第4体
今回は、新キャラ登場です!
あちこちから飛び交う、野太い雄叫びと怒号。
弾かれる度に火花が散る、剣戟。力と力がぶつかり合い、様々な金属音を空へ響かせる。
訓練場に立ち込める、男たちの燃え盛った闘争心と気合いの熱気が、唖然と固まる私を圧倒した。
「うむ。ちゃんと転移出来たみたいだな。ここは、ニレーズイン王国騎士団の訓練場だ」
「………騎士団」
「丁度、今は第一騎士団の打ち合い訓練時間みたいだな」
まぁね、魔法が存在していたりここが王国だと聞いた時点で、中世ヨーロッパな世界観なんじゃないかと薄々、予想してたよ。
でも、聞くだけなのと実際に体感するのとでは、まるで違うな。これが、戦う必要のない平和な日本と常に死の恐怖が付いて回る異世界との差か。
何の心の準備もなく、騎士達の気迫と体験した事のない緊張感に当てられて、無意識にその怖さを紛らわそうと、未だ向かい合う形で抱き上げられたままだった私は、アイリーンの胸元のシャツをきゅっと掴んだ。
私、特殊な身体になったとは言え、この訓練場を見ただけでもガクブルなのに、こんな弱肉強食感が半端ない世界で、無事に生きていけるのかな?
決意して早々に、挫けそうだよ!と若干、涙目(ドールなのに涙って出るんだ)になる。
怖がる私に気づいたアイリーンは優しく微笑み、幼子をあやすように片手で背中を撫で擦り、宥めた。
「よしよし。あの世界にいた君には、少し刺激が強かったようだね。あれは、刃を潰した剣で模擬試合をする訓練だ。君をいきなり傷つけようと襲ってくる事はないから、そんなに怖がらなくても大丈夫だぞ?な?」
「…………コクコク」
「うん、君は素直で良い子だね。ま、俺が側にいる限り、我が子も同然の君には傷ひとつ付けさせやしないけど」
おぉう………。
素直に頷いた事を褒められるのは嬉しいけど最後の発言で、笑顔が黒くなったよ。聞きようによってはイケメン科白なのに、何でかな?
頭ポンポンの時みたいに喜べないのは。
顔は爽やか笑顔なのに、目の奥は笑ってないし。その眼が、襲って来たら即座に殺ったる!とアイリーンの本気を物語っていた。
いや、うん。正直この状況でその目は、頼もしいです!
「ふむ、よし。では、今から俺の事はこの世界の父親だと思って、パパと呼びなさい!」
「ふぇ?」
「いやいや、何が、"よし"だよ!なんっっっにも、よろしくねぇよ!?この変態人形魔術師が!」
何の脈絡もなく、突然のパパ呼びを今度は煌めく瞳で期待され、きょとんとするしかない私。
しかし、そんな自分に代わって突っ込んでくれた第三者の声が割って入るなり、アイリーンを辛辣に評価する。
王宮人形魔術師である彼に容赦なく発言できるなんて、この人すごい!
一体、誰なんだろう?アイリーンの知り合い、かな?
気になって、声のした方へ首を回す。と、そこにいたのは無精髭がワイルドなおじ様だった。
サラサラのハニーブロンドは長く、左下サイドで一つに束ねられ、肩から流すように結ばれた髪はセミロングよりも少し長いくらい。
碧の垂れ目が艶やかな甘いマスクが、今はアイリーンと私のやり取りに盛大に引きつっていた。
引き締まった身体を包む着崩された紺色の団服が、彼のワイルドな魅力を更に引き立ている。
一方のアイリーンはどこ吹く風といった様子で、今のパパ呼び発言の何がいけなかったのか、まるで分かってない顔だ。
「何だ、ルドルフじゃないか。いきなり俺と我が子の間を邪魔してきて、結構な挨拶だね」
「なぁーにが、我が子だ!傍からだと、ただの変態趣味野郎にしか見えねぇよ。大体、いきなりオレ達騎士団の領域に踏み込んで邪魔してきたのは、そっちが先じゃねーか」
「む、まぁ連絡もなく直接ここへ転移してきた事は、悪かったよ。少しばかり好奇心が疼いて、気が急いてしまってね」
「はぁ……、お前のその興味あるものへの行動力は、何なんだよ。もういい。いちいち、馬鹿真面目にお前の相手をしていたら、こっちの身が持たねぇ。で、その腕に抱き上げてるお嬢ちゃんはどっから拐って来たんだ?」
ワイルドなおじ様ーールドルフーーの歯に衣着せぬ物言いや、あまり気張らず言いたい事をきっぱり言ってしまうアイリーン達の会話姿は、思った以上に親しげだ。と言うか、ルドルフさんの方がアイリーンよりどう見ても年上なのに、物凄く気安い感じで呼び捨ててるけど、それは良いのかな?
2人のちょっと喧嘩口調なやり取りに、口を挟むタイミングを逃してしまった。黙して視線を交互にうろうろさせ見守っていると、話の矛先が此方へ向けられる。途端、二対の目が自分に注目した。
一つは、本当に拐って来たんじゃないかと心配げに。もう一つは、どこか得意げに。
「ふふん。ルドルフよ、本当に俺が他所の子供を拐って来るような悪人に見えるのかい?」
「おぉ、見える」
「そもそも………えっ?」
「だから、子供を拐ってくるような悪人に見えるって言ったんだ、その場違いな服装のせいで。つーか、それパーティー用の燕尾服じゃねぇか?何で今、ンなもん着てんだよ?」
「……………我が子の誕生を祝う意味をこめて着てみたんだけど。え?え?」
「それで、燕尾服か。もしかして、そのお嬢ちゃんはお前のドールなのか?」
「いや、創ったのは俺だが、マスターは別だね」
「へぇー。しかし、お前がそれ着ると、胡散臭い詐欺師にしか見えねぇな。何で、シルクハットも被ったんだ?長い前髪と相俟って、怪しさ満点だぞ??しかも、そっちのドールのお嬢ちゃんは薄い生地の白ワンピース一枚だけとか。相変わらず、お前は魔術のセンス以外、壊滅的だな!」
「…………………」
うわぁ………。
この人、歯に衣着せ無さすぎでしょ。
しかも、ルドルフさん。私は奇術師っぽいと心の中で例えるに止めたってのに、似合わないとズバリ言っちゃいましたね!
ドンマイ、アイリーン。
でも、勇気あるなぁ。人の趣味は千差万別あるのだし、その服装がもし、アイリーンのお気に入りだったなら下手に指摘して傷つけてしまうのも悪いし。とか、気を使いすぎる日本人の性質を発揮して、スルーと言う名の見て見ぬ振りをしていた私とは大違いだ。
ルドルフの直球な言い方に、思わず感心する。
指摘された当の本人はと言うと、予想外の反応を返されてめちゃくちゃ動揺も露に目を泳がせていた。その内ズーン、と負のオーラを背負わせ始める。魔術以外のセンスゼロとはっきりキッパリ言われた事が、ショックだったようだ。
アイリーンって図太いのか、繊細なのか分からないな。
しかし、パパか。
確かに、私というドールはアイリーンによって生み出されたのだから、考えようによって彼は生みの親と言っても良い。
ならば、傍から見て自分たちがどう映るのかという事を一旦、脇へ置いておくとしても私がそう呼んで、なんら可笑しな事ではない筈だ。何より、この世界では親と呼べる者など、存在しないのだから。目覚めた瞬間から私を我が子だと言ってくれた彼以外、そう呼べる者はこの先現れない気がする。それに、本人からの許可は出ているし、何なら呼べと言われたのだ。
ここは、未だにショックで落ち込むアイリーンのテンションを戻す為にも勇気を出して呼んでみよう。
よし!と心の中で気合いを入れて、せーのっでタイミング良く吸った息を声として吐き出そうとした、その時。
「人形魔術師団副団長、アイリーン=フロース。ルドルフ副団長。君達はそこで、何をしている?」
「あっ、ヤベッ、団長!」
「ディダール騎士団長殿!聞いてくださいよ!ルドルフの奴が俺の事、詐欺師とか魔術以外はセンスゼロだとかって、貶してくるんですよ!!」
「なっ、テメッ、団長にチクってンじゃねぇよ!つか、全部、事実だろ!?」
「………はぁ。何でも良いが、訓練の邪魔だ。喧嘩なら他所でしろ」
やんややんやと騒がしくする二人を、訓練に勤しむ騎士達が呆れた視線で見ていた。それでも、手を止めずに「やれやれ、またやってる」と言いたげな表情は、このやり取りに慣れを感じさせる。
もしかして、これがこの人達の日常なんだろうか?
そして、意気込む私の気合いを削ぐように、また唐突に割って入ってきたのは他の騎士たち同様、呆れた声を隠しもしない全身に響く魅惑のバリトンボイスだった。
ひぇっ!?
何?この、一瞬で私には無い筈の心臓を鷲掴みにされた感じ!!
このイケボは、反則だよ!胸が、きゅんきゅんする!!
これだけで、世の女性全てを虜にしてしまうんじゃないの!??ってくらい、重低音の色気が凶悪なんですけど。これ最早、兵器でしょ。
ってか、アイリーンがまさかの副団長様だった事がさらりと発覚したけど、それどころじゃない。動揺し過ぎて、バクバクと鳴る心音の幻聴がする!
だぁぁぁあ!!!
落ち着けー、落ち着くんだ、私!!
ここは、一度、深呼吸をして気持ちを鎮めねば。
すぅー、はぁー…………。
ふぅ、もう大丈夫。改めて確認していこうか。
バリトンボイスの主は二人の様子から察するに、ニレーズイン王国騎士団の団長様らしい。さて、あんなイケボを発するのはどんな人物なのだろう?と、そちらを恐る恐る窺った。
直後―――――――。
私は、ピシャーンッと身体を硬直させた。雷に打たれたような衝撃が全身を駆け巡り、目の前にいる彼へ目が釘付けになる。そこにだけフォーカスが絞られ、固定されたかのように他が見えなくなり、彼以外の事はどうでもよくなっていったのだ。
長身だと思っていたアイリーンよりも遥か上から見下ろしてくる巨体は、只でさえ威圧感が凄いのに。ムキムキに鍛え抜かれた筋肉の鎧が更にプレッシャーを与え、見る者の畏怖を誘発し圧迫する。
厳つい強面。黄金を溶かし注いで、ぎゅっと凝縮させたかの如く輝きを放つ三白眼は、睨み一つで射殺しそうなくらい、眼力が強く鋭い。
その圧倒的強者の存在感で他者を屈服させてしまえる全貌は、私に野生の肉食獣を連想させた。
生存本能が警鐘を鳴らす前に、彼と明確な力の差がある事を悟らされる。自分は、非力で脆弱なただの生物(無機物)でしかないのだ、と。
視線を逸らし即座に逃走を図りたい程、恐怖を感じているにも拘わらず。それでも、私は何故か彼から目が離せなかった。
理由は、たった一つ。
このドールの身体が、彼ーーディダールーーを"自分の従うべきマスターだ!"と叫び、歓喜していたから。
漸く、探し求めていたパズルのピースを一つ発見し、私の意思とは関係なく身体が喜びに打ち震えている。今にも、その広く大きな懐へ飛び込みたいとウズウズする衝動が、怯え戸惑う意思に反して身体を支配し行動させようとしていた。
私は、それを意思と理性でグッと抑え込むように、両腕で身体を抱き締める。
反発し合う心と身体に、我知らずブルブルと震えた。
怖い!近付いたら、殺される!
見つけた!今すぐ、そちらへ参ります主!
駄目!逃げなきゃ、食べられちゃうかもしれないよ!?
逢いたかった!早く、主の所有印をどうか、私に!!
違う!私は私のものなのに、この気持ちは一体、何………?
行かなくては!最早、この身に沸き上がる本能は止められない………!!!
対立する、双方の意見。一歩も退かぬ、一進一退の攻防。
だがしかし、永遠のようにも感じる長い数秒間の思考は、唐突に終わりを告げた。
彼が、ディダールの視線が、ツイと移動し衝動に堪える私を見つめたのだ。その強者の風格を増長させる黄金色の目に、吸い寄せられる。
中央に自分だけが映っている事を認めた途端、もう、駄目だった。
17年間生きてきて、感じた事もない幸福と安心感、歓喜が一気に私の心を暴力的なまでに襲った。
「―――――――………マスターッ!」
「っ!?」
戦慄く唇を必死に動かし紡いだ言葉は、さっきまで何気なく発した時の比じゃない程、熱がこもっていた。
ディダールが、そんな私を見て鋭い三白眼を驚きに瞠る。
堪えていた衝動に突き動かされるまま彼へ両手を伸ばし、飛び付く勢いで、私はアイリーンの腕から身を乗り出した。