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第13話 首

*第12話後半と第13話前半を合わせてまとめました。内容は同じです。

 由利先生は青木先輩の実家に寄って来るという。暇を持て余していると角谷が馬木にたまには副部長に連絡しろよと言った。沖浦の家はすぐ近所だが、どういう名目で訪ねていったらいいのか困るので電話をすることにした。

「もしもし、俺」

『あれ?馬木君?』

 馬木は角谷の携帯を借りて掛けている。

「うん。えーと、元気? バイトは?」

『バイトは午後。ちなみに、元気よ』

「あ、そ。それはそれは」

『・・で? 何? なんか用?』

「いやあ、べつに、ただ、元気かなあ・・と」

『そう。元気よ』

「ああ、そう・・」

 電話は苦手だ。

『そっちは? どうなの? 大丈夫なの?』

「うん、まあ、なんとか。いろいろあるって言えばあるんだけど・・、おまえは知らない方がいいよ」

『あっ、そ。じゃあ掛けてこないでよ』

「うん・・。ごめん・・。あのさ、事件が終わったらやっぱり映画撮ろうぜ。また参加してくれるかなあ?」

『そうねー、ま、考えておいてやるわ』

「うん、頼むよ。えーと・・、じゃあな。悪かったな、大した用もなくて」

『うん・・。ううん、ありがとう。じゃ、気を付けてね』

「うん、ありがとう。じゃあ、またな」

『うん。またね』

 電話を切ると、角谷が呆れた顔を振った。

「ダメダメじゃん」


 携帯を閉じるとかすみは顔を背けたままチラリと机の上を見た。

 そこに、桜野葉子の生首が乗っている。

 血の滴る本物ではない。作り物でもない。幽霊なのか、なんなのか、よく分からない。初めて見たときはびっくりした。母親を呼んだが、どうやらかすみ以外の人間には見えないようだ。幻覚なのかもしれない。でもはっきり実体を持って見える。実際にそこにあるのかないのか、触って確かめる勇気はない。

 そもそもは今朝の目覚めだった。

 何か異様な気配を感じて目が覚めた。部屋はもう明るいが、時計を見ると5時5分だった。枕元の目覚まし時計は6時45分にセットしてある。今日も暑くなりそうだが寝苦しい夜を経てようやく朝のすがすがしさを感じられる時間だ。いやお腹の上に掛けたタオルケット一枚では寒いくらいだ。そう、寒い、体の芯から震えが来る。冷たい、怖気が体を支配する。

 かすみはゆっくり部屋に視線を巡らせていく。6畳のフローリング。壁にぬいぐるみのマスコットがぶら下がっている。本棚に、MDコンポの乗ったタンス。テレビは昨日別の部屋に移した。テレビばかり見て時間を無駄にしないようにという名目だったが、本当は怖かったのだ、なんとなく。押し入れ。白い朝日の透けているサクランボの柄のカーテン。何もないが、何か居るという嫌な感じがしてならない。

 ベッドに寝たままじいっと視線だけ動かす。1分、2分。朝日がじりじり部屋を暖めていっている気がする。汗が浮かんできて、気が付くと息が弾んでいる。心臓がドクドク大きく脈打っている。緊張感に歯がカタカタ鳴った。見られている感じがどんどん強くなっている。

 ついに現れた。押し入れの前に立って無表情に冷たい視線をじっとかすみに向けていた。桜野葉子だった。白のかわいいワンピースを着ている。かすみは恐怖した。一般にはまだ知られていない、青木雄二を残虐な暴力で殺害したのが彼女であることを知っている。歯がカタカタ鳴り続け、顔がガクガク震えた。喉が凍り付いて悲鳴が出てこない。目をじっと見開いて葉子を見つめ続けた。

 殺さないで、お願い。あなた、わたしから馬木君を取ったじゃない。

 葉子が両腕を突き出して迫ってきた。恐怖で涙が溢れてきた。葉子は無表情だ。冷たい目がじっとかすみを見ている。手が、首に取り付いた。氷のように冷たく、それだけで息が出来なくなった。

 嫌あああ・・・・

 突然葉子がビクンと跳ね上がった。後ずさる。

「彼女は違う。仲間にはならない」

「ビデオを見たじゃない?」

「自分で見たんじゃない」

「構わないよ。いっしょにしちゃえ」

「駄目よ。彼女はつながっていない。仲間外れだわ」

「そうだそうだ、仲間外れだ」

「あの子嫌い。入れないでよ」

「じゃ、殺しちゃえ」

「放っておきなさいよ、どうせ死ぬんだから」

「そうよ。彼女は、わたしたちの仲間ではない」

 一人でしゃべっている。

 多重人格者。ごく薄くだがいろいろな表情が入れ替わり立ち替わり現れている。怖い。見てはいけないもののように感じる。でも、何を言っているのだろう?

 意見が一致したようだ。かすみを殺す、または仲間に入れることはやめにしたらしい。

「行くわよ」

 消えてくれるのかと思ったら、

 ヌッと、

「先輩」

 顔をくっつくほど近づけ、ニタアッと笑った。

「わたしが来たこと誰にも言っちゃ駄目よ。言ったら、本当に殺すわよ」

 べろんと舌で涙を舐め上げた。

「あはははははは」

 笑い声を残して桜野葉子は消えていった。頬に甘酸っぱい匂いがする。・・・本当に、ここに居たのだ・・・。

 放心して何気なく横向きざま机を見た。ギョッと目を見開いた。喉の奥で悲鳴を上げて手で口を覆って泣いた。机の上に桜野葉子の顔が乗っていた。首から上だけ。黒髪が机の上に広がっている。目は閉じている。肌は土気色をして紫色のまだらが浮いている。腐っている、と思った。生首が目を開き、ギョロッとかすみを睨んだ。

「誰が腐ってるですって?」

 かすみは、泣いている。生首はニタッと笑った。

「しゃべったら、殺すわよ。いいわね」

 白目は灰色に濁り、歯は黒く汚れている。かすみは泣きながら必死で頷き、泣きながら、いつの間にかまた眠ってしまった。

 目が覚めても生首はまだそこに居た。目を閉じて眠っているように。かすみはとにかく刺激しないように恐る恐る部屋を出ていき、汗と涙でべたべたの顔を洗った。顔を上げて鏡を見たとき思わず悲鳴を上げそうになった。かすみの顔しかなかった。でもひどい顔だった。まるで自分の顔じゃないように。崩れている。死んだら、こんな顔になるんだろうかと思って、また涙が出てきた。

 ふと、首の後ろから白い紐が伸びているのに気付いた。手をやると素通りした。でも何か首の後ろで神経を触るようなヒヤリとした感じがした。紐は廊下に続きずっと伸びていた。辿って部屋に入っていった。やはり紐は生首の下から生えていた。ギョロッと眼が開いて嘲笑うように言った。

「見張っているからね。ダーリンに言いつけたら、殺すわよ」


 電話をしている間中葉子の生首はじいっとかすみを見ていた。電話を終えチラリと見るともの凄い険悪な目つきになっていた。

「何も言ってないわよ」

 つい弱気に言い訳する。生首は不機嫌に言う。

「ダーリンったら、わたしのこと全然心配してないみたいじゃない?」

「そんなことないわよ。あなたを捜していろいろ調査しているのよ」

 なんで自分がこんな生首に同情的な言葉を掛けてやらなければならないのだろう? ふと思った。

「そうよ、馬木君たちはあなたを捜しているのよ? あなた、今どこにいるのよ?」

 生首は不機嫌に答えた。

「ここよ。先輩の目の前にいるじゃない?」

「体はどこよ? あなた、本体じゃないでしょう?」

「うるさいなあー」

 プイと横を向いた。かすみは変な気がした。

「どうして? あなた、早く自分を捜し出してほしいんじゃないの?」

「・・・・・・・」

「見つけられちゃ拙いの? まさか本当にあなたが青木先輩を殺したの?」

 生首は威嚇するようにカアーッと口を開いた。

「そうよ、わたしが殺したのよ! 先輩も首もがれたくなかったら大人しくしてなさい!」

「大人しくって、わたしバイトがあるんだけど・・」

「いいわよ。勝手に行けば。ただし、先輩とわたしを結ぶ糸が切れたらあ・・、魂抜けちゃうわよ」

 やっぱりそうなんだ、とかすみはあきらめた。これは自分を監視する監視カメラなのだ。そしてカメラのコードはかすみの魂につながれている・・・。どうやったら糸が切れるのか分からないが、外に出るのは危険なようだ。

 誰かなんとかしてよお・・・・。

 最初の登場が強烈すぎてすっかり神経が麻痺してしまったようだ。かすみはただただ迷惑そうにため息をついた。




 そろそろ昼食にしようかと話しているところへ由利先生から電話があって馬木と角谷はお馴染みのファミリーレストランに呼び出された。

「自分の分は自分で払うこと、・・と言いたいところだけど、呼び出しちゃったから奢ってあげるわ。ただし、一人400円以内!」

 せこっ。二人とも一番安い日替わりランチを頼んだ。食べながら先生の岳戸由宇との対面の様子を聞いた。

「はあ、駄目ですか、あの人?」

「駄目ね、あの人」

 そうなのか。まずまずの美人なのに残念だ。メインを食べ終えて、さて、と由利先生はデザートのケーキを食べながら本題に入った。

「間宮さんのことはカクくんから聞いた?あっちはやっぱりガードがきつくて無理ね。嶋村さんの事件は長谷川さんから聞いたけど・・、ま、そっちは後でね。けっして楽しい話じゃないから。で、次の手がかりなんだけど・・」

 由利先生はバケモノのマスクが外部から持ち込まれたものであるらしいことを話した。

「で、その作者が作ったとおぼしいのがこれなんだけどね」

 由利先生は携帯を開いて写真を見せた。ビキニ姿の女の子のフィギュアだった。何かアニメかゲームのキャラクターらしいが馬木は分からない。次の写真。今度は海外のSF映画の女性キャラだ。こっちの方がずっと出来がよく見える。ただ、

「携帯の画面じゃ小さくてよく分かりませんね」

「現物はこっちにあるわ、3体だけだけど」

 由利先生は大きなトートバッグを持ち上げて中身を見せた。透明ケースに入ったフィギュアが3体、確かにある。

「ここで開くわけにはいかないわね」

 さっさとテーブルの下に押し込んだ。

「あのー、じゃあファミレスじゃなく学校で話した方がよくありません?」

「うーん・・、まあ、そうなんだけどおー・・」

 珍しく歯切れの悪い返事。

「3人で狭い部屋でコソコソと・・、ねえ? なんかちょっと拙いかなあ・・と・・」

 角谷が顔を曇らせて言った。

「俺のせいですか?」

「いや、違う違う、けっして、ね?」

 慌てて打ち消すところが怪しい。由利先生も気まずそうに横を向いて口を尖らせた。

「違うって言うのに、あの女、あったまくるなあー・・」

 角谷を覗き見るようにして、

「分かった。アイスコーヒー追加。ね?それで機嫌なおして、ね?」

 手まで合わせている。分かりました、いいですよ、と言いつつ角谷はやっぱりがっかりしている。由利先生は気を取り直して説明の続きをする。携帯の写真を見せながら、

「青木さんのお父さんにお願いして部屋を見せてもらったの。最後に家に帰ってきたのは去年の春ですって。就職の決まった報告にね。先週あの家にロケに来たときにはなんの連絡もなかったそうよ。去年の春に帰ってきたときに部屋の大掃除をしていったそうよ。その時飾ってあったフィギュアやポスターなんかみんなきれいに片付けちゃったんですって。それでお願いして押し入れから引っぱり出してもらったの。全部で10体あったわ。以前はもっとあったようだけど、処分しちゃったらしいわ。どうしても捨てられないお気に入りだけ残したってことかしら? それがこの写真のね」

 みんな女性キャラのフィギュアだ。

「写真見ていて気付かない?」

 だから小さすぎるのだが、まあそれは言わないことにして。

「明らかに作風の違ったものがありますよね?」

 10体中4体は確実に、あと3体は微妙だ。はっきり分かる4体はいずれも実在の女優やポップスターをモデルにした写実的なもの。あと2体はアニメのセクシー系のキャラクターをかなりリアルに表現したもの、あと1体は最初のアニメのビキニ少女だが、これだけちょっと無理して作っている感じがして、よく分からない。この7体はいわゆる美少女フィギュアというものとはキャラクター的に異質な気がする。

「そうね。この作者があのマスクを作ったと見ていいように思うんだけど?」

「ですね」

 馬木も角谷も賛成した。どんなに写実的に作っても小さなフィギュア・・20センチくらいのものだろうか?そのくらいではどうしても省略やデフォルメが出る。その癖がどこかあのマスクと共通するような気がする。

「ちなみに、やはり青木先輩自身ではないんですか?」

「お父さんの話ではせいぜい色を塗るくらいだったらしいわ」

「・・お父さん、いかがでした?」

「そりゃあね、やっぱりすっかり気落ちしていたわ」

「でしょうね・・」

 息子を異常な暴力で亡くし、その以前に弟さんを強盗事件で亡くしているのだ。

「青木先輩は他に兄弟は?」

「ないわ。お父さんの方も兄弟は弟さんだけ。だから自分の家の血を受け継ぐものというと・・桜野葉子さんしかいないわけね。ま、身内とも思えないかもしれないけれど・・」

 その唯一の子孫が殺人犯では、青木家も浮かばれまい。この家も桜野家同様呪われているのかもしれない。

 それとも桜野家と関わってしまったから呪われたのか?

「で、どうします?」

「わたしはこの写真をネットに流して情報を集めてみるわ。君たちはね、これを」

 お行儀悪く足でバッグをこちらに押し付けた。

「持って足で情報を集めること」

「足でねえ・・」

 その手の店を回ってみるか。

「こういう物は松岡が詳しいんだろうけどなあ・・」

 すっかり拒絶されてしまったから連絡しづらい。あきらめよう。

「ところでバケモノ騒ぎの方はどうなったんでしょう?」

「奇々怪々。魑魅魍魎(ちみもうりょう)がネットを跋扈(ばっこ)しているわ」

 由利先生は心底ウンザリしたように言った。

「どこで誰が変身したって実名実住所で公表したり、写真や動画を掲載したりね、さすがにそういうのはすぐ削除されちゃうけど、無責任な憶測や噂が飛び交って、ほんと、ネットの匿名性って道徳観が欠けているわよね」

「そんなにひどいですか?」

「ええ。どういう人たちが書き込んでいるんだか知らないけれど、悪質な嫌がらせや、面白半分にあおっていたり、独りよがりの価値観で社会を断じていたり、もう、見ていて胸がムカムカしてくるわ」

「世も末ですかねえ?」

「かもねえー」

 先生は、はあ〜・・、とため息をついた。

「でも自分が変身するんじゃないかって怯えている女性も多くいるでしょうねえ?」

「もちろんそういう書き込みが多いわよ。なんでかね時間が10分ずつずれているんですって」

 腕時計を見る。ちょうど1時10分。

「今・・、また一人女の子がバケモノに変身しちゃったわけね・・・」

 しばし沈黙。

「こういう風に怯えている人を標的に悪意ある嫌がらせをするんだから病んでいるわよね。わたしだってその一人なのよ? ね、わたしがバケモノに変身しちゃったらどうする?」

 先生はお茶目に二人を交互に見比べて言うが、そうだ、先生だってあのテレビを見ているしこれだけ事件に深く関わってしまっているんだからその危険は十分あるんだ。変身するのは今のところ若い女性だけのようだ。馬木たち男どももある意味ネットの無責任な住民たちと同類なのかもしれない。が、

「絶対に助けます!」

 角谷は力強い決意を込めて由利先生を見つめた。由利先生はポカンとして、照れくさそうに笑った。

「そ。ありがと・・」

 角谷の決意は揺るがない。こいつは、本気なんだ、由利先生に・・。

 絶対に助ける・・。馬木は葉子のことを思って、ちょっと自信を無くした。助けると言って、どうしたらいいのか? さっぱり分からない・・・。

「テレビの方は、なんか落ち着いてません?」

 紅倉美姫の出馬が明らかになってからすっかり攻撃の姿勢がトーンダウンしたように感じる。あまり触れたくないような雰囲気がある。

「もう事件じゃなくってオカルト扱いになっちゃったからでしょうね。あんまりおかしなこと言って後で評判を落としたくないのよ」

「でも変身しちゃう女性は・・実際に増え続けているわけですよね?」

「そうね」

「いいのかなー、そんなんで」

 世間は表立っては静観、というか、見て見ぬ振りをして、裏、ネット社会では匿名で怯えて感情的になったり悪質な嫌がらせが横行していたりするわけだ。

「ね、あのパソコンをネットにつなげちゃったら、どうなるんでしょう?」

「お化けパソコン? さあー・・。考えると怖いわね」

 そうなったら、もう誰も無責任な観客ではいられなくなるのではないだろうか? それはそれでちょっとやってみたい気がする・・。

「駄目よ、つまらないこと考えちゃ」

「はーい」

「はあー。ほんと、早く来ないかなあ、紅倉美姫」

 彼女が来れば、事態は一気に解決に向かう、のだろうか?到着が待たれる。

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