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五十話 新菜さんに告白する

 

 ここ数日、あまり新菜(にいな)さんとは顔を合わせていない。

 会っても彼女は何かを抱えているようで、あまり笑顔を見せてくれなくなった。

 普段なら気にはしないがどうにも暗い雰囲気だ。

 どことなく不安に身を包まれているようで嫌な感じがする。

 僕自身が原因か、他の要因かもしれないが。

 そして前に言っていたように、霧谷(きりや)さんは調査のため新潟へと行ってしまった。

 心配なので再び新菜さんに無理をいってラカを借り、彼女に持たせた。


「最近、シラ兄ってば元気がないよ?」

「ニヤー」

 リビングデでまったりしている時、心配そうな顔でティが聞いてくる。ついでに黒猫も。

「そう? いつも通りだけど」

「嘘! 強がってるもん!」

 ティが抱きついてきた。顔をうずめてスリスリしてくる。ついで猫も頭を擦りつけてくる。

 霧谷さんが旅立ってから入れ替わるように黒猫がちょくちょく遊びにくるようになった。

 このマンションはペット禁止だけど黒猫は忍んでやってくる。三階のベランダから。

 だけど、今の心境としては少し助かっている。なんとなく癒してくれる存在がいてくれるだけでもありがたい。

「ありがとう」

 黒猫を抱き上げるとニャーと鳴いた。

「ボクは~?」

 顔をうずめているティが聞いてくる。

「ティもありがとう。いてくれて良かったよ」

「エヘヘヘ」

 今度は頭をグリグリしだした。でも、こうしてると暖かい。本格的な冬に近づくにつれ寒くなってきたので暖房いらずだ。

 もちろん心もポカポカしてくる。


 ◇


 朝、日課のランニングをティと一緒にしていると、路肩に止めてある軽自動車のバンから声をかけられた。

白滝(しらたき)くーん! 久しぶり!」

「あ! 山野(やまの)さん! おはようございます!」

 ちょうど山野さんが配達用バン後部のハッチを開けている所だった。近づいていくと笑顔の山野さんが観葉植物をバンから降ろして僕に向いた。

「奇遇だねー。毎朝走ってるの?」

「ええ。この辺りはランニングコースなんですよ。山野さんは配達で?」

「そうなの。そこにあるお店と取引しててね。観葉植物なんかを届けたり、回収したりするんだ」

 額の汗を(ぬぐ)って(ほが)らかに山野さんが話す。

「意外に花屋さんって大変そうですね。買い付けだけかと思ってました」

「ハハハ、そうね。関心無いとわからないよね。私も実際働くまではもっと楽かと思ってたけどね」

 山野さんの言葉に今の仕事が好きなんだなと感じて僕も嬉しくなる。

「ソールとは上手くやってます?」

「もちろん! 意外と大佐に気に入られてね。私も父親がいないから嬉しいし。あ! 違うよ、死んでないから。ウチの両親は離婚してたって事。そりゃ、本当の父に会おうと思えば会えるけどね」

「そうなんですか、上手くいっているようで良かった。僕も気にしてたんで」

「アハハ。ひょっとしてデートの事? 気にしないで、楽しかったんだから」

「それを聞いて安心しました」

 明るい山野さんに引きずれられて僕の気分もいくぶん晴れてきた気がした。なんとも単純な軽い自分だなと思いつつ。

 それから少し世間話をして山野さんと別れた。まだ配達先があるようで彼女の邪魔をしたくなかったし。

 この出会いのお陰でランニングの続きも楽しく走れた。


 出社し仕事に就く。

 こういうときは今ある事に集中するに限る。隣のデスクで何か言いたそうにニマニマしている仲林(なかばやし)君を無視してパソコンのファイルを開いた。

 CADを操作して設計の続きを始める。そういえば試作品の完成は明日だった。思い出してふせんメモに書いて机に貼っておく。

 そこに仲林君がイスを近づけてヒソヒソと話しかけてきた。

「先輩、先輩ってば」

「な、なに?」

「新菜さんと何かあったんすか?」

「い、いや、特には……」

「だって、最近はあまり一緒にいませんよね? 食堂とかで」

 は? 驚いて仲林君の顔をマジマジと見る。

「たまに二人でいるところを見かけたんで。仲良くなれる秘訣とかあるんすか?」

「ちょっと待って。資材部の()は?」

「今はちょっとメル友みたいな感じで…三ミリぐらいしか進展してないっす」

「……」

 タハハとカラ笑いする仲林君。なんとも言えず見つめていると──


「ゴホン!」

 後ろから魚沼(うおぬま)さんのわざとらしい咳が聞こえる。

 僕と仲林君はハッと気がつき、自分たちの仕事へと急いで戻った。

 しかし、仲林君はよく見ている。その観察眼を他に生かしてほしい。


 ◇


「はぁ~」

 一人、屋上の手すりにもたれてため息をついた。冷たい北風が今の心境を写すように身にしみる。

 昼の食堂で新菜さんとは会えず、食事を終えると逃げるように屋上へと移っていった。

 ポケットからスマホを取り出し眺める。

 僕から連絡したほうがいいのだろうか? 何を理由に?

 心配はしているけど、どこまで踏み込んでいいのかがわからない。


 モンモンとしていると背後から誰かに肩を触れられた。

「わぁああ!」

 ビックリして振り返ると八巻(やまき)さんが肩に手を差し伸べたまま、苦笑していた。

「何やってんの? 大袈裟(おおげさ)に驚いて」

「いや、ビックリするでしょ! 普通!」

 ドキドキしている心臓を落ち着かせる。八巻さんは僕の隣に並んで手すりにもたれた。

「何かあった?」

「仲林君にも同じ事をいわれましたよ。そんなに変ですかね?」

 遠くを見つめて言うと八巻さんは笑って顔を向ける。

「白滝君はわかりやすいのよ。新菜ちゃんも悩んでる風だったし。ケンカでもしたの?」

「してませんけど……」

 ため息をついて答える。八巻さんは困ったように付け加えた。

「じゃあ、何なの?」

「…新菜さんの助けになりたいと思っているんですけど、どうしたらいいかわからなくて──」

 溜めていた胸の内を告げると八巻さんは手すりを静かに離れる。

 見るとそこには呆れた顔があった。

「ホント、くっだらない! 二人でやってろ! ラブコメ共め!」

「ええ~!?」

「心配して損した。仲良くなったら連絡して」

 ツカツカと社屋へ戻りながら後ろ手を振って八巻さんは行ってしまった。

 何故こうなったのか不思議すぎて、ポカンと僕はただ遠くなる後ろ姿を見送っていた。


 ◇


 結局、何も解決しないまま週末になった。

 このところ新菜さんとも連絡をとっていない。なにか切っ掛けがあればいいけど、そんな都合のいい機会も無かった。

 会社から帰るとマンションの部屋へ戻り、ティと夕食を共にした。

 近頃ティがよく甘えてくる。今も僕の膝の上に乗っていてティの膝の上には黒猫が乗っている。

 きっと僕の事を心配しているからだけど、ちょっと違う気がする。

 テレビを見ていたティが不意に顔をあげた。

「シラ兄…」

「ん?」

「もし、ニーナ様がアビエットに帰ってもボクがずっといるからね」

「ははは、どうしたの? 別に寂しくないからね?」

「なら大丈夫!」

 ティがギュッと抱きしめてきた。お返しに僕もギュッとすると黒猫が目を細めてニャーと鳴いた。


 そういえば霧谷さんは今日、帰って来るんだった。すっかり夜だし、ひょっとして明日になったかな。

 お茶に手を伸ばそうとしたところで突然スマホから呼び出し音が鳴って振動した。

 慌ててスマホを手に取る。

 ──新菜さんだ。

「もしもし?」

『あ、白滝さん。突然すみません、これから(うかが)ってもいいですか?』

「全然かまわないけど…」

『ありがとうございます。すぐに行きますね』

「えっと、気をつけて」

『はい』

 なぜかテンパってしまい上手く言葉が出なかった。

 一体、何の用だろうか? とりあえず迎える用意をしないと。


 それからほどなくして新菜さんがやって来た。マンションの近くで連絡してたのだろうか。

 ローテーブルに向かい合って座る。新菜さんの前には今出したお茶が湯気をたたえていた。

 緊張気味な新菜さんがおずおずと口を開いた。

「すみません急に」

「いいえ。何か緊急な用があるみだいだし」

「さっそくですが、あの、預かってもらっていた欠片(かけら)を返してもらっていいですか?」

「もちろんかまわないけど。でも、急だね」

 少し落ち着いた新菜さんがお茶に口をつける。ふぅと息を出すと僕に目を合わせた。

「いろいろ考えましたけど、やはり欠片を元の世界に戻しておいた方がいいと結論が出て、それで早い方がいいと。白滝さんには迷惑ばかりかけてましたから。私も未練が残らないようにしたいと思って……」

「わかりましたけど迷惑なんて思ってませんから。少し待って」

 新菜さんの言葉を受け立ち上がると、洋服をしまってるクローゼットからタオルで包んだ欠片を取り出す。

 クローゼットから振り返る。すでに新菜さんは立って待っていた。

 そっと欠片を差し出すと新菜さんは両手で受け取って硬い笑顔を向けた。

「ありがとうございます。これで思い残すことはありません」

「それならよかった……」

 僕も笑顔を絞り出して答える。

 玄関で新菜さんを見送り、彼女は硬い笑顔を残して去っていった……。


 リビングに戻って再び座るとティがぴったりと寄り添って来た。

 新菜さんに出したお茶はそのまま置いてあり、飲みかけの湯のみからは湯気がゆらいでいた。

 あれ? ひょっとして……

 もしかして新菜さんはアビエットに帰るって事?

 ずいぶん前に話していたように、もうこの世界には戻らないつもりなのか?

 ハタと理解した途端、目の前が真っ暗になる。

 ……なんて僕はバカなんだ!

 話した内容を思い返す。最後に交わした言葉があんなのでいいのか?

 別れ際に見せた彼女の笑顔が浮かんだ。少し陰のあるいつもとは違う笑顔──


 急に立ち上がると目をパチクリしているティに聞く。

「ティ、新菜さんが今いる場所ってわかる?」

「え~。さすがにわからないよー」

 困った顔で答えるティの頭をなでて足早に玄関に向かう。

 僕を追いかけながらティが声をかけてきた。

「シラ兄! どこにいくの?」

「新菜さんのところ!」

 マンションを急いで出るとスマホを取り出して新菜さんへ電話する。

 ──『おかけになった電話は、電波の届かない場所におられるか電源が入っていないため……』自動音声が答える。

 ダメだ。

 もう一人に電話をかけるとすぐ出た。

『珍しいね、こんな時間にさ』

「ナイン!」

『なんだよ。何かあったか?』

「緊急なんだ! 新菜さんのいる場所、わかる?」

『家にはいないけど』

「違うって! 匂いで探して欲しいんだ! 駅に向かってるからそこで落ち合おう!」

『は!? 何言ってんだ? 新菜はア』

 焦れて途中で電話を切るとスマホをポケットにしまう。

 間に合ってくれ! 駆け足で駅を目指した。


 駅に着くとすぐにナインがやってきた。

「話してる途中で切るなアホ! で、どうするんだよ?」

「ごめん、急いでて。新菜さんのところへ案内してほしい。今すぐ!」

「なんで?」

「いいから早く!」

 勢い言うとやれやれと肩を上げたナインがティと目を合わせる。

 顔を上にあげると僕を引っ張って駅を出た。

「こっち。急いでるんだろ?」

「ありがとう。助かる」

 礼を言ってナインの後についていく。最後に会えることを期待しながら。


 ◇


 ──人通りが無い、ビルの合間にある細い路地に彼女はいた。

 明りの無い夜道に両手でダンボール箱を抱えて立つ姿は、初めて彼女が消えたところを目撃した夜を思い出させた。

 走って近づくと気がついた新菜さんが振り向き、驚きで目を見開く。

「白滝さん…どうして!?」

「新菜さん!」

 息を落ち着けて、お互いの表情が見える位置まで歩み寄る。

「い、行かないで欲しい。アビエットに戻らないでくれ、新菜さん!」

「……なぜです?」

 とまどっている彼女を見つめる。

「気がついたんだ。自分の気持ちに……」

 新菜さんは黙ったまま僕を注目している。今頃、緊張してきた。


「初めて行った遊園地で夕日に輝く君の笑顔を見たとき、小さなうずきを感じたんだ。今ならわかる、それが変化だと。一緒に行動するようになると変化がどんどん確信になっていって、気がついたんだ…」

 ダンボール箱を持つ新菜さんの手に力が入ったのがわかる。まともに相手の顔を見れず、視線をさげたまま続けた。

「僕は君が好きだ。新菜さん、この世界にとどまって欲しい。できれば僕と一緒に」

 恐る恐る新菜さんの顔を見ると涙を流している。あれ? 何か変な事を言った?


「う…嬉しい……」

 涙をポロポロ流しながら静かな笑みをたたえて新菜さんは荷物を下に置いた。

 そして両手を上げ(つぶや)くと膜が周囲を包む。これは結界? なにかを隠したいのか?

 戸惑う僕に新菜さんが涙を()いて微笑む。

 すると新菜さんの容姿が変化し始めた。


「私の名はニーナ・エリオット。アビエット魔法院所属主席魔導士のひとり。この地球に“真理の輪”の欠片(かけら)を探しに派遣されました」

 髪は栗色のセミロング、肌も今より白くなっている。そして瞳の色も──これは…僕が一目惚れした外国の女性。

 新菜さんは彼女だったって事? なぜ姿を変えたのか?

 下に置いたダンボール箱を再び両手に持ったニーナさんは僕に笑顔を向けた。

「日曜の夜には帰ってきますから安心してください。私はどこへも行きません」

「はい?」

 あれ? 何か思い違いをしてた?

 混乱する僕を尻目に笑顔のニーナさんが空間の中へ一瞬の輝きと共に消えていった……。


 茫然とたたずみニーナさんが消えた空間を見つめる。

 彼女のセリフが頭の中でぐるぐる回る。帰って来る? あれ?

 マンションで言っていた意味深な言葉は?

 そういえば、元の世界に戻るならナインも一緒のはず?

 ……ひょっとして僕が勝手に勘違いしただけ?


 ──バシッ!

「わ!」

 突然背中を叩かれビックリする。

 僕の肩に肘を乗せたナインが満面の笑顔で顔を近づけた。

「は~、何かと思えば告白かよ! やっと言ったな! 長かった~! 嬉しいねぇ~!」

「えっ!?」

「よし飲もう! 付き合えよ色男~! いろいろ言いたいことがあるんだよ!」

 嬉しそうなナインが僕を駅の繁華街へと引っ張っていく。

 ニコニコしていたティに疑問の目を向けると笑顔で(うなず)いた。

 そんな頷かれてもわからないよティ。


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