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寝坊はVTuberにとって恒例行事です。 -2-

 桜木ココアの初配信の配信時間は、初配信ということもあって短めの三十分。


 オープニング映像は、今のココアの配信で使用しているものではなかった。

 白い背景に、女の子のシルエットがとことこと歩いているアニメと一緒に穏やかなBGMが流れる、シンプルなものだった。Comingsoonというロゴがくるくると回っており、個人勢の初配信にしてはやけに整っていると感じさせられる。


「結構作り込んでるな」


 それがココアの初配信を見た僕の感想だった。

 そもそも中学生でVTuberを始めるなんて、当時でなくても相当ハードルが高い。機材もそうだが、配信に使用する画像や音源などの素材が圧倒的に足りないからだ。フリーでそろえることも出来るが、それでも学生がそろえるには時間も手間もかかる。

 ましてや紗倉さんはパソコン関係に疎いと言っているし、準備に相当時間をかけたのだろう。そう言えば機材は姉さんが使っていたお古をもらったとか言っていたか。というか姉さんも大概変な機械を持っている。僕が配信を始めるにあたっても、モカさんと一緒に必要なものはあれこれと準備してくれたし。


 そうこうしていると、オープニング映像が切り替わった。

 日が沈んだ夜の教室。窓の外には星が瞬いており、本来なら学生がいる時間帯ではないことが一目でわかる。

 しかし、その教室に一人の女の子が立っていた。

 今使われているアバターと変わらない、白を基調にしたブレザー。ところどころきらきらした装飾が施されており、学生の制服とも、アイドル衣装のようにも取れる服装だ。


 軽快なBGMに切り替わる。

 パソコンを操作しているのか、なにも話す前にきょろきょろと顔を動かしている。

 慣れていない間は手元の操作がおぼつかないものなのだ。わかる。わかるわー。


 しかし当時のコメントは好意的だ。


『うわあああかわいい!』『雨宿先生の新しい娘きたー!』『クオリティーが個人とは思えないんですかそれは』『おどおどしてて初々しい』『これは清楚枠』


 まだ話してもいない間から視聴者は盛り上がっている。こんな賑やかなことになっているとは。僕も当時が忙しくなければ絶対にこのお祭りに参加していたのだが。


「みなさん、はじめまして」


 そして少女が話し始めた。


「私は桜木ココアって言います。今日から女子学生VTuberとして初めての配信を行います。緊張していますが、みんなに楽しんでもらえるように頑張ります」


 一つのよどみもなく、滑らかに口にされる挨拶。

 とりたてて尖ってもいないが、それでも特に問題とは感じなかった。

 耳に入りやすいペースで話される言葉、なにより元の声質が心地よくすっと頭に入ってくる。


「実は私、現在不登校中なんです!」


 尖ってたわ。


「設定でもネタでもなく、現在私中学三年生。一五歳なのですが、中学に通っていないです! 毎日お休み万歳!」


 やばいことを初っ端から連打する桜木ココア。


「気になった人もいるでしょうが、ここは教室。しかし夜なんです。なぜなら、中学に通っていない私は昼間通うことができないので、夜に不法侵入して配信しているわけです! これはネタですが!」


 怒濤の勢いで言いたいことを言ってしまうスタイル。

 初めての配信でリスナーとのやりとりもなにもない状態で、リスナーの反応を待っても仕方ない状況ではある。コメントを待つのではなく、自分から言いたいことはとりあえずぶつけているようだ。


『初配信のココアちゃん面白いな笑』『ココアちゃん不登校だったの?』『ソーダと同じじゃん』


「いいつかみしてるね」


 僕の配信のコメントに反応しつつ、ステーキ丼をかき込みながら続きを見る。


「あわわわ、たくさんのリスナーさんが見てくれていますね。コメントもたくさん、ありがとうございます」


 ようやく現在の同時接続数や流れるコメントに目を向けたようだ。


「今見てくれている人が、千人、いいですね。こう胸がひりひりする感触。嫌いじゃないです」


 なんだこの強心臓な紗倉さんは。


「初配信で千人に見られているのに大して動じた様子じゃないの、すごいな」


 高校だったら本当のド陰キャなのに。なぜ配信だとこれほど堂々とよどみなく話せるのか。とても中学三年生だとは思えない。


『相変わらずいい声してるよね』『不登校の中学生とは思えないくらい綺麗に話すね』


 リスナーもそれには気づいている。

 元の声の良さ。不登校というが丁寧ではきはきと話す言葉遣い。

 思えば、ココアが現在に至るまでなにをしてきたのかは知らない。もしかしたらご両親の教育がよかったのかもしれないし、学校には行かずとも他で教育を受けていたのか。

 ココアのリスナーを増やすためにこれからの活動ばかりに力を入れていて、これまでなにをしていたのかはあまり聞いたことがない。

 今度、落ち着いた折にでも聞いてみようか。


「私のこの素敵な体を作ってくださったのは、私が敬愛してやまない神絵師、雨宿マキア先生に描いていただいたものです! 本当にかわいい! 好き! マキア先生ありがとう!」


 相当に感極まっているようで、アバターがぴょこぴょこと飛び跳ねている。

 これが現実ではクラスでは反応が極端に薄いド陰キャとはとても思えない。配信を通すだけでここまで性格が変わるのは、ある意味配信者向きだとも言える。天職が見つかっているようでうらやましい限りだ。

 姉さんの話題が出た際に、僕が知っている名前も出た。


「そう、以前まで活動していた太陽カルアさんのママと同じ人ですね。私も大好きで、今もアーカイブを見たりしています」


 太陽カルアさんのアーカイブは現在もネットに残っている。本人が配信を終えて卒業した後でもファンは増え、一度ファンになった人は今も配信を見ているのだ。

 そして、僕のことも触れられた。


「雨宿ソーダさんは、現在でも活動されている雨宿マキア先生が体を描かれた人ですね。なんとこの人はマキア先生の実の弟さんということで、すごいですよね。聞くと私、ソーダさんと同い年らしいです。びっくりですよね。まだ中学生なのにVTuberとして活躍されているなんて」


 こっちの台詞だわ。初配信でこれだけ臆さずにぺらぺら言葉を連ねることが出来る人がどれくらいいるか。なにがあったらここからリアルではド陰キャになってしまうというんだ。

 リスナーのコメントがある程度拾えるようになってからは、事前に決めていたであろうトークテーマと絡めながら、滑らかに配信を続けていった。


「これからの活動なんですが、私はイラストを描いたり歌を歌ったりするのが好きで、あとあと、人とお話しするのも好きなので雑談枠や相談枠もやりたいと思っています。やりたいことがたくさんで、困ってしまいますね」


 デビュー時は得意も不得意もわからない状況。向き不向きもあるし、なにが受けるかもわからない。VTuberをやりたくて仕方がない。そういう初々しさを感じる。

 ココアのアバターがにっこりと笑う。


「私はVTuberが大好きです。現在も絶賛引きこもり中ですが、VTuberには救われているんです。だけど私はそんなすごい人たちの仲間には入れると思ってないので、私は私ができることで、誰かになにかを伝えていけたらいいと思っています」


 口に運びかけていた箸の手が止まる。


「では、初配信で長々と話してしまってもあれなので、ここで最後の一曲歌って、配信を終えたいと思います」


 言って、BGMが一度切られる。

 そしてアップテンポの曲が流れ始めた。何年か前に爆発的人気を博したアニメのオープニングだ。歌ってみたなども多く投稿され、今はもちろん、当時でも知らない人間はいない曲だ。

 ココアはアバターの体を軽快に揺らしながら、滑らかに歌い始めた。


 そこで、僕もようやく食事を再開する。

 僕もステーキ丼を食べ終わって、マイクに音が乗らないようにそっとどんぶりを机に隅に置く。


『やっぱ歌がうま』『このころから上手だったんだ』

『そのへんの歌ってみたより全然すごいわ』『また歌枠してくれるの楽しみだ』


 僕のリスナーも言っているとおり、ココアは本当に歌がうまい。

 歌い出しこそ少し緊張があったのか、声が小さかったが、次第にリズムに合わせて力強く歌声を響かせていく。疾走するように声が走り、高音から低音まで幅広い音域を自在に操り、リスナーを引き込んでいく。

 ここまでのコメントもそれなりあったのだが、ココアが歌い始めると一気に爆発した。読み取るのも困難なほどの早さでコメントが打ち込まれ、コメントが打たれては流されていく。


 そして歌い終わると同時に、ココアのアバターがにっこりとほほえんだ。


「ありがとうございましたっ。また次の配信も見に来てください! よろしくおねがいします!」


 画面が暗転し、そのまま配信が終わった。

 今僕の配信には、僕のリスナーとココアのリスナーがいるが、ココアのリスナーも初配信を見るのは初めてという人も多いようだ。

 特定の配信者を見るようになっても、配信のアーカイブを見る機会は意外に少ないということがある。配信者は現在進行形でアーカイブを作っているわけであり、その配信を見るだけで精一杯で、過去の配信まですべてさかのぼることは現状難しいのだ。

 だから切り抜きなどの、時間が少なくても見ることができるものを見て、過去の面白エピソードやハイライトを知ることができるのだ。

 僕も、同じ母を持つ桜木ココアの配信はときどき見ていたのだが、細かに把握していたわけではない。

 まだ中学三年生であの歌唱力。もとより歌がうまいとか、そういう話ではないように感じる。野生のプロとか言われる、初めから歌がうまかったという人もいることはいるが、ココアの歌い方はなんというか、体系化された技術的なものを感じるのだ。


 それに。

 VTuberとしてデビューした当初、桜木ココアは、紗倉さんは、自分のペースで配信をするつもりだったようだ。特に切迫している様子はなく、とりたてて問題があることはなさそうだった。

 それでも現在、紗倉さんは登録者数を増やそうと躍起になっている。それもかなり高いハードルを越えようとしている。

 なにか、事情があるのだろうか。

 初めは紗倉さんがリアル凸してきたこともあって、そこまで深く考えることはしなかったけど。

 紗倉さんの歌などの技術や、不登校の過去や、今登録者を増やすために必死になっていること。


 僕は、紗倉さんのことを、まだまだ知らない。


「ぎゃああああああああああ私のバカたれええええええ!」


 それから、桜木ココアのSNSで寝起きの咆哮が上がったのは、僕が配信を始めて二時間後のことだった。

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