表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

第28話 光

「紅倉美姫の・・、嘘つき・・・」

 荒井ミイナは居ても立ってもいられず番組の途中から家を飛び出し、親友中谷志保の入院している病院に向かって走った。

 病院は、異様な姿に変貌していた。窓という窓から人間が突き出ていた。あれは・・、医師、看護士、入院患者たち。体を半分突きだし、胸を反らし、「あー・・・」と言うように大きく口を開いている。その口から、何かチロチロ覗いていた。舌ではなく、もっとたくさん、イソギンチャクの食指が波にゆらゆら揺れているように・・・。よおく見て、ミイナは戦慄した。人間たちは、目がなかった。代わりに赤い、やはりイソギンチャクのようなものが出たり入ったりしている。頭も割れて、赤い糸が何本も飛び出している。魔物だ。魔物の幼生たち。

「志保・・・・」

 ミイナはなんとなく直感した。彼らを操っているのは、彼らの母親、志保だ。紅倉美姫が言ってた、怪物に変身した女たちは魔界出現の呼び水となる巫女に選ばれたのだと。

「紅倉美姫の嘘つき・・」

 助けるって言ったのに、大丈夫だって言ったのに・・。

 立ち尽くすミイナの背後に黒い世界が迫ってきている。熱帯のジャングルに変貌しつつ、その中を魔物の幼生に変身した者たちが母親を求めて集まってきている・・。

 ミイナは立ち尽くし、絶望しながら、それでも友人のことを思っていた。

 志保、あんた、魔物になっちゃってもあんたでいられるの? だったらあたしも、あんたの娘になってもいいよ。

 背後に、触手を伸ばした魔物たちが迫る・・・・。




 先生、先生、愛してます。

 お願い、わたしも先生のところへ連れていって・・・


 芙蓉はすっかり反抗する気力を失って紅倉の炭化した遺体にすがりついていた。

 先生が亡くなった。世界は終わりだ。世界なんて、どうでもいい・・、先生のいない世界なんて、生きている意味がない・・・・。

「きゃははははは」

「きゃははははは」

「あはははははは」

 魔女三姉妹が勝ち誇った笑い声を上げている。

「世界はみーんな、トモちゃんと晴美ちゃんのもの! トモちゃん、女王様だあ!」

 スタジオ中に何十という人魂が浮かんだ。

「ん?」

 ロックされて動かなかった扉がバアーン!と吹っ飛んできた。大きな鉄の重量たっぷりのドアが、ひしゃげている。

 スタジオ内の人魂たちが刀を構えた鎧武者たちに変身した。

 入り口に真っ赤なオーラを噴き出させながら鬼の形相の岳戸由宇が現れた。スタジオに取り残されていた者たちはヒーッと一目散に逃げ出した。

「おのれバケモノども、ようもわらわを謀ったな!!」

 由宇の顔にヌイ姫の怒りの顔が浮き上がった。皮膚が無惨に焼けただれている。冷たく美しかった顔が、熱く恐ろしく燃え上がっている。

「おのれら、皆殺しじゃ!」

 晴美が肩をすくめた。

「あーあ、落ち着きなさいよ。あなたを騙したのは、緑海ママでしょ? こっちのママは、ちゃーんと約束を守るつもりだったのよ?」

「だったらわらわに国を寄こせ! 新しき国の主には、わらわがなるのじゃ!」

「ああー、そっかー、それもやだなあー。あたしたちが女王様になるんだもん!」

「やっぱりあんたもいらないや。きゃはっ」

 晴美はさっと武者たちに手を振って命令した。

「おまえたち、あのきったない姫様を完全に殺しちゃいな」

 武者たちはザッと刀を構えて沈黙した。

「ほらあ、武士の美学なんかいいからさあ、さっさとやっちゃって」

 しかし、武者たちは沈黙している。

「バカッ! さっさとやれ!」

 武者たちは刀を構えてザッザッザッ、と進軍し、

「な、なに?・・」

 いっせいに刀を突き刺した。

「ぎゃあっ」

 ズバッ、バリッ、ビシッ、ガチッ。

 本物の戦場で磨かれた殺人剣が幼い体をめった刺しにし、切り刻んだ。

「バカ、バカ、バカ、なにしてるうっ!」

 息の根を止めると、武者たちは整然と後退した。

 そこに、バラバラの肉片となって知世が転がっていた。

「きゃあっ、知世! ほら、元に戻ってよ!」

 晴美は肉片をかき集めて粘土をこねるように知世の体をくっつけようとした。だが、肉片は手からボロボロこぼれていった。

「このお〜・・・・・・・・」

 晴美は怒りの目を岳戸由宇、ヌイ姫に向けた。

「おほほほほほ、よい気味じゃ」

「おまええ、どうやった!?」

「どうもこうも、わらわの忠実な部下たちじゃ、おまえなどバケモノの言うことを聞くものかっ!」

「そんなはずないもん、そいつらも全部ネットワークに取り込んでいるはずだもん。あたしの言うこと聞かないわけないもん! それに、知世、知世!どこ行っちゃったのよ!?」

 晴美はすっかり余裕をなくしてうろたえて叫んだ。

「ほほほ、さあ、その二人も血祭りじゃ!」

 再び武者たちはザッと刀を構えた。

「舐めるな、ザコどもっ!」

 葉子が晴海の前に出ると両手を怒らせて念波を送った。ブウウウン・・・、と重い震動が発生し、武者たちはボンッボンッ!と潰れて転がった。

「ケッ、くずめ」

 葉子は吐き捨てるように言ってヌイ姫を睨んだ。

「どうやったのか・・、おまえじゃあないね?」

 誰だ?と捜して、葉子は芙蓉に目を止めた。

「おまえ・・・でもないか・・」

 葉子はじっと紅倉の遺体を見つめた。

「おまえかあっ!」

 葉子は右手を突きだして破壊の気を打ち出した。

 芙蓉はハッとして反射的に紅倉を守って前に立った。とっさに腕をクロスして顔をかばう。衝撃波は、来なかった。

「なんだ?・・・」

 葉子もいぶかしげに芙蓉と、その後ろの紅倉を見た。

 芙蓉の腕に白い光が宿っていた。その光が葉子の気をまるで寄せ付けず芙蓉を守ったのだ。

「先生・・・」

 守ってくれたのは紅倉先生だ、そう思って、芙蓉はハッと振り返った。

 光が、紅倉の中から差していた。額に、仏のびゃっごうのように、神々しく、真っ白な光が。

「・・・・」

 猛然と葉子が襲いかかってきた。

「はっ!」

 芙蓉は腹に得意の回し蹴りを打ち込んだ。葉子の体はあっけなく真横に吹っ飛び、首から床に叩きつけられ、体が一回転して脚を投げ出した。

「・・・・・・・」

 鼻血をダラダラ滴らせながら葉子は起き上がった。芙蓉は徒手を掲げて身構えた。

「イヤアアアアアアッ!」

 葉子はなんとも言えない悲愴な顔で突進してきた。

「はっ!」

 みぞおちに正拳を打ち込んだ。葉子はぐえっと呻いてよろめいた。芙蓉を睨み付ける目に戦意は失われていないが体が激痛に言うことを聞かない。

「この世の肉体を十分味わった?」

 芙蓉は徒手を構えたまま怒りを込めて言った。

「ここはね、あんたが頭の中だけで考えている世界とは違うのよ!」

「くそお・・・・・」

「自分が弱いのがそんなに信じられない? 肉体は死を恐れる。自分を守る。自分を壊すようなことはしない。あんたが頭で操っていた葉子さんの肉体とは訳が違うのよ!」

 芙蓉が打撃の構えを見せると葉子は怯えた。芙蓉は大声で叱りつけた。

「さっさとこの馬鹿げた状態をやめさせなさいっ!」

 葉子は目をつり上げ怒りでブルブル震えた。由宇、いやヌイ姫か、が叫んだ。

「危ないっ!」

 芙蓉は一瞬なんのことか分からず、一瞬、対応が遅れた。

「・・・・・・・」

 いつの間にか背後に回った晴美が紅倉の頭目がけて握りしめた両手を振り下ろした。

「!!! 先生っ!!!!!」

 炭化した首はあっけなく折れた、・・が、

 目もくらむ真っ白な光が強烈に溢れ出した。



 ミイナの背後に魔物の幼生たちが迫った。

「え?・・ きゃあ、きゃあああっ!!!」

 幼生たちはミイナを捕らえると我先にと顔を寄せてきた。

「きゃああ、きゃああ、きゃあああああああっ」

 赤い汁を滴らせて眼窩からはみ出す触手をミイナの目に伸ばしてくる。

「キュルキュルキュル」

「きゃあああ、きゃああああ、いやあああああああっ!」

 背後から、白い光が差した気がした。

「ミイナ」

 思わぬ至近距離から声を掛けられてミイナは必死に閉じていた目を開いた。見知らぬ女だった。

「ミイナ」

 だが、その声は・・

「・・志保?・・」

 ミイナに迫っていた女はニコッと笑った。

「ごめんねー、恐い思いさせちゃって。でも嬉しかったよ、あんたの気持ち。待ってね、大丈夫、もうすぐ終わるよ」

 女は言うと、ふうっと、力が抜けてよろめいた。

「あ、あら? なに? わたしこんなところで何してんの?」

 不思議そうに辺りを見渡す。そこに同じようにキョロキョロしている人々がいる。ミイナは呟いた。

「そっか・・、終わったんだ・・・」

 夜空が銀色の膜に覆われたようにうっすら光っている。

 街の景色が、徐々に元に戻っていく。




「・・・・・・・・・」

 芙蓉も見たいと思いながら耐えられず手でまぶたを覆って光を避けた。

 子どもの泣き声がした。

「え〜ん、え〜ん、え〜ん・・」

 ゆっくり目を開けると、炭の中に白く光る裸の幼女がうずくまって泣いていた。知世だった。

「知世?!」

 晴美も驚いて目を丸くしている。

「あんたどうしてそんなところから・・」

 ハッと、皆、天井付近に白く輝く雲に乗って堂々立っている人物に注目した。

 雲はゆっくり降下してきた。

「・・・・・・・・・先生!・・・・・」

 芙蓉は恐い表情が溶けるように笑顔をとろけさせた。

 紅倉美姫だった。

 だが・・、本当に紅倉美姫なのだろうか?

 その人物は右手に両刃の剣を持ち、左手に五鈷杵(ごこしょ)を持っている。そして全身に中国風の黄金の鎧をまとっている。手に持つ剣と五鈷杵も黄金に輝いている。

 顔は紅倉美姫にそっくりだ。だが、芙蓉には分かる、そっくりだが、美姫ではない。同じ紫の瞳だがパッチリして生気に溢れている。物がちゃんと見えている。美姫は、ほとんど見えないほど視力が弱い。肌ももっと健康的に張りがある。唇の端に刻まれた微笑も優しくありながら力強い。いつもどこか自信なさげな美姫とは違う。

 芙蓉の目に悲しみが溢れた。このお姿を紅倉の生まれ変わりと思いたい。だが・・、違うだろう・・。

 美しく気高い女の闘神は慈悲深く芙蓉に頷いた。芙蓉の目から涙がこぼれた。闘神は自信に溢れた目で晴美と葉子を見つめた。唇が動いた。

「薔薇波羅第4天使美樹見参。この世界に直接介入するのは本意ではありませんが、この事態ではいたしかたありません。・・友人の頼みでもありますしね」

 芙蓉にニッコリ優しく笑った。その笑顔は紅倉にそっくりだった。

 葉子が憎々しく言った。

「おまえは・・、この世の物ではないな?」

 美樹はこっくり頷いた。

「わたしは神です」

 葉子は笑った。

「神だと? そんなものいるか。おまえもわたしと同じ魔物だろう!?」

「たしかに。見た目がこの世界の人間と同じだけで、わたしは別の世界の人間です」

「だったら余計な手出しをするな! 姿は違っていても、わたしはもともとこの世界の人間だ!」

「でも今は別の世界に分かれて住んでいるでしょう? これ以上世界の成り立ちを混乱させるのはおやめなさい」

「わたしのせいではない! わたしだって、好きこのんでこんな世界に生まれてきたんじゃない!」

「では、本来の自分の世界に帰してあげますからそれで満足なさい」

「それも今さら出来るか! ただ帰ったのではわたしはただの人間だ。それ以下だ! この世界では、わたしが神だ!」

「ハアー・・。我が儘な人ですね。不自由な身で異界の人間たちに神様とおだてられて、そんな地位に未練がありますか?」

「説教するな! だったらおまえはなんだ? その紅倉という女を操って神様を気取っていたのはおまえだろう?」

「わたしはたまたま目に留まってしまったかわいそうな少女を助けちゃっただけです。わたしによく似ていたものですからね。その後の彼女の行動は、彼女自身の意志です。わたしの知ったことではありません」

「無責任なことを言うな!」

「はいはい、たしかに。死者なんて甦らせるものではありませんね。わたしも反省しました。だから、あなたのその体も自然のまま死なせてあげなければなりません」

「勝手なことばかり言うな!」

「神とは、我が儘なものです。さあ、大人しくその体を返して自分の世界に帰りなさい」

「渡すか!」

 葉子は凄んで、挑戦的に笑った。

「今この世界の神は、わたしだ!」

 叫ぶと同時に床から大量の石油が噴き出し、高い天井まで噴き上がった。

「この世界では、わたしは無敵だ!」

 葉子は石油を浴びてタールを積載させていった。タールに埋もれて、どんどん膨れ上がっていく。美樹は石油を浴びて慌てふためいているヌイ姫を神力で引き寄せた。美樹の周りでは石油の噴出はない。その範囲内に晴美もいる。彼女は知世を大事そうに抱いて怯えた子どもの目で美樹を見上げている。

「それでいいわ」

 美樹は晴美と知世に言い渡した。

「あなたたちにもちゃんと世界を与えてあげますから大人しく待っていなさい」

 4メートルに膨れ上がったタールの固まりは急速に形を作り始めた。人とも魚ともつかない・・、魔物の姿に。

「ガオーッ」

 吠える姿はまさに恐竜だった。ぬめった黒が乾いて白と青の硬い体に固まった。

「ガルルルルルルル・・」

『ひ弱な人間の神め! 食い殺してやる!』

 恐竜にしては長い腕を筋肉隆々と、鋭い爪を立てて襲いかからせてきた。

 ブイイイイインンン・・・

 五鈷杵から光の盾が現れ、強烈な一撃を受け止めた。

「ガオーッ!」

 ドスン!ドスン!

 強烈なパンチを浴びせるが美樹は黄金の盾で軽々受け止めた。

「ガアーッ!」

 盾を両手で押さえつけて牙を剥き出しにした大口で噛みついてきた。

「痛いわよ」

 美樹は黄金の剣を恐竜の鼻先に突き立てた。

「ギャオオオオオオッ!」

 どれほどの激痛だったのか、突かれた勢いに数倍する勢いで後ろにひっくり返って鼻先を押さえてドスドス暴れ回った。セットが破壊されて吹っ飛ぶ。でたらめに巨大な尻尾が襲ってくる。美樹は顔色一つ変えず素早く盾で受け止め続けた。

「ガルルルルルル・・・」

 ようやく痛みも落ち着いて恐竜は怒りも露わに美樹に向かい合った。

「弱いものいじめってだんだん嫌になってくるのよね。もうあきらめてくれないかなあ?」

「ガルルル・・」

 怒りに震える恐竜の目が、ふと、ある物を見て静止した。

 緑海がよろよろと立ち上がった。

「ママ・・」

 晴美と知世が怯えた顔で見送った。

 緑海は美樹の前に立ち、母親と向き合った。

「おかあさん・・・・」

 ドロッと股から血を流してよろめいた。芙蓉が駆け寄り、後ろから抱いて支えてやった。緑海は真っ青な顔で夢うつつに母親を見つめている。

「おかあさん・・。もう分かったから、お母さんも苦しかったって、わかったから・・。もう・・、やめましょう。ね?・・ね?・・・・・」

 切れ切れの息で懇願するように言う。

「ガルルルルル・・」

『裏切り者め!』

 晴美と知世も前に出て緑海の手を握った。

「ごめんなさい。ママ。晴美たちいい子になるから、ごめんなさい、ごめんなさい。魔物のママ。ママもごめんなさい。でも、やっぱり晴美たち緑海ママといっしょに行く」

「ガルルルルル・・」

 恐竜はじいっと娘たちを見つめた。

「ガアッ!」

『食ってやる! わたしの腹に戻れ!』

 巨大に口を開いて全てを飲み込もうと覆い被さってきた。

 ザッ。

「ギャアアアアアアアアアアアッッッッ・・・・・・」

 美樹の黄金の剣が恐竜を真っ二つに切り裂いた。ズバッ、ズバッ、と剣を旋回させて巨大な肉体をバラバラに解体した。

「・・・・・・・」

 ドサドサと肉塊が散らばり落ちた。葉子が落下してきて、肉のクッションに膝をついた。バウンドして緑海たちの前に投げ出される。

「葉子・・・・」

 緑海は芙蓉の手を振りほどいて葉子にすがりついた。

「葉子ちゃん、ごめんね、ごめんねえ・・・・」

 葉子の体がドロッと黒く溶けて、腐敗した生首だけが転がった。緑海はそれを見てうっうっ、と嗚咽した。

 美樹は剣を旋回させるとドスッと緑海の背中に突き刺した。切り口に手を添え、中から出てきた白い光の玉をすくい上げた。

 知世もスッと手のひらに乗る白い光の玉になった。母親のところへ行く。

 晴美は美樹の持つ剣を見て怯えた。

「あなたがこの世界で人間として生きていくならいいわ。どうする?」

 晴美は考え、決心して硬く目を閉じた。美樹は剣を振り上げ、そっと晴美の肩に置いた。するとすうっと晴美の霊体が肉体から剥がれ出てきた。

「痛くなかったでしょ?」

 美樹が悪戯っぽく笑った。

「さあいらっしゃい。あなたたち親子にはここよりふさわしい、幸せに暮らせる世界に連れていってあげるわ」

 晴美の霊体も白い玉になって嬉しそうに踊りながら母と妹の下へやってきた。

 ヌイ姫は美樹の膝にすがりついた。

「おお、あなたこそ真の神じゃ。わらわは、わらわはどうなるのじゃ? 家臣どもも女どもも、皆消えてしまった。わらわは一人になってしもうた。わらわも救いがほしい。わらわも、心の平穏が・・、欲しいいい・・・・・・」

「いいけどねー・・」

 美樹はちょっと心配そうに言った。

「お姫様でなくっていいんなら、わたしの国に来る?」

「おお! ありがたや。かまいませぬ、どうかどうか、わらわを永久にあなた様のお側に仕えさせてくださいませー」

「いえ、あの、そういうことじゃないんだけどなー」

 美樹は幾分ヌイ姫を迷惑そうにしながら、

「ま、いっか。人間として生き直せば自分の天国が見つけられるでしょう」

 と、笑って肩に剣を置いた。ヌイ姫の霊体が現れた。傷も治り、平穏な、喜びに溢れた美しい顔をしている。ヌイ姫の抜け出た岳戸由宇はすっかり気の抜けた顔でへたり込んだ。

「美樹・・さま・・・」

 美樹は芙蓉にニッコリ笑いかけ、消えてしまうのかと思ったら椅子に座って、ふわっと、古代ギリシャ風のゆったりした白いドレス姿に変身した。テレビカメラを見て苦笑した。

「うちのお母さんがこういうの好きなのよねー」

 じいっとテレビを見て、言った。

「葉子ちゃん。あなたは、どうする?」



「ちっくしょおおおっ!」

 馬木は葉子のバケモノの顔目がけて銀の女神像を力いっぱい投げつけた。女神像は顔面にめり込み、パアンッ!、と破裂した。

「え?・・」

 キラキラ銀色の粉が辺りを輝かせた。その瞬きの中に、紅倉美姫の姿が浮かび上がった。

「紅倉さん!」

「紅倉さん! ・・もうっ、遅いですっ!」

『ごめんなさい』

 紅倉は微笑んで詫びた。声が、心に直接聞こえてくる。生の肉体ではない。

『なんとか時間稼ぎしてくれたようね。ありがとう。コンピューターなんか経由しているからネットワークを解くのに手間取っちゃって。人間の巫女を利用しようとしたのが敵の失敗だったわね』

 うふふ、と微笑んだ。

「じゃあ、魔界の侵攻は?・・」

『じきに収まって元通りになるはずです。全部が無傷ってわけにもいかないでしょうけれど・・』

「じゃあっ!」

 角谷が咳き込んで言った。

「由利先生は!?」

『ごめんなさいね、悲しい思いをさせて。ほら』

 見上げると屋上でもキラキラ銀の輝きが見えた。

 目覚めた由利絵梨佳先生はしばらくボーッとした後、頬をポッと赤く染めた。

「早まったわねえ・・。どうしよう?」

 そして、おかしそうにクックと笑って、唇を舐めた。

 そこまでの様子は下から見えない。でも角谷は喜びに体をカアーッと火照らせた。

「先生・・。紅倉さん、ありがとうございます」

 紅倉の背後の暗闇がザワッと蠢いた。

「なによ・・、なによ・・、なによ!」

 葉子が恨みのこもった目に涙を溢れさせながら金網の外からスーッと迫ってきた。金網を通り抜け、腕を伸ばして馬木に取り憑こうとした。

「うわあっ」

 馬木はひっくり返りそうになり、紅倉の幽体が葉子の幽霊を後ろから羽交い締めにした。

「はなせはなせはなせええ〜っ!!!!!」

 葉子は泣き喚いた。人間の、馬木たちの知っている葉子だった。

「なんでよお、なんでわたしだけこんなひどい目に遭わなくちゃならないのよおっ!? ひどいじゃない!? ひどいわよおおっ!!!!」

 紅倉は葉子を抱きしめながら悲痛に眉を寄せながら頬をすり寄せた。

「そうね。あなたはかわいそうだったわね。一番かわいそうなのはあなた。でも、ね? 悪霊にはならないで。この現世では駄目だったけど、あなたの魂は、幸せになる権利があるわ。だから、ね? わたしといっしょに来て。わたしがきっと、送り届けてあげるから」

「嫌よお〜、ひどい・・、やだよお〜・・・・」

 葉子は顔を歪めてポロポロ泣いた。

「やだ、やだ、やだ・・、ダーリーン・・・・」

 泣きながら、葉子の姿は紅倉と共に消えていった。

 ・・・・・・・・・。

 おーい、おーい。

「みんな無事ー?」

 由利先生が上の屋上からおっかなびっくり覗いている。溶けた金網は元の形には戻らないが、鉄の成分には戻ったようだ。

「先生!」

 角谷が笑顔を弾けさせて叫んだ。

「ヤッホー」

 由利先生は口に手を添えて小さく言った。笑った。

「先生」

「先生」

「せんせえ〜」

 馬木もかすみも、等々力ディレクターまで、笑顔で手を振った。

 世界は急速に元に戻りつつある。日本中のあちこちでこんな光景が繰り広げられているのだろう。

 いったん魔界に取り込まれた多くの人々が無事に現世に帰ってきた。

 だが、

 けっして現世に戻ってこない人たちもいる・・・・。



「まあねえ、いろいろ手違いや計算違いもあったけど、一応大団円ってことでいいんじゃないかしら?」

 神様美樹はテレビから話しかけた。

「みんな、紅倉美姫ちゃんに感謝しなくちゃ駄目よ? 彼女が身を犠牲にしてネットワークに乗り込んで、中継基地になっている人間たち・・、怪物になっちゃった女の子たちね、彼女たちの呪いを解いて、本当の神様の巫女に変身させたから、わたしがネットワークを乗っ取ることが出来たのよ? 彼女の頑張りがなかったら、わたしとしてもネットワークを破壊して、つながった人間たちを皆殺しにするしか事態を収拾する手はなかったわね」

 本当かどうか分からないが、神様は紅倉美姫に花を持たせた。芙蓉が悲しい顔で質問する。

「それで、紅倉先生は?」

「わたしが消えたら戻ってくるわ。でも、」

 美樹も少し悲しそうに芙蓉を見つめた。芙蓉は悲しくてやり切れなくなる。美樹は言う。

「人は誰でも必ず死にます。わたしたち神は死にませんが、それでも必ず終わりはやってきます。永遠というのは、今という時間の中にしかありません。あなたには、分かりますね?」

「はい・・・・」

 芙蓉は涙を堪えて言った。

「では、」

 美樹はニッコリ笑った。

「迎えてあげてください。あなたの大好きな人を。わたしは、この子たちを送っていきますから。では、行きますよ」

 ヌイ姫の幽霊は差し出された手を嬉しそうに握った。

「みなさん、さようなら。ごきげんよう」

 パアッと黄金の光に桃色の光がまじり、石油臭いにおいを一掃する高貴な薔薇の香りが広がった。

 その光に祝福されるように、紅倉美姫はそこに座っていた。

「先生!」

「ただいま。美貴ちゃん」

 紅倉は飛びついてきた芙蓉を受け止め、遠慮なく抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ