三十一話 新菜さんと動物園に行く
「なに!? 倒した! ……ああ、わかった。……いや、お礼はこちらからも言いたいよ。ありがとう、この世界の住人に迷惑をかけたくないからな。……では、また」
スマホの通話を切ると大佐はソールとライノスの方へ顔を向ける。二人は大佐に注目していた。
「あー、なんだ。あの魔物は新菜たちが倒したそうだ。武器を新調したが、活かせるのは次の機会だな」
一瞬の沈黙の後、ソールが大きく息を吐き出した。
「はぁ~~、よかった~!」
「あの霧が怖かったが、これで安心だな!」
嬉しそうにライノスがソールの肩を叩く。
そんな二人を見て大佐は、こいつら軍人だったのにと腑抜けっぷりに悲しんだ。
もっと信頼できる武器や防具を作らねばと大佐は密かに燃えていた。
そんなことを知らない二人はビール缶を開け、新菜たちの勝利を祝っていた。
◇ ◇ ◇
せっかくミトリで買ったリビング用のローテーブルだけど、これだけ人数がいると小さい。
新菜さんの使い魔たちが楽しそうにお菓子をつまんでいる。
霧谷さんも具合も良くなり、立てるようになったので皆のいるところへ出てきた。
「ねー、白滝さんってティと一緒に住んでるの?」
「そうだけど」
さっきから使い魔のラカに質問攻めにあっている。何故?
ティと仲がいいらしく僕たちの生活に興味があるようだ。
テスとコニはお菓子を黙々と食べている。最初の頃のティみたいだ。それを見た新菜さんが注意している。
──♪
玄関のベルが鳴る。誰だろ?
「はーい」
ドアを開けるとそこには南さんがいた。僕を認めニコッとする。
「連絡はあったけど、状況を聞きに来たの。お邪魔かしら?」
「どうぞ。ちょっと今日は人が多いけど」
僕の言葉にピンときたのか南さんは細目で微笑む。
「そういうこと。恵利も来てるのね」
「そういうこと」
南さんを先に中へ入れ、僕は後から続く。
既にワイワイやっている新菜さんたちに挨拶して南さんも座った。
コップに麦茶を入れ新しいお客へ出した。しかし、もう入れるグラス類が無い。これ以上、客が増えないよう祈った。
それから南さんに魔物について説明した。
僕と新菜さんは詳しく知らないので、霧谷さんとティやテスが代わりに話す。
「ふーん。すごいのねぇ、超能力って。あなた大丈夫? 頭、爆発しない?」
「大丈夫。さっき説教されたから気をつける」
南さんの問いに苦笑しながら霧谷さんがチラリと僕を見て答える。あれは説教に聞こえたのか……。
「でも、霧谷姉ちゃんがいたから早く退治できたんだよ!」
ティがフォローしている。偉いなー。
「ふふっ、そうね。ありがとう霧谷さん」
南さんが礼を言うと照れたのか霧谷さんは横を向く。ティは笑っていた。
すると南さんが胸の所から小さな棒を取り出し新菜さんに見せる。
「これ、落とし物かな? 魔物を探している時に見つけたの。恵利は知ってる?」
「あ! たぶんナインのだと思う。この世界に来た時に落としたって言っていたから」
棒をマジマジと見て新菜さんが答える。
南さんはしばらく無言で棒を手で転がしてから新菜さんへと差し出す。
新菜さんは首を振り笑顔を向ける。
「いいの、持っていて。しおりさん」
「……これは“賢者の杖”ね? たぶんアビエットへの帰還用かしら?」
「そう。だから持っていて欲しいの」
二人は意味ありげに微笑み合う。だいぶ新菜さんも南さんに対してくだけた言い方になっている。なんだかんだで仲が良さそうだ。
しばらくして新菜さんが使い魔の三人を人形へ戻し、自宅へ帰ると告げた。同様に南さんも帰り支度をはじめる。
もう遅いから一緒に夕食を取らないかと誘うと、二人とも嬉しそうに頷いてくれた。
そこで、今から作るのも手間なので、駅前の「ジョリサン」で食事をすることにした。
霧谷さんは落ち着いたのかステーキセットをモリモリ食べていた。しかし、霧谷さんは肉好きだね。
新菜さんと南さんを交え談笑しながら食事を堪能した。
最初は警戒していたけど、南さんへのわだかまりがいつしか消えていることに気がついた。
何も言わず、僕らのやる事に手伝ってもらっている南さんにはとても感謝している。
とはいえ、昔のように恋愛感情は不思議と芽生えてこない。どちらかといえば、ナインと接してる時と同じような感じ。つまり友達として見ている。
彼女もそれがわかっているから近づこうとしているのだろうか。
やがて、新菜さんと別れ僕たちは自宅へと戻っていく。
南さんは霧谷さんと話しながら前を歩く。ティは僕の横でニコニコと昼間の話しをしてくれた。
お互いのマンション前で南さんと別れ、自室へ戻った僕たちは片付けとお風呂に入って就寝した。……なぜか三人一緒に同じベッドで。
◇
霧谷さんも大学が始まり、ブラブラする事はなくなったようだ。相変わらずマンションの僕の部屋に住んでるけど。
土手の亜空間の件は特に何事もないようなので、保留になっているそうだ。
一定の結果があったかのか組織自体は一応、評価してもらえたようで、あの魔物と戦ったことについても霧谷さんは組織に報告していないようだった。
しばらくは平穏な日々が続いている。
あれから時間が合えば新菜さんと一緒に会社から帰るようになった。
まだ暑さの残る秋が始まった。
居酒屋「星の囲炉裏」へ行くと今日もナインの愚痴が待っていた。
「聞いてんのか白滝? また昼に来た若林が資材部の娘について相談してきてさ、知らないっての! な?」
「それを僕に言っても、ねぇ。さきやん助けて!」
ちょうどお盆を持ったさきやんに助けを求めたがウシシと笑ってスルーされた。
「オイ! まあ、いいや。それより今日は新菜と帰らなかったのか?」
「今日は総務が忙しいみたい。月末だから書類がたまっているみたいで」
ビールを飲みながら説明するとナインが半目で見てくる。は、話を変えよう!
「そ、そういえば、こ、今度、うちに遊びに来ない? 焼肉しようと思ってるんだけど……」
「すぐ誤魔化すなー! ったく。もちろん焼肉は行くよ!」
怒りながらも同意するナインは誘導しやすくて楽だ。こういう所は助かるね。
「いいねー! 私も行くわ~」
その声に驚いて振り返ると八巻さんとすっかり今っぽい服を着たネマがいた。
僕とナインのいるテーブルの対面に二人して座る。
「お久しぶりですぅ。魔物の件は伺いましたぁ」
ニッコリとネマが挨拶をする。
「無事に倒せて良かったね。でも、私も見たかったなー。この世ならざる生き物を」
八巻さんが続けるが、僕は少しも会いたいとは思わない。怖いし。
二人は他のバイトの娘に注文をすると僕のおつまみに手を出してきた。ネマは八巻さんの真似をしなくていいのに。
飲み物が運ばれ、改めて乾杯し、一息入れた八巻さんが話し始めた。
「大佐の工場は順調みたいね、特に悪い材料もないし。ところで、あのアホメガネって「バザーピッツア」でバイトしてるの知ってた?」
「アホメガ…ライノスのことか。そういえば本人が言っていたよ」
「なら話しが早いね。前に店に行ったらアイツがさ、客をナンパしててメチャ怒ったの。それからたまに覗くようにしてるんだけど、も~なってないのってホント……」
クドクドと続く八巻さん。聞いていたナインとネマが苦笑している。
うーん、ライノスの愚痴かな。なんだかんだ言って、ライノスと八巻さんは縁があるようだ。
「話をまとめると、八巻さんはライノスが気になる存在ってことでいいかな?」
「ハァ!? な、なに言ってるの! まだ知り合ってそんなに経ってないのに!」
慌てて反論している八巻さんは顔が真っ赤だ。脈アリだね。ネマは焼き鳥を持って笑っている。
隣のナインが肘で僕を軽く突いてきた。
「白滝もさ、それぐらい自分の事も敏感になれよ?」
驚いて見ると半目になっている。え? ま、まさか……?
「ひ、ひょっとして、ナインは僕の事、好きなの?」
「バカ! お前なんか好きじゃないよっ!! ホントにも~、なに言ってるんだか…」
あきれ顔でナインが僕の背中をバンバン叩く。でも耳が赤いし。
それを見た八巻さんとネマは笑っていた。
◇
ある日、テレビを見ていたティが振り返り、思いっきり期待を込めた目で僕を見つめてきた。
「ねー、シラ兄。ボク、動物園に行きたいっ!」
「突然どうした?」
「今、テレビでやってた! 可愛い動物がいっぱいいるから見たい!」
「それじゃ、今度の土曜日に行くかなぁ……」
ちょうどテレビに視線を移すとキリンが手渡しで餌を食べている所を映している。その前にはニコニコしているティ。
ティの隣でスマホを操作している霧谷さんを見るとサッと視線を逸らされた。照れ屋だね。
「霧谷さんも行く?」
聞くと面倒くさそうに顔を向ける。って、さっき見てたのに。
「行く」
一言。すぐにスマホに顔を向けている。ジッと見つめているとみるみる霧谷さんの顔が赤くなる。
「うっさい! さっきからやりとりが聞こえてたの!」
真っ赤な顔で叫ぶと立ち上がってキッチンへ飲み物を取り行ってしまった。
僕とティは顔を見合わせると微笑み合った。
翌日、会社からの帰り道、隣を歩く新菜さんを見ると気がついたのか顔を向けてニコッとされる。
その笑みに何故か言いづらくなってきた……。
「に、新菜さん。今度、ティたちと動物園に行くんですけど、い、一緒にどう?」
「はい。喜んで」
嬉しそうな笑顔になった新菜さんにホッとする。そのまま新菜さんが聞いてきた。
「またティが言ってきたんですか?」
「そうなんだ。テレビを見てたら行きたくなったみたいで」
「もー、白滝さんはティに甘すぎです。だから太っちゃうんですからね?」
「ははは。反省してます。また新菜さんに怒られるし」
笑って言うと相手がムッとして僕の腕をつねってくる。
「私はそんなに怒ってませんからね?」
「はははは。そうだね」
僕たちはあれこれと話しながら電車にゆられ、地元の駅で別れた。
◇
週末になり、朝、三人で駅に向かい新菜さんたちと落ち合う。
挨拶を交わして電車へと乗り込むと目的地へと向かう。僕と霧谷さん以外は初めての動物園らしく、あれこれと想像を語りながら期待に目が輝やかせていた。特にティが。
一時間ほどで上野駅へ着くと改札を出て歩いて行き、とうとう入り口に到着した。
爽やかな秋晴れの中、さすがに週末は多くの人で賑わっている。列に並び人数分のチケットを購入して入場した。
「うわぁ~、どうしよう。何から見たらいいかな?」
園内マップをいち早く手に入れたティが紙を広げて聞いてくる。
「キリンが見たいなら奥のアフリカコーナーかな。とりあえず、奥に向かいながら見ていかない?」
「う~ん。わかったよ!」
渋々とティが納得してくれて最初のコーナーへと向かう。
そこにはジャイアントパンダがごろりと寝転んで、笹の葉をはみはみしている所だった。
人々の長い列に沿ってアクリルの板越しに見えている。
ティは興奮しているのか言葉を忘れて見入っていて、つないでいる手に力が入っている。
「へ~、かわいらしいもんだねぇ」
「ふふっ、そうですね。私達の世界にいる動物とは違いますね」
ナインの呟きに新菜さんが同意している。その二人の間で霧谷さんは写メに夢中なようだ。
パンダの後は近くのゾウやゴリラなどを見ていく。
ある程度見た所でテーブルに座り、飲み物を人数分買い休む。ティはアメリカンドッグも追加していたけど。
新菜さんたちの話しによると、この世界の動物は総じて可愛いとの事。
アビエットの世界では魔物がいるため野生動物も自衛の為に毒針や硬い皮膚などを持ち、外見も厳ついのが多いとの話しだった。
しかし、トラやサイを見てもかわいいと言ってしまうのは凄い。この辺の感性は僕たちとは違うようだ。
ひと休みした後は、園内の動物巡りを再開する。
やがて念願のキリンを見たティは大いにはしゃぎ、霧谷さんに記念撮影をしてもらっていた。
それからワニなどを見てお昼にすることになった。
僕が動物園を出て上野での食事を提案すると、新菜さんがおずおずとトートバッグから大きな包みを取り出してきた。
「あ、あの、皆さんにお昼を作ってきたんですけど……」
自信なさげな新菜さんの後ろでナインが僕に睨みつけている。断るつもりは無いけど怖いよ、ナイン。
「ありがとう新菜さん! それじゃ、テーブルに行こう」
「はい!」
新菜さんが嬉しそうに頷く。包みを受け取って、近くのテーブルへと移動した。
テーブルに包みを置いて開くとバスケットが出てきた。
その中にはおにぎりと唐揚げのようなものとウインナーが出てきた。おお、新菜さんすごい!
「そ、その、難しいのはまだなので簡単にできる物を作ってきました……」
恥ずかしそうに言い訳する新菜さん。
「いえ、いえ。とても美味しそうですよ! ね、霧谷さん?」
「あ!? う、うん。普通だ」
しまった。振る相手を間違えた。ズバリ言い過ぎ! 霧谷さんを見ると舌を出していた。自分でも気がついたようだ。
「ふ、普通に美味しそうって事ですから、新菜さん!」
「大丈夫です。無理しなくてもいいですから」
にこやかに答える新菜さん。でも耳が赤い。さっきからナインの視線が痛い。
「それじゃ、いただきます!」
さっそく一つ手に取っておにぎりを頬張る。
うん、具はツナマヨだ。普通に美味しい。もぐもぐしていたら、全員が僕に注目していた。
「美味しいよ。僕は好きな味だよ」
「本当ですか!? 良かった~」
ホッとした新菜さんが嬉しそうに手を伸ばすと、皆も好きなものを手に取り始めた。
ティも霧谷さんも目を細めて頬を膨らませて食べている。
はぁと息を吐き出したナインがお握りを頬張る。……きっと手伝ってたから安心したのかな。
それから楽しくお昼を過ごしお腹を満たした。
一通り動物園を巡った僕らはティの行きたい場所に再び訪れたりして過ごした。
初めての経験に楽しんでる三人を見てると来てよかったと心から思った。
皆が満足すると不忍池へと出てベンチで休む。
そこでティは何かを見つけたようだ。
「シラ兄! あれ乗りたい!」
指で示した先にあったのはスワンボードだった。池の中をのんびりと進んでいる。
「うーん。行く?」
横にに目を向けると霧谷さんだけが目を逸らし、新菜さんは頷いてくれた。
「私はここに残るよ。水の上は落ち着かないから」
ニッとしたナインが手を振っている。
四人でボート乗り場へ行き料金を払い、それぞれ乗り込む。
自然と霧谷さんとティ、新菜さんと僕とで別れた。
久しぶりのスワンボート。子供の時以来だ。
「面白い乗り物ですね。足でべダルを漕いで進むなんて」
「そうだね。僕も久しぶりに乗るよ。思ったよりもゆっくりだ」
楽しそうな新菜さんと話しながらキコキコと二人でペダルを回す。
横を見るとティと霧谷さんのスワンボートが猛烈な速さで通り過ぎていく……笑顔の二人を乗せて。
壊さないで欲しいと遠ざかるボートの背中を見ながら切に願う。
かわって僕たちはのんびりと楽しんだ。
しばらく進んだところで漕ぐのをやめ、話しを切り出した。
「あの、新菜さん。ナインに聞いたかもしれないけど…」
「ごめんなさい、話は聞いています。実は来週、アビエットに調査に行きます。私も参加したかったです」
寂しげな表情をした新菜さんが薄く微笑む。
「そうか。新菜さんがいないと寂しいけど…。向こうでは気をつけて、無事に帰って来てください」
「はい」
頷いた新菜さんの肩に手を置くと目を合わせ自分の手を重ねてくる。
ゆらゆらとスワンボートはその場を漂っていた。




