00 / プロローグ
「― ■■■■― 、離して! それ以上は、お前の命が持たないッ!」
少女の叫びは、吹き荒れる魔力の暴風に掻き消された。
崩れ落ちる城の最上階。視界の端、限界を超えて練り上げられたエネルギーが、大気を焼き、空間を歪めている。
少女の瞳には、かつてないほど濃密な、死の色をした「魔力」の渦が映っていた。
目の前には、世界を侵食する「魔王」の巨影。その心臓部で拍動する漆黒の魔石が、禍々しい瘴気を放ち、周囲の物質を次々と塵へと還していく。
「……ごめん、なさい……姉さま……」
少年の震える声が聞こえた。
彼は魔王を道連れにするため、禁忌の術式を展開していた。少年の幼い体から溢れ出すのは、漆黒の雷。それは魔王の瘴気と共鳴し、制御不能な「暴走」へと変わっていく。
「ダメよ、■■■■! 一緒に帰るって約束したじゃない!」
少女はボロボロになった剣を振るい、一歩、また一歩と彼へ手を伸ばす。
だが、その指先が少年に触れる直前――。
パキンッ
乾いた音が響き、魔王の胸の魔石に亀裂が走った。
刹那、少年の中から溢れ出た黒い雷と、魔王の魔石が完全に融和し、制御不能な奔流が臨界点に達する。
「あああああーーーーーッ!!」
少年の絶叫と共に、世界が「白」に染まった。
それは爆発というより、存在の全否定に近い、圧倒的な光の質量。
少女が見た最後の光景。
それは、砕け散った魔石の片割れが、少年の胸の中へと吸い込まれていく瞬間。
そして――。
意識が急速に冷えていく。
溢れる光が、名前を、景色を、戦いの意味を、白く塗り潰していく。
最後に残ったのは、温かな誰かの手を掴もうとした、指先の感覚だけだった。
(……次は、必ず……)
その誓いさえも、凄まじい魔力のノイズに呑み込まれ、消えた。
……次に目を開けた時、そこにあったのは漆黒の闇でも、戦場の硝煙でもなかった。
頬を撫でる、柔らかな風の匂い。
どこか遠くで聞こえる、のどかな鳥のさえずり。
「フェリナ! 見て、ジークが笑ったわよ!」
眩しい陽光を背に、太陽のような笑顔を浮かべた少女がいた。
幼馴染のリナ。
彼女の腕の中には、今しがた眠りから覚めたばかりの、柔らかくて温かい、小さな赤ん坊が抱かれている。
「……あ……」
声が出ない。
自分が誰なのか。目の前の赤ん坊が誰なのか。
何も思い出せないはずなのに、フェリナの右手が勝手に動いた。
震える指先で、赤ん坊の小さな手に触れる。
その瞬間、理由のない涙が頬を伝った。
リナが赤ん坊――ジークの背中を優しくトントンと叩く。
すると、フェリナの胸のざわつきも、世界に満ちる不穏な気配も、凪のように静まっていった。
自分が何者であったか、今はまだ知らない。
けれど、フェリナの右手は赤ん坊の手を強く握り、離そうとはしなかった。
まずはプロローグをお読みいただきありがとうございます。少しずつですが、この物語を綴っていければと思います。




