07 魔法少女になりました。
テーブルの上に置かれた手水鉢を、あたしは親の敵のように睨みつける。自分の手の平も同じようにじっと見て、何度も深呼吸をした。
「そんなに緊張するなよ……」
ジルが呆れたように言う。今から、あたしの魔力量を量るのだ。
話し合いの末、結局はあたしが『本当に』女神なのではないかと思わせるのが、一番安全なのではないかという結論に至った。つまり、あたしが偽物の女神だと知ってる者を、ジルと極数の関係者以外全員、騙す。
そうすれば、子供を産まなくてもあたしの身の安全は守られる。そしてその為にはあたしに魔力があれば話が早い。『奇跡』を起こせばいいのだから。
「これは本来魔力の有無を調べるだけの、簡易の方法だ。魔力の量までは正確には量れない。水に沈めた陣が魔力を引き出してくれるから、最初は力を抜いて陣の魔力に身を任せろ」
魔力量を正確に測る魔具もあるにはあるが、持ち出せば何の為に使うのかと不審に思われる。かわりに用意されたのはただの水を入れた鉢と、ジルの描いた数枚の魔法陣。これでも大雑把にだが所持する魔力量を調べる事ができるんだそうだ。
ジルの言葉にあたしは何度も頷いて、もう一度深呼吸すると水鏡の上にそっと手を翳した。数瞬の、沈黙。
……ピッと水面に波紋が走った。
「ジル! 今の……今のは!?」
「落ち着け。女神の血がなくても三人に一人は微量の魔力を持っている。問題は量だ。さっきの感覚、わかったか?」
ジルは消え失せた陣の変わりに新しい紙を入れながら、何でもない事のように言う。
三分の一でも結構すごいと思うんだけど!
「なんか……引っ張られるかんじがした」
「今度はそれに合わせて、自分の力をあるだけ押し込んでみろ」
「わかった」
再び水鏡に集中する。今度はすぐに波紋が走った。集中して、引き出される何かを鉢の中へと押し込んでみる。一瞬水面が下がったと思ったら、ぱしゃんと音を立てて目線の高さまで水飛沫が上がった。
「ジルッ……ジル!」
「わかったから落ち着け……」
興奮するあたしと違ってジルは冷静だ。意識して呼吸を整え、なんとか落ち着く。
「最低でも魔術師になりそこねた占い師ぐらいはあるな」
「最高だと?」
「まだわからない。魔力が尽きるまで何度もやってみろ」
三回目では波紋はすぐ走ったが、申し訳低度の飛沫が上がっただけだった。
四回目には全く反応がなく、陣も消えなかった。
「魔術師が、弟子にとるか否か迷う量だな」
「……もしジルがこれをやったらどうなるの?」
「この部屋が水浸しになるな」
はーっと息を吐いてから、あたしは下を向いた。
「女神様を騙れる量じゃ無いんだね」
あたしの言葉にジルは笑う。
「いや、充分だ。ほんの少しでも魔力があればと思ってたのに、これなら少し高度な陣でも扱うことが出来る」
「……そっか! 魔法陣を使ったら、皆を騙すこともできるんだ!」
あたしが手を打って喜ぶと、ジルは何だか複雑そうな顔をする。
「前から思ってたが、意外とリュミエは嘘をつくのに抵抗がないな」
「だってあたしは嘘つきの性悪女だもん。泣いて助けを待ってるだけのお姫様じゃあるまいし、自分の身は自分で守んなきゃ……守ってるんです」
興奮していて、言葉使いが素に戻っていた。慌てて言い直したが、ジルは下を向いて肩を震わせている。
「かまわない……新鮮だし面白いから、二人だけの時は普通に話せ」
……いっそ思い切り笑って下さい。
ジルには気を許してしまった自覚があるから、いつかは猫も剥がれると思ってたけど、早かったな。
……楽しそうに笑ってるし、まあいいか。
***
その日は魔法の基礎的な知識と、簡単な魔法陣の発動の仕方を習ってから床に就いた。大きなベッドの反対端にいるジルを見て、今度はあたしが複雑な思いに囚われる。
昨日は女官さん達の目を誤魔化す為、あたしは指先を浅く切ってシーツに少量の血を擦りつけた。ジルはその傷を魔法で癒してくれたんだけど、陣を使わないと疲れると言ってすぐに寝てしまった。
今日も「おやすみ」とひとこと言って、さっさと昨日と同じ位置で寝息を立てている。
『何でもする』って言っちゃったし、一応夫婦だし。少しぐらいはえっちな事も覚悟をしてたんだけど、拍子抜け。
素を見せたからかな? それともこのささやかな胸が悪かった? いや、この場合は良かったのか?
初めて会った夜は……と考えた所で恥ずかしくなって思考停止。
ジルは優しいから! と無理矢理納得して、それ以上考えないようにあたしはぎゅっと目を閉じた。




