表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/70

電子世界の向こう側。

 紗倉さんは廊下に倒れていた。

 顔から血の気が引き、体は冷たい汗でびっしょりと濡れていた。

 呼びかけても返事はなく、気を失っているようだ。


「クソ野郎……っ」


 振り返ると、つまらなさそうに根岸たちが廊下を引き返していくところだった。

 拳を握りしめ、その先に怒りがにじむ。


 だが、僕の肩に手が置かれ、我に返る。桐也だった。


「あんなやつらほっとけ。とりあえず、紗倉を保健室に」

「あ、ああ、悪い」


 僕は紗倉さんを抱え上げる。

 そのとき、廊下に転がっている紗倉さんのスマホが目に入った。画面には、大量の通知が浮かんでいる。内容は、想像したくもなかった。



 紗倉さんは、そのあと早退した。

 一応、目は覚ましたあとは、ある程度落ち着いていたらしい。ちょっと今日は帰りますと、タクシーを使って帰ったと先生から聞いた。


 僕は教室に戻って授業を受けたが、内容は一切頭に入らなかった。

 生徒たちは、紗倉さんの話で持ちきりだ。ネットニュースで取り上げられていることもそうだし、なにより校内で根岸たちが吹聴して回っている。

 もうこの高校で、紗倉さんのことを知らない人は、いないだろう。


 僕も、同じくらい注目を集めている。

 僕は最近紗倉さんとよく一緒にいた。紗倉さんが倒れたときも側におり、紗倉さんとの関係性に疑問を思われている。


 しかも根岸が僕のことまで言いふらしているのだ。

 クラスメイトたちも僕に紗倉さんとどういう関係なのかを聞かれたが、すべて答えなかった。正直返事をする余裕すらなく、ほとんど無視した。


 一応僕がVTuberをしていることは気づかれていないが、それも時間の問題かもしれない。


 紗倉さんの手帳は、取り返すことができなかった。

 根岸は言いたいことだけ言いふらすと、授業をサボって帰ったようだ。自分のチャンネルがあんなにバズったのだ。高校でつまらない補習授業を受けるよりも、帰って次の動画を準備する方が有意義だと判断したのだろう。


 ここで僕が根岸を問い詰めたところで、根岸はそれを余計に手放さなくなるだけだ。


 始業後、さらに問いかけてくるクラスメイトたちを無視して教室を出ていく。


 しかし廊下まで出たところで、僕は腕を捕まれた。

 振り返ると、最近よく紗倉さんと話しているイラスト部の女子生徒、氷川さんだった。

 氷川さんは申し訳なさそうにまゆを寄せたあと、聞きにくそうに胸の前で手を握る。


「あの、紗倉さん、大丈夫かなって。なんかいろいろな噂が出てて、よくわからないけど、紗倉さん、倒れちゃって、心配で、その……」

「ごめん、僕もわからなくて」

「そっか。そうだよね。ごめん、変なこと聞いて。さよなら」


 氷川さんは小さく手を振って、教室に戻っていった。

 彼女は本当に紗倉さんのことを心配してくれているようだ。だからこそ申し訳ない。

 僕にも、彼女にも、この問題は僕たちでは到底解決しえないのだ。


 相手は、電子世界の向こう側にいる人間、すべてだ。


 家に帰る。

 モカさん、クーと連絡を取り合う。 

 当然のように、二人の方にもあれやこれやと聞かれる内容が届いているらしい。僕の方も例に漏れず、桜木ココアのことについて聞く内容が大量に届いている。


 雨宿家というグループを作ったのは僕だ。僕が知っていると思われても不思議ではない。

 ただし、僕はもちろん、モカさんやクーも、紗倉さんの過去については知らない。


 本来VTuberの過去は、秘匿性が高いものだ。

 VTuberは自身と視聴者の間にアバターという存在を間に挟み、そして視聴者とつながっていく業態だ。もちろんVTuberでありながら中の本人が姿を出している例も存在する。ただ、それはそういうブランディングであって、普通は、VTuberは自分自身の素性を明かしたりはしない。


 そしてときに、本人ではない他者が、VTuberの隠している部分を世の中にさらけ出す人間がいる。

 インプレッション。印象や影響という意味だが、SNS上では、表示された回数や再生回数を言う。その数字こそが、動画投稿者や配信者の評価に直結する。


 そしてインプレッションだけを求める人間にモラルなんて存在しない。

 実行可能であればすべて許される。それが犯罪かどうかなんて関係ない。

 VTuberの本人を調べて、ネットに本人の写真を投稿しているような人間もいる。企業所属のVTuberのマネージャーを尾行し、VTuber本人のリアルを特定する悪質な事件もあった。

 根岸誠のような、本人が望んでいない情報を勝手にネットにばらまくクソ野郎も、掃いて捨てるほどいる。


 紗倉さんには、直接連絡を取れていない。

 通話アプリで、僕たちに問題ないこと、しばらくは動きを見せずに様子を見ようということだけ伝えてある。

 今のところ返事はない。

 関係ない通知が多すぎて見る余裕もないだろう。


 一人、今回のことについて知っているかもしれない人物がいr。

 僕の姉、雨宮真希こと、雨宿マキア。

 しかし今は連絡が取れない。姉さんは今、海外の個展で日本国内にいないのだ。明日には帰ってくるはずだが、すぐには捕まえられない。


 連絡はしているが、姉さん自身対応に追われているはずだ。少し落ち着くまで、望み薄である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ