9羽
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「じゃあ時々絵里奈が変なこと言ってたのって、和加だったの?」
刹那と和加は真っ白い廊下を並んで歩いている。
「多分ね」
刹那は和加の顔を確認するように和加の小さな体を目で追うけど、和加はただ前だけを見てしゃべっていた。
「ハルナにつけたディスクに私の意識を閉じ込めていた。でも、表に出るはずなかったんだけどな……」
「そうか……」
刹那は和加の横顔を確認しながら合槌を打った。いつもの和加、なんて刹那は知るはずもないが、何かしら様子がおかしいことはわかった。元気がない。もうすぐ目的が果たせそうだっていうのに、なんで和加の心配をしなくちゃいけないんだ。何が不満なんだ! 刹那は勝手に和加に対してそう思っていた。
「そうだ、アイオーンが言ってたんだ。和加に聞けって」
沈黙が長くなってきたところで刹那が思い出したように言った。
「ねぇ、『神』ってなんなの?」
「神は神だよ。セツナが知ってる神と同じ」
「なぜ、行異を浄化できるのは神ではなく僕なんだ?」
「君が回音刹那だからだよ」
相変わらずの和加の即答ぶりだった。
「それじゃわからない!」
「行異は、神に期待しすぎた悲しい存在なんだよ」
刹那の感情が高ぶったそのとき、静かに和加が話し出した。
「天使は……神を守る存在」
「神とは、そんなに偉いのか?」
「君の神はそうなんだろ? 君の運命は神から始まった」
和加はなぜかそこで微笑んだ。
「……失うものが多すぎだ。ルカ、ユッチ……。行異……、死ななきゃいけない存在なんかじゃなかった」
「再生の絶対的な条件は滅びだよ」
「え?」
「それに、ユウイチはまだ失っていない。今から会いに行くんだよ」
和加に子どもらしさが戻る。和加は話しているときがいちばんしっくりくる。黙っていられると、そこに本当に存在してるのかわからなくなるほど、儚い危うさを持っていたから。
「わからないよ。失うに値する再生の喜びがあるっていうの? そんなの、わからない」
「わかっていけばいいんだよ。君は死なないんだよ。だからセツナ、逃げたいなら逃げて、進みたいなら進めばいいんだよ」
今更……、逃げていいとか意味わかんねぇし。刹那は和加を困った顔で見た。和加はその視線に気付いてか気付いてないのかぐるん、と顔を刹那に向けた。
「いいんだよ?」
和加がもう一度優しく刹那に言った。
「今更逃げないよ。不思議と、何も怖くないし」
それは本当のことだった。
「私は、悲しい存在なんだ。ほら、私の目は青いだろ?」
和加は自分の目を指さして刹那に見せた。
「和加?」
「君の傷は癒える傷なんだよ。だから前を見て歩けばいい。それだけでいい。ほら、最上階、ユウイチがセツナを待っている」
白の廊下の突き当たり、ひっそりとたたずむ金色の取っ手のドア。またしても、要を担う扉は質素なものだった。
「待って! 和加は? 和加の傷は?」
刹那の咄嗟の質問に、和加は答えなかった。
「セツナ、行こう」
「……うん」
刹那にはそう答えることしか選択肢はなかった。刹那が取っ手を握りこむ。
「私の傷は……」
「え?」
後ろで和加が何か呟いた気がした。
「行こう」
気のせいだったらしい。振り返っても、和加の無邪気な笑顔しかそこにはなかった。
ガチャ。
もう、最後だろう。この世界の扉を開くのは。うっすらと、刹那はそんなことを思っていた。




