第18話
ひゅぅぅぅ———————ん! ガッシャァァァ——————ンッ‼
「がはっ、ぁ……ぁぁはぁはぁ、ぐっ痛ぅ~~~~~~~」
思惟的に黒い衣服に身を包んだ小さい体があらゆるものを貫通してきてようやく止まった。
黒狐面の奥から苦痛に喘ぐ声が漏れ、小さい体をさらに丸く縮めて震えていた。
「ぐぁぁっ、レイの馬鹿! 正体気づいたなら少しぐらい手加減してくれてもいいじゃないか……」
フードが取れ、染められた紅髪が乱れながらも姿を見せた。黒狐面を外し、口から垂れた血を袖で拭った。
「ああもうっ、ホントに痛い! 痛い! 痛~い! レイの化物! ここ何処だよ⁉ いててっ……いや、ホントにここ何処? 幸い人がいない場所に飛ばされたみたいだけど……」
電気が点いておらず光源といえば至恩の赤珊瑚色の眼光と、液晶モニターに映し出されたスクリーンセイバーが数台。
コンピューター室? とあたりを見渡して思ってしまうぐらいのディスプレイの数。
そして至恩がいた場所は寝台だった。通りで寝心地がいいわけだ。
つまり、知らない人の部屋に穴をあけて床に破片やらをバラまいてしまった。
「うわぁ~」
木の綺麗なフローリングだったはずの床はもう見る影もなく、壁だったものの破片で汚れていた。
電子機器が多い広いマンションの一室に大変な申し訳なさを抱き項垂れた。
「……どうしよ……まずは謝らなくちゃいけないかな? きっと許してくれないだろうけど……いや、そもそも話を聞いてくれないか。自分の自室に知らない人がいて、部屋は荒らされていたら、僕の話なんて聞ける状況にならないだろうなぁ……」
でも、流石に逃げるわけにはいかないだろう。てゆうかこの罪悪感を抱えて逃げるなんて出来ない。
「……うわぁ~どうしよぉ~………ぉぉおおおお⁉」
ふと、本当に何気なくパラパラと壁の破片が落ちる音に引き寄せられて、真っ暗な壁の端に眼をやったとき、部屋の隅で小さく震えている一人の少女と目が合った。
会ってしまったのだった……
「……ぁ……ひっ!」
手に持つクマのぬいぐるみを盾のように前に翳して至恩から身を守ろうとしていた。
さ、最悪だ……
誰もいないときに言い訳ぐらいは考えようとしていた至恩の些細な計画はあっさりと覆ってしまった。
……待て、この部屋は暗かった。もしかしたら眠っていたのかもしれない。
もしそうだとしたら、ああしてクマのぬいぐるみで自ら視界を塞ぎ、至恩の容姿すら見えておらず混乱しているのかもしれない。だとしたら、まだ……まだ、何とかなるかもしれない。
とりあえず、今の自分の鬼の眼はダメだ。しまわなくては……
「呉葉、この眼を元に戻してよ」
小声でそう自分の中にいる彼女へと語り掛けた。
すっと体中の力が抜けた感覚があり、気だるさや痛みが膨れ上がった。
「なっ⁉……ぁ…くぅ……」
そうか、鬼の力があったからあんな攻撃を受けても無事でいられたんだ。鬼の力を引っこめるということは生身に戻るということ、修復しきっていない体がさらなる悲鳴を上げるのは当然だった。
いや、でも今は自分の体より怯える少女の方が優先だ。……大丈夫、痛みには慣れている。
「や、やぁ。ごめんね。驚かせて……ぼっ、僕は………散歩をしていたんだ。屋根の上を自由に歩いていたら足を滑らせてしまって……」
なんとか状況に見合う言い訳を口にしたが、体の痛みに声は平静を装えず震えてしまった。自分の体を見ると体中が痙攣していて、頭では痛みを無視できても体はどうしようもないようだった。
「べ、ベランダの柵に運よくぶつかって、地面への落下は防げた。でも部屋を汚して本当に申し話ない。……今も痛みと恐怖に体が震えてしまっているよ。……ははっ」
部屋をめちゃめちゃにしてしまったことへの謝罪と、弱った相手になら話を聞いてくれるかもしれないという打算を籠めてなんとか言葉を紡ぐ。
そこまで話すとようやく彼女は、クマの背から涙目を覗かせてた。そして———————
「こ………」
ボソッと呟かれた声に聞き取れないと至恩は首を傾げた。
「こ?」
「怖い怖いぃ怖いよぉぉぉぉぉ‼ 嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁ‼ あなた誰ぇぇぇぇぇぇ⁉」
キーンと耳来る金切り声で奇声を上げて、喚き散らした。
……まぁ、無理だよね。てゆうかうるさっ!
震えている相手になら怖がらないでくれると期待したが、どうやらこちらの様子など全く目に入っていないようだった。
未だ声を荒げ続ける彼女に、取り乱した人が目の前にいると逆に冷静になれるっていうのは本当みたいだなぁと明後日のことを考えてしまう余裕が生まれた。
クマのぬいぐるみをぶんぶん振り回し自分の領域に居れたくないという拒絶と恐怖が伺えた。ならば………
「ごめんなさい」
ベットの上で頭を下げた。体を動かすと激痛が走るがなんとか頭を下げる体制になった。
「っひ……ぅ……」
土下座である。どうにかしてでも自分に害意が無いことを分かって欲しかったのだ。
「怖がらせて本当にごめんなさい。僕の至らない行動のせいで部屋をこんな風にしてしまった。こんなにも怖がらせてしまった」
「ぁ……ぇ?」
至恩はただ頭を下げ続けた。全く動かず、彼女が何か言うまで待った。
しばらく、とても長い沈黙が部屋を包んだ。
「「…………………………」」
それから十分ぐらい経った後、ようやく彼女は口を開いた。
「……も、もう分かったから頭を上げて……?」
落ち着きを大分取り戻した彼女の声はとても儚く奇麗な音だった。
「うん、僕も大分前から顔を上げたいと思っていたんだけど……」
「…………?」
っ…く……体中が痛くて動けない。
頭を上げる許しを得た至恩はそれからもしばらく土下座していたのだった。




