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08 ピンク色になる。

 

「日記っていうより覚え書きだね」


 それが女神様の日記を読んだあたしの感想だった。

 あたしの言葉に頷いて、ジルは自分が手にしているもう一冊の日記を持ち上げて見せる。


「おそらく重要な事や人に見られたくない事は、こっちに書かれているからな」


 ジルが王室に代々伝わる、二冊の女神様の日記を持ってきた。今までジルには閲覧許可が出なかったんだけど、今代の女神様になら許可するとのこと。

 これ読んで、少しでも本物っぽく振る舞えよってことだね。助かるからいいけどさ。


 あたしと三百年前の女神様は、『先代』『今代』と区別されて呼ばれているみたいだ。

 同一人物とは思われていない。(そもそも女神と思われていないが)先代女神様は降臨時は十代の乙女姿だったが、子を産み、この国から姿を消した頃には大人の女性の姿に成長されていたからだ。


 人と同じように成長する姿から、降臨当初は桁外れに魔力は強いが、人間だと思っている人もいた。しかしその考えは不敬と非難する人も多く、魔力が受け継がれるという奇跡により、やがて消えていったようだ。


 でもあたしは……女神様は神ではなく、人間だったという考えが正しいと思っている。神様って、そんなに簡単に国だの人間だのを助けてくれる存在じゃ無いんじゃないかなぁ?

 あたしだって心から『助けて』って祈ってきたよ。でも救いの手は現れなかった。

 だからって恨む気持ちは無いけどね。神様はそんな些細な存在じゃ無い。祈るけど、でも道を切り開くのはあたし自身だ。


 思考が逸れた。今は女神様の日記だ。


 一冊はあたし達が普段使ってる大陸公用語で書かれた、日記という名の覚え書き。

 息子の誕生日に誰に何を貰ったとか、一週間後にお茶会に誘われているとか、そんなもの。

 最初のうちは所々筆跡が変わっているから、代筆された箇所もあるみたいだ。女神様は降臨当初、言葉が通じなかったらしい。文字の練習も兼ねた日記なのかもしれない。ずいぶ……いや、ちょっと字は下手だし。


 もう一冊は女神文字と呼ばれている、女神様が使っていた文字で書かれている日記だ。こっちは未だ誰も解読に成功してないらしい。

 複雑な文字だ。ところどころ黒く塗り潰されているのは、書かなくてもわかる部分を消して解読されないようにしてるんだろう。

 気持ちはすっごくわかります。自分しか見ないだろうと思ってた日記を他人に読まれたら……身の安全がかかってるんです。ごめんなさい女神様。

 あたしはパラパラと一通り見てはみたものの、女神文字日記はジルへと押し付けた。


「こっちは任せる。こんなのあたしには無理」

「……明日の夕方まで許可が出てる。昼間俺のいない間には目を通してみろよ」


 むぅ。駄目だったか。

 あたしは再び覚え書き日記を手に取る。綺麗に鞣されて、赤茶色に染色された獣皮で装丁された表紙には、ハクカ王室の紋章が箔押しされている。

 見事な出来栄えと三百年前の品がここまで綺麗に残っている事(魔法かな?)に感心しながら、何気なく裏返してみると気になるものが目に入った。


「ねぇ……女神様ってお花に関係する名前だった?」


 女神文字と格闘していたジルが驚いて顔を上げた。


「女神の名は何故か伝わっていないが、夫だった皇太子が『私のフルール(花)』と呼んでいたという記録がある。何故わかった?」

「だってこの模様、花びらに見えるよ?」


 あたしは日記の裏に描かれた模様を指差した。明らかに職人の手ではない、ペン先で引っ掻いたような線。

 円弧を二つ合わせて、片方の角を三角型で切り落としたような模様。見方によっては花びらに見える。


「女神様の印なのかな? って思って。女性なら花とか鳥とか星なんかが好きでしょ? それに女神様降臨以降の十年間を『花の時代』って言うんでしょ?」

「確かに。言われてみればこれは花びらだな。やっぱりお前こっちをしっかり読んでみろ」


 何かわかるかも知れないから。と女神文字の日記を差し出されてしまった。ご……御期待は嬉しいのですが、これは無理だよぅ。


 どうやってお断りしようか考えて、ふと良いアイデアを思いつく。


「ねえ! この印を魔法陣に組み込むことって出来るかな?」

「陣に文字ではなく絵を入れるのか? 聞いたことがないぞ」

「でも女神様の印だよ? なんか御利益(ごりやく)ありそうだし!」

「御利益……まぁたしかにありそうだがな」


 ジルが言うには、過去に女神文字を魔法陣に組み込むことを考えた人はいたらしい。ただ、肝心の女神文字の意味がさっぱりわからない。

 適当に組んでみたいくつかの陣のうち、発動しなかった陣は運が良かったものだった。強い効果を狙った陣の中には暴走して爆発したものもあり、死者まで出る騒ぎになったそうだ。


「女神文字に大きな力があるのはわかっているから、正しく意味のわかる単語が一つでもあればと思ったんだが。絵を入れるのは……」

「暴走が恐いね。駄目かぁ」


 あたしががっかりしていると、ジルはちょっと待て。と、部屋を出て行った。

 女神文字日記をぼんやりとめくりながら待っていると、四半刻ほどして戻って来たジルは一冊の本を持っていた。


「魔術師見習いが使う簡単な陣が描いてある教本だ。この中に手の平いっぱいの花びらを降らせるだけの陣があったはずだ」

「へぇ。そんな魔法陣もあるんだ」

「結婚式や式典で使われるから、見習いが小遣い稼ぎに描いたりするらしいな」


 これなら込める魔力も少ないから危険はほとんど無いだろうと、ジルは教本を見ながらさらさらと魔法陣を書いていく。


「これって普通の紙とペン? 特別なものとか使わなくて良いの?」

「魔力をきちんと込めれば素材は何でもいい」


 石に刻んでも、地面に描いても、極端な話(ちゅう)に描いても発動するらしい。実際にやるのは難しいみたいだけど。

 ちなみに魔法陣を使わない魔法は、簡単に言えば頭の中に陣を描くことで発動させるそうだ。


 部屋の隅まで下がっていろと言われたので、邪魔にならないように端にいく。

 ジルは懐から違う魔法陣を出して発動させた。


「それは?」

「攻撃を跳ね返す魔法陣。この中でなら万が一暴走しても、周りに被害は及ばない」

「そんなの危ないよ!」


 広い場所より狭い所での暴走の方が危険なのは、感覚的にわかる。自分が言い出した事で、ジルだけが危険な目にあうなんて思ってなかった。

 おろおろする私にジルはにっこり笑って、女神様の印を組み込んだ魔法陣を発動させた。



 ――ジルの姿が、花びらに埋もれた。



 大きな、天井に届く半球のピンクの固まりが出来上がった。

 呆気にとられていると、それが雪崩になって部屋中に撒き散らされる。その中心部からは苦しそうに咳込む音が聞こえた。


「ジル!?」


 我に返って花びらを掻き分けて走り寄る。身体中花びらまみれにしたジルは、涙目で咳をしていた。


「……息が……出来なかった」


 どうやら思ってたのとは全く違った形で危険だったみたいだ。

 鼻にも入った。と言うのでハンカチを渡すと、よっぽど苦しかったのか盛大に鼻をかんでいる。


 あたしは花びらまみれの部屋と、鼻をかむジルを見ているうちに、じわじわと笑いが込み上げてきた。

 ジルは膝まで花に埋もれてる。頭を振る度に髪から花びらが舞う。

 ジルも少し落ち着いて、部屋の惨状と自分の状態に可笑しくなったんだろう。目が合うと同時に二人で声を上げて笑う。


「大成功……大成功なんだけどっ」

「これ……どうするんだよ……っ」


 笑うと身体に付いた花びらが舞い上がって、また笑える。

 ジルの顔に張り付いた花びらを取ってあげながら、あたしは我慢できずにくすくす笑った。


「明日までに言い訳考えなきゃだね」

「匂いの少ない花で助かったな。噎せて眠れない所だったぞ」


 ぺったり張り付いた花びらを一枚ずつ丁寧に剥がす。

 ジル、睫毛長いなぁ。肌のきめも細かいし、髪はツヤツヤだし、老けて見えるけどこういうとこは十代だね。


「よし。取れた」


 顔の花びらを取り終わって、髪のを払おうと手を伸ばすと、その手を何故かジルに掴まれた。もう一方の手が頬に触れたので、あたしにも花びらついてんのかな? って思ってじっとする。



 突然で、目を閉じることもできなかった。


 すっとジルの顔が寄せられて、柔らかいものが唇に触れた。優しく喰むようにして、すぐに離れた人肌……。

 一瞬だけ、下唇に触れた舌が熱かった。


 びっくりしたあたしが固まっていると、ジルはあたしの手を引いて、花びらの散るベッドまで連れていく。

 ガウンを脱がされ、腕を引かれてベッドに入った時も、あたしはフワフワした頭のままだった。

 ジルは自分もベッドに入り、いつもの位置に収まると、目を閉じた。



「おやすみ」


















 …………。


 ……え? 何?

 これで終わり!?



 

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