第十話
とうとう10話まで来ました。積もるもだけど、話が思うように進まないなぁ
真っ暗なで心地の良い極地から意識が這い上がる。
体に被さっている毛布を退けて体を起こし、暫く翡翠の瞳が虚空を見つめる。
「…………」
昨夜自分のものと強制的に交換された端末の画面を点けると思わず眼を瞑りたくなるほどの明るさで時刻を教えてくれた。
「うっ………」
直ぐに端末を裏返しにして置き、光から逃れる。
少し不機嫌な瞳で裏返しになった端末を睨み、すぐに溜息を吐いた。
ポリポリと綺麗に染められた紅髪を掻き、軽い欠伸をした。
朝である。朝の眠気は何よりも抗いがたく、いっそそのまま身を委ねたくなるほど辛い。
これに強い『朝に強い人』はこの辛さを感じないのだろうかと羨ましくなる。
万国共通に眠気を覚ましてくれる偉大な朝日は、残念ながら此処には差さない。
———此処は地下なのだ。
天井は確かに高いが、地上の果てしない空の解放感に比べればそれこそ天と地の差である。
自然の光が無いので朝といえども夜と変わらず、月光などの自然な光源ももちろん存在しないので、闇の中にいると言えるほど何も見えない。
習慣で携帯端末を手に取ることが出来たが、真っ暗闇に慣れている眼に突き刺さるような光は毒だ。
再度、端末の明かりを使って足元を照らして、立ち上がる。
部屋の電気を着けるために寝起きの覚束ない足取りで電源ボタンが設置されている場所まで進む。
「……うわっ!」
まるで慣れていない部屋なので壁にぶつかりそうになりながら、なんとか目的地までたどり着くとカチッと音を立てて照明が光り、スマホの画面を見た時以上に眼を開けられず固まった。
………ね、眠い。
睡眠時間は十分だったはずだ。確かに昨夜は眠っていなかったが(気絶はしたけど)、昨日の昼に地下に着いて夜まで眠ったのに、さらに夜の『桃太郎』の急襲で一気に精神が削られてしまい結局、眠り足りない。
2日間色々あったなぁ……
ようやく目を少しだけ開けられるぐらいには明かりに慣れてきたが、頭がまだ冴えない。
薄目で突っ立つ間抜けな姿で一昨日からの2日間を思い出して溜息が出た。
……やめよう。
考えても良いことは無い。今はこれからのことについて考えよう。
太陽の光の代わりに部屋の昼白色の照明で眼を覚まさせながらまだ起床していない頭で考えを巡らす。
膨大な地下空間に作られた街。天井は地面に落ちている石を思いっきり放ったとしても鼻で笑われそうなぐらい高い。
面積は端から端まで見えず、日の当たらない闇の中に多くの人々が暮らしている人口の光が地下の景観に美しく輝く。
地下都市、ホープレス。
不自由な暗闇の中、人々が逞しく生活している証明だ。
最初に見たときは眼を奪われ少しの間、唖然と都市を見渡してしまった。
いつまでここに滞在するか分からないが、暫くはホープレスが僕の街だ。
はぁ~と思い溜息ののち現実に戻ってくる。
無理だ考える情報が無い。
……そもそも何で地下にこんな膨大な空間が存在しているんだ………?
これからどうするもこうするも分かりようが無い。
色々考えてようやく頭が冴えた至恩は、カチッと再度電気を消した。
とにかく今日は『学校』?に登校することになっている。
地下に学校があるという謎の解明は今日を乗り切れば分かることだ。
さて、本日はどんなことが待っているのかと地下の闇と同様に暗い顔をして部屋を出た。
間接照明のような電球色の温かみのある光源が廊下を照らてくれている。
部屋の明かりのように眩しくなく、綺麗な光の元を履物でパタパタと歩く。
昨夜の『アイス大量捕食事件』の現場になったラウンジにたどり着くと、未だに甘い残り香が漂っている。
間接照明よりもやや明るい、温白色の明かりがラウンジを照らしていた。
この寮『竈の館』には照明にこだわりでもあるのだろうか?各場所で明かりの些細な違いがある。
地下だから光源はなおのこと気にするのかもしれない。
「……おはようございます」
「ああ、おはよう」
ズズとお茶を啜りながら至恩の挨拶に答えたのは黒瀬だ。
「レイはまだですか?」
「さあ、まだ寝てるんじゃない?」
時刻は午前7時、今日は学校に行くはずなので、もうそろそろ起きないといけないはずだ。
「数年会わない内に遅刻癖でも付いたのかな?」
携帯で再度時刻を確認しながら至恩はボヤキを漏らした。
「ズズ……ここから学校へは15分も歩けば着くから、まだ寝てても不思議じゃあないよ」
お茶を飲みながら黒瀬は至恩の呟きを否定した。
「へぇ、近いんですね。なるほど、じゃあ後一時間ぐらいはゆっくり出来る。朝食でも食べようかな」
「うん、勝手に台所とか使っていいんだぜ。ここは君の住処なんだからさ。でも、材料があるかは知らないけど……てゆうか、礼志くんが食材を備蓄してるとは思えないな」
確かに……
黒瀬も至恩と同様に此処に居るのは昨日からだ。『竈の館』の暮らしがどうなのかはよく分かっていないのだろう。
キッチンに向かうと、古びているがなんとも綺麗なキッチンだろうと感嘆して笑みが漏れた。
ホント奇麗だわー。油汚れ一つも無いわー。
おそらく一度も使われたことが無いのだろうキッチンの脇に設置されている冷蔵庫を開けると甘そうな清涼飲料水が雑多に入れられていた。……雑に入れすぎて袋ごと入っていた。
「んー、面白いぐらい適当に使ってるなぁ。食材は~……あっ、卵発見!」
中を弄ってようやく食べ物を見つけることが出来た。
礼志って普段何食べてるんだろう?あっ、パックのご飯が積み上げられてる。ふりかけもあった。パックご飯の横に食パンも見つけた。ケチャップとマヨネーズは清涼飲料水のようにゴロっと冷蔵庫に入れられていた。
冷蔵庫の上に備蓄されていた食料を見て容易に普段の食生活が分かった。
食事が適当すぎる!
レイは灯さん同様に食に興味が無いんだろうな。……灯さんだって缶詰常備してたし、食事に時間を取られたくないのだろう多分。
んー、見つけた食材で何が出来るかなぁ。
今日はパンにしよう。
至恩は気分的にパンを選び、手に取った。
えーと、賞味期限大丈夫かな……?あっ、今日までだ。
マヨタマにしよう!調理方法、凄く簡単だし。
パンの上にマヨネーズで要塞を作って、卵を乗せる。
オーブンレンジで良かった。おかげで、パンが焼ける。
待つこと数分でマヨタマ完成‼
皿に乗っけてラウンジに持って行った。
すると、礼志が座っていた。今さっき起きたのだろう。……髪を一房立ち上げて、眼を半開きにしていた。
「おはようレイ。はい、朝ご飯食べてないですよね?」
「おっ…!オレの分まで作ってくれたのか。ありがたい、いただくよ」
「はいレイも」
「……わざわざ朝飯作ったのか」
どうやら礼志も至恩同様に朝に弱いタイプなようだ。ものすごい低いテンションで訝し気そうにいった。
「朝飯なんかよく作ろうとするよな。俺だったら寝てるわ」
「毎日作ってたからね。もう習慣になってるんだよ」
先にパンを口にした黒瀬がサクっといい音を立てた。
「ん、ん~、これうまいよ。あ、はいお茶」
「ありがとうございます。マヨタマトーストって言うんですよ。簡単なのにおいしいですよね」
至恩もサクっとパンをかじった。サックサクのパンにマヨネーズがおいしい。
礼志も『腹減ってないなぁ~』って顔でパンを口にした。
賞味期限が本日のパンもこれで全てだ。食べ物が無駄にならなくて良かった。
「そうだ。ケチャップも掛けるとおいしいかもね。冷蔵庫の中に在ったから」
至恩はケチャップを取ってくるとパンに掛けた。
「うん、合う」
「オレも!」
黒瀬もケチャップを軽く使い卵の部分を赤くした。
パンが思いの外美味だったのか、それともこういった食事が久々だったからか礼志は仏頂面では無くなっていた。
「いやぁ~、おいしかったよ」
「どうも」
パンを食べ終え、お茶を啜りながら今日行く学園のことを礼志に聞こうとした。
「レイ、今日行く学校ってどんなとこ?」
「行けば分かるだろ、そんなの」
「そうだけど、心構えはしとこうと思って……」
礼志は不思議そうな顔をして清涼飲料水を口にした。
「なんだよ心構えって…?いらねえだろ学校行くだけなんだから」
軽く眼を見張り、驚いた表情になった至恩は『いらないの…⁉』と汗を流した。
「えっ、でも『鬼』が行く学校なんだよね…?危険がいっぱいなんじゃないの?」
「あぁ~違ぇって、だから心構えなんかいらねえ。行けば分かる」
そんなに危険はないのか。そうか良かった。
「……そうなんだ」
胸を撫でおろした至恩は、茶を飲み干した。
「君らゆっくりしてるけど、もうそろそろ支度したほうがいいんじゃない?」
黒瀬は人差し指で壁の装飾を差した。
「………?」
月の壁面装飾で月光のみたいに光っているように見える。
至恩は『何であれを指さしたんだろう…?』と不思議な顔で地下では拝めないはずの月を見てしまう。
「ああ、そうだな。そろそろ着替えねぇと……」
礼志もちらっと黒瀬に指を差された月を見ながらそういうと、残っていた清涼飲料水をグビっと煽り、席を立った。
「あれ、時計なんですか?」
流石に気づいて驚きと共に黒瀬に問いかけた。
「……分からなかったのかい?いや、分からないよね。数字も描かれてないしね。でもあれ、三日月みたいに欠けているだろう?」
よく見ると、半月よもさらに月が輝きを無くしている。
「あっ、本当ですね。でもどうやって時間が分かるんですか?」
「あれはね。深夜0時に満月になり正午に新月になるのさ。今は午前8時頃だから、その分満月から新月に近づいているってことだよ」
「……はぁ、随分変わった時計ですね。仕組みが理解できても、時間分からないし」
「時間と照り合わせて毎日を送っていると、次第に今何時頃かが月の形で分かるんだよ」
時計として活用するには慣れなくてはいけないのか……
「あなたもレイも、もう当たり前みたいに月の形で時間が分かるみたいですけど、だれが飾ったものなんですか?」
「最初からさ。この館が学生寮『竈の館』として使われる頃から飾られているらしいよ。なかなかイカす装飾だろう?」
「……そうですね。趣味がいいです。今までそこにあり続けられたのもセンスが良いと思われたからなんでしょうね」
しかし、至恩には月の形で時刻を判断するにはまだ日数が浅いのでスマホで時間を確認した。
もう8時を迎えようとしていた。至恩は着替えるべく部屋に向かうため席を立った。
「では、着替えてきます。昨日渡された制服に着替えればいいんですよね?」
「ああそうだよ。急いだほうが良いよ」
ラウンジから出て階段を上がった。
黒瀬はその足音を遠くに聞き、ポツリと呟きを漏らした。
「センスがいいだってさ。良かったね立花」
三日月を眺め、ほくそ笑みながら最後の一口になったお茶を啜った。
2階の自室で速やかに身支度を整えて制服のブレザーを羽織ったところに一階から声がかかった。
「おい、さっさと行くぞ!」
怒声を耳にして、律儀に待っていてくれている旧友に至恩は微笑んでしまう。
「ああ、すぐ行く」
とブレザーのボタンを閉めながら短く答えた。
最後にと、備え付けてあった鏡で自分の身だしなみを確認すると鏡に映った翠の瞳が意外そうに丸くなった。
……これは、中々似合っているのでは?
ふむ、と納得いく様になっている自分の姿に口を開けて眺めてしまっていると、再度お声が掛かった。
「遅えぞ!早くしやがれ‼」
びくっと紅髪が揺れ、そういえば待たせているんだったと唇を弓なりに曲げた。
畳の香りがする昨日からの自室。初登校の至恩のために下でおそらくイライラして待っているだろう礼志の律義さを見習って戸に手御かけて笑顔を作った。
「これからお世話になります。いってきます!」
畳の部屋に、これからの憩いの場に対して少し遅い礼を取った。
「…ったく、何チンタラやってんだか……」
「まあまあ、そうカッカしないであげなよ。制服も初めて着るのだしさ」
苛立ち気に旧友を待つ礼志に黒瀬は宥めるように苦笑いを浮かべた。
「至恩くんは大丈夫かな。この街の実態、自分自身のことを知っても生きていけたら良いんだけど」
「はぁ?知らんよそんなの」
心底馬鹿々々しいと呆れたように眉を吊り上げると大きく溜息をした。
「お前はあいつのことを何も分かってねえからンな阿保みてぇなことを言うんだよ」
黒瀬の発言の何かがずれているのだと感じるほど礼志は気にも留めていない。どころか、礼志も何かを心配していて、黒瀬の見当違いさに呆れ返っているようだった。
「うーん……?」
「……はぁ~、これからあいつがどれほど俺に面倒を掛けるか……想像するだけで気が重くなるぜ……」
先を心配して顔を歪める礼志は、未来の自分がする苦労を想像して再度溜息を吐いた。
「えっ?君がそこまでなるほど彼は君に大事をもたらすのかい?普通の男の子だと思うのだけど……」
「だから、あいつという奴を知らねえからてめぇはそんな意味わからんことを言うんだろうが」
黒瀬は、確かに至恩の過去を一通り調べている。地下に連れて来るときに言葉で説得するためにある程度は相手の生い立ちを知っておく必要があると考えたからだ。
しかし、彼がどういうものなのかは文面からでは辿れない。そりゃ、昔は母親から虐待を受けていたとか、その母親が失踪ののち立花灯に拾われたとかそういった出来事は調べられるが例えば虐待されているときに彼が何を思ったり、母親が失踪したときに何を感じたのかは知らないのだ。
「そうだな。オレは至恩くんをまるでよく知らない。知らない人物に心配するのもされるのもおかしな話か」
黒瀬は、レポート用紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱に放るように至恩を心配している思考を捨てた。
「君たちを心配するのはやめにしたよ。どうやら、オレはそういう正当でらしくないことをするのは似合わないみたいだ。まぁ、精々頑張りなぁ~」
「おまたせ~」
至恩が大して急いだ素振りも無い足取りで階段を下りて来た。
「遅ぇな!」
「ごめんレイ」
素直に謝る至恩に舌打ちで返す礼志。黒瀬はそんな二人を見て微笑むと懐から煙草を取り出した。
「早く行きなよ。遅刻するよ」
「おら、いくぞ!」
「いってきまーす」
急ぎ足で二人とも出ていき、黒瀬はライターで火を着けながら逆の手でひらひらと手を振った。
「いってらっしゃい」
誰か評価とか感想とかくれないかなぁ




