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鬼は次の依頼を受注する

前章からのあらすじ


マックスは宿でゴブリン達と朝食を食べた。

マックスは、目覚めた。

朝日が窓から差し込んでいた。踊る子豚亭のベッドは、マックスの体格には少々窮屈だったが、鬼族の体力で一晩寝れば十分だ。

マックスが食堂に降りると、隅の木箱に藁が敷き詰められた寝床が見えた。子供ゴブリンが丸くなって眠っている。回復したゴブリンも横になっている。

足折れゴブリンだけが、起きていた。目の下に隈がある。一晩中起きていたのだ。マックスの姿を見た瞬間、体が強張った。

「きぃ」、と小さく鳴いた。警戒。しかし昨夜のような敵意は薄れている。子供ゴブリンを腹の下に庇いながら、マックスの動きを注視していた。


食堂にはまだ人が少ない。早朝だ。数人の冒険者がパンを齧りながら、ぼんやりとマックスを見ている。

宿の女主人は、カウンターを拭きながら訊ねた。

「あんた、あのゴブリンたちどうするのさ。まさか本当に飼うのかい?」

「知らん。取り敢えず飯をくれ。四人分だ」

手が止まった。四人。マックス一人ではなく、四人。

「……ゴブリンの分も含めてかい?」

女主人は深いため息をついた。しかし金を払う客に文句は言えない。黙って四人分の朝食を用意し始めた。パンとスープ、干し肉の切れ端。人間用よりは質素だが、ゴブリンには十分だろう。


「はい、銅貨八枚ね」

四人分の朝食がテーブルに並んだ。マックスの分は普通の食事、ゴブリンたちの分は小さな皿に盛られている。

足折れゴブリンが匂いを嗅ぎつけた。鼻がひくひくと動く。子供ゴブリンも目を覚ました。食べ物の匂いに釣られて、もぞもぞと藁の中から這い出してくる。

テーブルの上の食事を見て、目が輝いた。きぃきぃと興奮して跳ねている。

しかし足折れゴブリン動かない。マックスを睨んでいる。また罠か。食べたら何を要求される。その目は、何度も裏切られてきた生き物の目だった。

「食わんと生きていけんぞ。食うのは生きる基本だ」

マックスは自分のパンをちぎって口に放り込んだ。がぶり、と。毒なんか入っていない、という実演だった。スープも普通に飲む。ほら、死なないだろう、と言わんばかりに。


子供ゴブリンはもう限界だった。足折れゴブリンの制止を振り切って、テーブルの上によじ登った。小さな手でパンを掴み、口に詰め込む。頬をぱんぱんに膨らませて、幸せそうに咀嚼している。

「ギィッ!」

足折れゴブリンは「馬鹿、やめろ」、と言う感じでギイギイ言っている。しかし子供ゴブリンは止まらない。スープの皿に顔を突っ込み、ずずっと啜った。尻尾が千切れそうなほど振れている。*

回復したゴブリンも、匂いに釣られてのそのそと起き上がった。まだ体力は戻りきっていないが、食欲はあるらしい。おずおずとテーブルに近づき、干し肉の切れ端に手を伸ばした。


脚足折れゴブリンはその姿を見ている。二匹が食べている。自分だけ食べない。意地だった。マックスを睨む。しかし腹が鳴った。盛大に。

「……きぃ」、と小さく鳴いて、目を逸らした。

マックスは面倒になって足折れをつまみあげた。

「お前も食え」

足折れゴブリンが、ぽちゃんとスープの中に落とされた。頭から突っ込み、緑色の顔が汁まみれになった。

「ギィッ!?」

暴れた。ばしゃばしゃとスープが飛び散る。しかしスープの温かさが、一晩中張り詰めていた体に染みた。温かい。初めてだだ、こんなもの。


足折れゴブリンの抵抗が弱まった。スープが鼻先に垂れている。匂いがする。肉と野菜の出汁。腹が、ぐぅと鳴った。

隣でパンを頬張りながら、足折れゴブリンを見ている。「きぃ」、と鳴いた。食べなよ、と言っているようだった。

足折れゴブリンの手が、震えながらスープの中に沈んだ。具の野菜を掴む。口に運ぶ。

噛んだ。

目が見開かれた。美味い。こんなもの、生まれてから食べたことがない。ゴブリンの食生活は虫と腐った果実が普通だ。温かい汁物など、別世界の食べ物だった。

もう一口。もう一口。止まらなくなった。がつがつとスープを掻き込み、パンを千切り、干し肉に噛みついた。目に涙が浮かんでいた。


全員が食べ終わるのに、たいした時間はかからなかった。


冒険者ギルドのドアが開き、箱を担いだマックスが入ってきた。

「さて、今日の仕事は何だ?ギルドマスター?」

カウンターでコーヒーを飲んでいた。マックスを見て、カップを置いた。

「おう、来たか」

ギルドマスター・ドルクの目が、マックスの肩の上をちらりと見た。ゴブリンが顔を覗かせている。異様な光景だが、ドルクは何も言わなかった。



「Dランクに上がったな。受けられる依頼の幅が広がった。」

ドルクが掲示板を顎で示した。

「いくつか見繕ってやる。お前の実力なら、Dランクの依頼じゃ物足りんだろうが……」

指を立てた。

「一つ。北の街道に出る盗賊団の討伐。金貨三枚。十五人ほどの小規模だが、腕に覚えがあるらしい」

「二つ。南の鉱山で魔物が暴れている。ストーンゴーレムだ。金貨八枚」

「三つ」

ドルクが少し間を置いた。目が光った。

「東の森の奥に古代遺跡が見つかってな。調査依頼だ。金貨二十枚。ただし、生きて帰った奴がいない」


食堂の冒険者たちが聞き耳を立てていた。三つ目の依頼を聞いた瞬間、何人かが顔を青くした。

「おい、あの依頼、Aランクのパーティーが帰って来なかった奴じゃ?」

「そうだ。それからいくつものパーティーが挑戦したが、全員逃げ帰って来た」


マックスは事も無げに言った。

「遺跡の調査にしよう。東の森の奥だな。丁度良い。ゴブリン達も連れていこう」

ドルクはコーヒーを吹き出しかけた。

「……は?」


食堂が静まり返った。冒険者たちが聞き間違いかと耳を疑っている。

受付嬢もカウンターの向こうで固まった。

「あ、あの、マックスさん。古代遺跡の調査依頼です。生きて帰った人がいないんですよ? ゴブリンを連れていくって……」

ドルクはカップを置いて、マックスを真っ直ぐ見た。

「おい新入り。あの遺跡はな、Aランク冒険者のパーティーが潜って全滅した。中に何がいるか分からん。罠も山ほどある。ゴブリンなんか連れてったら足手まといだ」

足折れゴブリンが、スープを食べる手を止めた。マックスの方を見ている。言葉の意味は分からないが、自分について話しているのは雰囲気で察したらしい。


冒険者たちは仲間と顔を見合わせた。

「あいつ頭おかしいだろ。ゴブリン連れて遺跡? 自殺志願かよ」


「……本気か?」

ドルクが絞り出すように言った。

「あいつらも生きていくなら強くならなきゃならん。丁度良い」

ドルクは額に手を当てた。こいつと話していると胃に穴が開きそうだ、という顔だった。

「……勝手にしろ。死んでも自己責任だ。ギルドは一切関知しない」


受付嬢は、おろおろと書類を準備しながら。

「ほ、本当にいいんですか? 遺書とか……」

マックスが依頼書にサインした。受付嬢が半泣きで処理している。周囲の冒険者たちは、もはや見世物を楽しむ余裕すらなかった。あの遺跡から帰ってきた者はいない。Aランクが全滅した場所だ。


マックスがゴブリンたちの方を向いた。三匹が食事を終えて、満腹でぼんやりしている。子供ゴブリンは腹を突き出して寝転がり、回復ゴブリンはうとうと船を漕いでいる。

足折れゴブリンだけが、マックスの視線に気づいた。体が強張る。

「きぃ」、と警戒の声を出した。マックスが子供ゴブリンの前に立つ。また何かされるのか、という目。

古代遺跡。Aランク全滅。ゴブリン三匹。正気の沙汰ではない。しかしマックスの目には、退屈そうな色しか浮かんでいなかった。

「この箱に入れて行けば丁度良いな。では、行ってくる。晩飯を頼む」

食堂に向かってマックスが声をかけた。

ドルクはもう何も言えない、という顔で手を振った。

受付嬢は小さな声で呟いた。

「……いってらっしゃい」


食堂のおばちゃんは、晩飯の注文に、呆れた顔をした。

「死ぬかもしれないのに飯の予約かい」



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