二十一話 ティと不動産と新たな出会い
八巻さんを大佐に紹介して数日が過ぎた。
特に連絡も無いので問題は起きてないと、思うようにしている。
今度、様子を見に行こう。案外忙しかったりして。
ここ最近の出来事のせいで、すっかり自分の事が後回しになってしまっていた。
休日の今日は新しい部屋を探そうと思う。
とりあえず町の不動産屋で調べよう。できるなら今住んでいる駅近くがいい。
と、本日の予定を話すとティが不機嫌になった。
「何でふくれてるの?」
「だって、部屋が増えたら別々に寝るんでしょ?」
「いや、それが当たり前だって……」
とにかく一緒に寝ているのはいろいろとマズイ。いい加減、事案が発生してしまう。
「ティだって大人なんだから…。って、歳はいくつなの?」
「ん? ボクは一二七歳だよ」
「……」
あっけらかんと言うティに絶句する。想像以上に年上だった。しかし、今更「ティさん」とか言えないし。
「…ちなみに新菜さんは?」
「ニーナ様は二十歳ぐらいだと思うよ。あんまり聞くと怒るし」
しかも新菜さんは一つどころか四つ下だった。なんて事だ…しっかりしてるなぁ、新菜さん。僕の方が年下っぽい。
いや、だからって、ティは少し子供すぎる。
少なくとも中学生以下ぐらいに見えるんだから、それ相応の対応が必要だ。
「とにかく、もう少し広い部屋に引越しするから。いいね?」
「わかったよー。もう!」
怒りながらティが了承する。
プリプリしているティも少しは楽しそうな感じがするから大丈夫、かな。
◇
町に繰り出し、不動産店の大きなガラス窓に貼ってある物件情報を眺める。
ティの手にはアイスが握られていて、嬉しそうに食べている。
しかし暑い……。炎天下の中、むわっとする風が息苦しい。今年の夏は厳しいな。
あっという間にアイスを食べ終えたティが物欲しそうな視線を先ほどから送っている。
なるべく視界に入れないよう、無視して張り紙に集中する。
……なかなか良い物件が無い。とりあえず中に入って聞いてみるか。
ティに声をかけ店の入り口に向かおうとすると、眼鏡をかけたショートカットの女性が僕たちの前に立ちふさがっていた。
「えっと、誰ですか?」
「……見えない」
ボソッと女性が呟く。眼鏡の奥にある鋭い目が僕とティを捕らえていた。
怖くなった僕が早くこの場を去ろうと口を開きかけた時、女性がティの腕をつかんだ。
とたん顔が青くなる女性。薄気味悪さが大気の暑さを和らげる。
「お姉ちゃん、ボクに用なの?」
不思議そうにティが聞く。
「見えない……。聞こえない……」
ブツブツ言ってペタペタとティをさわり始める。おおい! 事案発生だ!
「ちょ、ちょっと! やめてくれ!」
慌てて止めようとするとティに抱きついた。当の本人はなすがまま、理解が及ばないようで直立している。
ギュッと抱きしめたままの女性はニヤリと笑みをこぼした……。
こ、怖い! とにかく怖い! ここだけ気温が十度ほど下がったよう。
僕の雰囲気に気がついたティが、こともなげに女性の拘束から逃れると近づいて手を握る。
「シラ兄、大丈夫? 顔が青いよ?」
「ああ、だ、大丈夫……」
額の汗を拭い、歩道に尻をついて両手を見ている女性から早く逃げようと背を向ける。
「ま……待って!! お願いっ!」
女性の叫びが背後から聞こえる。道行く人たちが何事かと僕たちに注目しているのがわかる。
誰か助けて欲しい……。ホントに。
ため息をつくと、いまだ座っている女性に近づき手を差し伸べる。彼女は僕たちをずっと凝視していた。
「一人で立てる? ちゃんと説明してもらえないかな? じゃないと僕が悪い感じなんだけど」
「ご、ごめんなさい。こんなこと初めてで、嬉しくて、つい……」
顔を赤くして謝る女性はジッと僕の手を見つめてから、意を決したようにつかむ。
ホッとした彼女は立ち上がると、おもむろにスマホを取り出して誰かに電話をかけているようだ。
「あ、教授? ホテルはいいから。じゃあ」
すごく一方的に話して電話を切り、僕に近づく。凄くいやな予感がする……。
「今日、泊めて」
「えぇ!? いやだ!」
速攻断り、ティの手を引いてダッシュして逃げる。
何で偶然会った見ず知らずの女性をアパートに泊めないといけないんだ? その前に、なんのためらいもない、この女性が怖い。
なんとか繁華街へ逃げ込み後ろを振り返ると女性の影は見えなかった。
ホッとしてゆっくり歩き始める。余計な汗をかいてシャツがビッショリ濡れている。
とりあえず涼しい所で一休みしたい。ティを見ると汗一つかいてなくて、ニコニコしていた。
近くにあるコーヒーショップを思い出して向かう。
「あら? 栄一!」
通りの向かいで買い物袋を下げた南さんが僕を見つけたようで嬉しそうに駆け寄ってくる。
今日は何かツキがない気がしてきた……。
「偶然ね! 丁度、バイト帰りなの」
「久しぶり。ホント偶然だね……」
可愛く微笑んだ南さんが僕たちの後ろに視線を送る。
「ところであの娘は知り合いなの?」
「え?」
慌てて振り返るとビルの角に例の女性が立ってて、こちらを凝視していた。怖い……。
手短に南さんに事情を話すと僕を引っ張って歩きはじめた。
「わかったわ。行きましょう!」
「どこに!?」
◇
「僕は白滝栄一。君は?」
「霧谷メイ……」
結局、僕のアパートへ連れてきてしまった。
皆を入れる前に例の欠片はタオルを巻いて隠しておいた。
お互い自己紹介して今は座卓に座って対面している。クーラーは全力で暑くなった部屋を冷やしている。
とりあえずお茶を出そうと台所に立つと南さんも来た。
「手伝うわ」
「ありがとう」
お礼を言うと南さんが顔を寄せて囁く。
「あの子よ。私が土手で見た三人組の内の一人」
「ホントに!? 偶然すぎるよ……」
驚いて囁き返す。しかし南さん……。
「ちょっと! 胸、胸が当たってる!」
「バカね、当ててるの。ずいぶん汗びっしょりね。ま、後で二人とも汗だくになるからいっか」
「待て。なんでする予定なんだ?」
「ホント鈍いわね。色仕掛けしてるのよ」
耳元で南さんが堂々と宣言している。ホントやめて欲しい……。
慌てて離れ、入れたお茶を持っていく。
部屋に戻ると霧谷さんがティを抱えるように座っていた。
「ちょっと! ティも少しは逃れようとしてくれ!」
「そんなコト言っても、この人嬉しそうなんだもん」
霧谷さんではなく、ティが代わりに答える。
ため息をついて、お茶を出し対面へ座る。すると南さんが僕の隣にちょこんと座った。
「それじゃあ、霧谷さん。訳を話してもらえるかな?」
霧谷さんは無言で手を後ろに回すと財布を取り出し、名刺を差し出した。
受け取りそれを見る。
「んー? 国家超常現象異生物研究所、所員?」
一緒に見ていた南さんが読み上げる。
霧谷さんをみるとドヤ顔で僕たちを見ている。
「あの、これだけじゃ、わからないけど?」
「……私はサイキック。その名刺の組織に属している。私が人に触れると思考や過去が見えるの……でも、あなたたちは触れても何も見えないし聞こえない。こんな経験初めてだったから嬉しくて! 見て! こんなに触れているのに私、なんともない!」
「えーと、嬉しいのは伝わったけど、君は超能力者ってコト?」
「そう」
ティをギュッとし、頷く霧谷さん。
頭が痛くなってきた。なんで平穏な休日がこうなるのか。しかも、僕たちを調べていた一人だし。
これからどうするか考えていて、ふと時計を見ると午後三時を回ってる!
「ヤバい!」
立ち上がって、慌ててスマホを取り出し電話する。
相手がすぐ出た。
『白滝さん?』
「ご、ごめん、待ってたよね? いろいろ立て込んでて」
『大丈夫ですか? 声に焦りがありますよ?』
「え? あ、今すぐ行くから! ホントごめん!」
急いで電話を切って玄関へ向かおうとして足を止めた。
振り返ると三人がポカンと僕を見ている。しまった、説明していなかった。
「これから友達が来るから! あっと、南さんは悪いけど帰って欲しい。ややこしくなりそうだから」
「んー、どうしようかなぁ」
南さんは、すまし顔で考えてる振りをしている。
「あ! ボクも行くよ!」
ティが霧谷さんからするりと抜けると向かってきた。
「えーと、霧谷さんは…。ここにいていいけど、勝手に部屋を荒らさないでね? すぐに戻るから! それじゃあ!」
言ってすぐに玄関を出て駅に向かう。
「シラ兄。ボクが運ぼうか?」
「気持ちだけもらっとくよ。だが、急ごう!」
だてに毎朝ジョギングをしてるだけあって体力がついてきた感じがする。
ティは余裕そうに僕の横をついてきていた。
「ごめん! 待たせて!」
「いいえ。そんな慌てないでください。ケガしますよ?」
駅の改札前で待っていた、少し大きめのショルダーバッグをかけている新菜さんに謝る。
新菜さんはあまり気にしていなさそうだ。少しホッとした。しかし、再び汗だくになってしまった。
「でも初めてですね、白滝さんが遅れたのは。どんな事があったんですか?」
「ありがとう。少し込みいった事情があって……」
改札から歩きながら今までの話をした。
新菜さんは黙って聞いていたが、南さんが僕のアパートにいると知って眉をしかめていた。
「だいたいわかりました。その超能力って実際はどうなんですか?」
「僕もほとんどわからない。とりあえずは触れるとその人の思考や過去が見えるらしい」
新菜さんの質問に答えるがわからない事だらけだ。
と、ティが腕を引っ張る。
「ボクわかるよ。あの人、触れると頭の中に侵入してくるんだ。だから魔法で防御したよ。シラ兄は…体質? ボクの出番はなかったけど。南姉ちゃんも防御してたよ」
「白滝さんって凄いですね。精神的な魔法には強いようです。でも、誘惑の魔法には弱いですよね?」
「な、なんで知ってるの!?」
新菜さんの冷たい視線に思わずティを見る。ニャハっと笑って誤魔化している。ティ、なんでも言ってはダメだよ……。
その場を取り繕ってアパートへ向かう。
願わくば南さんが帰ってますように──
そんな願いをあざ笑うように南さんはアパートにいた。
「思ったよりも早いわね。こんにちは恵利」
「こんにちは、しおりさん……」
ふくれながらも新菜さんが挨拶する。お互い名前呼びって、ずいぶん親しくなったなぁ。
霧谷さんにも紹介してとりあえず座卓を囲んで皆、座る。
さすがにこの人数だと部屋が狭い。追加で新菜さんに麦茶を出した。
霧谷さんは目を見開いて新菜さんを注視している。
「不思議。ここの人たちは誰も私の干渉を受けつけない……」
「聞きました。あなたは超能力がつかえるようですね。他には何ができますか?」
かしこまった新菜さんが質問する。どこか楽しそうに霧谷さんは話す。
「いろいろ。でもテレポートは無理。一回試したけど失敗しちゃった」
今度は落ち着いたのかティを抱こうとはしなかった。
新菜さんは納得したのか頷き、麦茶を飲む。
南さんが僕の足をつねりながら聞いてきた。
「ところで、何で二人は合う約束してたの?」
「いっ! えっと、大佐たちの件だけど。報告とか相談とか」
「私にもして欲しいけど?」
流し目で言われる。新菜さんに目を向けるとふくれている。なぜか焦る。
一体どうすればいいんだ?
うかつに言うと霧谷さんに疑われるし。
僕たちを見ていた霧谷さんが眼鏡を光らせ身を乗り出す。
「なんか、すんごく怪しい。あなたたち何か知っているの? 例えば土手に現れた怪物の事とか……」
「な、なにっぶぷう!」
「栄一は黙ってて!」
南さんに口を塞がれ、すかさず新菜さんが霧谷さんを見つめ呟いた。
「あなたの知る一部が記憶から途切れます。私達は敵対者ではありません。良き友人です。わかりましたか──」
一瞬、霧谷さんの動きがピタリと止まり、再び動き出す。
「あれ? 何か質問しようと思ったけど、変ね? トイレ借りる」
スッと立ち上がって霧谷さんはトイレに行ってしまった。
ビックリして二人を見る。
「な、何したの?」
「魔法で記憶を一部凍結しました。しばらくは誤魔化せますけど、いずれは話さなければならないでしょう」
肩をすくめて新菜さんが説明してくれる。
なるほど。しかし、超能力者にも魔法が効く事実にも驚いた。
「思った以上に凄いわね。さすが主席魔導士」
目を細めた南さんが褒める。
ふふと新菜さんが笑みを返した。




