三十話 霧谷さんとティと魔物
翌日、ランニングついでにティと町内を回って魔物がいないか調べたが成果はなかった。
そして霧谷さんとティに見送られ会社へと向かった。
二人だけで少し不安だけど信じようと思う。
会社へ着いたら新菜さんと八巻さんに相談した方がいいだろう。
きっと何かいいアイデアがあるはずだ。
満員電車にゆられながらスマホを取り出して二人にメールを送った。
◇ ◇ ◇
白滝を見送った後、アタシとティちゃんはぶらぶらと町内から川原に向かって歩き出した。
アタシと一緒だと嫌かなと思って、恐る恐るティちゃんの顔を伺うが、いつものように楽しそうにしていたのでホッとした。
「ねえ、ティちゃん」
「なに?」
「ティちゃんて魔物の居場所がわかるの?」
「んー、近くにいれば大体わかるよ」
「ふーん」
「霧谷姉ちゃんはボクが守るよ! 約束したからね!」
得意げにティちゃんがアタシの手を握る。もう、かわいいー!
つい抱きしめたくなってくる。
ダイエットのお陰ですっかり元のお腹に戻っている。最近はあまりお菓子を食べないようにしてるせいかな。
逃げたという魔物の気配を探しているが一向にいる感じがしない。
確か、足が六本あったけど、一本が無くなって五本。そして黒い子犬ぐらいの大きさらしい。
とても素早くて、吸い込むと死ぬガスを吐き出すらしい。
白滝は新菜が取り逃がした事を気にしていて、かなり警戒しているようだ。
あの人たちの実力を見たことがないアタシにはよくわからない事だ。
それに、アタシの力を彼等に見せたことも無い。
やはり一度は把握しておくために見た方がいいだろう。こういう時に不安になるから。
あまり大きくないこの町は駅周辺にスーパーや商店街が集中していて、少し歩くと住宅街になっていく。
川原に近づくと家が少なくなり、空き地や工場が建ち並ぶようになってくる。
この辺りは工場も多いためか、昼間はあまり人を見かけない。話しに聞いた魔物が失踪した付近であるこの場所から重点的に見回っていく。
残暑の太陽はいまだ熱を帯びた光を投げかけている。
アイスを買ってくればよかった。近くにコンビニは無いし。
しかたなしに自動販売機へ向かい、冷たいお茶を二つ買った。
◇ ◇ ◇
お昼時間になった。
すぐに食堂に行くが新菜さんたちはまだいない。
先にお昼を取ろうかと考えていると、後ろから声をかけられた。
「あ! 先輩。いいところに! ちょっと聞いて下さいよ~」
振り返ると仲林君がにやけ顔でいた。……どうも嫌な予感しかしないけど。
ため息をついて身近なテーブル席につく。
「それで、何の話し?」
「最近、昼はナインさんの所に通ってたんですけど、なんか軽くあしらわれて無理かもしれないなと思い始めたところなんですよ……」
「いっとくけど、ナインから聞いてるからね? 僕が飲みに行くとナインの愚痴に付き合わせられるし」
「マジっすか……。いいな~、俺もそんな愚痴を言ってもらえる関係になりたいっ!」
「えっと、僕の話を聞いてる?」
人の話を聞かない仲林君に呆れていると、身を乗り出してくる。
「本題はここからなんですけど、今度資材部に入った女の子が可愛いらしいんですよ! 先輩は見ました?」
「見てないし、新しい人が入ったの?」
「中途らしいんですけど。先輩は資材部とよく連絡を取ってるから何か知ってないかなと思って」
「全く知らないよ。それに連絡しても出るのは、いつもの山田さんだし」
すると仲林君は顔を上げ悔しがる。ちなみに山田さんはアラフォーのおじさんで、資材部の課長だ。
「くぅ~。せっかくツテがあると思ったのに~!」
しかし、仲林君は目移りが多すぎる。美人と可愛い娘に弱すぎないか?
仲林君のお花畑な話しを聞いていると八巻さんが対面に座ってきた。
「あーいた、いた! ちょっと私、仲林と話しがあるから。白滝君は外してもらってもいいかな?」
えっ? と思っていると八巻さんが僕にだけわかるようにウインクする。
なんとなく察して仲林君の肩を叩いて席を立ち離れると、食堂の奥に新菜さんが僕に小さく手を振っているのが見えた。
少し振り返り八巻さんたちを見るとなにやら話している。大丈夫かなぁ。
急いで新菜さんの元へ行く。
「ご、ごめん。仲林君につかまって」
「いえ、八巻さんが引き留め役を買って出てもらえましたので。相談って何ですか?」
「屋上で話したいけど……」
「大丈夫ですよ。では、行きましょう」
そっと食堂を二人で抜け、屋上へ向かった。
屋上に着き、いつものプランターの日陰で新菜さんに霧谷さんたちの事を話す。
「──というわけなんだけど。他に何か方法があるかな?」
「なるほど」
「でも、勝手に新菜さんを頼ってゴメン。先に連絡すればよかったんだけど……」
「い、いいえ! 全然大丈夫ですから! む、むしろ頼って下さい!」
なぜかテンパリ気味の新菜さんが両手を胸の位置で拳を作っている。
「ありがとう新菜さん。助かるよ」
「で、では、帰りも待ち合わせして一緒に帰りましょう。それがいいですね!」
「よ、よろしくお願いします……」
新菜さんの迫力に頷く。心配させてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「でも、大丈夫かな…ティたちは……」
「それなら心配いらないですよ。私の使い魔を三人ほど町に置きました。何かあれば知らせてくれます」
ニコリと微笑んだ新菜さんが僕の肩に手を置く。
その手に僕の手を重ね「いつもありがとう」新菜さんに感謝する。
「い、いいえ! そんな大層な事をしていませんから! ティたちの方が大変ですし……」
真っ赤になった新菜さんがパッと手を離して背中を向け、照れ隠ししている。
プランターの影から出て遠くの町のビル群を眺める。
霧谷さんとティはホントに大丈夫かな……心配だ。
話しが終わり、屋上から戻ろうと二人で階段へ向かうと、八巻さんがニヤニヤして僕らを待っていた。
◇ ◇ ◇
工場の日陰でティちゃんと並んで座って一休みしている。
あちこち探してみたが徒労に終わりそう。すっかり足が棒だ。
「ティちゃんは疲れてない?」
「全然大丈夫だよ。でも、魔物の気配がないねー。ひょっとして何かに偽装してるのかな?」
「ありえるかも。未知の生き物だもんね。何気にティちゃんって頭いい?」
「ムー、ボクはバカじゃないもん!」
ティちゃんがスネた。かわいい~! 頭をナデナデする。
「そんなことしても機嫌、直んないから……」
言いながらもニヤニヤしはじめるティちゃん。
しばらく休んでから捜索を再開した。
段々と太陽も水平線近くに傾き、夕方近くになってきた。
茂みや植木などに魔物が隠れているかと思っていたが、ひょっとして探す場所が違うかもしれない。
ふと、道路の側溝が目に留まる。子犬ぐらいだったら余裕で入れるかもしれないな……。
「ティちゃん。魔物って側溝に潜っているかも?」
「道路の溝の事? うん、ありえるかも。だけど、テレビで見たけど下水道って処理場へつながってるんでしょ?」
「そうね。だけど、溺れない所までは行けるのかもしれない」
注意深く側溝を見ているとティちゃんが何かブツブツ言い始めた。
ティちゃんが右手を上げると、手のひらの上に蛍のような光を点滅する虫が何匹もただよい始める。
そのまま手のひらを口元へ近づけフゥと息をかけると、虫たちが側溝へと吸い込まれていった。
「……今のは?」
「魔法だよ。溝の中を調べてもらうんだ」
ニコッとティちゃんがアタシに振り向く。
やだ! カッコイイ!
初めて魔法を見た! 映画のCGみたい! つまり、嘘くさいけど本物だ。
「これで何かわかればいいけど……」
少し不安そうなティちゃんが呟く。
アタシはギューッとティちゃんを抱きしめた。
それから狭い所を中心に探していった。
最初にあった緊張感もこの頃にはなくなり、あきらめ半分で探していた。
ティちゃんは途中立ち止まって辺りを見回したりしている。何か気になるのかな?
人気の無い工場裏の路地を歩く。赤い色に染まった壁にアタシたちの黒い影が踊っている。
しばらく進んでいると、はっとしたティちゃんがアタシを手で制して止めた。
「待って! ……来る!」
するとどこからか栗色でフワフワセミロングのかわいい娘が上空からアタシたちの前に着地した。
「ラカ!」
「あ! ティ!」
ティちゃんが叫ぶと相手が気づき、顔を向ける。
「クァアアアア!!」
黒く小さい犬のような生き物がラカと呼ばれた少女に上から襲いかかる。あれが魔物……。
素早く離れたラカが手を魔物に向けると細長く尖ったものが複数発射され、魔物が跳ねて避けている。
「危ないから霧谷姉ちゃんはここにいて」
そう言いながらティちゃんが魔物へ向かって走り出した。
聞いていた話しだと負傷しているはずなのに魔物は軽やかにラカに近づくと顔いっぱいの口を開き、食いちぎろうとしている。
一枚の羽の様にひらりと回避したラカは再び手をかざすと魔物が炎に包まれる! スゴイ!
魔物は炎とともにラカに噛みつくが、素早く下がって逃げている。
「風よ!」
そこに突っ込んだティが手刀で炎に切り込んだ。
「クァア!」
跳ねて避け損ねた魔物の足を何本か切り落とし、魔物が道路に投げ出される。火はおさまったが黒い皮膚が湯気を出してただれている。
そこに追撃しようとしたティとラカが足を止めた。
よく見たら横たわった魔物が口を大きく開き、モクモクと黒い煙を吐いている。
「離れよう!」
ティがラカの手を取り煙から離れた。
魔物は立ち上がることもできず、もがきながら煙を次々に吐き出している。
ヤバイ! 通りがかりの人がこの煙を吸ったら大変なことになる!
震えている足を一歩、前へと繰り出す。がんばれアタシ!
「あ、アタシが封じ込めるからトドメを刺して!」
ティたちに叫ぶと意識を魔物に集中する。
──お願い!
周りに広がっていた煙を収束して、横たわっっている魔物の回りに集める。半球のガラスを被せたみたいに煙りが広がらないようにする。
「うぐぐぐ……」
お、思ったよりキツイ! あまり長く続けると頭が爆発しそう……。
「すごいよ! 霧谷姉ちゃん! すぐ倒すから!」
ティちゃんがアタシに笑顔を見せると、すぐに魔物に向き合い何かを呟く。
ゴッ…!
魔物を中心に渦巻く炎の柱が黒い煙もろとも焼き尽くしていく。
もう大丈夫だと思い集中を解く。と、いきなり頭の中が解放されたように真っ白になり意識が飛んでいく。
糸が切れた人形のように体がストンと落ちていくのがわかる。けど、何もできない。
「おっと!」
誰かがアタシの体を支えて落ちないようにしてくれた。
ぎこちなく頭を回すと、そこには灰色でボーイッシュな髪型の女性がいた。
「大丈夫? 鼻から血が出てるよ」
ハンカチで拭いてくれる。だんだん頭をガンガンと叩かれているような痛みが出てきた。
「あ、あり、がと」
たどたどしくしか言葉でない。
「霧谷姉ちゃん大丈夫? 顔が青いよ」
近寄って来たティちゃんがアタシの額に手をあてて熱を計っている。心配そうな顔をしているティちゃんに申し訳なく思う。
灰色の髪の女性からアタシを受け取ったティちゃんが涼しい所に連れて行って寝かせてくれた。
ああ、ティちゃんの膝枕!
アタシの顔を覗き込んだティちゃんがニッコリと微笑む。
「少し休んで。ごめんね、ボクたちは治療魔法が使えないんだ。ニーナ様が来たら治してもらえるから」
「だ、い、じょう、ぶ。やす、めば、な、おる」
たどたどしく答えるが、いまだ頭の痛みは消えない。
ティちゃんは優しく微笑んでアタシの髪をなでてくれた。
「テス、コニは?」
「あいつはニーナ様の所へ連絡にいったよ」
ティちゃんと灰色の髪の女性が話している。テスって言うのか……。
「久しぶりね! 会いたかった!」
栗色ふわふわセミロングのラカがティちゃんに抱きついた。
「ボクも会えて嬉しいよ!」
アタシの顔の前でやりとりしている。頭の痛さに耐えながら聞き耳を立てる。
ティちゃんから離れたラカが質問する。
「そういえば、ご主人様が変わったんでしょ? どんな人なの?」
「んー、とってもいい人。ボクのこと大事にしてくれてるんだ!」
ティちゃんが嬉しそうに話す。白滝の評価はすこぶるイイみたいだ。
「ふーん。ずいぶん良さそうだねぇ。ニーナ様よりいいの?」
「そ、そんな事はないよ! ニーナ様にも良くしてもらったし!」
テスの疑問にティちゃんが慌てて答えている。ところでニーナって、新菜の事?
頭を叩かれる感覚が強くなり、意識が朦朧としだす。ヤバイ、このままだと……
◇
……──ハッツ!
ガバッと起きるとそこはベッドだった。
回りに視線を移すと見慣れた場所……。いつの間にか白滝の部屋へ戻ってきている。
「大丈夫ですか?」
頭を回すと横には新菜がいて心配そうにアタシの顔を見ている。
……そういえば、頭の痛みは引いている。
「ありがと。大丈夫」
「良かった! ティたちを補佐してもらったみたいで、ありがとうございます」
「いや、たいした事ないし……」
謙遜して答える。でも、内心は歓喜の嵐だった。
あんな大規模な能力を使ったのは初めて。しかも持続時間も最長だった。もう少し鍛えればいけるかもと思えるものだった。
一定量の物を飛ばしたり、持ち上げたりすることは余裕だけど、あんな凝ったやり方は初めて。
だけど自分の可能性が開けてきた。
そこに白滝が麦茶が入ったコップを二つ手に持ってベッドのへ来た。
「ちょうど良かった。起きたんだ。麦茶を持ってきたよ」
コップをアタシと新菜に渡す。受け取って一口飲み込むと身体中にしみてくる。勢い、一気に飲み干した。
苦笑いで白滝はアタシのコップを奪うと継ぎ足して再び戻した。
今度はゆっくりと飲む。
その横で新菜が白滝に「すみません、気を利かせて。私が取りに行きますから」とか「新菜さんもついでですから」とか押し問答している。オノロケは他でやって欲しい。
キッチンの方が騒がしくなってきた。
新菜はアタシの手を握って微笑んでから立ち上がって騒ぎの方へと向かって行った。
代わりに白滝が横に座って、アタシがここに運ばれた経緯を話してくれた。
ティちゃんとアタシが会った使い魔たちは新菜が町を見回るようにと手配した三人のようで、魔物を発見して人の居ない方へと導いていたらアタシたちと出くわしたみたい。
そして戦った後、アタシはティちゃんの膝枕に寝ている状態で気絶したようで、慌てたティちゃんたちが白滝のマンションへ連れて行きベッドに寝かせてくれたようだ。
それで、使い魔の報告を受けた白滝と新菜が急いでマンションへ帰ってきて、新菜がアタシの状態を調べて魔法で治してくれた。
幸いにも命に別状はなかったらしい。ホッとした。
ふと白滝を見ると真剣な顔に目が合った。
「霧谷さん。僕たちはすごく心配したんだからね? 確かに超能力を使えるかもしれないけど、あまり過信して自分を壊すような事をしないで欲しい。君に何かあったら悲しくなるし、ご両親も辛くなるよ……」
「……ごめん、なさい」
言われて気がついた……。アタシってバカ。まだ少ししか一緒にいないのに、こんなに心配してくれている人たちがいる。
アタシの事なんて全然わかってないのに……。
でも、押し付けな親切でもそれが嬉しい。
白滝がアタシの手を握って微笑む。
「正直、君たちの役に立てない僕が言うのもなんだけど、次からは気をつけてティたちとうまく連携してやってほしい。できる?」
なんだか仲間の一人みたいな言い方。アタシが所属している組織の事、わかってるのかな?
……でも、嬉しい。
黙って頷くと白滝も嬉しそうに頷いた。




