Page1:助かった!腹減った!
誰かが呼んでいる。
家族でも友人でもない、誰か。
何かを言っているのだけれど、それを理解することが出来ない。
「 」
男なのか女なのかも分からない誰か。
だけど俺はこの声を聞いたことがある。
いつだったか覚えていない。
俺はこの人にとても、大切なことを言われた気が――
目を開けると真ん前に少女の顔があった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
開いた窓から気持ち良い風が入ってきて、カーテンと俺の前髪を揺らす。
「くっ、くくくくっ」
笑うのを我慢しているくぐもった声が聞こえる。
すげえ恥ずかしい。
何がって、思いっきり叫んでしまったことが。
普通は怒られるだろうが何というか、こう、変な叫び声でそれがツボったらしい。
「おい、笑うなら笑え」
ベッドで上半身だけ起こして横の椅子に座っている人物をジロリと睨む。
余計に恥ずかしいだろうが。
俺の自業自得ではあるが、それでも顔を俯かせて肩を震わせている、後ろ向きのアホ毛がついた蒼い髪の少女――鈴谷 蒼香というらしい――に恨みがましい視線を向けるのをやめなかった。
「はぁ。ごめんごめん」
ようやく一息ついたか。こいつ10分ぐらい笑うのを我慢して肩を震わせてやがった。
いつもの友人たちの誰かなら殴ってでも止めさせるけど、女の子だし、恩人でもあるわけで。
結局止まるのを待つしかなかった。
「じゃあ何から聞きたい?」
少し顔を緩ませて鈴谷が聞いてくる。やっぱり殴ってやろうか、こいつ。
いやいや、ここでいちいち反応してたらいつまで経っても話が進まん。
そうだな…
「あの後、どうなったんだ?」
あの後とは俺が気絶した後のこと。
「そっか、そこから話さなきゃいけないね」
話によると、鈴谷は俺の左手にちょっとした治療をして、背負って近くの町まで運んでくれたらしい。
そのまま治癒院(?)へ直行。治療費用も立て替えてくれたとのこと。鈴谷には頭が上がらん。
治療してくれた人が言うには、結構危ない状態だった、らしい。
「じゃあ何で俺生きてんだよ?」って聞くと、どうやら魔術って言うものがあるらしい。うさんくせーとか思いながら聞いてたら鈴谷に真顔で「魔術、知らないの?」とか聞かれた。割と一般的なものなんだとか。
俺が知らなかっただけでもしかしたらあったのかもしれないけど、少なくとも俺の周りで聞いたことはない。だけど鈴谷は知ってて当たり前のように言ってきた。
だから、ちょっと聞いてみたんだよ。「日本、アメリカ、ヨーロッパ。どれでもいいから聞いたことある?」って。
案の定、鈴谷は横に首を振った。
まあ、魔術なんて単語が出た時点で覚悟はしていたけど、それでもそんな覚悟だなんて無駄に終わった方が良かった。
……異世界、ってやつかねぇ?
多分、あの時の魔法陣みたいなのが、あっち(俺のいた所)とこっち(鈴谷がいるここ)を結ぶ門みたいな物で、事故なのか意図的なのかは分からないけどこっちに飛ばされた、と。
推測でしかないけど大体こんな感じだろう。
「ねえ浅木君、ちょっと聞いてもいい?」
鈴谷が真面目な顔してる。
何だろうか?
「昼ご飯は何がいい?」
くう、と俺の腹が鳴く。タイミングいいな、俺の腹。
もうそんな時間なのか。この部屋時計が無いから分からなかったな。
ベッドから降り窓に向かう。
ここは2階の一室らしい。地面が少し遠い。
なるほど、窓から身を乗り出して空を見上げると、そろそろ太陽が真上に来るような感じである。
キョロキョロと見回してみる。
どうやら俺が寝かされていた建物は表通りに面しているようだ。
大人が両手を広げても5、6人は並ぶことが出来そうな道が左右に続いていて、昼だというのに少なくない人数が歩いている。
「どうしたの?」
後ろから鈴谷が声をかけてくる。
「いや、昼なのに結構人が歩いてるな、と思ってさ」
鈴谷の方へは向き直らず、外を見ながら言葉を返す。
向かいの店の看板らしきものを見ると漢字でただ一文字“漢”と書いてあった。
建物の外観を見ると真っ白な壁に“漢”とでかでかと書いてあるだけだった。
……何の店なんだろうな、あれ。
「この通りは結構何でもそろってるからね。お昼時ならレストラン目当ての人たちじゃないかな?」
へぇ、そうなのか。
でも向かいの店はレストランって雰囲気じゃあないよな。
すげえ気になる……。
「ちなみに向かいは今人気のレストランだよ? 行ってみる?」
マジかよ!?
そこもレストランなの!?
しかも人気があるの!?
好奇心は猫をも殺す、という諺もあるが、人間好奇心には勝てないのだよ。
「昼飯はそこがいい」
いいよー、と鈴谷の返事。
どんな店なんだろうな?
この時はまだ、俺に降りかかる災難を知るよしもなかった……。
更新速度が遅くてすみません。
1週間に1度出来れば良い方なのでご了承下さい。