episode 3 髙塔 五十六助の伝記
1冊の本を床下部屋から持ち出し、祖母が用意してくれた客間で静かに読む。
『髙塔 五十六助。江戸時代にこの村周辺を管理していた名主であり、武士の出あるにも関わらず、人望が厚く、懐の深い人物であった。村の人々は彼を信頼し、また五十六助も村人達を尊重していた。
ある年、村は不作に陥り領主に年貢を減税してもらえないかと頼み込んだが、これは認められなかった。そして、領主は村人が五十六助と共謀し一揆を起こそうとしているかもしれないと目論んだのだ。
その年、村は戦へと巻き込まれる事となった。それをいち早く察した五十六助は村人を全員近くの山へと避難させた。領主へと助けの文を送ったが、五十六助が邪魔で仕方なかった領主はこれを好機とばかりに、村を見殺しとしたのだ。
両軍に囲まれ逃げる事が出来なくなった。村人の命を守る為に、五十六助の命と引き換えに村人は助けてほしいと懇願したが、村人は五十六助の目の前で惨殺されたのち、五十六助の首も刎ねてしまった。
その後すぐに戦は収まり、僅かに生き残った村人達は五十六助の意思を受け継ぎ村を再建させる為に奮起した。
そして、彼の勇姿を忘れないようにとの思い、願いを込め村の山を高塔山と名付けたのであった。』
本を閉じ、ふぅと大きく息を吐く。古くから伝わる伝承や、人の生き様、やはりこう言った本や話は興味をそそられる。
専攻でない為、大学で勉強する機会はないが、せっかくオカルトサークルに入ってしまったのだ。
今後は榎並先生からもう民俗学について教示してもらいたい。
変な事に巻き込まれるのは、もうごめんだが。
ふと、客間に飾られている振り子時計へ目を向けた。時刻は日付を越し0時を回っている。
「・・・・遅い。」
高塔山へ向かったホスト組の帰りが遅い。ここから高塔山までそんなに距離はない。ましてや車で行っているのだから、往復20分もかからないだろう。
確かこの家を出て行った時刻は21時前だったはず。本を読んでいる間に帰ってきたとしても、虎之助の事だ。
いくら本に集中していたからと言っても、俺の都合など御構い無しでうるさく帰宅アピールをしてくる虎之助に気がつかないはずがない。
携帯を取り出し、虎之助へと電話を掛けるが
『お掛けになった番号は、電源をお切りになられているか、電波の届かないところに・・・』
繋がらない。まぁ、田舎だし電話が通じない事ぐらい良くある。
良くあるが・・・
なんだろう。過去の様々な出来事が頭をよぎる。そうだ、見学。そう、見学しに行こう。
俺もこの本読んでちょっと高塔山に興味を持っただけ。明日には帰るんだし、昔遊んだ山に急に登りたくなっただけ。
懐中電灯、スマホ、携帯医療キット、髙塔 五十六助の伝記を小さめのショルダーバッグへと入れ込む。
とりあえず、見学だしこんな物で大丈夫だろうか。
念のため、台所から塩を拝借し高塔山へと見学へと向かうのだった。




