六十二話 八巻さんに頼まれる
夕食を済ましてくつろいでいる頃、黒猫のユキと南さんがいつののようにベランダから遊びに来る。
さすがに何度も注意するのも面倒になり、最近はそのままにしている。
トコトコとユキが僕の膝の上に乗るとティが横で難しい顔して猫を見つめている。ローテーブルの横では、霧谷さんが寝転んでスマホのゲームに夢中になっている。
しばらく南さんと他愛もない会話をしていると玄関のベルが鳴った。
こんな時間に誰だろうか? 新菜さんなら事前に連絡がくるはずだ。
急いで立ち上がって向かい、玄関のドアを開けると、そこには八巻さんとネマが立っていた。
「や! 来たよ!」「こんばんわですぅ」
「えっと、呼んでないよね?」
「当たり前でしょ! サプライズなんだから!」
ニッと笑みをこぼして八巻さんが中に入って来た。
どんな用で来たのかと聞こうとすると、八巻さんが怖い笑顔で迫って来る。
「ちょっと! 昨日の夜、ライノスがうちに来たんだけど。白滝君がたきつけたみたいじゃない?」
「ええっ!? いや、僕は八巻さんに連絡してみたらと言ったけど、直接行くなんて知らないよ!」
目が血走ってる八巻さんが顔を寄せてくる。怖い! ライノスは何やってんだ!
ジッと僕を睨んでからため息をつくと八巻さんは顔を離した。
「ホントみたいね。じゃあ、あれは単独行動だったわけね?」
「そりゃそうですよ。スマホを教えたその日に行くなんて常識的に考えられないし」
「そうよね、アイツってそんな奴だった」
納得した八巻さんは一人頷いてリビングへと向かう。ネマはふふっと微笑みながら後をついていった。
とりあえず霧谷さんをどけて二人に座ってもらうとお茶を出した。
「ところで何の用ですか?」
ローテーブルの対面に座って用件を聞く。こんな時間に来るぐらいだから重要なことかもしれない。
八巻さんはカバンからバインダーにまとめてある書類を取り出すとテーブルの上に置く。
「白滝君にお願いがあるんだけど」
「何をですか?」
「新しい部署に関する人事を任せたいの。ここにあるリストからあなたが良いと思う人を見繕ってもらえる?」
「えっと、そんな重要な要件はもっと適した人にお願いします」
思いのほか責任のある話に驚いて断る。人事経験のない僕に何をさせたいのだろうか?
ニコッとした八巻さんはバインダーを開き中を示す。
「大丈夫。あなた普通じゃない人に詳しいでしょ? ここにはそんな人たちがいるわけ」
「意味がわかないんですけど……」
言われて書類に目を通すと履歴書のようで顔写真付きでプロフィールが載っている。書面の上には極秘のハンコが……。
詳しく読むと“能力”の項目があって、“念動力”とそれにまつわる細かい解説が書かれていた。
顔を上げ八巻さんを見るとニヤニヤしている。
「これって…超能力者?」
「そう。新部署ってのは異能力者の部隊の事。チームで問題にあたってもらうわけ」
八巻さんの説明でなんとなくわかってきた。寝転んでいた霧谷さんがムクリと起きてテーブルに寄ってくる。南さんも僕の横に座り直してバインダーに注目している。
黒猫のユキも顔を上げて見ている。ティはいまだユキを羨ましそうに見ていた。
「ますます僕は必要ないみたいだけど?」
「はー、バカね。あなた以上の適任者はいないよ。自分の回り見た事あるの? まともな人間なんていないじゃない!」
「え…八巻さんも?」
「ぶっとばすよ! あと南さんも意外そうな目で見ないで!」
僕たちが呆れて八巻さんに注目しているとネマが助け船を出した。
「最終的な判断はぁ、八巻様がしますからぁ。適当に見繕ってくださいぃー。白滝様は自信を持って大丈夫ですぅ」
「そ、そう?」
「ちょっと! なんで私よりネマの言う事を聞くの! 変じゃない!?」
怒った八巻さんが言ってくる。そんな事、言われても。
僕らが言い合っている間に、勝手にバインダーの書類を見ていた霧谷さんが声を上げる。
「アタシもいるじゃん!」
一枚を取り出してマジマジと読んでいる。
「なにこれ…スリーサイズなんて関係なのに載ってる! つか、なんでわかるの!?」
ワナワナと震えている霧谷さんがいまにも書類を破きそうだ。
「ちょっと霧谷さん。それを戻して」
僕が手を伸ばすと霧谷さんは避け、目を向ける。
「そんなにアタシのスリーサイズが知りたいの? ヘンタイ!」
「いや、興味ないからね? その書類を戻して」
「ウソ! アタシ知ってるからね!? たまに新菜さんの胸をイヤラシイ目で見てるでしょ!」
「ち、ちっと待て! そ、そそんな目で見てないし!」
なぜか僕が攻撃されている。た、確かに胸を見てたことはあるけど。
顔が赤いのを無視して説得する。
「に、新菜さんは彼女だからいいだろ? それに霧谷さんとは比べられ…」
とたんに霧谷さんの眼鏡と目が同時に吊り上がるのをみて、言いかけてやめる。なにかの地雷を踏んでしまったらしい。
「あっそ! 白滝ってオッパイの大きさで彼女とか決めてるんだ? どうせアタシは無いよ!」
「ち、違うから! そういう意味じゃないから!」
「ウソだ! 今、アタシのをチラッと見て確認したでしょ!?」
激情している霧谷さんに打つ手がない。というか、僕が何を言ってもダメな気がする。そんなにコンプレックスだったの?
するとティが今にも泣きそうな顔で僕の腕に抱きついてきた。
「シラ兄! ボクもオッパイないよー。嫌わないで~!」
「違うからね? 霧谷さんといい、勘違いしてるからね?」
慌てて言うがティが僕の腕に顔をうずめてしっかりと抱きしめている。
助けを求めて南さんと八巻さんに目を向けると、腹をかかえて爆笑してて横になっていた……。
その後、なんとか霧谷さんの怒りを鎮めてティを説得すると、やがて落ち着きを取り戻した。
「あー面白かった。白滝君のところは楽しくていいねー」
「この元凶は八巻さんですからね? 勘違いで霧谷さんに恨まれるところだった…」
八巻さんが楽しそうに言うのを反論する。いまだ霧谷さんは鋭い目で僕を見ているし。
すっかりくつろいでいる八巻さんはバインダーを閉じて僕に渡す。
「人数は二、三人でいいから。あ、霧谷ちゃんは入ってるからね。よろしくね」
「わかりましたけど、責任持てませんよ?」
「アハハ、いいの。大丈夫」
ひらひらと手を振って八巻さんはお茶を飲む。
しかたなくバインダーを開いて一通り眺める。その間、南さんが八巻さんに質問しているのを聞いていた。
「超能力者って案外少ないのね。これで全部?」
「もちろん違うよ。このリストに載っているのは四十人ほど、こちらに回せられる人とフリーね。実際の人数は百人ぐらいじゃなかったかな」
「多いのか少ないのか微妙ね…」
「そうね。でも全員が超能力者ってわけじゃないから。いろいろね」
「ふ~ん」
頬杖をついた南さんは僕の手元に視線を向ける。
確かに八巻さんの説明にあったように能力はさまざまだし、年齢もバラバラだ。
書類には政府関連部署に所属している者、一企業に社員として迎えられている者やフリーランスなどが収められている。
どの人物も自分の能力に合う仕事についているようだ。
しかし、こんな国家秘密みたいなモノを一般人の僕に見せて大丈夫だろうか。
一通り頭に入れるとバインダーを閉じ、時計を確認して八巻さんたちに顔を向ける。
「八巻さん。そろそろ時間が…」
「あっ! ホントね。私のベッドはどっちかな?」
あっけらかんと八巻さんは泊まる気でいる。
「えっと、車で来たんですよね?」
「電車。お泊りセットも持ってきたから」
「ネマ、八巻さんを注意してくださいよ」
八巻さんに言ってもらちが明かないのでネマに振ると微笑まれた。駄目だこれは。
「南さん、泊めてあげて!」
「私達ベランダから来たから…。ねぇ、ユキ?」
「ニヤー」
南さんに助けを求めたら、やんわり断られた。同性だからいいと思ったのに……。
しかたなく八巻さんを泊めることになり、霧谷さんとティが使っている二段ベッドで寝ることになった。
南さんと黒猫のユキはしばらくいたが、今は向かい側のマンションの自室へ帰っている。
風呂から上がった八巻さんは部屋着に着替え、濡れた髪をタオルで束ねて缶ビールを美味しそうに飲んでいる。霧谷さんとティは入浴中だ。
「ぷはーっ! これだねぇ~」
「そういえばライノスとはどうなりました?」
聞くとギロリと睨まれる。二人になにかあったのか? 八巻さんは手に持っていた缶ビールをドンとテーブルに置く。
「…あいつ、直接来ていながら電話してきたの。わかる? ビックリして通話を切ったらベランダにいるんだよ!?」
「ははは。それは驚きますね」
「まあ、条件次第で付き合ってもいいって答えたけど……」
少し顔を赤らめ八巻さんは横を向いてテレビを見ながら言ってきた。けっこう恥ずかしがりだなぁ。
「もう少し素直になったらどうですか?」
「あなたたちみたいには無理ね。どこでもイチャイチャしちゃって」
「いや、そんなには……」
言われて照れる。というか、そんなに僕らはイチャイチャしてた記憶がないけど。
八巻さんが身を乗り出してくる。ふんわりとシャンプーのいい匂いが漂う。
「ところで、あんたたちはどこまでいったの? イクとこまでいっちゃた?」
「な、ななんで聞くんですか!? ほ、ほっといてください!」
ニタニタ聞いてくる八巻さんにどもって答える。そんなこと普通、聞くかな?
目の前の八巻さんは引きそうもない。ニヤニヤしてるけど顔が怖い…。しぶしぶ口を開いた。
「だ、だって、新菜さんって抱きしめただけで死にそうとか言うから、なかなか先に進めないんですよ……」
「プ、なんだって!? 死にそうになるの? アッハハハハハ! ヒーヒー」
吹き出してやっと離れた八巻さんが爆笑している。……なにか悔しい。
半目で八巻さんを眺めていたら霧谷さんとティが風呂から上がって来た。
二人は僕らをいぶかしげな表情で見ていた…。
なんだか、騒がしかったがやっとベッドに入り込む。仰向けになり天井を見つめる。
は~っと息を出すと先ほどの書類が思い浮かべる。なんだか気の重い仕事だな……。
「もう寝ましたぁ?」
「あれ? ネマ?」
豆電球の下にスラリとしたシルエットが浮かび上がっている。上半身を起こして彼女に向いた。
「八巻さんと一緒に寝たんじゃないの?」
「ふふっ、少し話がしたくてぇ」
ネマは近づいてベッドに腰かけてきた。
「何の話?」
「あまりお近づきにぃ、なれませんでしたからぁ」
「ああ、そうだね。ネマは八巻さんに付きっきりだったから」
「……もう少し寄ってくださいぃ」
「え!? いや、なんで?」
ネマに無理矢理ベッドの端に移動させられる。空いた所に彼女が入って来た。
「ちょ、ちょっと!」
「ふふっ、大丈夫ですからぁ」
寝返りを打つと目の前にネマの顔がある。綺麗な顔で微笑んで僕を見つめている。
「……少しティが羨ましかったですぅ。あんなにぃ無邪気な顔。ニーナ様の前でもしなかったぁ」
「そうかな。ティっていつもあんな感じだけど」
「ふふっ。ニーナ様が少女の頃はいつも一緒に遊んでいましたからぁ。ティはぁ一番最初に創造されたんですぅ。私はぁ三番目」
「ネマは寂しかったのかな?」
聞くとネマが僕の片側に身体を寄せてきた。…これは事案になならないけど、新菜さんに殺されそう。
ネマの頭を僕の胸につける。どうしらいいんだ? 何もできずにそのままの姿勢でいる。
「しばらくこのままでぇ……」
ネマはそう呟き、しばらくすると寝息を立てていた。
さっきから影が薄いと思ったら、これを狙っていたからなのか…?
新菜さんの使い魔は皆、個性的だ。前に聞いた話しだと主人の影響があるみたいだし、きっと新菜さんの一面が出ているかもしれない。
まあ、ティと一緒に寝てると思えばいいか……。僕もいつの間にか記憶が遠のいていった。
◇
翌朝起きるとネマの姿がベッドから消えていた。きっと八巻さんの所へ戻ったのだろう。
着替えてリビングに出るとすでにティが起きていた。
「おはよー」
「おはよ! シラ兄!」
ニコニコとティが挨拶する。もう準備ができているようだ。他の人はまだ寝ているみたい。
急いで支度をすますと、日課のランニングに二人で出かけた。
戻るとネマが起きていて朝食の準備をしていた。ティと揃って朝の挨拶を交わし、朝食のお礼を言うと微笑んで頷いた。
ティが霧谷さんと八巻さんを起こしに行っている間、ネマが僕の元へツツーと身を寄せてきた。
「昨日はぁ、ありがとうございましたぁ。甘えさせてぇもらえて満足ですー」
満足そうな笑顔でお礼を言われた。八巻さんに甘えてたと思ってたけど違ったようだ。
「そうだったんだ。でも、新菜さんでもよくない?」
「ふふっ。将来のぉ旦那様ですからぁ、一緒ですー」
「え、いや、その気はあるけど、まだ先っていうか……」
ネマに先の事を言われ、しどろもどろになる。そこまでは考えていなかった…。
顔色をうかがっていたようで、つま先立ちで僕の耳元に口を寄せ、ネマが囁く。
「ひどい別れ方をしたらぁ、黙っていませんからぁ。でもぉ、白滝様なら大丈夫ですよねぇー?」
「は、はい!」
今までと違う低い声に思わず直立して返事をする。
よく考えたら、新菜さんを悲しませるような事になったら、本人の意志とは関係なく使い魔たちが報復に来るのではないだろうか?
ニコニコしているネマを見ていて背筋が寒くなる。…ひょっとして新菜さんと付き合うのって大変!?
ちょうどティたちが身支度を終えて出てきた。
慌ててティの腕を取って僕の寝室に連れて行く。
「どうしたの、シラ兄?」
不思議そうなティにしゃがんで視線を合わせて真剣な表情で聞く。
「ティ…ティは、僕の味方だよね? 困った時は助けてくれる?」
「なに言ってんだよー。ボクは何があってもずっとシラ兄の味方だよ!」
ニコッと答えるティにホッと安心して抱きしめる。良かった…。一人でも味方がいるって安心する。
ふと、視線を感じ顔を上げると、寝室の開いたドアの隙間からネマが僕を見ていた。
思わず目が合うとネマは口元を上げ、ウインクをするとリビングへ戻っていった。
意外と表裏がありそうだなネマって。
とにかく新菜さんを大切にしょうと心の中で誓った。
お読みいただきありがとうございます。
すみません、遅筆のためにストックが尽きてきました。
余裕をもって始めたつもりでしたが、思った以上に筆が進まなく……。
次回から週一の更新にさせていただきます。
完結までは頑張る所存ですので、よろしくお願いいたします。




