こうしてVtuberは生まれる。
僕がVTuberになることに、なった日は今でも鮮明に覚えている。
中学二年生になったばかりの、だいたい今から三年前のことだ。
自室でパソコンを触っていると、家を出て生活をしている姉から、一通のメッセージが届いた。
ペンネーム雨宿マキアで活動している僕の姉は、当時すでに実力あるイラストレーターとして活動していた。
ライトノベルの挿絵やソーシャルゲームの原画など、当時から引っ張りだこ。中学二年生の弟ながらに、すごい姉を持ったなと漠然と思っていた。
そして、当時まだ始まって日が新しかったVTuberのイラストも担当していたこともある。
そのVTuberは、短い期間でいなくなってしまったけれど。
メッセージアプリ経由で姉さんから来たメッセージに文面はなく、ただいくつかのファイルが添付されているだけだった。
開こうとしたとき、ちょうど姉さんからメッセージアプリで通話がかかってきた。
外していたヘッドホンを頭に掛け、マイクをオンにして通話に出る。その頃からスマホよりもパソコンの通話アプリで連絡を取る程度には、僕もパソコンの虫だった。
「はい、もしもし?」
「あ、ごめんごめん、さっきあれこれ送ったやつなんだけど、もう見てくれた?」
「ん、今、開こうとしたところだけど………………え、なにこれ?」
開いたファイルは、キャラクターの三面図だった。
三面図とは、キャラクターを正面、後方、側面から描いたもので、服装や特徴なども注釈で添えられているものを言う。
しかし、そのキャラクターは僕が見たこともないキャラクターで、仮に見たことがあるにしても、一中学生である僕に三面図なんてものを送ってくる理由がわからなかった。
「それ、VTuberのアバター用に作ったキャラクターの三面図なんだよね。モデリングもとっく終わって、あとは納品だけってタイミングで依頼者が飛んじゃってね。あははは、そんなことあるーって感じ」
「……笑えないよそれ」
VTuberを作る。言葉で言うのは簡単だが、莫大な時間とお金がかかることだ。最近ではアプリでお手軽にアバターを作ることができるものも存在するが、当時はそのようなものはなく、数十万円は当たり前、もっとこだわれば百万を超えているものもあると聞く。
しかも姉さんの言う案件は一応企業案件だったらしく、手の込みようもすごかったらしい。モデリングも姉さん経由でやっていたとかで、すべてが姉さんの負担になっているという笑えない事態らしい。
「それで、使ってほしいんだけど」
「え、なに、使う?」
姉さんの言っていることが理解できず、僕はオウム返しに聞き返した。
「そのキャラクターのアバター、もうほとんど完成してるの。でも依頼者が飛んじゃって、このままだったら削除するしかないの。こんな縁起が悪いもの、よその人に使ってもらえないでしょ。でも身内ならいいかなって。だから、颯太がVTuberとして使ってくれないかって言ってるの」
「言ってるの、じゃないよ。僕、中学生だよ? そんなことできるわけないでしょ?」
当時、僕は周囲の人間よりパソコンが多少使える程度の、どこにでもいる普通の中学生だった。当時からVTuberが大好きで関連する知識も一通りの有していたが、それでも突出したスキルがあったわけではない。
ましてや。
僕は送られてきた三面図に目を向ける。
モニターの映し出されているキャラクターは、黒髪ロングのモデル。業界最大手のリアライブルなどが使用しているモデルと遜色ないレベルのハイクオリティ。
だが。
「このアバター、どう見ても女の子じゃん……」
腰あたりまで黒髪ロングに、傘の形をした髪留め。オーバーサイズの紺色のパーカーは体の線がわからないようになっている。問題は下だ。それはズボンではなく明らかなスカート。短めのスカートからのぞく足はすらりと白く、これを配信で使うなら見えない部分であるにも関わらず、オタクを喜ばせそうなこだわりを感じる。
どこをどう見ても、男である要素が微粒子レベルも存在しない。
それほどまで完璧に女の子のモデルだった。
僕が至極まっとうな不平を口にすると、通話の向こう側からきょとんとした反応が返ってきた。
「服を引っぺがしてパンツを脱がさなければ、女の子であるかどうかはわからないよ?」
「シュレディンガーの女の子とでも言いたいのか」
「さすが颯太っ、我が弟!」
僕の頭がごんと机に落ちた。
そんなところで弟であることを褒められても嬉しくはない。
「いやいや、イカレてるの? このアバターを使ってVTuberやれって、本気で言ってる? できるわけないじゃん」
当時の僕にとってVTuberとは、スポットライトの下で輝くアイドル、ドーム球場で大声援を受けるプロ野球選手、世界の祭典で表彰される映画監督。例を挙げれば切りがないが、凡人の僕からすれば絶対に手が届かない存在だったのだ。
将来、可能であるならアニメやライトノベル、それこそVTuberのようなサブカルチャーに関われるようにと、そっち方面の知識は勉強している。だが、それでも自分がVTuberになるとは想像できなかった。
「あーあ、やっぱりそうかー。さすがにだめだよねー」
ふと、嫌な予感がした。
「仕方ないなー、颯太がだめならこれ、もう消すしかないんだよなー」
「……」
「仕事で受けたやつで私に権利あるけど、さすがに他の人には渡すには厳しいしなー」
「いや、あのさ……」
「もう消すしか、やっぱりないのかなー!」
だんだん圧が強くなってくる。
ばんばんと机を叩くような音がし始め、じたばたと物理的に暴れ始める。もう立派な大人がである。
この姉は昔から、一度こうと決めたことは人に言われても納得しない習性がしばしばある。だだっ子になるときがあるのだ。
サイン会の様子を見せてもらったこともあるが、そのときの立ち居振る舞いは凜々しく育ちの良さを感じるほどだ。
しかし家族に対しては、外向けの姿からは想像もできないほど、子ども染みた暴れ方をし始める大人子どもに変貌するのだ。
「ああ! 私の指がデリートキーに、これを、これを押してしまえばもう……っ」
そして、僕にとってトドメともなる言葉が口にされたのである。
「この子も死んじゃうことになるんだけどなああああ!」
「……」
「……」
僕が押し黙ると、姉さんも同じように沈黙した。
言い放った言葉が僕に効いていることを理解した上で、僕の答えを淡々と待ち続ける。
なんともいやらしい姉である。
僕は本棚の一角に飾っている色紙とフィギュアに目を向けた。
それは、しばらく前に卒業してしまったVTuberのグッズ。
僕が尊敬している数少ない存在で、もうその声を聞くことも、元気をもらうこともできない存在。
もう、死んでしまった人。
本当に、イカれてる。
「……ああ、はいはい、わかりましたよ」
自分の中に存在する譲れないラインに手を突っ込まれ、僕は椅子の上で脱力してしまう。
「ホント!? いやあ颯太ならそう言ってくれると思ったよ! お姉ちゃん大好き!」
軽すぎる愛の告白にげんなりしつつ、僕に机に突っ伏した。
それから姉さんや姉さんが紹介してくれたVTuberさんの協力のもと、数ヶ月の準備を重ねた。
そして、中学二年生の七月某日。
雨宮颯太は、姉さんに流されるままに、雨宿ソーダとしてVTuberデビューを果たした。




