六十一話 ライノスの買い物に付き合う
ティと一緒に連れ立って駅の改札口で新菜さんと落ち合う。
顔は笑っているが、これから向かう先が嫌なようだ。なんとなく態度が硬い。
先日の霧谷さんの話しだと、大谷教授の所に堀田さんが来たようだ。八巻さんの新会社への勧誘のようだけど。どういう基準の人選かがわからない。
そもそも僕の務めている会社で他に誰を引き抜くのかさえ不明だ。それでも新菜さんが僕と一緒にいたいと意思表示をしてくれたのが嬉しかった。
三人で見慣れた大佐の工場へ行く。
冷えて冷たくなった機械の間を通って、二階の居住エリアへと階段を上がっていく。
ドアの呼び鈴を押すと軽い足取りが聞こえ、豪快に開かれた。
「待ってたぞ! さあ!」
ライノスが飛び出さんばかりに迎えてくれた。若干、引きながらも苦笑いで挨拶する。新菜さんは僕の後ろに隠れて服をギュッと握っていた。そんなに嫌わなくてもいいのに。
「こんにちは、ライノス。出かける前に大佐に挨拶させてほしいな」
「む、確かに。中に入ってくれ」
納得したライノスが中に招いてくれた。
リビングへ行くとソファーに大佐がかわいい猫の写真集をビールを飲みながらニヤニヤ見ているところだった。
僕らに気がつき、慌てて写真集を背中に隠す。
「おお! よくきたな! こ、こっちに座ってくれたまえ。ソールは彼女の花屋を手伝っていて不在だ」
「こんにちは大佐」「お久しぶりです」「ちわ!」
僕たちも挨拶してソファーに座り、持ってきたお土産を渡す。大佐は受け取りながらも背中の写真集をそっとテーブルの下に隠していた。ティは目で追わないで! そっとしておいてほしい。
大佐は誤魔化すように作り笑いで話し始める。
「この前はライノスが世話になったな。なんでもバイトの帰り際に襲われて連れていかれたそうだが。しかし、八巻殿の所と聞いて安心したよ」
「ははは。僕も似たような感じだったんで…その後、誰か尋ねられました?」
「ああ。堀田とかいう者が来たよ。ライノスの件について謝罪とこの工場の事でな」
「ええ!? 工場がどうしたんですか?」
驚いて聞くと大佐がニヤリとしてビールを一口あおった。
「八巻殿が新会社を設立して、工場のスタッフは全員移籍することになった。もちろん我々もだ」
「そうなんですか。話を聞いたときは、ひょっとしてとは思ってましたけど」
「ワハハ、なるほどな。せっかく白滝と作った部品の評判が良かったのに残念だが」
前に二人で試行錯誤した図面の部品を量産してたとは、さすが大佐だ。いい素材に巡り会ったのだろう。思わず嬉しくなる。
「ほんとですか! 両方ともですか!?」
「…う。どちらかというと白滝が提案してくれた方だな。素材を変え、軽くして耐久度を上げた事が奏したようだ。正直、量産が間に合わない感じだな。これは嬉しい悲鳴だ」
少し無念そうに語る大佐。まあ、自分の考案した方が売れなかったからだね。気持ちは痛いほどよくわかる。僕もよくあるし。
「お気持ちは察しますよ、大佐」
「ああ、ありがとう。だが、儲かるのはいいことだ。白滝をうちに欲しいくらいだ」
「いえ、いえ。十分、大佐は凄いですよ」
大佐の持ち上げっぷりに謙遜してしまう。袖を引っ張られて顔を向けると新菜さんが嬉しそうに目をキラキラさせていた。
そういえば新菜さんには言っていなかった。
それまで黙っていたライノスが腕を組んで告げる。
「白滝! そろそろいいかな?」
大佐が鋭い目を向けると顔をそらして逃げるライノス。言い方! ライノス!
「はぁ…大佐、すみません。約束がありますので」
「話は聞いている。こちらこそすまんな。ライノスはその、あー、じ、常識とズレた所があるからな」
「大丈夫です」
何とか言葉を絞り出した大佐に同情しながらも答える。
僕らは席を立つと大佐に別れを告げ、ライノスと工場を出て池袋を目指した。
◇
家電量販店「ミックカメラ」、スマートフォン・携帯電話コーナーの一角で僕らはライノスに説明して機種を選んでもらっている。
「ふむ…これは私には似合わないな。やはりこちらか…」
「いや、いいけど、これは高い機種だからね? 予算は大丈夫?」
見た目で選ぶライノスはおのずと質感の良い高級機種へ手を伸ばしていた。懐事情に厳しい僕では購入に躊躇してしまうモノだな。新菜さんとティは興味無さそうに二人で話していた。
結局、上位機種を選んで通信会社を店員と一緒に説明して決めてもらい契約してもらった。
「これでバッチリだな! さ! 八巻の番号をくれ!」
「まだだからね? 使い方を説明するから。いい?」
「む、そうなのか…。なかなか手順が多いな」
僕の言葉にライノスが不満げにもらす。
ライノスのスマホを購入した僕らは、近くのコーヒーショップへ移動している。僕と新菜さん、ティと並び、テーブルを挟んでライノスが一人で座っている。…なんかバランスが偏っているけど、この並びじゃないと彼女らには納得してもらえなかった。
テーブルの上に置いたスマホを使ってライノスに使い方を説明していく。ふむふむとライノスは頷いているけど、理解しているのかは不明だ。
一通り説明して実践してもらう。
ライノスはまごつきながらも操作して、わからなくなると指が止まり、情けない目を僕に向ける。
少し吹き出しながらも説明していく。僕たちの連絡先を登録していき、やっと本命の八巻さんを登録し終える。
眼鏡を取り、額の汗を拭ったライノスはコーヒーをグッと飲み干した。
「ふ~~~疲れた~。これで万全だ」
コーヒーカップを受け皿に置くと、グッタリとイスの背もたれにもたれかかっている。
「お疲れ。後でわからなくなったらソールにでも聞いてくれよ?」
「ああ、わかった」
眼鏡を再びかけるとニッと笑みをくれた。ちなみに新菜さんとティは一言も発していない。僕たちの成り行きを静かに見守っていた。
ここで気がついた事だけど、ライノスは背が高く見た目がイケメンだからよく目立つ。周りにいる女性たちがチラチラとライノスに視線を向けていた。なんか僕が添え物のような感じだ。
なぜか警戒している新菜さんが僕にピッタリと身を寄せていた。
落ち着いた所で場所を変え、お昼にすることにした。
ライノスの要望で西口のパスタ屋へと入る。店名は「バザーピッツア」、八巻さんがオーナーのチェーン展開しているイタリアンレストランだ。
池袋にあったなんて知らなかったので新鮮。
ライノスが予約しておいてくれたようで、混んでいる店内のリザーブ席へと案内された。意外と気を遣ってもらえていることに驚く。
聞くと、昨日バイト先から連絡してもらったようだ。お礼を言うと照れたのか眼鏡をソワソワと直していた。
ティは嬉しいようでメニューにかぶりついている。それぞれ注文を済ませ落ち着く。
さっそくライノスはスマホを操作して何かをしているようだ。
──と、僕のスマホが鳴った。
慌てて取り出して通話すると知っている声が話す。
「お! つながったぞ!」
目の前のライノスが嬉しそうにスマホを耳にあてている。
「わかったからライノス。もう少し離れてしようね?」
「ワハハ。そうだな! これで安心だ!」
笑いながら通話を切ったライノスがスマホをしまう。その光景を見て、昔の自分を思い出したのか新菜さんは隣で吹き出していた。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきて、僕たちは楽しく食事ができた。
食後、店を出ると、互いに礼を言い合って僕らはライノスと別れた。
なにか良いことをしたようで心がスッキリする。
新菜さんは安心したようでホッとした表情をしている。
「何事もなくてよかった。お疲れ様です、白滝さん」
「ハハ。そんなに心配しなくてもよかったのに」
僕が笑って言うとふくれた新菜さんがお腹をつねってきた。ティは新菜さんと手をつないでいる。
「それじゃあ、行こうか」
「帰らないんですか?」
「まだ時間もあるし、これからデートしない?」
ハッと気がついた新菜さんが満面の笑みを見せる。
「はいっ! いきましょう!」
互いに手を取って、休日の人混みにまぎれていった。
◇ ◇ ◇
積み上がった書類を見てげんなりしていると、ネマが紅茶を出してきてくれた。
「お疲れ様ですぅ」
「ありがと。はぁ、やっても、やっても終わらないし」
「ふふ。ニーナ様もぉ、同じ事を言ってましたよぉ」
微笑みながらネマが隣に座った。テーブルに置いてくれた紅茶のカップに手を伸ばす。
新会社を設立することにしたけど、関係、関連書類が次々と堀田から渡され、確認や捺印をする作業に追われている。
今、在籍している会社から帰ってからの仕事の方が忙しい感じだ。こういう時にネマがいてくれて助かっている。
自分で肩をもみながら首を振って紅茶を口に含む。
覚悟はしていたけど、思った以上にやることが多い。
特に人選で悩む。こういう時にアドバイスが欲しいけど、そのアドバイザーを選ぶのもしんどい。
周りがよく見えて一定の評価ができ、先入観を持たずに判断できる人物……そんな人はいないし。
……いたわ、一人。
おっとりしてて、回りに異能者がゴロゴロしているのに普通に接している人物が。
こんな間近にいて私も気がつかなかった。
ふふっと笑うとネマに目を向ける。彼女は私の視線に気がついて笑みをくれる。
「しょうがないよね? だって適任なんだし」
「何か決めましたかぁ? 新菜様に関連してますねぇ」
「あはは。わかる? ちょっとしたアドバイザーにさ、白滝君を起用しようと思っているわけ」
「なるほどぉ。良い考えですねぇ。彼はよく見てますから~」
ネマはニコリとして私の意見を肯定してくれた。
よし! 明日、白滝君のマンションに急襲して書類を見てもらおう。計画を決めると、いくぶん気が楽になった。
は~疲れた~。
と、スマホが振動する。
ん? 誰? 登録していない人からのコール。
とりあえず出てみる。
「誰?」
『八巻か?』
なんか知っている声が私を確認してきた。
「だから誰?」
『私だ。ライノスだ』
「はぁ~!? なんで番号知ってるの?」
『確認したいことがある。君は私のこと』
ブチッ。途中で通話を切った。
あービックリした。なんなのアイツ……。
ふ~びっくり。紅茶を飲んで心を落ち着かせる。
一体全体なんなの?
肩を叩かれ隣のネマを見る。
「なに?」
ネマは大きな窓があるベランダへ視線を送っている。
つられて見るとベランダにライノスがスマホ片手に佇んでいるのがわかった。
「……」
唖然と見つめる。
「ここって十六階ですよねぇ~」
ネマがクスクスと笑って確認してくる。
窓の外では、ライノスが羽織っている外套の裾が強く冷たいビル風にバタバタとあおられていた。
◇
「なにしに来たのよ!」
「あ~、難しい質問だな」
結局、ライノスを部屋に入れてしまった。ソファーに偉そうに座って熱く淹れた紅茶を眼鏡のレンズを曇らせて飲んでいる。
私は立って腕を組み座っているライノスを下に見ている。ネマも立ち上がって私の後ろに控えていた。
「どうして携帯番号を知ってるわけ? しかも居場所なんか教えてないでしょ!?」
「うむ、白滝に教えてもらった。彼のアドバイスに従っただけだ」
「あのお節介! なんで自分の事は鈍いのに周りの事だけには敏感なの~~~!」
頭をかきむしって叫ぶ。目の前のライノスはビクッとして驚いている。
あーもう! 今度会ったら文句を言ってやる!
盛大に息を吐き出し自分を落ち着かせるとライノスを睨む。
「それで、用件は?」
聞くとライノスは紅茶の入ったカップをテーブルに置き、立ち上がる。
「うむ。先ほどの続きだが、八巻、私が好きなら付き合ってもいいぞ!」
「…は!? へ?」
あまりのド直球な言いぐさに一瞬思考が停止する。やっと頭が理解するとじわじわと全身が熱くなっていく。
言い放ったライノスは得意げな顔で私を見つめている。……ムカつく。
ライノスの太ももに赤くなりながら蹴りを入れて声を上げる。
「もーー! なんでよ!? 違うでしょ!? 先に自分の気持ちを言うもんじゃないの!?」
「痛いぞ、八巻。私は自分の気持ちがわかった上で言っているのだ」
「それをちゃんと言葉にしろ! クソメガネ!」
「ぬ、そうか。少し照れるが言わせてもらおう、その前にいつまで蹴っているのだ八巻?」
「いいから早く言え!!」
「私は八巻を愛しているようだ。だから付き合ってもいいぞぉおおっぷ!」
ライノスが言い終わらないうちに私の左ストレートが顔面を捕らえた。
あーイライラする! 何て言い方! 私の気持ちをわかってて、この言い草!
怒りを彼にぶつけるが平然として受け止めている。
散々暴れると疲れてライノスの胸に頭をつけてもたれかかった。荒い息が彼の冷たい服を湿らせる。両腕が重い、だらりと垂らしている。こいつ頑丈すぎ。
頬を赤くはらしたライノスは楽々と私を抱えてソファーにそっと寝かせてくれた。
「落ち着け」
「……他に言い方ないの?」
上半身を起こして言うと、膝をついて腰を下げたライノスが視線を合わす。
「では、いいんだな?」
「イヤ」
「なぜだ!? ちゃんと言ったぞ!」
意外な事を言われたように驚いたライノスがうろたえて声を上げる。ちょっとは乙女の気持ちを理解しろ!
「私がもっとあんたに惚れるように努力しろ! 認めたら付き合うから!」
「ホントか! なら楽勝だ! ワハハハ!」
根拠がないのにやたら自信満々のライノスは、立ち上がると拳を上げて喜ぶ。まだ早いんじゃないの!?
少し体力が回復してソファーからフラフラ立ち上がると喜ぶライノスの背中を強引に押して玄関へ向かう。
「次はベランダからじゃなくて、玄関から来て! わかった!?」
「お、おう」
まだ居残りしたそうな彼を無理矢理送り出し玄関のドアを閉めた。
「ふ~」
額の汗を拭ってリビングに戻るとソファーにぐったりと横になった。
そっとタオルが差し出される。
目を向けるとネマがニコニコとしている。すっかり存在を忘れてた。これも全部、アホメガネのせいだ。
「ありがと」
「お茶も新しくしましたからぁ、ゆっくりしてくださいぃー」
タオルを受け取り体の汗を拭く。今日はすごく疲れた……。
ソファーの空いているところにネマは座ると自分の紅茶を静かに飲んで私に視線を向けた。
「もっと彼に甘えてもぉ、いいですよぉ?」
「いいよー、そんな柄じゃないし。はぁ、もっとこう、なんというか、ドラマみたいな恋愛がしたかった……」
「ふふ。十分、衝撃的でしたぁ」
微笑んで私にふれるネマに笑って応えた。まー、この方が私らしいね。
というか、アイツって、いつも突然なんだから。しかもマイペースで空気を読まないし。
不満ばかりがたらたらと思い出される。
そこで気がついてしまった。あんな人、今まで周りにはいなかった…。だから惹かれたのかもしれない。
いつのまにか考え込んでいて、視線を感じ顔を上げるとネマが優しく私を見つめていた。
くっ、恥ずかし! 柄にもなく頬を染めてしまった。




