人なんて余裕だったのに。というかほぼ一人きりだったのに。

 ……一年もたってないけど、自分が変わったことに気がついてしまった。あんなに泣き虫じゃなかったし、人に協力的っじゃなかった。

 もし、あのときに白滝たちと出会ってなかったら、アタシはどうなっていたんだろうか?

 いつもイライラして人を突き放して狭い世界で生きていたかもしれない。

 なんだかどうでもいいことばかり考えてしまう。これなら白滝たちと一緒に行けばよかったな…。

 ふと、リビングからベランダの窓に目をやる。反対側のマンションの窓には明かりがついていた。

 …まあ、ちょっと猫ちゃんに会いにいこうかな?

 という理由を作って、南のマンションへ行くためにアタシは立ち上がると玄関へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ