寝坊はVTuberにとって恒例行事です。 -1-
久々に外出予定のない日曜日、僕はキッチンでお昼ご飯を作っていた。
ここ最近、モカさんとのコラボだったら歌枠の準備にカラオケに連れ出されていたこともあり、配信者だというのに連日外出させられていた。
モカさんが雨宿家に入るという珍事はあったが、最近隙間時間が出てきたとか言われていたけど、大人気VTuberだ。紗倉さんのように頻繁にコラボするわけではない。
今日は珍しいお肉をもらったので、お昼からちょっと豪勢にご飯をいただくことにしたのだ。
料理を終わった料理をスマホで何枚か取り、すかさずSNSにあげる。しばらく一人暮らしが続いているので、写真映えする料理を作った際はネットに投稿するようにしている。
ネットに投稿する際に、僕のSNSがいつもよりざわざわしているが目に入る。
なにやら、おもしろいことになっているようだ。
料理はそのまま自室に運び込み、ほとんど配信準備を終えていたパソコンを操作し、すぐに起動する。
日曜日の正午。
ちょうど配信を始める時間である。
配信タイトル、『お昼ご飯を食べます』
僕の恒例配信の一つに、ただご飯を作って食べるだけという配信がある。
雑談配信中にご飯を食べながら配信をしていると、なにを食べているのか気になるから写真をあげてくれと言われたことが発端だ。
自作の鮭定食を配信画面に載せると、なぜかバズって人気コンテンツになってしまった。
高校男児が作ったとは思えないほど女子力が高そうな料理に仕上がっていたのだ。ただあり合わせのものをよそっていただけだったのだが。
ただ僕のアバターが女子高校生なだけに、やっぱりこいつが男なんて嘘というお祭りが今でもときどき起こっている。いや、男子高校生でも料理くらいする人はいるでしょ。
とにもかくにも、配信スタート。
「はーい、みなさーんお昼でございまーす。こんソーダー」
お昼の配信なのでゴールデンタイムの夜より人は少なめだが、それでも千人くらいの人は見に来てくれている。
『こんソーダ』『私はお昼ご飯を作りながら』『バナナ片手に見てる』『この配信があるからこの時間に起きてる』『ソーダ君、あの人、いいんですか?』
気になるコメントもあるが、とりあえず僕は僕の配信を進めなければいけない。
パソコンを操作し、先ほどスマホで撮影したばかりのお昼ご飯を配信画面に載せる。
「本日私がいただく料理はこちら、黒毛和牛のステーキ丼でございます」
大きなどんぶりに白米を大盛り、たくさんの千切りキャベツを敷く。そしてその上には自分でも見事な焼き色に仕上がったと思う黒毛和牛のステーキ。一口大に切りそろえて盛り付け、上からネギとごまを散らして完成させた一品。なかなかの出来映えだ。
『うらやましくて草』『お昼からがっつりいくなー』『まじでうまそうなんだがふざけんな』
『薬味までのせるところが変に女子力高いんだよなー』『男とか絶対うそ』
「いやいや諸君よ、女の子昼からこんなにもりもり食べないよ。え? 食べないよね? 聞ける人少ないからお兄ちゃんわかんないよ」
薬味や盛り付けにこだわっているのも配信向けに作っているからだ。普段からこんなに時間と手間をかけて作ったりしない。一人で食べるならシリアルか卵かけご飯で十分。日頃食べている料理なんて恥ずかしくてお店できません。
「とりあえず、冷める前に、いただきます」
ぱちんと両手を合わせ、ステーキ丼に箸を伸ばす。
お肉を口に含んだ瞬間、甘辛いたれとともに強烈な肉汁が口いっぱいに広がった。少しかために炊きあげたご飯との相性もばっちり。予想以上の出来映えである。
「やばぁ……これはうまい……」
咀嚼音をマイクが拾わないように気をつけながら、感想を口にする。
「実はこのお肉、姉さんがふるさと納税? なんか税金がらみのやつでもらったお肉で、高級黒毛和牛のお肉なんだよね。食べきれないから取りに来てくれって、昨日もらってきたの」
なぜ食べきれない食材を頼んでしまったのか。いまいちよくわからないが、ふるさと納税なるものは収入が多ければ多いほどたくさん購入できる仕組みらしく、比較的多く収入がある姉さんは結構な量の購入できるそうだ。
しかしイラストを描きながら限界生活を送っている姉さんは、買ってみたはいいものの食べる機会がないからと引き取りを求めてきたのだ。
結果、僕が豪勢な食事をいただくことができている。
『マジでうらやましすぎて腹立つ』『マキアさんは料理する時間もないのか』『とりあえずあの子たたき起こしてあげて』『鳩止めな』『他の話題を出さない』
僕のお食事配信をしている間にも、コメントには別の話題が目立つようになっている。初めは少しだったが、徐々にその話題が大きくなり始めた。
しかしまあ、僕たちの関係性上、全く触れないというのも難しい。だからあえて、こちらから触れることにする。
「まあまあ、君たち落ち着きたまえよ。心配なのはわかるが、他の配信者の話題を出す鳩行為はだめだぞー。注意してくれている人もありがたいけど加熱しすぎないようにね」
一度箸を置いて、パソコンを操作する。
鳩、鳩行為とは、ある配信を見ながら、別の人が行っている配信の情報を流す行為である。それで配信を盛り上げようとしていたりするのだが、基本的に配信では他の人の情報を出すことはよくないものとされており、僕も概要欄に禁止と記載している。
マナー違反である鳩行為は規制しないと、それを規制する人たちとの喧嘩がコメント欄で発生することもあり、配信者そっちのけで配信がぐちゃぐちゃになることもあるのだ。
とはいえ、今回は大目に見たい気持ちもある。
なぜなら、雨宿家の妹担当である桜木ココアのチャンネルで、あるトラブル発生中だからである。
配信画面を開くと、ココアのファンアートを利用したサムネイルが表示されている。
配信タイトルは、『朝雑談。楽しい日曜日にこんにちは』。
ただし、配信は始まっていない。左端には、桜木ココアを待っていますと記載がある。
問題なのは。
「配信開始予定が午前十一時……、今が正午を少し過ぎたところなので、これは完全に寝てますね」
そもそも、朝方の時点で不穏な雰囲気があったのだ。
僕自身が土曜日の夜に配信をしたあと、連日の疲れですぐ眠ってしまったのだが、深夜に目を覚ましてしまった。
寝付けそうになかったので、少し作業をして眠くなるまで待とうとしていた。
結局外がすっかり明るくなるまでずっと作業漬けだったのだが。
そして、次回の雨宿家配信で使用予定のサムネイル画像を作成、確認のために紗倉さんに投げた。
急ぎでもなかったので、あとから確認して返事をちょうだいとメッセージも添えたのだが、ものの五分で返事がきたのだ。それが朝の六時のことである。
本当によく動くものだと感心する。
なんと言っても活動者に必要なことは体力と行動量である。
どんなに才能やスキルがあっても短時間しか続けられないのであれば、それは価値を最大限に発揮できない。
紗倉さんはその点、バイタリティにあふれて精力的に活動している。本当にまだ高校生の女の子なのに立派である。
朝早くから元気だね、とメッセージを送ると、これから昼前の配信まで少し仮眠する予定です! と返事があった。
このあたりが、すでにフラグになっていたのだろう。
僕はサムネイルを作ったあたりで眠くなったので軽く睡眠を取ってまた起床。
ちょうどココアが配信をする予定になっていたので、雑談を聞きながら料理をしようと思っていたのだ。連携して活動しているのに、わざわざ配信をかぶせる必要もないので、本来配信予定はなかった。
しかし、これがいつまでたっても配信が始まらない。
そこでこれはおいしい、いや助けてあげないとと思い、急遽配信を立ち上げたのだ。
「寝坊だろうって思って電話かけたんだけど、通じないんだよね。通知音消したまま寝たみたいだね。ココアのことをよく知っているお兄ちゃんが言うんだから間違いない」
配信に電話やラインの通知音が入るとよくないので、通知音が乗らないようにマナーモードにすることがある。そしてそのまま音を消して寝てしまったのだろう。さらにアラームにスマホを利用したりしていると、さらに起きることができなくなってしまうと。
「自宅は知らないですし、このまま起きるのを待つのもつまらないので、今回は急遽配信を取りました」
ステーキ丼の隣に、配信直前に作成したサムネイルを表示する。起きてこなかったので配信内容チェンジである。
【桜木ココア、ゆっくり寝てろ。初配信を同時視聴して場はつないでやる。】
「ということでご飯雑談の予定を変更し、ココアが起きるまでココアの初配信を同時視聴して間を持たせようと思います。ハッシュタグ、ゆっくり寝てろココアでSNSで呟いてくださいお願いします。いやー、心が痛むわー」
『初配信同時視聴とか鬼畜の所行』『全然心が痛んでなさそうで草』『寝坊見守り配信来た』
『起きたら地獄が待ってる』『ココアちゃんの初配信見たことないからちょうどいいかも』
配信者にとって初配信は誰にでも存在する。もちろん削除していなければ残っている。
配信を長くやっていれば配信も上手になるし、すらすら話せるようになるものだが、初配信はなかなかうまくいかなくて、自分では見返したくない出来になることも少なくない。
大手配信者でも、登録者数の記念などで、自分の初配信を見て悶絶するなんてことが恒例行事になっている。
ココアの初配信を開く準備をしながら、僕は思わず笑みがこぼす。
「いや、今日は寝坊する可能性高いんじゃないかと思ってんだよね。今朝方までなんか起きてたみたいでね。それでSNS見たら、朝方くらいまでモカさんとおしゃべりしてたってあったからね。モカさんがSNSでつぶやいてたけど」
僕の早朝の連絡にすぐ返事があったのも、モカさんと話し尽くしてそもそも寝てなかったかららしい。
そんなことをこぼすと、すぐにコメントが流れる。
蒼山モカ『私は徹夜で現在お仕事に向かっておりますです!』
「おお、モカさん。さすが体力おばけ。蒼山モカは三人いるとまで言われるだけありますね」
ココアもそうだが、あの人のバイタリティはさすがにおかしい。いったいいつ寝ているんだと思うほど活動時間が長い。配信時間も長いSNSの出現数もおかしい、大手所属だから外部の仕事もしながら活動。実はAIなんじゃないかと疑われるほどだ。
ココアもそんなバケモノに巻き込まれてしまえば寝坊するのもあり得る話だ。
「まあ僕もショートスリーパー気味だから、テスト期間とかは毎日三時間くらいしか寝ずに勉強してたりするけどね。人間その気になれば、少々寝なくても活動できるのだ」
『それはソーダが若いからだろ。三十路になってもそれが言えるかな』『私は寝ようと思えば一日二十時間は寝られる』『テスト期間にきっちり勉強するソーダ君好き』『勉強配信のおかげでこっちも勉強捗るけどね』
VTuberはバケモノの巣窟である。年間千時間を超えて配信する人間もいるほど。モカさんはバケモノ筆頭と言える。なんか僕も混ぜられているようで不服ではあるが。
ココアの配信アーカイブの一番初期にあるものを、僕の配信画面にミラーする。
「よし、では配信準備も終わったので、そろそろ桜木ココア、同時視聴を開始するよー。いやー、準備中も連絡取って起きてくれないかなと期待してたんだけどな。ホント残念だわ」
『棒読み過ぎて草』『全然残念そうじゃなくて笑える』『ココアちゃんこれ起きたら地獄やで』『なんでもいいけど楽しみ』
コメント欄は勢いを増すばかり。
僕はステーキ丼をもう一口食べ、そして桜木ココアの初配信を起動する。




