第一話 異国に流れ着いた
目を覚ました俺の名前はカゲトラ。十六歳だ。
気がついたら、見知らぬ海の砂浜に打ち上げられていた。
おいおい、ちょっと待て。俺の故郷である倭国じゃ、こんな青々とした気色の悪い海なんて見たことがねぇぞ。荒波に揉まれてどん底まで流された挙句、財布も刀も――いや、そもそも着の身着のままだった。
「……腹減った」
塩水をペッペと吐き出しながら、どうにか足を引きずって近くにあった小さな村へとたどり着いた。
木造の家がまばらに並ぶ、いかにも寂れた田舎の農村だ。
そこで俺の意識は途切れた。
……………
―マッシュ―
今日も今日とてなんの変わり映えもないつまらない村に飽き飽きしながら隣に住んでいるじいさんの薬草を探しに行くところだった。
「ん?あんなとこで寝てるのは誰だ?」
また村で有名な飲んだくれのオヤジが倒れてるのだろうと近づくと見たことがない黒髪の男が倒れていた。
「おい!あんた大丈夫か?」
強く揺さぶるが返事がない。息はしているようなので生きてはいるようだ。見るからによそ者だが、このまま放っておいたら村のガキどもの餌食になってしまう。
「仕方ないな」
俺は元来た道を男を担いで家まで連れて帰った。
…………………
―カゲトラ―
なにかうまそうな匂いがする。体を起こすとボロい小屋だった。
「あら、あんた目を覚ましたのかい」
声がした方を見るとおばさんがこちらを見ていた。
「ここはどこだ?」
俺が尋ねると、
「ここはハルカ村だよ。村の外れで倒れていたあんたを倅のマッシュがうちに連れてきたんだ」
と、おばさんが言った。
「あんたここらじゃ見たことがないけどどこから来たんだい?」
たしかにおばさんも倭国じゃ見たことがないピンク色のすごい頭だった。
「倭国ってとこだ」
「倭国?ここらじゃ聞いたことがないね」
俺は頭を抱えた。まずいぞ。親父に殺される。そもそも修行が嫌で家宝の刀を拝借して、漢一人大海原に漕ぎ出してはみたものの、気付けば沖に流されてそのまま嵐に巻き込まれて舟が大破したのだ。
髪色からしても顔立ちもこのおばさんのような人は倭国人には見たことがない。俺はどうやら異国の地に流れ着いたらしい。言葉は通じるようだからなんとかなるだろう。
そんなふうに考えながら俺は現実逃避をしていた。刀を拝借してきただけでも殺されるだろうに、その刀が手元にないとなるともう想像するだけでも恐ろしい。せめてこの国が倭国から遠く離れていることだけを願わんばかりだ。
「あんた白目剥いてるけど大丈夫かい?」
気づくとおばさんが目の前で心配そうに眺めていた。
「全然大丈夫っす。むしろ逆に前向きになってきた」
そのとき俺の腹からぐーっと音がなった。
「変わった子だね。行くところがないならとりあえずしばらくうちで泊まっていきなさい。さあ、とりあえずこれ食べな。大したものじゃないけど腹の足しにはなるだろうよ」
おばさんはお椀に作っていた汁物をよそってくれた。
「ありがとう。おばさん」
その瞬間空気が凍りついた。
「あのね私おばさんって言われるの嫌いなのよ。私のことはミヤさんとお呼び」
こめかみに血管を浮かび上がらせ、いい笑顔でこちらを見るミヤさんに俺は、
「わかったっす。ミヤさん…」
と返すのがやっとだった。
「ただいまー。おっ!あんた目を覚ましたんだな」
そこはちょうど一人の男が入ってきた。話の流れからしてこの若者がマッシュなのだろう。
「全然目を覚まさなかったから心配したよ。母さんとはもう話したみたいだな。あんた名前はなんでいうんだい?」
「俺の名前はカゲトラだ。」
「へぇー。あんた名前も珍しいんだな。あ、俺はマッシュって言うんだ。年齢は今年で16だ。」
人の良さそうな笑顔を浮かべながらマッシュはそう自己紹介した。
「あんたなんであんなとこで倒れてたんだ?」
「海で溺れかけて、気づいたらこの村の近くの浜に流れ着いたんだけど腹減りすぎてぶっ倒れてた」
俺はミヤさんがよそってくれるメシを食べながらそう答えた。
「腹減りすぎて倒れるってどんだけ腹減ってたんだよ」
「もう2週間は食べてないな。もう少しで俺のミイラが出来上がるとこだったな」
「いや笑えないし!ギリギリで生きすぎだろ!」
マッシュは息を切らしながら突っ込んできた。
「あんたこれからどうするんだい?」
ミヤさんが手に火をつけて、かまどに火をいれた。
「今のどうやったんだ?」
俺は思わずミヤさんに尋ねた。ミヤさんは今間違いなく手に火をつけていたからだ。少なくとも倭国で火は火打石でつけるものだった。
「どうやったってこれのことかい?」
ミヤさんは再び手に火をつけて見せてくれた。
「私は火の魔法があるからね。大したことはできないけど、家事をしたり、夜明かりをつけたりするのには便利だよ」
「魔法?」
俺は倭国で聞いたことがない言葉を繰り返しながらミヤさんの手の火を見た。
「火の魔法なんて珍しくもないだろ?俺もできるぜ?ほら」
そう言いながらマッシュも手に火をつけてみせた。
「この家は妖術使いなのか?」
俺がそう呟くと、2人は顔を見合わせて笑い出した。
「何言ってるんだい。この国じゃみんな魔法が使えるよ!使えない人は見たことがないね」
「こんな田舎村には大した魔法が使えるやつはいないけど、この国には国中から優れた者が集まってくる魔法騎士団があるぞ」
と口々に言った。話を聞きながら俺は悟った。
俺、多分この国で唯一の魔法っていうの使えない人間だわ……。
「カゲトラはなんの魔法が使えるんだ?」
マッシュがそう尋ねてきたが、俺に使える魔法なんてない。
「倭国には魔法なんてものはなかったからよくわからん」
「魔法がないのにどうやって国を他国から守ったりするんだ?」
「俺の国には戦士がいたからそいつらが国を守ってるぞ」
「へぇー。国が違うと全然違うんだな」
マッシュは感心したように言った。
「もしかしたらカゲトラにとってはこの国はいい国じゃないかもしれないな」
少し困ったようにマッシュが俺を見てきた。
「この国は魔法力の強さで人の階級が決まっちまうからな。魔法が使えないやつなんて見たことがないからわからないけど、俺たち貧民と同じかそれよりも酷い扱いを受けることがあるかもしれない」
「そんなのあるのか。面倒なんだな」
「まあな。でも、住み分けは済んでるから自分から上の奴らの方に近づいたりしなければ嫌な思いはしないさ。カゲトラも近づくなよ」
「おう」
気に入らないが、面倒なことには関わりたくはない。ただでさえ面倒なことになっているんだ。これ以上面倒ごとになりたくはない。
俺はマッシュの忠告にそう返事をした。
「しばらくうちに泊まるなら村のみんなに紹介しに行かないとな。カゲトラついて来いよ」
「ああ、よろしく頼む」
俺は立ち上がりマッシュについて扉をくぐった。




