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白い結婚三年目、離縁届を置いておきますね  作者: 九葉(くずは)
第4章

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第36話 二つの戦い

朝、エミールが出発した。


「夕方までには戻る」


「気をつけて」


私は玄関で彼を見送った。


ドミニク・ガレのもとへ向かう馬車が、門を出ていく。その背中を見つめながら、私は祈った。


真実が明らかになりますように。


リゼットを守れますように。


---


午前中、私は工房でリゼットと一緒に作業をしていた。


彼女は今日も独立試験の準備に没頭している。複合付与の指輪、防護の短剣、治癒促進の首飾り。次々と課題をこなしていく。


「師匠、これで合っていますか」


リゼットが完成した指輪を差し出した。


私は手に取り、確認する。


二つの付与が、美しく調和していた。回路の流れは滑らかで、魔力の干渉もない。


「完璧よ」


「本当ですか」


「ええ。あなたはもう、一人前の職人よ」


リゼットの顔が輝いた。


その笑顔を見て、私の胸が痛んだ。


この子は、まだ知らない。自分に対する噂が広まっていることを。誰かが、彼女の未来を潰そうとしていることを。


「師匠? どうかしましたか」


「何でもないわ」


私は首を振った。


「少し、考え事をしていただけ」


「お体、大丈夫ですか? 最近、顔色が優れないように見えます」


「大丈夫よ。心配しないで」


リゼットは納得していない様子だったが、それ以上は聞かなかった。


私は窓の外を見た。


春の日差しが、工房を照らしている。穏やかな光。でも、私の心は穏やかではなかった。


---


昼過ぎ、思わぬ来客があった。


「公爵夫人、お客様です」


セバスチャンが報告に来た。


「誰?」


「アラン・ベルトラン様です」


私は眉をひそめた。


ベルトラン商会の男。先日、リゼットとの提携を申し出てきた人物だ。


「通して」


応接室に向かうと、アランが待っていた。


「公爵夫人、突然のご訪問、失礼いたします」


「何か御用ですか」


「はい。実は、お伝えしたいことがございまして」


アランの表情は真剣だった。


「リゼット嬢に関する噂が、社交界で広まっているのをご存知でしょうか」


私は表情を変えなかった。


「知っているわ」


「その噂の出所について、私どもでも調査いたしました」


「あなたたちが?」


「はい。当商会は、リゼット嬢との提携を真剣に考えております。彼女の評判が落ちることは、当商会にとっても不利益ですので」


私は腕を組んだ。


「それで、何かわかったの?」


「はい。噂を流しているのは、ドミニク・ガレという男です。孤児院の元院長で——」


「それは知っているわ」


アランは少し驚いた顔をした。


「そうでしたか」


「問題は、誰がガレに金を払っているか、よ」


沈黙が落ちた。


アランの表情が、わずかに変わった。


「公爵夫人、私の兄——マルク・ベルトランについて、お調べになりましたか」


「ええ」


「兄が、かつてロラン・デュボワと取引があったことも?」


「知っているわ」


アランは深く息を吐いた。


「正直に申し上げます。兄は、ロランとの関係を断った後も、彼の手法に影響を受けていました」


私は黙って聞いていた。


「優秀な職人を見つけ、囲い込み、技術を独占する。そのために、手段を選ばない」


「つまり、あなたの兄が——」


「いいえ」


アランは首を振った。


「兄は、二年前に亡くなりました。病で」


私は目を見開いた。


「亡くなった?」


「はい。現在、商会を経営しているのは私一人です。兄の遺産を引き継ぎ、商会を立て直そうとしています」


「では、噂を流しているのは——」


「兄の元部下です。クロード・モランという男。兄の死後、商会を去りましたが、兄の手法を受け継いでいます」


アランは私の目を見た。


「クロードは、リゼット嬢の技術を狙っています。彼女が独立する前に評判を落とし、孤立させ、自分の支配下に置こうとしているのです」


私の拳が握りしめられた。


「ロランと同じ手口ね」


「はい。私は、それを止めたいのです」


「なぜ?」


「兄の罪を、償いたいからです」


アランの声には、真摯さがあった。


「兄は、ロランの影響で道を誤りました。私は、同じ過ちを繰り返したくない。だから、クロードを止めなければならない」


私は彼を見つめた。


嘘をついているようには見えなかった。


「証拠はあるの?」


「これを」


アランが、封筒を差し出した。


「クロードとドミニク・ガレの間で交わされた書簡の写しです。リゼット嬢の情報を買い取る契約が、記されています」


私は封筒を受け取った。


中身を確認する。確かに、契約書のようなものが入っていた。


「なぜ、これを私に?」


「公爵夫人なら、この証拠を使ってクロードを止められると思ったからです。私には、その力がありません」


アランは頭を下げた。


「お願いです。リゼット嬢を守ってください。彼女は、本当に才能のある職人です。こんな形で潰されるべきではありません」


私は封筒を握りしめた。


「ありがとう、アラン。この証拠、使わせてもらうわ」


「はい」


アランは立ち上がった。


「それでは、失礼いたします」


彼が去った後、私は封筒を見つめた。


クロード・モラン。ロランの手法を受け継いだ男。


そして、ドミニク・ガレ。金のために情報を売る元院長。


二人が手を組んで、リゼットを狙っている。


---


夕方、エミールが戻ってきた。


「ガレに会ってきた」


書斎で、彼は報告した。


「どうだった?」


「金で口を割らせた。噂を流すよう依頼したのは、クロード・モランという男だ」


「知っているわ」


私はアランからもらった証拠を見せた。


「これは——」


「ベルトラン商会のアランがくれたの。クロードとガレの契約書よ」


エミールは書類を確認した。


「これで、証拠は揃ったな」


「ええ。あとは、クロードを追い詰めるだけ」


私は立ち上がった。


「明日、協会に訴え出るわ。リゼットに対する名誉毀損として」


「俺も動く。クロードの商売を潰す」


エミールは私の手を取った。


「二つの戦いを、同時に進めよう。君は協会で、俺は商会で」


「ええ」


私は頷いた。


「リゼットを守る。この子を守る。どちらも譲れない」


エミールは私の額にキスをした。


「無理はするな」


「しないわ」


「本当に?」


「本当よ」


私は微笑んだ。


窓の外では、夕日が沈みかけていた。


明日から、反撃が始まる。


---


その夜、私はリゼットを呼んだ。


「話があるの」


工房の椅子に座り、私は全てを話した。


噂のこと。ドミニク・ガレのこと。クロード・モランのこと。


そして、彼女の母親に関する書類が、ガレの手にあったこと。


リゼットは黙って聞いていた。


「私のことで、こんなことが……」


「あなたのせいじゃないわ」


私はリゼットの手を取った。


「悪いのは、あなたを利用しようとした連中よ。あなたは何も悪くない」


「でも、師匠にご迷惑を——」


「迷惑なんかじゃない」


私は彼女の目を見つめた。


「あなたは私の弟子よ。家族よ。守るのは当然のこと」


リゼットの目から、涙がこぼれた。


「師匠……」


「泣かないの。まだ戦いは終わっていないわ」


私は立ち上がった。


「明日、協会に訴え出る。あなたに対する噂が、悪意ある中傷だと証明する」


「私も、何かできることは——」


「あるわ」


私はリゼットを見た。


「独立試験に向けて、全力を尽くしなさい。最高の結果を出して、噂が嘘だと証明するの」


リゼットは涙を拭い、頷いた。


「はい。必ず」


「それがあなたの戦いよ」


リゼットの目に、強い光が宿った。


「わかりました。私は、私の戦いに勝ちます」


私は微笑んだ。


「その意気よ」


窓の外では、月が雲間から顔を出していた。


二つの戦いが、明日から始まる。


私は協会で噂を潰す。


リゼットは試験で実力を証明する。


どちらも、負けるわけにはいかなかった。


---


深夜、ベッドに横になりながら、私はお腹に手を当てた。


「ごめんね」


小さく呟いた。


「少し、無理させるかもしれない。でも、大切な人を守るためなの」


お腹の中で、子供が小さく動いた気がした。


まるで、応援してくれているように。


「ありがとう」


私は目を閉じた。


明日からの戦いに備えて、今は眠らなければ。


春の夜風が、窓を揺らしていた。

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