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で、僕が生まれたってわけ。

「で、僕が生まれたってわけ」


 視界の隅に配信中のモニターを入れた状態で、僕はこれまでにも何度か話してきたイカれた思い出話を語る。


「ほ、ほぉ……、それがバ美肉高校生VTuberとして絶賛活動中の、雨宿ソーダ君の生い立ちですか……うわぁ……」


 うわぁって言われちゃったよ。最近できてしまったバーチャルの妹、桜木ココアにどん引きされて、シャーペンの芯がぽきりと折れた。


『この話ホント好き』『人の苦労話メシウマ』『でもおかげで私は宿題が終わりました』


「まあ私も何度も聞いている話ですけど。いつ聞いても何度聞いても本当に面白いです」

「面白い言うな」


 そうだった。この子は僕に隠れて僕の配信を聞いていたんだった。さいてー。


「そして私も宿題終わりです」


 コメントに続き、ココアも元気一杯に宣言する。


「僕はまだ道半ばですよ……。今日なんでこんなに宿題が多いかなー」

「いいじゃないですか。その分配信が長くできますよ」

「宿題が終われば、あとは普通に雑談配信に移れるんだから、さっさと終わらしたいんだよ」


 数学の宿題は終わったので、次は英語の宿題に取りかかる。


 宿題配信。

 僕の恒例配信の一つで、高校生である僕にしかできない種類の配信である。

 もともとは僕が宿題をしていては配信ができないというジレンマから、だったら一緒に宿題をしながら配信をすればいいや、という安易な発想で始めた産物だ。

 宿題をしながら適当にリスナーと雑談をするという意味のわからない配信だ。

 しかしこれが、意外にも受けてしまった。

 僕のリスナーは十代が多く、もっと言えば高校生や大学生、中学生が多い。つまり宿題を抱えている学生たちもたくさんいるのだ。

 そして宿題のような嫌なものは、みんなでやると捗るものだ。

 宿題をやりながら雑談すると、みんなも進みがいいと言うので、僕も宿題をしながら配信ができるということで、僕の恒例配信になっている。


「ところで、ココアはどうして配信者になったの?」


 英文を日本語訳しながら、話の流れで聞いてみる。

 きょとんと驚くような間があったあと、ココアのアバターがきゃっきゃっと笑った。アイドルのような制服衣装の女の子が声を上げて笑い、配信画面の雰囲気が明るくなる。


「あれれ、妹の初配信は見てくれていないんですか?」

「そのうちみんなで鑑賞会しようと思って見てない」

「バ、バカたれ! 私の黒歴史をさらけ出すのはやめて!」


 途端に打って変わって制止にかかるココア。

 どんな活動をするにも初めては必ずある。

 しかしネット上で活動していれば、その記録は永遠に残り続ける。特に配信者や動画投稿者は、それ自体が仕事である活動だ。たいていの場合は問題がない限り、自身の活動記録を消すようなことはしない。いい意味でも悪い意味でも、デジタルタトゥーとして残り続けるのだ。

 英語の問題集を一ページめくり、僕は次の問題に取りかかりながら続ける。


「まあ実際、ココアの初配信はちらりとは見てたんだよ。ただ、あのころは、僕も自分の配信で手一杯だったから、作業しながら見せてもらったかな」

「私がデビューしたときというと、だいたい一年半前だから、ソーダ君はだいたい一年ちょっとくらいたったころ?」

「そうだね。あのころは、ゲームの大会に呼ばれて、受験勉強と平行して初心者からアマチュア大会で戦えるくらいの実力にするために……、あ、なんか思い出すと吐き気してきた」


 当時中学三年生。VTuberでも明らかに年少組であった僕は、なにかと可愛がられてあちこちからお声かけをしてもらっていた。現在でもばりばりの年少組だけど。

 誘ったことを後悔してもらわないよう、初めてのゲーム、しかも対人ゲームを人前でプレイしても問題ないように努力していた。いい思い出であり、胃が痛くなる思い出だ。


「初配信で太陽カルアさんの話をしてたでしょ? 意外な人の名前が出てしばらく配信を見てたな」 

「そうでしたその話もしたかったんです! ソーダ君もカルアさん好きなんですよね!?」


 予想外の食いつきに、僕は軽くのけぞってしまう。


『おいおい、この人はソーダ初心者だわ』『伝説的な人だもんな』『ソーダはカルア様の狂信者と言っても差し支えない』


「リスナー諸君、恥ずかしいからちょっと黙っていなさい」


 コメントでも言われているが、僕は配信当初から太陽カルアという人、VTuberについて話してきた。


 VTuber黎明期に活躍した配信者で、一世を風靡した伝説の人物だ。

 そして、僕とココアにとっては、切っても切れない関係にある。

 問題集から目を上げ、本棚の片隅に、僕がVTuberになることになった日からずっと飾られている色紙とフィギュアに目を向ける。

 その色紙に描かれているイラストは、僕とココアの容姿にとてもよく似ている。

 それは当然のことで。


「僕もココアも、カルアさんもママが同じだからね。まあ知っているのは当然と言えば当然だけど」


 太陽カルアさんのアバターのイラストを描いている人は、僕やココアと同じ、僕の実の姉である雨宿マキアなのだ。

 つまり、VTuberとしての先輩にあたり、僕とココアを兄と妹とするなら、僕たちの姉になる。

 もうずいぶん昔にVTuberを卒業しており、僕たちは一時も同じ時期に活動していない。もし同じ時代に活動していたのであれば、同じ雨宿家として配信できたのかもと思ったりもする。しかしそれは叶わぬ夢。


 卒業してしまったVTuberに関わることは、どうしたってできないのだから。


「よし、僕の方も終わり」


 そうこうしていると、僕の宿題も終えた。配信時間はちょうど一時間くらい。集中して宿題をすればもっと早く終わるのだが、配信しながらしているとちょうどいい時間になる。


『私の宿題まだ半分も行ってないから延長希望』『宿題なんてやる気ないけど雑談続けて。まだ頑張るから』『まだまだお話ししましょ』


「はーい、もうしばらくね。ココアもまだ大丈夫?」

「だいじょぶじょぶ! まだまだ眠くはありませんので」


 元気いっぱいに答えるココア。今でも不意に、頭の中で陰キャの紗倉心愛の姿がよぎって思考がバグりそうになる。


 そして夜は更けていく。

 雑談をしながらリスナーのコメントに答え、和やかな雰囲気のまま時間は流れる。

 僕たちが作る僕たちとリスナーだけの空間は、それだけで暖かく、居心地のよいものとなっていた。

 宿題という学生の日常を消化するだけの配信なのに、それでもリスナーは来てくれる。


 気がつけば数回になる僕とココアの雨宿家の配信だが、毎回三千人程度のリスナーが集まる人気コーナーとなってしまっていた。


    Θ    Θ    Θ


「へぇ……弟くん、うまくやってるみたいだね」


 日が暮れて久しい時間、ためにためたお仕事を片付けて自宅に帰り、立ち上げたばかりのパソコンを見て、小さく呟く。


 ずらりと表示される配信サイトには、私の主戦場でもあるライブ配信の一覧が表示されている。

 配信としてはゴールデンタイムの時間ということもあり、私だけの業界だけでなくあちこちで枠が乱立されて盛り上がっている。


 私のメンバーたちがしている配信は一万とか二万とか、とんでもない人数を集めてどんちゃん騒ぎの真っ最中。

 この業界に飛び込んだばかりのころには、こんな大所帯になるとは思っていなかったが、本当に大きく、みんなたくましくなったものだと実感させられる。


 そんなライブ配信の中に、親友の弟が配信しているものがあった。

 私たちにも負けない頻度で、だけどのびのびと配信をしている彼も、高校生が個人でやっているとは思えないほど頑張っている。


 そんな彼に最近、相方ができた。

 同じイラストレーターをママに持つ、同じ高校生だという女の子。


「これは……黙ってみているわけにはいかないかな!」

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