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エピローグ 心霊ビデオ

 紅倉美姫は事件後文章で引退を表明して姿を消した。

 ある湖のある高原の別荘で芙蓉といっしょに静養している。

 東京を発つ前三津木ディレクターと電話で話した。

 三津木は出来たら岳戸由宇、いや、美崎優と結婚したいと言っていた。テレビ局は辞めなければならないだろうが、

『等々力さんから誘いがありましてね、あっちもいろいろたいへんだろうけれど、何しろタフでしたたかな人ですからねえ、まだまだいろいろ悪巧みしているようですよ。わたしもその悪党の仲間に引き入れられそうで・・』

 笑って・・、真剣な声で言った。

『先生にはなにもかもお世話になってしまって・・』

 申し訳ありませんでした、と謝った。紅倉はどうぞお幸せにと明るく言って電話を切った。


 紅倉は芙蓉と手をつないで湖の周りを歩くのを日課にして過ごしている。

 人工物に乏しいこの辺りは事件の後遺症はほとんど見られないが、日本中の至る所で後始末に追われている。魔界から現世に復帰して、人は無事戻ってきた。が、ドロドロに溶けた人工物は元の姿に戻ることはなかった。ドロドロに溶けた姿のまま元の成分に戻っただけだ。今後数年、ひょっとして10年以上、復興まで時間が掛かるかもしれない。ま、やるべきはっきりした仕事ができていいだろう。

 地表に溢れた石油の処理も大問題だった。これも勝手に地中に帰っていくことはなかった。土地はすっかり荒れ、石油を奪われた石油産出各国との関係も微妙だ。

 今回の事件は人的被害こそ最小限に抑えられたものの、物的被害は計り知れないものがあった。

 ここは平和だ。美しい自然の中でのんびり過ごしていることを芙蓉は当然だと思っている。マスコミや政府からの詳しい説明の要望は後を絶たない。理不尽な脅迫も多い。芙蓉はそれを全て先生の耳に入る前にシャットアウトした。芙蓉自身そんなことにかかずらうのはごめんだ。先生と、自分へのご褒美だ。芙蓉は先生の手を握って歩く。なんと幸せだろう・・。

 ひと月が経ち、ふた月が経ち、10月も半ばになった。秋の早い高原はすっかりもみじが紅葉し、湖面に見事に美しい色彩を映している。

 芙蓉はその見事な景色を先生の目に見せてあげたいと願う。

「ちゃんと見えているわよ」

 先生は嬉しそうに芙蓉の肩に頭をもたげて湖の景色を眺める。

「あなたの心の美しさが、わたしの心にそっくり伝わってくる。まあ、なんと綺麗なのかしら」

 芙蓉はまるで恋人のように紅倉の手を握り、肩を抱き、髪に頬ずりした。

 先生が霊界から帰ってきて、屋敷に帰った夜、芙蓉は聞いた。

「あのね、あなたを弟子・・と言っては失礼ね、パートナーに選んだのはね、あなたが一番美しかったから。なんてかわいい子かしら?と思ってね。それに、・・わたしのことを一番好きでいてくれたから・・」

 芙蓉は先生と相思相愛であったことを心から嬉しく思った。芙蓉は、自分が変わり者でもなんでもいい、心から先生を愛していた。この世で最愛の恋人だ。

 湖の畔の二人の生活が、永遠に続けばいいと、芙蓉は願った。

 その願いが叶えられないことは知っていたが・・・・


 芙蓉手作りの昼食をとりしばらく休んだ。

 馬木良人から手紙が来ていた。

 先生に是非視てもらいたいものがある、と。

 先生はその手紙を芙蓉に読んでもらって、おかしそうに笑った。

「なんです?」

「いいのいいの。これであの子も気が済んだでしょう」

 先生は上機嫌だったが、芙蓉は何故か不吉なものを感じた。

 強い日射しを避けて3時、先生にせがまれて日課の散歩に出かけた。芙蓉は何故か今日は気が進まなかったが、先生がどうしてもと言うので仕方なくつき合った。

 先生には一カ所お気に入りの場所があった。もみじの大木が嵐に倒れて、なお根付き、上に伸びた枝がひさしのように湖面にせり出している。その下にちょうどベンチのように割れた幹が寝ていて、そこに腰掛けて湖を眺めるのだ。ちょっと寒いところが恋人たちにはちょうどいいようで、たまに先客があると先生は子どものようにがっかりした。

 今日は空いていた。並んで座りながら、湖を渡る外気の冷たさとくっついて座る先生の体の温かさに芙蓉はたまらなく妖しい気分になった。

「美貴ちゃん、いいわよ」

 芙蓉はたまらず先生の唇を奪った。

 たまらなく切ない気分になった。

「先生、好きです。愛してます」

 先生の華奢な体を思い切り抱きしめた。先生も背中に回した腕に力を込めてくれた。

 芙蓉の人生、至福の時だった。

 帰り道、芙蓉は幸福な気持ちに充たされていた。先生に自分の気持ちを伝えた。受け入れてもらえた。これ以上、自分の人生で望むものは何もない・・・・。

 だから・・、

 背後から襲い来る凶刃にまるで気付かなかった。芙蓉にとっての逢魔が時だった。

「悪魔めっ!」

「危ない!」

 強烈なテレパシーが芙蓉の脳裏を駆け抜けた。

「先生!」

 何が起こったのか分からなかった。

「先生!」

 先生が倒れた。他に二人の女がいた。一人は背後から短刀を構えて突進してきた岳戸由宇、いや、美崎優。

 もう一人は、その岳戸をつけ狙って、紅倉先生を襲う岳戸を今がチャンスとナイフを構えて突進してきた岳戸の元マネージャー加納夏美。生きていたのだ。だが、すっかり精神を病んでしまっている。悪魔めっ!と叫んだのは加納だった。

 岳戸を襲う加納から岳戸をかばって、その加納のナイフを腹部に、背後から背中に、両方から同時に先生は刺されたのだ。

「先生!先生っ!」

 芙蓉は泣きながら先生を抱き起こした。先生の血で自分の手が濡れていくのを感じながら、何故二人もの襲撃者の気配を自分がまったく感じられなかったのか、自分の無能を呪った。

「ひいいいっ・・」

 加納は己の所業の恐ろしさに恐れ戦いて逃げ出した。

 美崎優はその場にへたり込みへらへら笑った。

「あんたが悪いんだ・・。わたしから神様を奪うから・・。わたしには何も残されていない・・、何もかも、なくなっちゃった・・・・」

 芙蓉は美崎の戯言など聞かず、必死となって紅倉美姫に呼びかけた。

「先生、先生、しっかりして!・・、死なないでえ!・・」

 紅倉美姫は力なく芙蓉に微笑んだ。

「ごめんなさいね、こうなることは分かっていたの」

「そんな、ひどいです先生、わたしを置いていかないで!」

「美貴ちゃん。あなたと過ごした月日がわたしの人生で最も幸せな時間だった・・。ううん、あなたがいてくれなかったら、わたしは自分の幸せなんて知ることはなかった・・」

「わたしだって、先生がいなかったら、わたし、わたし・・」

「お願いしてもいいかしら?」

「なんです?!」

「ずうっと・・、あなたの側にいていいかしら? わたしは神の力を持て余して上手くつき合うことができなかった。もし、あなたがいいと言ってくれるなら・・、わたしはあなたの守護者となってずっとあなたといっしょにいたい・・」

「はい。はい。喜んで。でも・・」

「あなたの唇・・、温かかった・・・・」

 紅倉美姫の目の光が見る見る暗くなっていった。

「先生・・・・・・・」

 芙蓉はボロボロ涙を流した。

 不思議なことが起こった。

 紅倉美姫の体が一瞬光を放ちポッと熱くなって、ふわっと煙が立ち上った。紅倉の体は白い灰となり、風にサラサラ散っていった。

 芙蓉は背後に気配を感じた。肩に温かな手が置かれるのを感じた。それは嬉しかったが・・、ひどく悲しかった。

「先生、いっしょですよ、永遠に・・・・」

 芙蓉は残された紅倉の衣服を胸に抱いて、泣いた。




 11月3日文化の日。青山高校文化祭。危ぶまれた開催も生徒の熱意でなんとか実現できた。

 馬木たち映画研究同好会は自主制作ビデオ映画「プリティーゴーストおとめちゃん」を発表した。

 主演の全然怖がってもらえないユーレイおとめちゃんに沖浦かすみ。それをネチネチいじめる意地悪な霊能力者に特別出演の由利絵梨佳先生。その他の出演は適当に。

 あれから由利先生の勧誘で1年生部員も加入して、予想外にスムーズに撮影が進んだ。あんな事件のあった後でこの内容はどうかとも思ったが、撮影は楽しかったし、上映会での評判は上々だった。さらに1年生部員の獲得もできた。大成功だ。

 ところで、芙蓉美貴さんから紅倉美姫さんが亡くなったと残念な知らせが届いた。先生の意志でその死は決して口外しないようにと、馬木たちにだけ知らせてくれたのだ。

 馬木は一つ紅倉さんに視てもらって訊きたいことがあったのだ。

 映画の評判は上々だ。上映の度に笑い声が上がった。たいへんけっこうなことだが、一つだけ気がかりがある。

 映画のラストは、成仏したおとめちゃんのお墓に手を合わせると、土からガバッと手が出てきて、

「たすけて〜、窒息しちゃう〜」

 とじたばたして、

「線香あげてやるから安心して死ね!」

 と、土を盛られ、

「人でなし〜、呪ってやる〜」

 と、呪いの言葉を吐いて、THE ENDとなる。

 「キャリー」のパロディーだ。

 いきなり地面から手が突き出るここはけっこうドッキリするシーンで、あんまり本気で怖がられても困るので演技で笑いを取る。

 そのドッキリをゆるめるためにあらかじめおとめちゃんがここから出てくるよ〜と地面を指さしてうらめしやポーズを取るという映像が挿入されているのだが・・、実はこんな映像撮った覚えはない。おとめちゃんの顔もかすみのようでもあるし、違うようであるし、メイクが濃いのでよく分からない。さらに、土をかぶせられて苦しむ手の映像に、喉を押さえて苦しんでいる振りを笑いながらやっている映像がチラッと被さるのだが、こちらもそんな映像撮った覚えはない。こっちの方はじっくり見るとその正体がはっきり分かる。

 葉子だ。

 どうしても映画に参加したくて遊びに来たのか、お別れを言いに来たのか、それともまだ成仏できないでいるのか・・。それを紅倉さんに訊いてみたかったのだ。

 映画を見たお客さんは誰一人これが本物の心霊ビデオだなんて気付かない。楽しそうに笑っている。

 それでいいのかい、葉子?



 おわり。

 終盤、唐突に女神が現れますが、彼女は前作「くるみの国滞在記」の登場人物で(こっちでもほとんどセリフのないちょい役でしたが)裏設定だけのつもりだったのですが、物語を収拾するためにご登場願いました。お暇がありましたらあちらも読んでやってください。かなりのお暇を必要としますが・・。

 さて、この作品は独立した1本切りのもので、シリーズで書いているものとは別物です。キャラクターが気に入ったのでシリーズ化してみたんですが、あんまり人気ないんですよね、新作ぱったり書いてないなあ。お暇がありましたらこちらも・・。

 まずはこの作品を読んでいただきまことにありがとうございました。

 2008,9,3.

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