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二十話 大佐に八巻さんを紹介する

 

 今、ティと大佐たちの住んでいるアパートの前にお土産の紙袋を持ち、待っている。

 しばらくすると大型のバンが横付けしてきた。何事かと思って運転席をのぞき見ると八巻(やまき)さんが手を振っていた。

「お待たせ! ここがそうなのねー。予想以上にボロいわねー」

 車を降りるとすかさず八巻さんがアパートを見た感想をぶつける。

「わざわざありがとう。なんで車で来たの?」

「んー、後でね。じゃあ、行きましょう!」

 意地悪っぽい笑みを浮かべた八巻さんが先に行こうとする。

 相変わらず気が早い。慌てて立ち止まるよう呼びかける。

「少し待って! 八巻さん!」

「ん? 何?」

 八巻さんに追いついてポケットから小さな人形を取り出し、目の前へ差し出す。

「これ。常に携帯して欲しい」

「なに? コレ?」

 受け取った八巻さんは不思議そうに人形を手に持ち観察している。

「これは新菜(にいな)さんから借りた使い魔。八巻さんを守ってくれるよ」

「へぇ~、これが話しに出てた…。ティちゃんみたいのね」

「そう。中身は僕も知らないけど、人形の名前は“ネマ”。呼べば現れるよ。元に戻したい時は“戻れ”と言って」

「わかった。新菜さんにお礼を言っといて。今度会ったとき私も言うけど」

 そう言うと八巻さんは人形を地面に置いて「ネマ!」と呼ぶ。

 ボフン!

 煙と共に紫色の長い髪をした女性が現れた。あれ? ティと同じぐらいの子だと思っていたけど少し大人びている。

「やった!」

「八巻さん! 人目があるところではしないで!」

 喜ぶ八巻さんに注意すると舌を出して誤魔化している。


 ネマは八巻さんの前へ来るとかしずく。

「ご主人様ぁ、ご用ですかぁ?」

「わぁ~。なんか素敵! とりあえず一緒にいて」

「わっかりましたぁー」

 感激している八巻さんにおっとりな返事をするネマ。皆、ティみたいだと思っていたけど、かなり個性的だ。

 ティがネマに近寄って何やら話しをしている。こうしてみると姉妹のような感じ。

 見ているとネマはティの服に興味あるのか、生地を確かめたりしている。

 八巻さんがボーッと見ていた僕の背中を叩く。

「ほら! 行きましょう!」

「あっと、そうだね」

 ティたちにも声をかけ、アパート一階へ向かい大佐の部屋のドアを叩く。


 ◇


 アパートの中に入れてもらい、挨拶する。

 大佐たちは僕が八巻さんを連れてきたことに驚いていたが、事情を説明すると納得してもらえた。

 ライノスは八巻さんを見て眉をしかめる。

「またお前か。俺の居るところにくるとは恐れ多いなっ、ぶぇああああ!」

「バカ野郎! このお方はスポンサー様なんだぞ!!」

 いきなりライノスをぶん殴る大佐。ぶっ倒れたライノスの髪を鷲づかみし、台所まで引きずっていく。

 細身とは言え、あの体重を片手一本で軽々と運ぶ大佐を見て、やはり違う世界の人なんだなと思った。

「いいか? そこで正座してろ」

「イエッサー」

 ライノスはのろのろと起き上がって正座をし、眼鏡を直している。その様子をソールはニヤニヤと見ていた。

 大佐は戻ってくると八巻さんに頭を下げる。

「俺の部下がすまなかったな。あれでも照れ隠しなんだ」

「うふふ、大丈夫よ。あの人の扱いは海で覚えたし。その前に一つ聞いてもらっても?」

「なんでも言ってくれ」

 ニコッとした八巻さんが言う。大佐は気にしていない風だが、僕には経験がある。無茶なことを言うな。


「聞いた話しだと、貴方たちって身体的特徴が変化するんでしょ? 一人でいいから見せて欲しいなぁー」

「そんなことか。ライノス!」

 大佐は台所で正座したライノスに命令したようだ。

 嫌そうな顔をしてライノスが僕たちの前へ移動すると、眼鏡をポケットにしまう。

「見世物ではないが、大佐のご命令とあらばーーーーーっつおおお!」

 (しゃべ)りながらも気合いを入れると身体のあちこちが盛り上がり、背も高くなってきた。

 すると目の前には細身の美男子ではなく、大柄マッチョの美男子がいた。

「うぁわおー! すっごーーい! 触っていい? ひゃ~~硬ったーーい!」

 喜んだ八巻さんがライノスの身体をさわりまくる。

 しかし、声だけ聞いたら事案発生だ。あ、成人だからいいか。

 どう接したらいいかわからないライノスが無言で所在なさげに(たたず)んでいる。

 満足した八巻さんは玄関に向かうと振り向いた。

「さ! 行きましょう!」

「どこへ?」

 思わず聞くとニヤリとされる。

「どこって、大佐の求める所へ! 皆、ついてきて!」

 八巻さんはさっと靴を履き、ドアを開け出ていく。

 僕は大佐と目を合わせ肩を上げると八巻さんの後を追った。

 全員が外に出ると八巻さんはワゴンの運転席にいて手招きしている。

 一体、どこへ向かうんだ?


 ◇


 車に乗って約五分。

「さ、着いたよ! ここでーす!」

 町から少し離れた所にある倉庫のような所へ着き、八巻さんがワゴンを降りた。

 皆もつられて降り、シャッターの降りた建物の前に並ぶ。

 八巻さん以外、全員ハテナマークが頭に乗っている。

「じゃ、じゃーん! ここは町工場! つい先日、社長が夜逃げしましたー!」

「はぁ?」

 嬉しそうな八巻さんが両手を広げて紹介すると大佐が間抜けな声を出した。

 ライノスはぽかんとしてるし、ソールはあくびをしているし。興味なさすぎだ。

 ニコニコしている八巻さんに慌てて聞く。

「や、八巻さん。説明が欲しいけど?」

「そお? えっと、この工場は兄が買い取ったの。で、私が兄から委任されたってわけ」

 得意満々で語るが全然話が見えない。とりあえず八巻さんの家はお金持ちって事はわかった。

 混乱している僕の目を見た八巻さんは、ふぅとため息をついて続けた。

「つまり、大佐にここの社長をやってもらおうってわけ。工作機械もあるから機械いじりもできるし」

「あーなるほど。というかいいの? 見も知らずの人たちを」

「そうね。白滝君を信じてるから大丈夫でしょ?」

「えぇええ~。僕の責任、重大じゃん!」

「ニヒヒ!」

 意地悪く笑う八巻さん。……まいったなぁ。


「いや、突然でよく飲み込めないんだが、俺がこの建物の社長ってことか?」

 ようやく事態がわかった大佐が八巻さんに質問する。

「そう。取引先とかは専務に聞いてね。この会社は部品を製造して卸してるの。ま、下請けね。電子部品については自分で調達しないといけないけど、不用品なら取引先からもらえる可能性もあるし、多少実入りがあれば自分で買えるでしょ?」

「それはありがたい話なんだが……。君になんのメリットがあるんだ?」

 困惑気味の大佐がシャッターを見上げながら八巻さんに質問している。

「ここを遊ばせるのはもったいないでしょ? 少しでも儲ければ私の懐も暖かいし」

 明るい調子の八巻さんは鍵を取り出すとシャッター横のパネルを開けてボタンを押す。

 すると、ガラガラガラとシャッターがせりあがっていく。

 明かりのついていない倉庫の中は薄暗く、金属特有の匂いが外の新鮮な空気と入れ替わるようにやって来た。

 八巻さんが壁側に並んでいるスイッチを入れると天井の蛍光灯が点き、倉庫内が光に照らされる。


 そこには数々の製造機械が、年季の入った落ち着いた色で並んでいた。

 ひとつふたつは何の機械かはわかるが、知らないモノもある。

 ツカツカと八巻さんは建物の奥へ歩いていく。

 僕たちも周りを見ながら後をついていった。

 突き当りにはドアがあり、この先が事務をする部屋のようだ。正面から見た印象より建物は奥行きが深い。

 八巻さんはドアを開け、照明のスイッチを入れて中へ入って行く。

 思った通り、ここは事務室のようで机が並んでいた。

 その一つに八巻さんは向かうと、机の上に置いてある書類を取り上げる。

「あるある。じゃあ、大佐、クソメガネ、ソールはこれにサインして」

 すかさず後ろにいたライノスが反応した。

「おい! だれがクソメガネだ!? 私はライノスだ!」

「あれれ~? 泳ぎが苦手なライノスちゃんですか~?」

「ぎぃいいいいいいい!」

 八巻さんのからかいにライノスが興奮し、頭をかきむしっている。

 なんだか怖い。思わずティの後ろに逃げてしまう。ティはカラカラと笑っていた。

 大佐は苦笑して書類を受け取る。

「ちなみにこれはなんだ?」

「契約書。大丈夫、あなた方に不利な事は書いてないわ。これは仮契約よ。本契約はこの次ね。たぶん弁護士が来ると思う」

 ウインクする八巻さんに喉を鳴らす大佐。すっかり八巻さんのペースだ。

 きっと営業もこんな感じなんだろうなぁと感心して見てしまう。

 何も言わず大佐はサインすると、ライノスとソールにも同じようにサインさせ無事に契約を終えた。


「ありがと! さ、これでここはあなた方の会社ね。詳しくは明日、専務から話があるわ。ちなみに二階は住居スペースがあるから、引越しは自分たちでやってね」

「わかった。何から何まで助かった。これほどの厚遇をされるとは思ってなかったよ。改めて礼を言う」

 大佐が頭を下げ八巻さんに感謝を示している。八巻さんは手をひらひらさせ苦笑している。

「まだお礼は早いし。ここを盛り返してからでもいいんじゃない?」

「む。それもそうだな。若いのに切れるな。さすが白滝の友人だ」

 ワハハと二人は笑い合う。というか、僕の評価が高いのはナゾだ。

 それから再び倉庫を閉め大佐たちのアパートへ戻った。

 八巻さんから大佐へ会社関連の連絡先が記されたプリントを渡し、注意事項を述べると今日は解散となった。

 大佐たちに見送られ僕らはワゴンでアパートを後にした。

 ん? ワゴンに乗ってる!?


 慌てて八巻さんに言うと残念そうな顔で、僕のアパート近くで降ろしてくれた。

「流されやすいから、白滝君をさらうにはチョロイと思ったんだけどなぁ~」

 悪びれもせず八巻さんが笑う。目が本気っぽいから怖い。

 僕とティがワゴンを降りるとネマが告げた。

「私はぁ八巻様と白滝様をお守りするようにと言われましたぁ。もし、ティがダメでもぉ私がおりますからぁ」

「な、なに言ってんだよ! ボクが絶対守るから!」

 ティが僕の腕を抱きしめてネマに抗議する。

「ふふふー。頑張ってくださいねぇ」

 ニコニコと手を振るネマ。八巻さんもニッとして、二人はワゴンで去って行った。

 ……大丈夫かな? なんとなく不安になる。


 ◇ ◇ ◇


 荷物をまとめつつ大佐はこれでいいのかと、ぼんやりと考えていた。

「大佐ー。こっちは終わりましたよ」

 ソールがダンボールを持ってやってきた。

「ああ、こちらもすぐ終わる」

 大佐は答えながら機械を丁寧にしまっていた。まだこの世界に来てから日が浅いので荷物はあまりない。

 この中で一番の大荷物は布団ぐらいだ。自炊はほぼしていないので食器類も少ない。

 一通り終わった所で夕食の弁当を三人で食べる。


「大佐、大丈夫ですかね?」

 心配げなソールが聞いてくる。

「信じるしかあるまい。だが、チャンスだ。これで数々の問題が片付くかもしれない」

 ビールの缶を開けながら答える大佐。

 ライノスはブツブツとクソメガネってなんだ? とか言っている。

 弁当を食べながらビールで流し込み大佐は少し考えていた。


 ──思えばこの世界にも随分となれてきた。

 我々の世界では不便な事も、この世界では楽にできてしまう。

 技術体系は似ているが、エネルギーの根本が違う。化石燃料を掘り出すこの世界と比べ、魔石を掘り出すのが我々の世界だ。

 魔石から流れ出るエネルギーを変換して数々の機械に応用している。

 ひょっとして、機械というよりも電子機器の方が考え方が近かったもしれないと大佐は気がついた。

 だが、工作機械があるのなら問題ないだろう。

 何かしら新しいモノを作ってみるのもいいかもしれない。


 翌日、三人は荷物を抱え、書類に記されている地図を頼りに会社へと向かう。

 歩いて二十分で着いた。思った以上に近い。

 そこには中年で頭の薄い小太りの男が一人、待っていた。

「こんにちは! 聞いていた通りですね。私は染木(そめき)です。会社を再興する助っ人と聞きましたが、いかにも頼れそうなたたずまいですね。安心しました!」

「い、いや……」

 あまりのヨイショに内心焦りまくる大佐。

 そんな様子もお構いなしに染木は中へと導く。

「さ、さ。どうぞ入ってください。後ほど弁護士の方が見えられるそうですので、その前に住居へ案内しますね」

 二階の住居へ行き、荷物を降ろして再び下の階へ戻った。

 事務室の一角にある会議用のテーブルに皆がつく。

 染木は気を利かせお茶を配ると自分も腰かけた。

「この工場は私を含め従業員が四人います。お聞きでしょうが、社長が資金を持ち逃げしまして……」

「ああ、その辺の事情は聞いたよ。大変だったな」

 大佐はお茶を飲みつつ(ねぎら)う。

「そりゃもう大変でした……。特に後始末が……。あの人、今何をしていますかね……」

 遠い目をした染木がしみじみと答えた。

 ライノスとソールはそれを見て、本当に大丈夫かよ!? と、心の中で突っ込みをいれていた。


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