素直になれたなら
夕闇が西の大峡谷を茜色に染め上げる頃、『ステラ・グランヴェル号』は静かに空を滑っていた。
昼間の大逃走劇以来、私はルーク院長の姿を見かけるたびに物陰へ隠れてしまい、まともに会話すらできずにいた。
(これではいけませんわ……。大魔術師ともあろう者が、自分の感情一つに振り回されて仲間を避けるなんて……)
意を決した私は、風が心地よく吹き抜ける船の甲板へと向かった。
手すりに寄りかかり、遠くの地平線を見つめているルーク院長の背中が見える。
「……ルーク院長」
「エレノアか」
ルーク院長は振り向くと、手にしていたタバコを消し、少し申し訳なさそうな顔で苦笑した。
「やっと捕まったな。……昼間はすまなかった。俺が変なことを言ったせいで、お前に気まずい思いをさせたか?」
「違いますわ!」
私は思わず声を張り上げ、慌てて両手を振った。
「ルーク院長が謝る必要なんて、どこにもありませんの。気まずいのではなく……ただ、私の胸がうるさくて、お顔を見ることができなかっただけですわ」
「胸が……うるさい?」
ルーク院長が首を傾げる。
私は深呼吸をひとつして彼との距離を歩み寄り、真っ赤になった顔を隠さずに、まっすぐ琥珀色の瞳を見つめた。
「はい。これまでは『魔力効率』だの『体温確認』だのと理屈をつけておりましたけれど……私、気づいてしまいましたの」
茜色の風が私の髪を優しく揺らす。
「ルーク院長に触れられると胸が痛いほど高鳴るのも、お顔が近いと息が詰まるのも……すべて、私がルーク院長をお慕いしているからですわ」
「……ッ!?」
ルーク院長の息が止まった。
いつも冷静で頼りになる彼が、目を見開き、言葉を失って私を凝視している。
「大魔術師なんて呼ばれておりますけれど、私、自分の『恋』の扱い方ひとつ知りません。ですから……また無自覚に変な距離感で困らせてしまうかもしれませんけれど」
私は少し恥ずかしくなって視線を落とし、そっと彼の袖の端を指先でつまんだ。
「どうか……これからも、私の隣にいてくださいますか?」
しばらくの静寂のあと。
大きな手が伸ばされ、私の頭の上に優しくポンと置かれた。
「……バカ者。断るわけないだろ」
振り仰ぐとそこには顔を真っ赤に染めながらも、これまでで一番愛おしそうな目で私を見つめるルーク院長の姿があった。
「覚悟しろよ、エレノア。これからは俺も……手加減してやらねぇからな」
「まあ……手加減、ですの?」
首を傾げる私をルーク院長は少し強い力で優しく引き寄せ、その腕の中に抱きしめた。
夕暮れの空の下二人の鼓動が重なり合っていく。
世界を救った大魔術師エレノア。
甘くて少し甘酸っぱい彼女の『恋の距離感』は、これからもっともっと縮まっていくのだった。
(『大魔術師は恋の距離感がわからない』ラブコメ編・完結)




