第十四話 日仏同盟
ほんの数十m先から迫る100体ほどの雑多な魔物集団。
頼みのメイン盾は、数百m先で数千体の魔物相手に無双ゲームの真っ最中。
どう考えても間に合わない。
サブウエポンの従者ロボは、分散して魔石を回収中であり、付近の2体が俺の危機に気づいて迎撃を始めるが、俺との距離が50mを切った魔物集団を止めることは難しい。
油断。
こうなった原因は、何の捻りもない、ただの油断。
どうせ高峰嬢が殲滅する。
ボスが来ようと殲滅する。
何かあってもロボがいる。
敵からの脅威度は、高峰嬢がぶっちぎりで、俺のところになんか兵力を割いている余裕はない。
そんなことを思い込んでしまった俺は、ついつい忘れてしまっていたのだ。
自分のステータスはゴミのように低く、戦闘経験なんて有って無いようなものだという事を。
その証拠に、2,30mまで魔物達が迫ってきているというのに、俺は未だに魔石採取用の単振動ナイフ片手に突っ立っている。
さっさと背中に担いでいる28式6.8㎜小銃を構えていれば、多少の抵抗はできたというのに。
なんて愚か。
なんて愚純。
なんて雑魚。
先頭を走るコボルトの構えた槍の穂先に、自身の顔が映っている。
死を受け入れた、お爺ちゃんみたいな顔をしていた。
うん、最期を迎えるにしては良い顔だ。
いや、駄目だろ。
どう考えても、駄目な顔だ。
俺はこんなところで死なないぜ!
諦めません、勝つまでは!!
着用している32式普通科装甲服3型の胸ポケットから、手榴弾を2個取り出す。
どちらもスタングレネード、強烈な光と音で、周辺の敵を一定時間行動不能にするタイプの手榴弾だ。
即座にピンを抜いて地面に転がした。
起爆まで3秒。
俺は逃げ切るぜ!
俺が後方に飛ぶのと、目の前まで迫った魔物集団が横合いから火炎放射で薙ぎ払われたのは、全くの同時だった。
無防備な敵に躍りかかる直前での突然の奇襲。
混乱と灼熱の炎に包まれる魔物達に、上空から容赦なく鉄の雨が叩きつけられる。
一瞬で焼き焦げた肉塊と化した魔物達。
その惨状を作り出した下手人は、俺の眼前、丁度スタングレネードを転がした場所に、音もなく華麗に着地する。
ふわりと、金糸を束ねたかのようなポニーテールが、美しく揺れた。
何故か所々焦げている漆黒の忍者装束。
「トモメ殿! 貴方の忍び、NINJAマスター白影、参上でござ————!!?」
口上の途中で起爆してしまったスタングレネード。
元々が暴徒鎮圧用のため、殺傷力は皆無に等しい。
しかし、それが足元で爆発してしまった者の末路は悲惨だ。
スタングレネードの樹脂製容器に空けられた無数の微小孔。
起爆の圧力により、微小孔から噴き出したアルミニウム粒子が直径5mの膜を形成する。
そして一気に空気中の酸素と結合し、発火することで、凄まじい閃光と音響パルスが空間を制圧した。
「アー! アー! アー!」
流石に耐久力が高いのか、白影は至近でスタングレネードを食らっても、目を抑えながら地面をゴロゴロと転がれている。
常人ならば気絶しても可笑しくはないというのに、その耐久力は流石自称NINJAだ。
そのままにしておくのは、助けられた身として恩知らず過ぎるので、転がっている白影を足で止めて、顔にポーションをぶちまける。
ほら、1000万の目薬だ。
たんとお飲み!
「ゲボッ、ゴボォッ」
鼻の穴や気管にポーションが入ってしまったのか、白影が思い切り咽てしまった。
フランス人形のような美少女として、してはいけない顔になっている。
「よーしよし、よーしよし」
可哀そうになってきたので、かつてのスウェーデンコンビ同様、落ち着くまで背中を擦ってやった。
白影は俺に縋り付きながら、涙と鼻水とポーションをダボダボと垂れ流している。
この光景が日本とフランス全土に流れていることを考えると、この娘の結婚相手は国外に求めるほか無いのかもしれない。
いや、でも、大丈夫でしょ!
だって美少女だもん!!
俺が今してやれることは、この娘の明るい未来を信じて背中を擦ってやることだけだった。
丁度良いタイミングで魔物集団が現れ、全てを知っていたかのようなベストタイミングでNINJAに助け出されたことは、この際、置いておくことにした。
「————えふぅ、えふぅ、酷い目にあったよぅ、うぅぅ」
ようやく落ち着いてきたのか、白影は素の口調で泣き言を言えるまで回復していた。
未だに俺の胸元にしがみつき、服を液体まみれにしていることは、助けて貰った手前見逃しておこう。
「白影、もう大丈夫か?」
「うぅぅぅ、もう少し、このまま」
俺の背中に回している手の力強さは、既に俺の筋力を超えていた。
大丈夫そうだ。
「大丈夫そうだな。
それは良いとして白影、先程は救援ありがとう。
助かったよ。
………… あと、なんかごめん」
最後の言葉だけ小声で、俺は救援の礼を言う。
どっから出てきたの? だとか、やけにタイミング良かったね、など言いたいこともあるが、言ったら恐ろしい闇が出てきそうで言えない。
できることなら俺のスタングレネードごと闇に葬りたい案件だ。
「大丈夫じゃないでござるぅ。
拙者はトモメ殿の唯一の忍び、主の危機に駆け付けるのはNINJAとして当然でござろう」
いつの間に彼女は俺の忍びになったのだろうか。
というか、それは政治的に大丈夫なのだろうか。
もしかして、彼女が俺の配下となった場合、フランスの面倒も見なければならないのだろうか。
人間関係の整理。
人類同盟との関係悪化。
高峰嬢の機嫌悪化。
フランスへの情報流出。
フランスへの外交的配慮。
フランス政府と国民への挨拶。
日本政府と国民への弁解。
新たに圧し掛かるフランス国民6000万の運命。
追加される資源ノルマ。
プライスレス!
脳内に駆け巡る疑問と問題の嵐。
そんな嵐は、俺を見上げる澱んだ蒼眼で強引に消し飛ばされる。
深い深い、どこまでも続く闇。
まるで彼女の装束のような漆黒の闇が、晴れ渡った空を彷彿とさせる二つの蒼い宝玉を包んでいた。
「あの女怪よりも、拙者は役に立つであろう?」
NINJAが なかまになりたそうに こっちをみている。
どうしますか?
・仲間にする
・仲間にしない
仲間にしないと、死亡フラグが立つんですね、分かります!
私、分かります!!
フランスと日本は、ズッ友だよ!