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白い結婚三年目、離縁届を置いておきますね  作者: 九葉(くずは)
第4章

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第38話 真実の証言

クロードが告発されてから一週間が経った。


リゼットの独立試験まで、あと三週間。彼女は毎日、朝から晩まで工房で練習を続けていた。


私はその姿を見守りながら、穏やかな日々を過ごしていた。


お腹は五ヶ月目に入り、膨らみがはっきりとわかるようになってきた。胎動も感じられるようになり、エミールは毎晩、私のお腹に手を当てて子供の動きを確かめている。


「師匠、これで最後の課題です」


リゼットが完成した作品を差し出した。


複合付与の首飾り。防護、治癒促進、そして安眠の効果を一つの品に込めた、高度な技術を要する作品だ。


私は手に取り、確認した。


三つの付与が、見事に調和していた。回路は複雑だが、魔力の流れは滑らかで、干渉もない。


「完璧よ」


「本当ですか」


「ええ。これなら、試験は問題ないわ」


リゼットの顔が輝いた。


「ありがとうございます」


「私が言うのもなんだけど、あなたはもう、私を超えているかもしれないわね」


「そんな……まだまだです」


「謙遜しなくていいの。事実よ」


私は首飾りを返した。


「あなたの才能は本物。あとは、自信を持って試験に臨むだけ」


「はい」


リゼットは首飾りを大切そうに抱えた。


その姿を見て、私は胸が熱くなった。


三年前、工房の前に立っていた痩せた少女。あの子が、ここまで成長した。


---


午後、思わぬ来客があった。


「公爵夫人、お客様です」


セバスチャンが報告に来た。


「中年の女性で、リゼット様に会いたいと」


私は眉をひそめた。


「名前は?」


「名乗りませんでした。ただ、『娘に会いたい』と」


心臓が跳ねた。


リゼットの母親。


あの女性が、また現れた。


「通して。ただし、応接室で私が先に会うわ」


「かしこまりました」


応接室に向かうと、女性が待っていた。


四十代半ば、栗色の髪、痩せ型。右頬に小さな傷跡。以前の報告通りの特徴だ。


「初めまして。シルヴィア・ド・クレシーです」


「……初めまして」


女性は緊張した様子だった。


「お名前を伺っても?」


「……マドレーヌ。マドレーヌ・フォレです」


フォレ。リゼットと同じ姓。


「あなたが、リゼットの母親ですね」


女性——マドレーヌは、小さく頷いた。


「はい」


「なぜ今になって現れたのですか」


マドレーヌは俯いた。


「娘が……リゼットが、独立すると聞きました。立派な職人になると」


「それで?」


「一目だけでも、会いたくて……」


私は椅子に座り、マドレーヌを見つめた。


「十九年間、なぜ名乗り出なかったのですか」


マドレーヌの目に、涙が滲んだ。


「資格が、ありませんでした」


「資格?」


「私は……娘を捨てた母親です。育てる力がなくて、孤児院に預けた。そんな私に、娘に会う資格なんて——」


「なぜ育てられなかったのですか」


沈黙が落ちた。


マドレーヌは長い間黙っていた。やがて、絞り出すように話し始めた。


「十九年前、私は貴族の屋敷で働いていました。侍女として」


私は黙って聞いていた。


「そこで、私は……主人に、無理やり……」


マドレーヌの声が震えた。


「身籠った時、屋敷を追い出されました。金もない、頼る人もいない。お腹の子供を育てる力なんて、ありませんでした」


私は息を呑んだ。


「それで、孤児院に……」


「はい。せめて、娘だけは生きてほしくて。私には育てられないから、誰かに託すしかなくて」


マドレーヌの涙が頬を伝った。


「ずっと、遠くから見守っていました。孤児院の近くを通って、娘の姿を探して。大きくなっていく娘を見て、嬉しくて、でも会いに行く勇気がなくて」


「弟さんが亡くなった時は?」


マドレーヌの顔が歪んだ。


「知っています。あの子……リゼットの弟は、私の子供ではありません。孤児院で一緒に育った子です。でも、リゼットはあの子を本当の弟のように可愛がっていた」


「そうでしたか……」


「あの子が亡くなった時、私も泣きました。娘が、どれほど悲しんでいるか……」


マドレーヌは顔を覆った。


「でも、何もできなかった。会いに行くこともできなかった。私は、臆病で、卑怯な母親です」


私は立ち上がり、マドレーヌの前に立った。


「リゼットに会いたいですか」


「……会っても、いいのでしょうか」


「それを決めるのは、リゼットです」


私はマドレーヌを見下ろした。


「彼女に、全てを話してください。あなたの口から」


「でも、私は……」


「逃げないでください」


私の声が、少し厳しくなった。


「十九年間逃げてきたのでしょう。もう十分です。娘と向き合う時です」


マドレーヌは顔を上げた。


その目には、恐怖と、そしてかすかな希望があった。


「……はい」


---


リゼットを呼んだ。


「師匠、何ですか?」


「会わせたい人がいるの」


リゼットを応接室に連れて行った。


扉を開けると、マドレーヌが立っていた。


リゼットの足が止まった。


「この人は……」


「あなたに話があるそうよ」


私はリゼットの背中を押した。


「聞いてあげて」


リゼットは恐る恐る部屋に入った。


私は扉を閉め、廊下で待った。


---


どれくらい時間が経っただろう。


扉が開いた。


リゼットが出てきた。その目は真っ赤だった。泣いていたのだ。


「師匠……」


「聞いたのね」


「はい」


リゼットは俯いた。


「私の母は……私を捨てたんじゃなくて、守ろうとしてくれたんですね」


「そうね」


「育てられなかったけど、ずっと見守っていてくれた」


「ええ」


リゼットの涙が、また溢れた。


「私、ずっと……母親に捨てられたと思っていました。いらない子供だったから、孤児院に預けられたんだって」


「違ったのね」


「はい。違いました」


リゼットは顔を上げた。


「師匠、私……母を許します」


「許す?」


「十九年間、会いに来なかったこと。名乗り出なかったこと。全部、許します」


リゼットの目には、涙と、そして強い光があった。


「だって、母は……私を愛してくれていたから。遠くからでも、見守ってくれていたから」


私はリゼットを抱きしめた。


「よく言えたわね」


「師匠……」


「あなたは、強い子よ」


リゼットは私の胸で泣いた。


でも、それは悲しみの涙ではなかった。


長い間、心の奥に閉じ込めていたものが、解放された涙だった。


---


マドレーヌは、しばらく王都に滞在することになった。


リゼットの独立試験を見届けたいと言った。


「よろしいのでしょうか」


マドレーヌが私に尋ねた。


「リゼットが望んでいるなら、構わないわ」


「ありがとうございます。公爵夫人には、感謝してもしきれません」


「感謝するなら、リゼットにしてあげて。これから先、ずっと」


マドレーヌは深く頭を下げた。


「はい。必ず」


---


夜、寝室でエミールに報告した。


「リゼットの母親が現れたのか」


「ええ。全てを話してくれたわ」


「それで、リゼットは」


「許すと言っていたわ。母親を」


エミールは黙って聞いていた。


「強い子だな」


「ええ。本当に」


私は窓の外を見た。


「これで、リゼットの心の荷物が一つ軽くなったわ。試験に、全力で臨めるはず」


「そうだな」


エミールは私の隣に来た。


「君も、よくやった」


「私?」


「マドレーヌを逃がさなかった。リゼットと向き合わせた。それは、君の功績だ」


私は首を振った。


「私は、きっかけを作っただけよ。あとは、二人が自分で向き合った」


「それでも、だ」


エミールは私の手を取った。


「君がいなければ、二人は永遠にすれ違っていたかもしれない」


「……そうかしら」


「そうだ」


エミールは私の額にキスをした。


「君は、いい師匠だ」


「あなたにも、何度も言われたわね」


「何度でも言う」


私は笑った。


お腹の中で、子供が動いた。


「この子も、同意しているみたいね」


「そうか」


エミールはお腹に手を当てた。


「早く会いたいな」


「あと四ヶ月よ」


「長いな」


「あっという間よ」


私たちは顔を見合わせて、笑った。


窓の外では、春の月が輝いていた。


リゼットの試験まで、あと三週間。


全てが、うまくいく予感がしていた。

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