第二十一話
「黒瀬さん。そろそろ僕らがなぜ地下に追いやられたのか教えてはくれませんか?」
3人で山積みになった菓子パンを消費しているときにふと、至恩が口にした。
「漠然としているなー。前に言っただろ、あれこれ教えてやるほどオレは優しくはないって、質問形式でなら答えてやるとも言ったけど漠然としすぎ。そんな“数学教えて”みたいなこと言われても」
黒瀬は億劫そうに嘆息して手酌で注いだ酒をあおった。
むっとして至恩はカレーパンに大きくかぶりついてむぐむぐと咀嚼くした。
……どうすれば、この男から情報を取ることが出来るのだろうか。いや、質問すればそれに答えるようにはしてくれるんだろうけど、取っ掛かりが今手元にない。
「……レイ」
「ん?」
「騎士団の役目、怪物が攻めてくるって未だに実感ないけどそれから住民たちを守っているのが騎士団なんだよね?」
「ああ、そのことは地下の住人の誰もが知っている」
「え、そうなの? 陰でひっそりっと地下街を守っているかっこいい役目だと思ってた」
少しショックを受けたような至恩に、礼志は大きく嘆息した。
「隠しきれる訳ねぇだろ。怪物との戦闘音は住民地にまで聞こえんだよ」
「あー、それは無理だ―」
とても分かりやすく納得して、窓から永遠の夜街を眺めた。
「みんな知っているなら隠さなくてもいいんじゃないの?」
「アーデルが言うには…………………」
礼志は説明し始めた。自分たちの役目と秘匿する理由を。
人ならざるものを身体に秘め、住民たちを守る役目は確かに誉れ高いものなのだろう。しかし、結局は人ならざるものの力だ。忌避される存在で、危険因子だ。例えば、鬼の力は使いすぎると人喰いのリスクがある。他者に危険が及ぶ。
地下は異常な存在たちが捨てられる掃き溜めだ。地上で野放しにすることは出来ず、監視する労力とそれに伴う責任を放棄するために地下に繋いでおく。
地下でも忌避される彼らを騎士団は利用することにした。
「だったら始末しちゃえばいいのに」
至恩は、明らかにそちらのほうに面倒がないであろうと口を挟んでしまった。
「俺もそう思うが、色々あるんだとよ。政治とか」
政治? と首を傾げた至恩に、要は偽善だと礼志は話を続けてくれた。
何の罪も侵していないものを捕まえることは出来ない。鬼の力に目覚めてすらいないものを危険だからと牢屋に入れておくことは出来ない。
『ツノ掴み』が組織として個人の意見が尊重されることはない。必ず集団での話し合いになり、その場には偽善を吐くものがいる。しかし、無視は出来ない。それは確かに正しいのだから。
「始末することは出来ず、拘束しておくことも出来ない。かといってそのまま厄災の種を放置しとくわけにもいかない。だったら、地下に送ってその力を利用しよう。地下ならもしものことがあっても地上には影響がない! ってことか」
「そういうこった。自分たちの綺麗な戯言を通すために地下の人間には死んでもらおうってこと。そこに騎士団は眼を付けたんだとよ。その力を利用して自分たちの生活を脅かす怪物を退治しようってよ」
ぷはー、と頬を赤めた黒瀬がもう何杯目かもわからない酒を飲み干し、満足そうに顔が緩ませた。
「あははー、まぁ綺麗ごとをいうなら地下住人を守ってはいるんだよ。地下街に住んで街を守ることが騎士団から言い渡された仕事だしな」
「綺麗ごと、ね」
「だって無理でしょ。訓練で鍛えているとはいえ、化け物相手に戦えないよ。住民を守ろうとしたところで死体が一つ増えるだけ。それに役目を言い渡されただけで特にこれといった指示もないしな。活動記録に特に何も書いていないのに叱責すらされない」
「あー、ツノ掴みは地下住民を守っているものを派遣しているという事実が欲しいだけで、活動自体は推奨してないってことですか?」
手の平に拳をポンと乗せて話の流れから黒瀬が何を言いたいのかを推測した。
「多分そうだな」
手酌でとくとくとさらに酒を注ぎながらぞんざいに答える黒瀬にまだ飲むのかと苦笑いを浮かべてしまう。
そこで、レイが嘲笑を作っていることに気づいた。
「つまり、お前はツノ掴みから見限られたってことじゃねえか。特に仕事しなくていいから地下に居ろってことだろ?」
「ひっく、まあそうかもな。あははー、正直最高だぜ! 今までは激務だったからさー、もうこの生活は天国すぎ、あーオレ生きてよかったって地下に来て何度も思った」
こんなに緩んだ黒瀬は見たことが無く、笑ってしまった。
レイの嘲笑も消えていて、呆れて開いた口も塞がらないといった表情だ。
「本心さらけ出しすぎだろ。仮にも要警戒対象の前で寝るなよ……」
きっと、こういう人間だからこの任務に選ばれたのだろうと思う。レイみたいなのを何の能力も無い人が抑え込むことは絶対に不可能だ。何しろ呉葉に力を借りてすら一蹴りで吹き飛ばされたのだ。
あんなのを生身で受けるだなんて想像しただけで青ざめる。壁に当てられた水風船のようになるか。そもそも真っ二つになって吹き飛ぶことも出来ないかもしれない。
正義感を抱くものを地下に送っても、死なれるだけだ。ツノ掴みにとって損失以外のなんでもない。
「だから、こういう適当な人が選ばれたんじゃないかな」
「………適当すぎだろ。これは」
結局、晩餐会は黒瀬の寝息が号令でお開きとなった。
「よっ」
礼志が泥酔した黒瀬を担いだ。
「がんばれ!」
「お前も手伝え。何で俺が!」
「いや、2人で担ぐなら身長足りないし、そもそもレイ一人で十分でしょう?」
「ふざけんな。今は鬼人化してねえから重ぇもんは重ぇんだぞ!」
「へー、おやすみ」
「てめぇ、覚えとけよ」




