DAY1:ダイエットを始める
作品を目に留めていただきありがとうございます。
バトルものではなく、現実世界の会社員のお話です。
お気軽に楽しんでもらえるようなラブコメにしたいと思っています。
よろしくお願いします。
――君は、「ウィークエンド・ウォリアー」という言葉をご存じだろうか。直訳すると「週末戦士」。
平日は仕事などで忙しく、運動する時間をなかなか確保できない人が、休日にまとめて運動する習慣を持つことを、英語でこう呼んでいる。
毎日運動する時間が取れなくても、週末に身体を動かすだけで、運動不足の解消や体力の維持、生活習慣病の予防につながる可能性がある。
大切なのは、運動することを諦めないこと。
ただし、普段ほとんど運動していない人が、いきなり激しい運動を始めるのは禁物だ。
まずは自分の体力に合った運動から、無理なく始めること。
それが、「ウィークエンド・ウォリアー」への第一歩なのだ――
「へえ……」
理髪店の椅子に座りながら、俺は雑誌をめくる手を止めた。
「何か面白い記事でもありました?」
鏡越しに店主が尋ねてくる。
「いや、『ウィークエンド・ウォリアー』っていう言葉があるんだなと思って」
「へえ。僕も初めて聞きましたよ」
もう一度、雑誌に目を落とす。
雑誌の表紙には『今から間に合う、魅せるボディ』特集と書いてあった。
土日だけなら、仕事が忙しい俺でもできるかもしれない。
……いや。そもそも俺は、運動以前の問題だった。
入社したばかりのころと比べて、体重は十キロ以上増えている。
働き始めてから、不規則な生活で食事にも気を遣わなくなっていた。最近では、風呂上がりに鏡を見るたび、自分の腹が少し気になる。
「……俺も、ダイエットするか……」
「ん?」
店主が反応した。
「何か言いました?」
「いえ、なんでもないです」
「髪の仕上がり、どうですか?」
「はい、大丈夫です」
俺は雑誌を閉じた。
せっかくだ。
少しくらい、身体を動かしてみてもいいだろう。
――そう思ったのが、始まりだった。
そして、翌週。
入社六年目にして、俺は初めて本社勤務になった。
五十嵐司、二十八歳。
俺の勤務先は、大手の音響機器メーカー。
スピーカーやイヤホン、マイクなどを扱っている。
そして、新しく配属されたのは、本社の営業企画部だった。
入社したころから希望していた部署。念願叶っての異動だった。
「五十嵐司です。本日からこちらでお世話になります。よろしくお願いします」
簡単な挨拶を終え、新しい部署での仕事が始まった。
これまでとは違う環境なので、慣れるまでは少し大変だろう。
それでも、ずっと希望していた本社勤務ということもあり、嬉しさのほうが大きかった。
今回の異動に合わせて、本社の近くへ引っ越しもした。
新しい部屋には、まだ段ボールがいくつも残っている。
仕事も覚えなければならないし、引っ越しの片づけもしなければならない。
しばらくは忙しい日々が続きそうだった。
「あ! 五十嵐くん!」
昼休み。
聞き覚えのある、はつらつとした声に呼び止められた。
「……百瀬?」
振り返ると、そこにいたのは同期の百瀬依澄だった。
大きな目も、明るい声も、入社したころから変わっていない。
「本社に来たんだね!」
「ああ。今日から」
「営業企画部でしょ? 聞いてるよー、やったじゃん。一緒にランチしようよ」
そのまま百瀬に連れられて、久しぶりに二人で昼飯を食べることになった。
「それにしても、五十嵐くん。なんか、こう、貫禄出たね」
「うっ」
(遠回しに太ったってことだよな……)
「そうだよ、太ったんだよ」
「あ、いや、そうとは言ってないから。今コンプラ厳しいからね!」
「別にいいよ、同期だろ?」
「ははは、でも中身は全然変わってないね!」
昔と変わらない調子で話していると、昼休みはあっという間に終わった。
百瀬は俺より一年先に本社のマーケティング部に異動していた。そこは花形部署の一つだった。
そんな百瀬に、仕事の話をしたり、支店にいたころの話をしたり、同期の近況を聞いたりしていた。
くだらない雑談までしていると、入社したばかりのころに戻ったような気分になる。
「今度飲みに行こうねー」
「ああ。またな」
そう言って別れたあと、俺はふと思い出した。
そうだ。
百瀬には、一つだけ大きな欠点がある。
――奴は、酒癖が悪い。
* * *
それから数日が過ぎ、歓迎会も終わって迎えた最初の休日。
朝から引っ越しの荷解きをして、部屋を掃除し、昼には簡単な飯を作った。
平日にできなかったことを片づけているうちに時間はあっという間に過ぎていき、人と会い続けた平日の疲れもあって、夜にはすっかりぐったりしていた。
時計を見ると、もう二十三時。
「……あ」
ベッドに倒れ込もうとして、ふと理髪店で読んだ雑誌の記事を思い出した。
『ウィークエンド・ウォリアー』
そうだ、せっかく始めると決めたんだ。
「……ジム、行ってみるか」
近所には二十四時間営業のジムがある。
実は、引っ越しを機に入会手続きだけは済ませていた。
明日は休みだ。
少しくらい身体を動かしてから寝てもいいだろう。
俺はスマホを手に取ると、家を出た。
そして、近くのジムの入口でスマホをかざす。
最近はスマホで入室ができるようだった。入会時に登録したアクセスキーが反応し、扉が開いた。
時間帯がいいのか、店内にいるのは俺と若い女性客が一人だけだった。
マシンの使い方は一通り説明を受けている。それに、学生時代に部活動で少し運動していたこともあって、最低限の知識はあった。
(まずはストレッチして、歩くか)
そう考えて、フリーウェイトエリアを通り過ぎる。
すると、ベンチプレスのあたりから女性の声が聞こえてきた。
「……それじゃあ、始めます」
何やらぶつぶつと言っている。
(独り言? いや、撮影か?)
たしか、ここのジムの規約では、撮影そのものは禁止されていなかったはずだ。ただし、ほかの利用者が映り込まないようにする必要がある。
俺は邪魔をしないよう、そのままランニングマシンへ向かった。
そのとき――。
ガシャン!
「っ……!」
突然、大きな音が響いた。
続いて、苦しそうな声が聞こえる。
振り返ると、さっきの女性がベンチに横たわり、胸元に落ちたバーを押し返そうとしていた。
「大丈夫ですか!?」
考えるより先に身体が動いた。
俺は女性のもとへ駆け寄ると、バーを持ち上げ、彼女を助け起こした。
「は、はい……ありがとう、ございます……」
黒髪の女性が小さく答え、頭を何度も下げる。
目の前で困っている人がいたから助けた。
ただ、それだけのことだった。
――このときの俺は、まだ知らなかった。
この何気ない週末の出来事が、これから始まる、いくつもの出来事のきっかけになることを。
お読みいただきましてありがとうございました。
この作品は不定期更新になります。
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さて、女性の正体とは……!?
というわけで、よろしくお願いします!




