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白い結婚三年目、離縁届を置いておきますね  作者: 九葉(くずは)
第4章

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第37話 頼ることの意味

王立魔法師協会の建物は、王都の中心部にあった。


白い石造りの荘厳な建物。ここで、付与魔法師の資格試験が行われ、職人たちの権利が守られている。


私は正面玄関をくぐり、受付に向かった。


「クレシー公爵夫人、シルヴィア・ド・クレシーです。名誉毀損の訴えを申し立てに参りました」


受付の職員が目を見開いた。


「し、少々お待ちください」


慌ただしく奥へ消えていく。


しばらくして、白髪の老人が現れた。協会の副会長、ジャン=ピエール・ラヴァル。かつて私のSランク認定試験で審査員を務めた人物だ。


「公爵夫人、お久しぶりです」


「ラヴァル副会長、お願いがあって参りました」


「伺っております。名誉毀損の件ですね」


「はい」


私は用意してきた書類を差し出した。


「私の弟子、リゼット・フォレに対する中傷が、社交界で広まっています。孤児院出身であることを理由に、犯罪者の娘だという根拠のない噂が」


ラヴァル副会長は書類に目を通した。


「これは……契約書ですか」


「ドミニク・ガレという男と、クロード・モランという商人の間で交わされたものです。リゼットの情報を売買し、噂を流す契約です」


副会長の表情が険しくなった。


「悪質ですな」


「リゼットは来月、独立試験を控えています。この噂が広まれば、公正な審査を受けられなくなるかもしれません」


「それは、協会としても看過できません」


副会長は書類を閉じた。


「調査を開始します。証拠が確認され次第、クロード・モランに対して警告を発します。必要であれば、商売の停止も視野に入れます」


「ありがとうございます」


私は頭を下げた。


「それと、公爵夫人」


「何でしょうか」


「リゼット嬢の独立試験について、特別な配慮は不要です。彼女の実力は、私どもも把握しております」


副会長は微笑んだ。


「噂に惑わされるような審査員は、この協会にはおりません。ご安心ください」


胸の奥で、緊張が少しほぐれた。


「ありがとうございます。心強いお言葉です」


「月影の工房の技術を受け継ぐ者として、正当な評価を約束いたします」


私は協会を後にした。


第一の戦いは、ひとまず前進した。


---


公爵邸に戻ると、エミールが書斎で待っていた。


「どうだった」


「協会は動いてくれるわ。クロードへの警告と、調査を始めてくれる」


「そうか」


エミールは頷いた。


「俺の方も進展があった」


「何かわかったの?」


「クロード・モランの商会を調べた。奴は、ロランの逮捕後、その顧客を引き継いでいた」


「つまり、ロランの後釜……」


「ああ。同じ手口で、若い職人を囲い込もうとしている。リゼットは、その標的の一人だ」


私は拳を握りしめた。


「許せない」


「だが、奴は慎重だ。ロランのように、直接手を汚さない。ガレのような人間を使って、間接的に動いている」


「証拠を掴むのが難しいということ?」


「そうだ。だが——」


エミールは一枚の紙を差し出した。


「クロードの商会が、最近大きな取引を失ったことがわかった。資金繰りが苦しくなっている」


「それが何か?」


「追い詰められた人間は、ミスを犯す。焦れば焦るほど、ボロが出る」


エミールは私を見た。


「もう少し時間がかかるが、必ず尻尾を掴む」


「お願い」


私は椅子に座った。


疲れていた。朝から動き回って、体が重い。


「シルヴィア」


「何?」


「顔色が悪い」


「大丈夫よ」


「嘘をつくな」


エミールが近づいてきた。


「君は妊娠四ヶ月だ。無理をしすぎている」


「でも、リゼットのことが——」


「リゼットのことは、俺に任せろ」


エミールは私の肩に手を置いた。


「君は、体を休めろ。子供のためにも」


「でも——」


「シルヴィア」


彼の目が、真剣だった。


「何度も言っただろう。一人で抱え込むな、と」


私は言葉を失った。


「君は、また同じことをしている。全部自分で解決しようとしている」


「そんなつもりは——」


「ある」


エミールは断言した。


「俺を頼れ。リゼットを守ることも、クロードを追い詰めることも、俺にできる。君は、できる範囲で見守ればいい」


私は俯いた。


彼の言う通りだった。


いつの間にか、また一人で抱え込もうとしていた。リゼットを守らなければ。子供を守らなければ。全部、自分でやらなければ。


でも、それは違う。


私には、頼れる人がいる。


「……ごめんなさい」


「謝るな」


「でも、私——」


「頼ってくれ。それだけでいい」


エミールは私を抱きしめた。


温かかった。


「君が倒れたら、誰がリゼットを守るんだ」


「……そうね」


「君が元気でいることが、一番大事なんだ。俺にとっても、リゼットにとっても、お腹の子供にとっても」


私は彼の胸に顔を埋めた。


涙が出そうだった。


「わかった。頼るわ。あなたに」


「ああ。任せろ」


エミールは私の髪を撫でた。


「今日は休め。明日からは、俺が動く」


「……ありがとう」


私は目を閉じた。


頼ることの意味を、また一つ学んだ気がした。


---


翌日から、エミールが本格的に動き始めた。


クロード・モランの商会への圧力。取引先への根回し。噂の火消し。


私は公爵邸で、その報告を受けていた。


「クロードの商会から、二つの取引先が離れました」


「そう」


「噂も収まりつつあります。協会からの警告が効いているようです」


私は頷いた。


エミールに任せてよかった。彼は、私よりもずっと効率的に動いている。


「師匠」


リゼットが工房から戻ってきた。


「今日の練習、終わりました」


「お疲れ様」


「あの……師匠、大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。少し休んでいるだけ」


リゼットは心配そうな顔をした。


「無理しないでください。私のことは、私で何とかしますから」


「あなたも、一人で抱え込まないでね」


「え?」


私は微笑んだ。


「困った時は、頼っていいの。私にも、エミールにも。それが、家族でしょう」


リゼットの目が潤んだ。


「はい……」


「あなたの仕事は、試験に全力を尽くすこと。それ以外のことは、私たちに任せなさい」


「わかりました」


リゼットは頷いた。


その目には、以前よりも強い光があった。


---


夜、寝室でエミールと話をしていた。


「クロードは、そろそろ限界だ」


「どういうこと?」


「資金が底をつきかけている。焦っている証拠に、ガレへの支払いが滞っている」


「ガレが裏切るかもしれないわね」


「その通りだ」


エミールは私の隣に座った。


「あと数日で、決着がつく」


「そう……」


私はお腹に手を当てた。


四ヶ月半。少しずつ、膨らみが目立つようになってきた。


「名前、考えた?」


「え?」


「二人目の名前」


私は少し考えた。


「男の子だったら、リュシアン。女の子だったら、ソフィア」


「いい名前だな」


「エミールは?」


「君に任せる」


「ずるい」


「任せると言っている」


私は笑った。


「じゃあ、決まりね。リュシアンか、ソフィア」


エミールは私の手を取った。


「リゼットの試験が終わったら、ゆっくり準備しよう」


「ええ」


「君は、もう十分頑張った。あとは、俺に任せろ」


「……ありがとう」


私は彼の肩に頭を預けた。


頼ることは、弱さではない。


信頼の証だ。


それを、ようやく心から理解できた気がした。


---


数日後。


エミールの予想通り、ドミニク・ガレが裏切った。


クロードからの支払いが滞ったことで、ガレは協会に証言することを選んだ。全ての計画を暴露し、クロードを売った。


クロード・モランは、詐欺と名誉毀損の容疑で告発された。


商会は閉鎖。王都からの追放が決定した。


「終わったわ……」


報告を聞いて、私は深く息を吐いた。


「ああ。終わった」


エミールが頷いた。


「リゼットへの噂も、完全に消えた。試験は、公正に行われる」


「よかった……」


私は椅子に深く座り込んだ。


長い戦いだった。


でも、勝った。


リゼットを守れた。


「師匠!」


工房からリゼットが駆けてきた。


「聞きました。クロードが告発されたって」


「ええ。もう大丈夫よ」


リゼットの目から、涙がこぼれた。


「ありがとうございます。師匠も、公爵様も」


「あなたを守るのは、当然のことよ」


私はリゼットを抱きしめた。


「さあ、これで安心して試験に臨めるわね」


「はい」


リゼットは涙を拭い、笑った。


「必ず、合格します」


「期待しているわ」


窓の外では、春の日差しが輝いていた。


嵐は去った。


あとは、リゼットが自分の力で未来を掴むだけだ。


---


その夜、私はエミールに言った。


「ありがとう」


「何が」


「全部。クロードを追い詰めてくれたこと。私を休ませてくれたこと。頼ることを教えてくれたこと」


エミールは何も言わず、私の手を握った。


「君が頼ってくれて、嬉しかった」


「え?」


「前は、いつも一人で抱え込んでいた。俺を頼ってくれなかった。でも今回は、任せてくれた」


彼の目が、優しかった。


「それが、嬉しかったんだ」


私は彼を見つめた。


「……私も、嬉しかったわ」


「何が」


「頼れる人がいること。一人じゃないこと」


エミールは私を抱き寄せた。


「これからも、頼ってくれ」


「ええ。約束するわ」


春の夜風が、窓を揺らしていた。


私たちは、二人で一つだ。


そして、もうすぐ三人になる。いや、リゼットを入れれば四人。お腹の子供を入れれば五人。


家族が、増えていく。


それが、何よりも幸せだった。

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