第二十二話 フランス料理
根拠地に戻り、シャワーを浴びて探索の汚れを落とした後、食堂のテーブルに座る。
この瞬間、俺はようやくダンジョンから帰ってきたことを実感するのだ。
いつもはその後、高嶺嬢の夕食を調理する音をBGMに物資の管理等の業務を行うのだが、今日に限っては、俺の隣に料理中であるはずの高嶺嬢が座っている。
「ぐんまちゃん、黒いのと二人きりで、何か変なことされませんでしたか?」
「大丈夫だ、問題ない」
俺と白影が高嶺嬢と別れて探索していたことに、高嶺嬢が心配そうにしているが、かれこれ同じ質問を10回以上されている身としては、そろそろ勘弁願いたい。
敵の銃器を解体中、なんとなく白影との距離が近かった気もするけど、本当に何事もなく探索していたのだから。
「本当ですか?
本当に何もされてないんですね?」
まるで痴漢被害に遭ったけど、恥ずかしくて言えない女子高生を心配する警察官のように、高嶺嬢は俺に詰め寄ってくる。
そんなに言われると、何もなくても、何かされたような気分になってくるから止めて欲しい。
「いい加減、しつこいでござるよぉぉぉぉ!」
遠く、キッチンの方から在らぬ疑いに我慢できなくなった白影が、己の無罪を主張する。
「拙者は何もやってないでござるぅぅぅぅ!
誤解でござるぅぅぅぅぅ!!」
まるで痴漢を疑われた中年オヤジのように、冤罪を主張する白影。
その姿は、普段の全身黒尽くめな不審者ファッションではない。
彼女の方を見れば、黒地の麻着物に白い割烹着を纏った、完全日本かぶれスタイルの金髪美少女がいる。
今日のダンジョン探索は、俺と白影が武器庫を確保し、高嶺嬢が敵の前線司令部を潰した段階で終了した。
それから根拠地に帰投しようとした際、白影が以前、今度は自分が夕食に招待するという約束を持ち出してきた。
その結果、俺と高嶺嬢はフランスの根拠地に招かれて、今の状況に至るという訳だ。
「ぐんまちゃーん、ぐんまちゃーん、ぐーんーまーちゃーん」
白影へのあらぬ疑いを一旦止めた高嶺嬢は、何を思ったのか今度は俺との距離を詰めて体を擦り付けてくる。
久しぶりに飼い主に会った犬のような高嶺嬢。
なんだかんだ言って、今日一日別れて探索していたことが寂しかったのだろうか?
全身ゴアモードではない彼女からは、擦り寄ってくるたびにお花のような良い香りがする。
探索してシャワーを浴びた後だからか、どことなく色気を感じてしまう。
隣のテーブルで人生ゲームをしていた従者ロボ達が、一旦手を止めて俺と高嶺嬢を身振り手振りで囃し立ててきた。
彼らは絶対に裏切らないだけで、俺に対しての敬意が足りてないと思うんだ。
そして周りが俺達を煽る中で、トップ独走の億万長者である美少女1号だけが、微動だにせず俺にプレッシャーをかけてくる。
隣の美少年3号が、彼女の10000ドル札を10000ドルの債券に交換しても、美少女1号の視線が俺から外れる気配はない。
「ぐんまちゃん、私、今日もたくさん敵を狩りましたよぉ」
褒めて欲しそうな高嶺嬢。
ヒューヒューと言ってそうな従者ロボ軍団。
美少年3号にアイアンクローをかます美少女1号。
うん、誰か助けてくれ。
「おいこら、女怪。
トモメ殿にくっつき過ぎでござる!」
とりあえず高嶺嬢を労っていると、ようやく調理を終えた白影が、料理を運んできた。
鍋敷きと共に両手に抱えた鍋からは、探索後の腹ペコさんには堪らないビーフシチューのような良い匂いが漂ってくる。
「しっしっし、さっさとトモメ殿から離れるでござる!」
美味しそうな匂いに釣られたのか、高嶺嬢は珍しく白影の言う通り俺から離れて、鍋の中身を覗き込む。
鍋の中には、大きめの牛肉とベーコン、種々の野菜がビーフシチューのようなスープと一緒に煮込まれている。
具材の匂いに紛れながらも、トマトと微かなワインっぽい匂いがした。
わぁ、ビーフシチューだぁ!
「ブフ・ブルギニヨン、ブルゴーニュ地方の家庭料理ですね」
高嶺嬢が呪文みたいな料理名を教えてくれる。
ビーフシチューで良くないですか?
「拙者の生まれはノルマンディーなんでござるがね」
まずは無難に国民食を出してみたでござる、そう言いながらも白影はどんどん料理を並べていく。
チーズの乗ったコロッケ、殻付きのアサリみたいなのが混ぜ込まれたサラダ、ロブスターを焼いたやつ、フランスパン。
フランス料理と言えば、コース料理を思い浮かべることしかできなかった俺にとって、温かみを感じるフランスの郷土料理はどれもが新鮮であった。
「カマンベールのコロッケ、コック貝のサラダ、オマールエビのロースト、バタールですか」
へー、そういう名前だったんだね。
知能2のくせに変なところで教養を見せつけてくる高嶺嬢。
お嬢様は伊達ではないという事か!
従者ロボはいつの間にか人生ゲームを片付けて、テーブルにスタンバっている。
俺と高嶺嬢を囃し立てていた彼らの視線はもはや俺達に向いておらず、目の前に並べられている料理しか眼中にないようだ。
「さあ、出来たでござるよ。
拙者の料理、どうぞご賞味あれ」
その言葉と共に、手早く食事の挨拶を済ませたロボ軍団が、目の前のご馳走にがっついた。
白影はせっせと俺と高嶺嬢に料理を取り分けてくれる。
和食を主兵装とする高嶺嬢とは趣が違うものの、白影のフランス料理も高嶺嬢と同じくらい美味しいものだった。
これを食べたら明日もまた頑張れる、そんな感じの温かみのある味だ。
隣で料理の味付けや調理法などを細々と分析している高嶺嬢から意識を逸らしつつ、俺は白影の夕食を楽しんだ。
明日もたくさん頑張るぞい!