五十二話 新菜さん、皆に報告する
翌日、いつものように仕事を進める。
昼休みになると仲林君が無言で僕の二の腕を取って食堂へと引っ張っていく。
昨日から引っ張られてばっかりいる気がする。
隅のテーブルに連れて行かれ、イスに座ると仲林君が僕に詰め寄って来た。
「先輩! 一昨日見たんですよ! 新菜さんと手をつないで歩いているところを!」
「ん? 噂の元って仲林君?」
「俺は何も言ってませんよ。あ! ひょっとして里峰さんかも!」
「えっと、仲林君は里峰さんと一緒にいたわけ?」
「ちょうど食事に誘おうと退社した里峰さんを追いかけていたんですけど、急に立ち止まったので何事かと思って先を見たら、先輩と新菜さんが手をつないでるのを見たんですよ!」
「……」
「黙らないでくださいよ! どうなんですか!?」
仲林君のたたみかけにタジタジになる。どうやら僕たちの事を見られていたようだ。まいったな。
ちらりと回りを見て、人が近くにいないのを確認してから向き合う。
「実は一昨日、告白して付き合う事になった。以上」
「マジっすか!! 俺が何もしてないうちに先に行っちゃうんすか! 悔しいっていうか羨ましい!」
「仲林君、少し落ち着こう、ね?」
「いや、そもそもなんで新菜さんが? おかしくないっすか? 先輩なんて全くそんな素振りもなかったのに!」
「聞いてる? 声が大きくなってきてるよ」
「ズルいっすよ先輩! 誰か紹介してくださいよ~!」
「若林君って!」
興奮してきて立ち上がった仲林君を慌ててイスに座らせて、なんとかなだめて落ち着かせる。はぁー疲れる。
一息ついたところで後ろから声をかけられた。
「白滝さん! そこにいたんですか」
振り向くと新菜さんがニコニコして定食の乗ったお盆を持って立っていた。
「新菜さん」
「お昼はこれからですけど白滝さんは食べたんですか?」
聞きながら新菜さんが僕の隣の席を自然に座って来た。
「いや、まだだけど。ね? 仲林君」
「あ!? えっと、じゃ、お、俺は大丈夫ですんで、二人でどうぞ!」
凄くぎこちない態度で仲林君は逃げるように食堂を出てしまった。
唖然と見送る。さっきあれだけ言っていたのに……。
新菜さんはクスクス笑って僕を見る。
「面白い人ですね。若林さんって」
「ははは。そ、そうだね」
愛想笑いで同意した。後で開発室に帰ったら仲林君に何か言われそうだ。
とりあえず新菜さんにことわって食券を買い、天ぷらうどんを受け取ると再び新菜さんの隣に戻った。
二人で他愛もない話をしながら箸を進める。
ふと総務課の彼女について思い出した。
「そういえば池田さんってどんな人?」
「とても良くしてくれる先輩ですよ。なぜ聞くのですか?」
「ちょっと前に会って、そういえば新菜さんと同じ部署だって言っていたから」
本当の事を言いたくないので誤魔化して言うと新菜さんが半目でふくれている。
「……ま、まさか? 気になるとか?」
「いや、違うから。どうして告白した二日後に別の女性を気にしなきゃならないんだ?」
「むー。ホントですね?」
「本当だから、新菜さん」
彼女の顔が柔らかくなるのを見てホッとする。新菜さんは怒ると怖いし。
「あんたらさ、あまり人目を気にしてないよね?」
声に驚いてテーブルの対面を見ると八巻さんが意地の悪い笑顔で座っていた。いつの間に!
顔を赤くした新菜さんが反論する。
「い、一応、周りを確認してました!」
「アハハ。ウソ! 私がさっきからいるのに気がつかなかったじゃない」
「え…いつから?」
「『そういえば池田さんってどんな人?』あたりから」
ニヤニヤとしている八巻さん。自分の顔が熱くなるのがわかる。新菜さんも真っ赤だ。
あたふたと二人で言い訳を始めると八巻さんは笑っていた。
「まー、社内ではほどほどにね。いろいろ言われるから。おっと! もう言われてるかー」
「肝に銘じます……」
僕たちは八巻さんの忠告に謙虚に応じた。
◇
昼も終わり開発室に戻ると、案の定、仲林君に愚痴をいわれた。
何かいろんな意味で疲れて会社を上がり、帰途につく。
今日は飲もう。誘う相手を思い浮かべたけどナインの顔しか出てこなかった。まあ、行けばいるし。
寒い風を受け上着のボタンを留める。足早に繁華街へと向かうとスマホが振動した。
取り出し見ると新菜さんから電話のようで通話する。
「はい。白滝だけど」
『白滝さん! 今、どこにいますか?』
「駅近くの商店街あたりかな。これから“星の囲炉裏”に行くところ」
『わ、私も行きます!』
「えっと、場所分かる?」
『大丈夫です! 今、白滝さんが見えました!』
「ええ!?」
驚いて振り返ると、約三十メートル先の歩道で新菜さんがスマホ片手に手を振っているのが見えた。
「僕も見えたよ。それじゃあ」
電話を切りながら手を振り返す。
あっという間に新菜さんが近くに来た。徒歩のスピードじゃないよね?
「お待たせしました!」
「いや、待つ暇も無かったよ」
苦笑して言うと、息切れもせず嬉しそうな新菜さんの手を取って居酒屋に向かう。
そういえば一緒に帰ればよかったのかと後から気がついた。
居酒屋に入るとニヤニヤしたナインに迎えられた。
照れながら新菜さんとテーブルの席に着く。
いつものように勝手にナインが飲み物やつまみを持ってきて同じテーブルについた。
ビールのジョッキを持ったナインは笑顔でさし上げた。
「よし! お祝いだ! 白滝のオゴリで!」
「それっていつもだよね?」
呆れて僕もジョッキを、新菜さんは笑いながらウーロン茶のグラスを手に持ち上げる。
いつもと違うけど楽しく、会話が弾む。新菜さんはよく笑い、ナインは嬉しそうにしていた。
「良かったねー新菜ちゃん!」
いつの間にか、さきやんがいておつまみをモグモグと食べていた。
「さきやんはナインから聞いてたの?」
「えへへへ~」
聞くと笑って誤魔化す。ナインに目を向けると顔を逸らした。いや、それしかないでしょ?
しばらくさきやんは加わっていたが、いつの間にか席から消えていた……。
ほろ酔いで居酒屋を出るとナインも一緒に帰り道につく。
さすがに知り合いの前では彼女の手をつなぐのは恥ずかしい。新菜さんも同じようで時折、頬を染めて僕の手をつまんでいた。
地元の駅で二人と別れる。明日の約束をして。
マンションに戻るとすでにいた霧谷さんに遅くなるなら事前に連絡しろと怒られ、ティに抱きついていた。
冷蔵庫を開けると霧谷さんが用意したのか、おかずがラップをかけて保存してある。
わざわざ作ってくれたことに感動して霧谷さんに礼を言うと、あんたの為じゃないとかいいながら寝床へと逃げて行った。
恥ずかしがりだなぁとティと顔を合わせて微笑んだ。
◇
週末、新菜さんの呼びかけで大佐の工場へ集合となった。
一階事務所にある会議室を借りて関係者が全員集まっている。大佐たち三人、南さん、八巻さんもネマを連れて来ていた。もちろんティとナインもいる。霧谷さんと山野さんも加わってるけどいいのかな?
山野さんはほとんどが初対面なので僕が皆を紹介して挨拶を交わしていった。
やがて皆、着席して上座で立っている新菜さんに注目していた。
一同の前で新菜さんはそれぞれの顔を見渡してから口を開く。
「本日は私の要望でお集まりいただき、ありがとうございます。最初に詫びなければなりません。私はある重大な事を隠していました。これは直接全員に関わる事柄です。ごめんなさい」
深々と頭を下げた新菜さんの姿を見ながら、僕の隣に座る八巻さんがネマにヒソヒソと話している。
「新菜ちゃんて人前だとああなの?」
「今日は少しぃくだけてますねぇ。元の世界では上から言ってましたぁ」
なんとなく聞き耳を立てながら新菜さんが続けて話すのを聞く。
どうやら僕が発見した欠片は大変重要なモノらしく、新菜さんの世界──アビエットで“要”と呼ばれるモノの回りを囲む円盤状の“真理の輪”の欠片だということだった。
この“要”はアビエットの世界を安定させる働きがあり、“真理の輪”が無いと“要”が地面に沈み込み星を破壊するそうだ。
“真理の輪”には“要”の沈み込みを防ぐ効果があり、一定の期間ごとに儀式をして“真理の輪”の状態を一定にすることで均衡を保ってるという。
ところが儀式に失敗し、“真理の輪”が砕け、別世界へと散り散りになってしまった。そのため、未知の別世界から欠片を回収するために魔法院の主席魔導士が派遣されたとの事だった。
なるほど、そこで僕と出会ったのか。すると最初に見た新菜さんは日本に来たばかりだったわけだ。道理で日本語がたどたどしかったのにも納得がいった。
なんとも数奇な出会いに、運命はあるんだなと思った。
さらに新菜さんの語る事には、欠片が別世界へ飛ばされたことによって無数の次元間の裂け目が出来てしまい、そこに迷い込んだ魔物や発見した現地人が異世界間を行き来できているのが今の状態なようだ。
大佐たちのようにアビエットを経由して別世界へ行くモノも出てきている現状では、防ぐ手立ては、一刻も早く“真理の輪”を復元させて儀式を終わらせるのが一つの道らしい。
一通り語り終えた新菜さんが僕らを見渡して聞く。
「──以上になります。質問はありますか?」
大佐が手を上げて発言する。
「我々以外の異世界の住人が経由しているのは確認されているのか?」
「いいえ。大佐たち、ドルーダだけです。他については聞いていません」
「なら、その“真理の輪”が元通りになれば次元の裂け目はすぐに閉じるのか?」
「それは不明です。このような事態は初めての事なので予想が立てられません。すぐに閉じるかもしれませんし、一年後かもしれません」
大佐の質問に申し訳なさそうに新菜さんが答える。大佐は満足したのか腕を組んで黙ってしまった。
そこに八巻さんが手を上げながら質問する。
「さっき、解決には他にもあるような感じだったけど?」
「…そうです。一つは“真理の輪”の復元、または代わりになるモノを使う事。もう一つはアビエットの消滅です。原因であるアビエット世界が無くなれば、おのずと事態は収束するかもしれません。憶測ですが」
新菜さんの答えに重くなった場の空気を、気にせず八巻さんは続けて聞いた。
「ところでその欠片は全部集まったの?」
「まだです。帰還したときに確認しましたが、七割程度しか集まっていません」
「それじゃ、新菜ちゃんは別の世界へ行くわけ?」
八巻さんの言葉にハッとする。そうか、なにもアビエットに帰るだけが終わりではないのか。
驚いている僕と目が合った新菜さんは微笑んだ。
「いいえ、いきません。そのために賢者様と協議しました。この世界ではドルーダからの脅威がありますから。私は監視役として残ることになりました」
答えを聞いてホッとする。付き合って間もないのに別れるなんて想像だにしてなかった。
隣に座っていたティが僕の手を握ってきた。ティに微笑んで返す。
それまで黙っていた南さんが手を上げた。
「で、これからどうするわけ?」
「そのことについて皆さんと話し合いたいと思いまして、集まっていただきました」
ニコリと新菜さんが答える。
これからについてか…。考えてなかったな。すっかり新菜さんと付き合う事ばかり考えていたので気づかなかった。
それから皆で話し合って、互いに意見を募らせていった。
ソールとライノスは大佐に一任しているのか口をつぐんでおり、南さんも状況を見ているようだ。ナインも同様で腕を組んで目を閉じていた。
主に、新菜さんと大佐、八巻さんと僕が発言して意見を交わし合う。
連絡体制と監視の強化や装備方面など、今の状態を維持する方向で話しがまとまった。
確かにこちらからは出来ることが限られているし、大っぴらにできない事情もある。
どちらにせよ、新菜さんが中心になるのは変わらない。彼女の魔法の凄さは十分知っているものの、万が一を考えると恐ろしくなる。
一段落ついたところで山野さんが立ち上がった。
「話しは終わったね! それじゃあ、お昼にしましよう! 誰か手伝ってもらえる?」
ソールが立ち上がり、僕も続く。新菜さんやナイン、南さんも立ち上がり、山野さんの後をついていく。
二階の住居へ向かうとキッチンのテーブルには料理が既に用意してあり並んでいた。唐揚げや肉巻き、サラダなどオードブルのようだ。レパートリーの多さに羨ましくなる。
山野さんは身近な料理の盛ってある皿を取ると僕らにウインクする。
「これを運んでもらえる? お願いね!」
それぞれ皿を取ると一階の会議室へと持っていく。
ホッとしている新菜さんを見て可笑しくなる。きっと料理を作ると思っていたのだろう。僕の笑みに気がついた新菜さんがムスっとふくれていた。
大人数での食事も新鮮で楽しく、普段は接点が無い分、いろいろな話しが聞けて盛り上がった。
霧谷さんは借りてきた猫のように大人しくしていた。たぶん人に触れないように気をつけているせいかもしれない。
後片付けが終わった頃、大佐から出来上がった僕専用の防具を受け取った。
それはパーカーとレギンスのようで、最初に見せてもらった物とは全く違っていて普通の服のようだった。
僕の表情を読んだ大佐が説明する。
「試行錯誤した結果、既製品に組み込むことにした。君の場合、魔力供給に気をつかわない分、出力調整用の装置を組み込む必要がないから簡略している。その分、効果は絶大だ。が、いささか大げさすぎるきらいがある」
「ありがとうございます、大佐。魔石はセットしなくていいんですか?」
「ハハハ。いや、大丈夫だ。白滝の持っている魔石なら布の一枚や二枚は問題にならん」
笑って大佐は僕の肩を叩く。なんだか凄いな、この技術。
そこに八巻さんが来て、パーカーを僕の手から奪うと調べて驚いている。
「これは凄いわね! 大佐、私も欲しい!」
「えっ!? いや…わかった。確かに必要だな、自分の分も含めて」
最初は戸惑っていた大佐だったが自分で納得して了承していた。
ふと思って大佐に聞く。
「今の時期はいいですけど、夏場は暑いですよね?」
「ぬ!? これ以上は無理だな。せいぜいガマンしてくれ。ハハハ!」
大佐は笑って僕の背中を叩く。額に汗をかきながら。きっと想定していなかったのかもしれない。
とりあえずパーカーだけ試着してみる。厚手で少し重い。袖を通すと不思議な感覚が身体を通り抜けるのを感じた。
僕が着替えるのを待っていた大佐はライノスに声をかける。
「よし、実験してみよう。ライノス!」
「はい。大佐」
手に持っていた缶ビールを置いて僕らの元へライノスが来る。
「試しに全力で白滝の胸を殴ってみてくれ。白滝は少し下がってくれ、そう、それでいい」
三歩ほど下がった僕にライノスが向き合う。
そこに血相をかかえた新菜さんが出てきて声をかけてきた。
「ち、ちょっと待って! ダメです! 白滝さんに何かあったらどうするんですか!」
「大丈夫だ。死にはしない。手加減もしないが」
ライノスがよくわからないこと言いながら体を肥大化させている。
「そんなことしたらドルーダを滅ぼしますよ!? いいですか!」
怒った新菜さんが物騒なことを言い始め、片手を上げる。何かやばい気がする。
「落ち着いて新菜さん。大丈夫だから! 僕は大佐を信じているから」
慌てて新菜さんの手を取って止める。むーとした彼女は僕を見て手を降ろした。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
微笑んで新菜さんの頭をなでると頬を染めた。何故か鋭い視線を感じる。目を向けると南さんが凝視していた。少し怖い。
大佐は咳払いをすると僕とライノスを見る。
「では、始めたまえ。白滝は立ってるだけでいいからな?」
「は、はい…」
返事をして前に立つ二回りも大きくなったライノスを見上げる。見慣れてるとはいえ、間近だと迫力が違う。マッチョな身体に力が入るのがわかった。
「いくぞ!」
ライノスは握り拳を振りかぶると全力で僕の胸を目がけて繰り出す!
怖っつ! あまりの恐ろしさに目をつぶった。
──ボグゥ!
胸のあたりから鈍い音がする。
目を開くと、ライノスが打った拳を抱えて声にならない叫びを上げていた。
「おおー! やったぞ! 成功だぁああ!」
大佐が満面の笑みで両手を掲げて喜ぶ。殴られた胸はなんともない。痛みも、衝撃もまったく無いことに驚いた。
慌てた新菜さんが駆け寄って来る。
「大丈夫ですか?」
「なんともないよ。それよりライノスの方がケガしてそう」
新菜さんはライノスをちらりと見て短く呟くとすぐに僕に向いた。
「一応、治療魔法を飛ばしましたから。ホントに何にもないんですね?」
「ああ、平気」
雑な扱いの可哀そうなライノスに少し同情しつつ返事をする。
大佐は近づいて僕の両肩をバンバン叩いた。
「いやはや凄いな! これを扱えるのは白滝だけだな。ワハハハ!」
「大佐のお陰ですよ。ありがとうございます」
握手を交わしてたたえ合う。
これなら襲われても多少は大丈夫かもしれない。新菜さんは僕のパーカーの袖を握っていた。




