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三十七話 新菜さんと観光する

 

 野外用防犯カメラの映像にはベンチに腰かけている白滝(しらたき)君と新菜(にいな)ちゃん、そして霧谷(きりや)ちゃんと見知らぬ男が映っていた。

 私とネマはその場面を警備室から見ている。

 ちょうど館内を見回って暇だったので館長に代わってこの部屋で防犯モニターを見つめて楽しんでいた所だった。

「これは何しているのかな?」

「この世界で言う超能力を使っているようですぅ。霧谷様がぁ対抗しているようですねぇ。新菜様もぉ二人にわからないように加勢しているのがわかりますぅ」

「ホントに? 見た目だと全然わからないけど」

「ふふふ。そうですねぇ、魔力…気の流れでしょうかぁ、ソレが見えればぁ互いに圧力をかけあっているのがわかりますぅ」

 ネマが解説してくれているのでわかりやすい。

「でも、三人で大丈夫かな?」

「心配はいりませんよぉ。それに見えませんけどぉ、ティも隠れて様子を見ているからぁ大丈夫ですぅ」

「はー、わからないけど面白い事になってるのね」

「そうですねぇ。八巻(やまき)様」

 ニコニコとネマがしている。私が出しゃばらなくてもいいようだ。まあ、行ったところで何もできないけど。

 このホテルは私の所有物件じゃないので、建物や敷地内の物をあまり壊さないでほしい。


「あの猫って何かあるのかな? どこにでもいるような野良猫に見えるけど」

「ふふ。あの猫ちゃんの中にはぁ他のモノが入っているようですねぇ。それにぃ人為的な感じがしますねぇ。何故そうしたのかはわかりませんがぁ」

「ふーん。となると、政府がらみかな。企業で細々とオカルト研究しているところは知ってるけど、違うようだし。帰ったら少し調べて見ようかな」

 私が腕を組みながら考えを口にしているのを微笑んでネマは見ている。

 そこでふと気がついた。なんで彼なのだろうか。

「どうして猫が白滝君に懐いてきたかわかる?」

「……私達はぁ、新菜様の影響があるのでぇ彼の評価が高いのを割り引いて聞いて下さいぃ」

「わかった」

「魔力の影響を受けない白滝様のそばにいるとぉ、心が安らいでぇ満たされますぅ。だからぁ猫も休息が出来る場所を求めていたかもしれません」

「は!?」

 言っている意味がわからない。いや、わかるけれども休息とか意味不明だ。

 私の困惑に気がついたネマが言い換える。

「つまりぃ、一緒にいると安心できる人なんですぅ」

「なんとなくわかるけど、納得いかない。彼って怪物ホイホイなわけ? それじゃ、前に好きだった私も同類ってこと?」

 ムスッとして聞くとネマは口に手を当てて笑っている。もー! むしゃくしゃするし、後でライノスに八つ当たりしとこ。

 映像には男が去って、ティが白滝君に後ろから抱きついているところが映し出されていた。

 その姿を羨ましそうにネマが見ている。何だろ? 私とじゃ不満かなー。

「どうしたの?」

「いえ、ティがあんなにぃ無邪気に主人と触れ合ってるのが珍しくてぇ」

「ふーん。いつもあんな感じだけどね」

 ジッとモニターのティをネマは目で追う。そこには彼らがホテルに戻るところが映っていた。

「…ずいぶん変わったなぁ」

「ふふ。私に甘えていいからね?」

 私の言葉にネマは目を合わせてきた。嬉しそうに微笑むと警備室のドアに視線を向けた。

「館長がぁ戻って来るようですぅ」

「あら、思ったよりも早いのね。じゃあ、私らも部屋へ移動しようか」

「はい」

 ネマを連れ立って警備室を出ると、ちょうど館長がドアを開けようとしてビックリしていた。

 特に何も無かったと説明して引き継ぎ、部屋へと足を向けた。


 ◇ ◇ ◇


 朝起きて、白滝やティちゃんたちとホテルの朝食ブッフェを堪能した後、大谷(おおたに)教授と合流して席で向き合う。

 グラスに入っているオレンジジュースをストローでちゅーっと吸い出す。

 コーヒーを一口飲んだ大谷教授は息を吸ってからアタシを見た。

「なあ、朝早くに防衛省から箱波(はこなみ)君に電話があったんだが」

「昨日の事?」

「ああ。下部組織の邪魔をしないでほしいと“お願い”されたようだ」

「ふ~ん」

「ふーんって。箱波君からは撤収するように言われたよ。ちなみに原因はあの黒猫なんだよな?」

「そう」

「君があんなに警戒していたのに、なんなんだ白滝って男は? えらく猫が懐いてるし」

 ちらりと離れたテーブルにいる白滝たちを見て視線を戻す。

「わかんない、不思議だよね」

 一言で済ますと大谷教授が身を乗り出してきた。

「まさか、そんな事で済ますつもりじゃないだろうね? もっと知ってるんだろ? 昨日の報告もあいまいだし」

「……家に住ませてもらってるから」

「いやいや、違うよね? 押しかけて住んでるだよね? 一応、君も政府の人間だからね?」

「わかってるよ。でも情報がないじゃん」

 不貞腐れて言うと大谷教授は席に腰を落ち着けた。

「まあ確かにそうだが…。箱波君も詳しく教えてくれなかったからなぁ」

「でしょ?」

「はぁ。じゃ、帰るか。いつものことだが今回も成果なしか……」

 大谷教授はコーヒーを一口でゴクゴクと飲み切り、テーブルにカップを置くと席を立った。

「アタシは残るから」

 座ったまま言うと大谷教授は立ち止まってアタシを見た。

「それはいいが問題を起こすなよ? 相手もサイキックだからな。何かあったら逃げろ」

「大丈夫。アタシからは関わらないから」

 フッと笑った大谷教授は手を振って背を向けると食堂から出て行く。


 ぼんやりとその背中を見ながら考える。

 もし、問題が起きるなら、それはアタシじゃなくて白滝たちだろう。何かあっても可哀そうなのは相手だ。あんなマンガみたいな魔法を使われれたんじゃ歯が立たない。

 白滝たちは明日帰るようだし便乗しよう。あの猫がいなくなれば問題も解決だし、いつもの日常が待っている。

 半分飲みかけのグラスを持って白滝たちのいるテーブルへと向かった。


 ◇ ◇ ◇


 なぜか霧谷さんと教授はこの場を去ることになったようで、彼女だけ残るようだ。

 結局、教授とは話すこともなく別れてしまった。

 朝食後、温泉に入ってリフレッシュした後、遊びに出かけた。

 大佐と魚沼(うおぬま)さんは猫を探しに出かけるようだ。ソールとライノス、仲林(なかばやし)君は観光客をナンパしに行くと息まいていたが八巻さんとネマが後からこっそりとついていくのが見えた。

 残りの僕たち──新菜さん、ナイン、南さん、さきやん、霧谷さんとティで芦ノ湖へと散策に出る。

 少し歩いた先にホテル併設の水族館「箱根庵水族館」へと向かった。

 途中、別館の大きなスパ施設を発見したナインはさきやんを誘って僕たちと別れていってしまった。

 あの二人は温泉好きなのかもしれない。

 残された僕たちは、目が輝いているティと一緒に水族館へと入っていく。

「こんな山に水族館なんて不思議ね」

 南さんが感想を漏らす。確かにその通りで、淡水魚だけではなく海水魚も多くいた。

 霧谷さんとティが手をつないで先に行き始めた。楽しそうに感想を言い合っているようだ。

 その様子を見ながらノンビリと歩いて見て回る。

「初めて来たけど、こういうのもいいかも」

 右隣の南さんが楽しそうにしている。

「私は二回目です。場所が違うと(おもむき)も変わって面白いですね」

 左隣の新菜さんが笑顔で答える。何を張り合っているんだろうか二人とも。

 そんなことをしつつ、外のスペースにはアザラシの広場があり、ショーを楽しんだ。


 水族館を堪能して出ると「ふれあい動物園」があったのでここも訪れてみる。

 ヤギやハムスターや猿などとふれあえる。

 親子連れが多く、子供が楽しそうにハムスターを抱っこしている。

 ここでもティが嬉しそうに羊に抱きついていた。

 しかし、なぜか僕の回りにウサギなどの動物が寄って来る。不思議だ。

 視線を向けると新菜さんと南さんが微笑ましく見てるし。

 小動物とふれあった後は遊覧船に乗り芦ノ湖を見る。

 湖に船が出て数分したところで、ティと霧谷さんは景色を見飽きたようで船の中をあちこちブラブラしている。

 手すりにつかまって箱根の山々を見る。青々とした木々の間に赤く色づき始めた葉が秋の訪れを教えてくれていようだ。

 一緒に船からの風景を楽しんでいる新菜さんが湖を見ながら話し出した。

「こういう雰囲気もいいですね。故郷を思い出します」

「へー。新菜さんの住むところの近くには湖があるの?」

「ええ。ここよりも大きい湖があります。温暖な所ですけど」


「ふーん。やっぱり南の出身なんだ。昔おとぎ話に聞いた大魔女の伝…」

「ちょ、ちょっと! しおりさん!」

 横から入った南さんの口を慌ててふさぐ新菜さん。なんの話だろう? おとぎ話がホントって事かな?

 焦りながら取り繕う新菜さん。

「い、今のは違いますからね? 大叔母の事ですから。私も詳しく知らない話ですから」

「えっと、全然わからないケド?」

「そ、そうですよね。その内にお話ししますから。いいですね? しおりさんも」

 新菜さんの言葉に南さんが口元をゆがめる。

「フフ。いつでもいいわ」

 ポンポンと新菜さんの頭を叩く。この二人はすっかり友達っぽい。

 湖を一周した船は着岸して遊覧観光が終わった。

 すっかり太陽も傾いて夕暮れが始まっている。

 さきやんたちと連絡を取って合流してホテルへと向かう。

 しかし、ナインとさきやんは一日中、温泉に入りっぱなしだな。


 ホテルに戻るとロビーで正座している仲林君たちがいてその前には腰に手を当てた八巻さんが説教しているようだ。八巻さんの横にはネマがいて面白そうな顔でその様子を見ていた。

 巻き込まれたくなかった僕たちは八巻さんたちに気づかれないようにそっと自分の部屋へと戻った。

 少し顔を向けたネマが小さく手を振っていたので僕とティも苦笑いで小さく返した。

 部屋へ戻ると早速、温泉を堪能してゆっくりと浸かって一日の疲れを癒す。

 そういえば今日は黒猫と会わなかったな。自分のテリトリーに戻って行ったのかな? 可愛かったなぁ。

 そんなことも思い出しつつ一泊二日の箱根旅行は終わり、八巻さんの手配したバスにゆられ地元へと帰っていく。

 駅前で降りた僕たちは八巻さんにお礼を言って別れた。

 久しぶりの旅行にずいぶんリフレッシュできたな。

 ティも霧谷さんも満足そうだ。

 マンションへと南さんと一緒に歩き手を振って別れる。

 旅の疲れも出てきた頃、部屋へと戻るとドアの前に黒いモノがちょこんと座っていた。


「ニャー」

 気がついた黒猫が僕たちを認めると一声鳴く。

 僕たちはその光景を唖然と見つめていた。

「ホント、不思議」

 眉を上げた霧谷さんが小さく(つぶや)いた。


 ◇


「どうしよう。ここってペット禁止なんだよね」

「ニャ」

 僕の膝の上で黒猫がくつろいでいる。しかたないので部屋に入れたけどここでは飼えないし。

 霧谷さんは猫を観察しながら目を細めている。

「じゃ、黙ってれば? 大人しいし、いいでしょ」

「ダメだよ。見つかったら追い出されるよ」

 驚いたティが僕に抱きついてきた。

「え!? ボクもダメなの?」

「ティは大丈夫だよ。だってペットじゃないだろ?」

「えへへ~。そうだよねー」

 ティがギュッとしてきた。そんなティを霧谷さんが半目で見てきた。

「ティちゃんは白滝に甘えすぎ! アタシにも甘えてよ!」

「何で? 霧谷姉ちゃんは友達でしょ?」

「そうだよ!」

 なにか二人が言い合いを始め出した。霧谷さんはティが好きだな。理由はわからないけど。

 しかたないので僕は黒猫と二人が静かになるまで遊んでいた。


 ◇ ◇ ◇


 ──某施設内研究所。

 鈴木と名乗った男と白髪の眼鏡をかけた五十代後半の背の低い男が机を挟んで座っていた。

「つまり被験体を取り逃がしてしまったのか?」

「すみません。思ったより相手が素早くて」

 (こうべ)を垂れて鈴木が謝罪する。

 箱根の件で猫が一匹の時を狙って捕えようとしたが失敗してしまった。

 黒猫が鈴木に襲い掛かると読んでいたが、実際は逃げの一手で暗い森の中へと姿を消してしまった。

 土地勘もなく、これ以上の探索は不可能と判断した鈴木は研究所へと戻り、一連の事情を報告していた。

 白髪の男は両手を組んで姿勢を楽にする。

「まあ、いい。交尾してもその子供には乗り移ることもない。猫同士で喧嘩しても相手がバラバラになるだけだ。近所迷惑だろうが、あまり注目されないだろう」

「すみません」

 嫌味に再び鈴木は頭を下げた。

「それにしても異生物研のやつらも大した隠し玉をもっていたな。君で精一杯とは……」

「確かに。驚きましたよ、直属部隊にもいてもおかしくない」

 白髪の男の言葉に苦笑して鈴木が答える。

「所員が二人だけなのが盲点でした。勧誘しますか?」

「いや、ほっとけ。下手に突っつくと火傷しそうだ。それより研究を続けないとな。もう猫は使わないぞ」

 ほくそ笑んだ白髪の男はノートパソコンを開きファイルを呼び出す。

 その様子を見て鈴木はどうしてここの配属になったのかを考えていた。

 自分はもっと活躍できるはずなのにオカルトまがいの研究を見守り手伝っている。国家の危機を防ぐとかもっと違う夢をみていたが現実は地味で退屈だった。

 ノートパソコンから視線を外し鈴木を見た白髪の男が口を開いた。

「上への報告書には、異生物研との対決は君が手加減したことにしておいた方が波風立たないぞ?」

「……そうします。では」

 軽く机を叩いて鈴木は立ち上がると素早く部屋を後にした。


 施設から出ると門の前に大柄で黒い服を着て髪を短く切った男が待っていた。

「よお」

「俺も留守番してたほうが気が楽だったよ」

 近づいた鈴木が答える。

「なかなか面白そうだったみたいだな。ゆっくり聞かせてくれ」

 男は笑いながら鈴木の肩を叩く。ため息をついた鈴木は相手を見上げてから視線を逸らした。

 やがて二人は街の喧騒の中へと消えていった。

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