第三話 リンゴ飴と汚い花火
深い、深い森の中。
乱雑に切り倒された木々。
その合間を縫うように、大地に突き刺さった粗雑な杭。
何十本もの杭には、ゴブリン、ハーピー、ドラゴンなど、様々な魔物が生きたまま突き刺さっていた。
彼らの腕程もある木の杭が、肛門から口腔まで貫通している彼らは、文字通りの生き地獄を味わってる。
『ギィィィィ……』
『ピィィィィ……』
初めの頃は耳を塞いでも脳裏に突き刺さる、痛みと恥辱、恐怖と絶望が入り混じった絶叫を上げていた彼らも、時間と共にだんだんと衰弱していく。
今では碌に声も出せず、ただ涙を流している者までいる。
本来、串刺しにされている魔物達は、敵と勇猛果敢に戦い、敵と刺し違えてでも勝利する覚悟を持った勇士であった。
敵と戦い、そして無残にも敗北した。
その結末が、誇り、仲間、自由、それら全てを奪われた挙句、無理やり生かされているこの光景だ。
彼らの内心に渦巻く、後悔と悲しみは如何ほどのものか、想像するまでもないだろう。
『グゥォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』
突如、森の中に凄まじい雄叫びが轟いた。
魔物達の悲痛な叫び声はもちろん、内心の絶望まで一瞬のうちに吹き飛ばしてしまったその雄叫びは、彼らにとって、なじみ深いものだった。
大きく、強く、気高く、偉大で、勇猛で、そして何より、部下想いの敬愛する我らが連隊長。
絶望に包まれた彼らの心中、そこに芽生えた希望の芽。
『ガァァァァァァ』
『ブヒィィィィィ』
連隊長の雄叫びに続き、戦友達の雄叫びが空気を震わせる。
来た。
仲間が来た。
助けに来てくれた。
希望の芽は、瞬く間に成長し、天を衝くばかりの大樹となる。
『ギィィィィィィィィ!』
『ピィィィィィィィィ!』
魔物達は、残された力を振り絞って、戦友の声に応えた。
即座に、先程以上の雄叫びが森を駆け抜けてゆく。
すぐに助ける!
もう少しの辛抱だ!!
決して諦めるな!!!
囚われの戦友を鼓舞するかのような雄叫びに、魔物達はあらん限りの雄叫びで応えた。
彼らの雄叫びは共鳴し、森林地帯を包み込んだ。
そして、遂に、彼らの連隊長、部下を助けるために自らの直轄部隊を動かした漢。
鈍色の肌を持つ筋骨隆々の巨大なオーガが、森の中から姿を現した。
そのオーガに続くように、様々な種族の魔物が現れる。
俺達は助かった!
戦友を助けられた!
二つの想いが重なった時————
「感動の再会をおめでとう。
心ばかりだが、祝福の花火を上げてやろうじゃあないか」
視界を焼く強烈な閃光、そして大地を震わせる轟音。
「汚い花火はぐんまちゃんの十八番ですねー!
とっても素敵です!!」
初めてぐんまちゃんとダンジョンに行った時のことを思い出して、ドキドキしちゃいます! そう言って恥ずかしそうに頬を染める高嶺嬢。
俺はそんな彼女が全く気にならないほどの、罪悪感に襲われていた。
自分でやったことだけど、流石に人間としてどうよ?
自分に自分でドン引きだよ!
もしかしたら高峰嬢の狂気が感染してしまったのかもしれないな。
まあ、今はそんなことは良いだろう。
設置していたC4を、魔物集団の到着と同時に起爆したことにより、救援に駆け付けた魔物達は絶賛混乱中だ。
ここで退却を許してしまえば、再度同じ手を使ったとしても誘き出すことはできない。
「高嶺嬢、混乱中の魔物達を殲滅してきてくれ。
俺達は周辺で退却を図る敵を掃討する」
「分かりましたー。
今度は私が良い所を見せちゃいますよー!」
そう言うやいなや、高嶺嬢は刀を片手に駆け出して行った。
俺達は爆破の衝撃を避けるために、囮の位置から200mほど後方の簡易塹壕に隠れていた。
その程度の距離は、彼女の駿脚にとって目と鼻の先に過ぎない。
魔物達が発する混乱の鳴き声が、襲撃者に対する怒号へと変化するのに時間はかからなかった。
俺は8体の従者ロボから3体ずつ抽出して、2つの隊を編成し、それぞれ魔物集団の両横から掃討を命令する。
残りの従者ロボ2体は、護衛として俺と共にこちらへ急行する人類同盟への足止めだ。
串刺しにされた魔物達の絶叫、ダンジョン深部からの魔物集団の大移動、とどめに先程の大爆発。
人類同盟はもちろん、他国の探索チームを呼び寄せる要因は山ほどある。
無人機による哨戒網には、こちらへ真直ぐに向かっている人類同盟の先鋒が報告されていた。
彼らが高嶺嬢のもとに到着すれば、共闘の名の下に魔石を一定数差し出さなければならなくなる。
それを断るには、こちらの見掛け上の戦力は些か心許な過ぎた。
1000体超の魔物に挑む2人とロボ8体。
誰がどう考えても、大量の魔石に目がくらんだ蛮勇でしかない。
それに俺達日本は、既に3回も階層攻略を達成しており、他国から警戒されている可能性が十分ある。
こんな状況になっても政治闘争は存在している以上、俺達の強化を阻もうとする動きは必ず出るはずだ。
ならば、人類同盟が戦場に到着する前に彼らと話を着けるしかない。
俺は2体のロボ、最初期から付き従っている美少女と美少年を伴って、ここからでも確認できる全高20mの人型機動兵器に向かって歩き始めた。
もちろん、事前に迷彩を解いた無人機をあちらに遣わせるのも忘れない。
流石に気づかれないまま踏み潰されるのはごめんだ。
わざわざ投入する戦力を減らしてまで、政治取引を行わなければならない人類。
とってもすてきね!