29.ニーヴに捧げる永遠(とわ)の唄1
本編最終シリーズ(予定)になります。
終了後、番外編や後日談を書けたらいいなと思います^^
週一更新予定です。
どうぞよろしくお願いします。
カララン
軽快な音をたてて、ドアベルが鳴る。
「おはよう、コレットちゃん」
「あ、おはようございます、メリルさん」
コレットが開店の準備をしていると、隣の青果店のおかみ、メリルがやってきた。手には何やら丸めた紙を持っている。
「第二回、林檎を使ったお菓子大会?」
「あぁ、そうなんだよ。今年もやろうと思ってね。このポスター、店に貼ってくれるかい?」
「えぇ、もちろんです。
……もう一年ですか」
「そうだねぇ」
メリルからポスターを受け取ったコレットは、広げて店の壁に貼りながら感慨深げにつぶやく。
コレットが、ティル・ナ・ノーグで店を開いて早二年。
今では順調に客足も伸び、たくさんの知人友人に囲まれているが、去年の今頃はそこまでではなかった。
とにかく毎日必死で、余裕もなく、一人見知らぬ土地で店を切り盛りするために肩肘を張っていた。メリルというよき隣人に恵まれ、それなりの生活はできていたが、どこかで無理をしていたように思う。それに気づかせてくれたのは、コレットの危機を救ってくれた大きな背中――
「それでね、去年の優勝者のコレットちゃんには、審査員で参加してもらおうと思うんだけど、どうだい?」
「えっ、私が審査員ですか?」
「うん。コレットちゃんも出品したいかもしれないけどさ。商店街のためには、いろんな店が注目されたほうがいいと思うんだ」
”お菓子大会優勝”という看板は、かなりの宣伝効果があることは、コレットの店で実証済みだ。より多くの店が菓子大会を通じて知れ渡れば、商店街の活性化になる。
「私なんかが審査をしていいのかしら」
「もちろんさ。この大会を今後も続けていこうって商店街の有志で話し合いをしたときにさ、前年度の優勝者を審査員で招いたらおもしろいんじゃないかって話になったんだよ。
菓子店同士の交流にもなるだろ? 他にも、菓子好きの一般市民から審査員を募集する予定なんだ。みんなで作る菓子大会にしたんだよ」
菓子好きの一般市民と聞いて、コレットはクラウスを思い浮かべてくすりと笑う。およそ菓子などと縁のなさそうな彼が、おいしそうにお菓子を食べ職人顔負けの知識を披露したら、みんなさぞかし驚くだろう。
「引き受けてくれる気になったかい?」
「えぇ。私でお役に立てるなら」
コレットの返事を受けて、メリルは満足そうにうなずく。
「よぉし、今年も盛り上げるよ! 詳しいことはまたあとで知らせるから、この日だけ空けといておくれね」
「わかりました」
自分の店に戻るメリルを見送って、コレットも開店準備の続きをする。
ティル・ナ・ノーグの街は、今日も快晴だ。
晴れ渡る青空を眺め、コレットはきゅっと髪のリボンを結び直した。
カラランとドアベルが鳴る。
今日、”コレットの菓子工房”に一番にやってきたのは、白髪まじりの灰色の髪を高く結い上げた、落ち着いた物腰の女性だった。歳の頃は四十代後半だろうか。
「コレットさん、こんにちは。何か新作はあるかしら」
「サリさん、いらっしゃいませ。ここのところお天気のいい日が続いて暑いくらいだったので、ゼリーをご用意してみました」
「まぁ、涼しげでいいですわね!」
サリはふくよかな体を嬉しげに揺らし、飾り棚の中をのぞき込む。飾り棚の中には、定番の菓子の他に、透明な器に入った色とりどりのゼリーが並んでいた。
「どれも果物がたっぷり乗って、おいしそうですわぁ!
あら? これは?」
サリが目を留めたのは、飾り棚の奥に隠すように置かれていた、一つだけ趣の異なったゼリー。奥にあるのでよく見えないが、他のものは果物が乗っているのに対し、その一つだけは林檎の花が乗っていた。
「あ、これは……。作ってはみたんですが、見た目がどうかなぁと思って、ちょっと避けておいたんです。サリさんなら大丈夫かしら。お時間ありましたら、試食していっていただけませんか?」
「試食! まぁ! 喜んで!
コレットさんの新作を試食させていただけるなんて、光栄ですわ!」
サリは両手を胸の前で組み、飛び跳ねんばかりに喜ぶ。このサリ、城塞都市ティル・ナ・ノーグを治めるノイシュ・ルージュブランシュ・ティル・ナ・ノーグ公爵に仕えるメイド長であるが、たいへんな食い道楽で、しばしば城を抜け出しては市中の店を食べ歩いていた。
「お茶は花茶でよろしいですか?」
「もちろんですわ。ありがとうございます!」
いそいそとカフェコーナーの椅子に座ったサリは、コレットがお茶を淹れるのをうっとりと眺める。
店内に広がる菓子の甘い香りと華やかなお茶の香りに包まれ、サリはなんとも幸せな気分になった。
ことり。
お茶を淹れ終わったコレットが、ティーカップとともに林檎の花の乗ったゼリーをサリの前に置く。
「白い花が黄緑色のジュレの上に乗って、とってもきれいですわぁ。
どうしてこれが他の方に出せな……、あ、ラミナ!」
「あは、そうなんです」
スプーンで花をつついていたサリは、林檎の花の下に、紫色の物体があることに気づいた。周りのジュレより固めのそれは、つやつやした体といいくりっとした目といい細長いしっぽといい、ティル・ナ・ノーグに生息する花蜥蜴にそっくりだった。
「赤藻と黒葡萄の皮で色をつけて固めたところまではよかったのですが、型から抜いてみたらやけに本物そっくりで……。ちょっと食べるには抵抗があるかな、と」
ラミナは、花木に棲む生き物である。自ら背中に宿り木と同じ種子を埋め込み花を寄生させ、その花に寄ってきた虫を食べる。害虫駆除に便利なので、ティル・ナ・ノーグの林檎農家ではたいへん重宝している。おとなしい性格で人に危害を加えることはないが、蜥蜴は蜥蜴である。若い女性には嫌われがちなのは確かだ。
しかし、美味しいと聞けば例えそれがどんなゲテモノだろうが食すサリには関係ない。
「かわいいラミナちゃん! いただきます」
林檎の花は飾りだというので皿の上に避け、サリはラミナのしっぽの部分にスプーンを入れる。周りの黄緑色のジュレと一緒に食べると、さわやかなミントの香りと黒葡萄の濃厚な甘みが口の中に広がった。
「んんっ、美味しい!」
「ありがとうございます」
コレットはほっとしたように微笑む。形や色など試行錯誤を重ねて作ったのはいいが、できあがってみたら、この見た目ではお客さんによっては敬遠するかもしれない、と思ったのだ。それでも、せっかく作ったのだから誰かに食べてほしい。しかも、できれば女性に。そんな風に思っていたところに、ちょうどやってきたのがサリだった。
「あら、別に女性に限定なさらなくても、分隊長殿だって召し上がるでしょう?」
「そうなんですけど、いつもいつもクラウス様にお願いするわけには……。え、あの、サリさん、なんで知って……」
ジュレの下の、赤葡萄と白葡萄のムースが層になっている部分を味わっていたサリは、コレットの言葉を受けてにんまりと笑う。
「ブランネージュ城一の情報通と言われた私に、知らぬことなどありませんわ。
お二人の噂話は、メイドたちの一番の好物ですのよ」
「えぇ? お、お城の方々の、好物?」
クラウスを通じて、少しは領主やその居城の話が身近になってきたコレットであるが、突然自分たちのことが城のメイドたちの間で噂されていると聞き、白い頬を真っ赤に染める。
「ほほっ、城勤めのメイドたちも、甘いものには目がありません。コレットさんのお菓子も、ほら、そこにもポスターが貼ってありますけど、去年のお菓子の大会で知って、みんな大好きなんですよ。
で、クラウス分隊長といえば、硬派で有名なお方。その方と新進気鋭の菓子職人の恋愛話と聞いて、メイドたちが飛びつかないわけがありませんわ」
「~~~っ」
自分の作る菓子を、好きだといってもらえるのは嬉しい。けれど、それに噂話がついているとは。
あまりの恥ずかしさに、コレットはお盆で顔を隠して縮こまる。
「元々、クラウス分隊長がこちらのお店に足繁く通ってるようだという話はあったのですよ。そのうち、コレットさんも隊舎にお顔を出すようになったでしょう? これはもしやと……。
さらに十八分隊の補佐官はエメリッヒ。彼は、あの調子のよさで昔からメイドたちと仲がいいのですわ。私も彼とはよく情報交換をさせてもらって……、あら? コレットさん、どうなさいました?」
サリが得意げに話している間に、コレットはどんどん小さくなって、しまいには床にしゃがみ込んでしまった。
一つに結った髪の隙間から見えるうなじが赤い。
「サリさん、もう十分です。自分のそういう話って、恥ずかしくて……」
「まぁ、どうしてですの?
もふカフェでデートなさってたとか、大通りのベンチで夕日を眺めてたとか、どれもほほえましいお話ばかりですわ。別に抱き合ってたとかキスしてたとか言ったわけじゃ」
「サササ、サリさん!」
さらに具体的に話を始めたサリの口を、コレットは飛び上がって両手で塞ぐ。
「もがっ、んぐぐ」
コレットに口を塞がれたサリは、何やら言おうとするが、言葉にならない。コレットは店の扉を伺い、他の客がいないことを確かめてからそっと手を離した。
「(お、大きな声で、そんなことおっしゃるのやめてくださいっ)」
「声をひそめなくたって、他に誰もいませんわ」
「(いなくてもだめです! は、恥ずかしいです!)」
「恋人同士ですもの、キスしたってハグしたっていいじゃありませんか」
「(キッ、ハッ……!
し、しません、そんなこと)」
「しないのですか?」
「(し、しま……)」
「しますわよね?」
「(……)」
「コレットさん、先ほどよりさらにお顔が赤いですわよ?
ふふっ、お菓子よりも甘いお話、ごちそうさまでした」
花蜥蜴のゼリーを食べ終えたサリは、お茶を飲み干し、優雅に手布で口元を拭く。
「うう、ありがとうございます。このお菓子は、もう少し改良してみます」
「そうですか? このままでも十分かわいらしいと思いますけど。お味も抜群ですしね。
そうですわ、今度城でお茶会を開くのですが、もしよろしければそのときのお菓子にさせていただけませんか?」
「これを、お城の?」
「えぇ。外国からのお客様もお招きするので、ティル・ナ・ノーグの文化や風土をお話するいいきっかけになると思うのです。実は今日お伺いしたのも、そのお茶会用のお菓子を注文しようと思ってのことですの」
「そうだったんですか」
型はあるので、同じものを作るのはそう難しいことではない。花蜥蜴の色をもっと柔らかい色にすれば、女性からも敬遠されないかもしれない。それは、いいのだが。
「さきほどのお話を聞いた上でお城にお伺いするのは、勇気がいります……」
ブランネージュ城に搬入する菓子を作るとなると、打ち合わせや検査で城に行く必要があるだろう。サリの話を聞く前なら、偶然クラウスに会えるかもと嬉しくなったが、メイドたちの噂話にされるようでは、極力会わないように避けなければならない。
「大丈夫ですわ。お二人がそろっているところを生で見られるなんて、私たちの労働意欲も向上するというもの」
「それが嫌なんですっ
んもう、サリさんたら。
それに、外国のお客様へお出しするなら、私よりももっとふさわしい作り手がいるのでは……」
「城の料理長もがんばってはいるのですけどね。地元のものをご紹介するのも、大事なことでしょう? ノイシュ様も、コレットさんのお菓子を一度召し上がりたいとおっしゃってましたの。考えてみていただけませんか?」
領主たるノイシュ・ルージュブランシュ・ティル・ナ・ノーグ公爵に望まれているとあらば、作らないわけにはいかない。コレットは、渋々「考えてみます」と返事をして、自分用の菓子を大量に買って帰るサリを見送った。




