第38話 真実の証言
クロードが告発されてから一週間が経った。
リゼットの独立試験まで、あと三週間。彼女は毎日、朝から晩まで工房で練習を続けていた。
私はその姿を見守りながら、穏やかな日々を過ごしていた。
お腹は五ヶ月目に入り、膨らみがはっきりとわかるようになってきた。胎動も感じられるようになり、エミールは毎晩、私のお腹に手を当てて子供の動きを確かめている。
「師匠、これで最後の課題です」
リゼットが完成した作品を差し出した。
複合付与の首飾り。防護、治癒促進、そして安眠の効果を一つの品に込めた、高度な技術を要する作品だ。
私は手に取り、確認した。
三つの付与が、見事に調和していた。回路は複雑だが、魔力の流れは滑らかで、干渉もない。
「完璧よ」
「本当ですか」
「ええ。これなら、試験は問題ないわ」
リゼットの顔が輝いた。
「ありがとうございます」
「私が言うのもなんだけど、あなたはもう、私を超えているかもしれないわね」
「そんな……まだまだです」
「謙遜しなくていいの。事実よ」
私は首飾りを返した。
「あなたの才能は本物。あとは、自信を持って試験に臨むだけ」
「はい」
リゼットは首飾りを大切そうに抱えた。
その姿を見て、私は胸が熱くなった。
三年前、工房の前に立っていた痩せた少女。あの子が、ここまで成長した。
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午後、思わぬ来客があった。
「公爵夫人、お客様です」
セバスチャンが報告に来た。
「中年の女性で、リゼット様に会いたいと」
私は眉をひそめた。
「名前は?」
「名乗りませんでした。ただ、『娘に会いたい』と」
心臓が跳ねた。
リゼットの母親。
あの女性が、また現れた。
「通して。ただし、応接室で私が先に会うわ」
「かしこまりました」
応接室に向かうと、女性が待っていた。
四十代半ば、栗色の髪、痩せ型。右頬に小さな傷跡。以前の報告通りの特徴だ。
「初めまして。シルヴィア・ド・クレシーです」
「……初めまして」
女性は緊張した様子だった。
「お名前を伺っても?」
「……マドレーヌ。マドレーヌ・フォレです」
フォレ。リゼットと同じ姓。
「あなたが、リゼットの母親ですね」
女性——マドレーヌは、小さく頷いた。
「はい」
「なぜ今になって現れたのですか」
マドレーヌは俯いた。
「娘が……リゼットが、独立すると聞きました。立派な職人になると」
「それで?」
「一目だけでも、会いたくて……」
私は椅子に座り、マドレーヌを見つめた。
「十九年間、なぜ名乗り出なかったのですか」
マドレーヌの目に、涙が滲んだ。
「資格が、ありませんでした」
「資格?」
「私は……娘を捨てた母親です。育てる力がなくて、孤児院に預けた。そんな私に、娘に会う資格なんて——」
「なぜ育てられなかったのですか」
沈黙が落ちた。
マドレーヌは長い間黙っていた。やがて、絞り出すように話し始めた。
「十九年前、私は貴族の屋敷で働いていました。侍女として」
私は黙って聞いていた。
「そこで、私は……主人に、無理やり……」
マドレーヌの声が震えた。
「身籠った時、屋敷を追い出されました。金もない、頼る人もいない。お腹の子供を育てる力なんて、ありませんでした」
私は息を呑んだ。
「それで、孤児院に……」
「はい。せめて、娘だけは生きてほしくて。私には育てられないから、誰かに託すしかなくて」
マドレーヌの涙が頬を伝った。
「ずっと、遠くから見守っていました。孤児院の近くを通って、娘の姿を探して。大きくなっていく娘を見て、嬉しくて、でも会いに行く勇気がなくて」
「弟さんが亡くなった時は?」
マドレーヌの顔が歪んだ。
「知っています。あの子……リゼットの弟は、私の子供ではありません。孤児院で一緒に育った子です。でも、リゼットはあの子を本当の弟のように可愛がっていた」
「そうでしたか……」
「あの子が亡くなった時、私も泣きました。娘が、どれほど悲しんでいるか……」
マドレーヌは顔を覆った。
「でも、何もできなかった。会いに行くこともできなかった。私は、臆病で、卑怯な母親です」
私は立ち上がり、マドレーヌの前に立った。
「リゼットに会いたいですか」
「……会っても、いいのでしょうか」
「それを決めるのは、リゼットです」
私はマドレーヌを見下ろした。
「彼女に、全てを話してください。あなたの口から」
「でも、私は……」
「逃げないでください」
私の声が、少し厳しくなった。
「十九年間逃げてきたのでしょう。もう十分です。娘と向き合う時です」
マドレーヌは顔を上げた。
その目には、恐怖と、そしてかすかな希望があった。
「……はい」
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リゼットを呼んだ。
「師匠、何ですか?」
「会わせたい人がいるの」
リゼットを応接室に連れて行った。
扉を開けると、マドレーヌが立っていた。
リゼットの足が止まった。
「この人は……」
「あなたに話があるそうよ」
私はリゼットの背中を押した。
「聞いてあげて」
リゼットは恐る恐る部屋に入った。
私は扉を閉め、廊下で待った。
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どれくらい時間が経っただろう。
扉が開いた。
リゼットが出てきた。その目は真っ赤だった。泣いていたのだ。
「師匠……」
「聞いたのね」
「はい」
リゼットは俯いた。
「私の母は……私を捨てたんじゃなくて、守ろうとしてくれたんですね」
「そうね」
「育てられなかったけど、ずっと見守っていてくれた」
「ええ」
リゼットの涙が、また溢れた。
「私、ずっと……母親に捨てられたと思っていました。いらない子供だったから、孤児院に預けられたんだって」
「違ったのね」
「はい。違いました」
リゼットは顔を上げた。
「師匠、私……母を許します」
「許す?」
「十九年間、会いに来なかったこと。名乗り出なかったこと。全部、許します」
リゼットの目には、涙と、そして強い光があった。
「だって、母は……私を愛してくれていたから。遠くからでも、見守ってくれていたから」
私はリゼットを抱きしめた。
「よく言えたわね」
「師匠……」
「あなたは、強い子よ」
リゼットは私の胸で泣いた。
でも、それは悲しみの涙ではなかった。
長い間、心の奥に閉じ込めていたものが、解放された涙だった。
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マドレーヌは、しばらく王都に滞在することになった。
リゼットの独立試験を見届けたいと言った。
「よろしいのでしょうか」
マドレーヌが私に尋ねた。
「リゼットが望んでいるなら、構わないわ」
「ありがとうございます。公爵夫人には、感謝してもしきれません」
「感謝するなら、リゼットにしてあげて。これから先、ずっと」
マドレーヌは深く頭を下げた。
「はい。必ず」
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夜、寝室でエミールに報告した。
「リゼットの母親が現れたのか」
「ええ。全てを話してくれたわ」
「それで、リゼットは」
「許すと言っていたわ。母親を」
エミールは黙って聞いていた。
「強い子だな」
「ええ。本当に」
私は窓の外を見た。
「これで、リゼットの心の荷物が一つ軽くなったわ。試験に、全力で臨めるはず」
「そうだな」
エミールは私の隣に来た。
「君も、よくやった」
「私?」
「マドレーヌを逃がさなかった。リゼットと向き合わせた。それは、君の功績だ」
私は首を振った。
「私は、きっかけを作っただけよ。あとは、二人が自分で向き合った」
「それでも、だ」
エミールは私の手を取った。
「君がいなければ、二人は永遠にすれ違っていたかもしれない」
「……そうかしら」
「そうだ」
エミールは私の額にキスをした。
「君は、いい師匠だ」
「あなたにも、何度も言われたわね」
「何度でも言う」
私は笑った。
お腹の中で、子供が動いた。
「この子も、同意しているみたいね」
「そうか」
エミールはお腹に手を当てた。
「早く会いたいな」
「あと四ヶ月よ」
「長いな」
「あっという間よ」
私たちは顔を見合わせて、笑った。
窓の外では、春の月が輝いていた。
リゼットの試験まで、あと三週間。
全てが、うまくいく予感がしていた。




