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第9話 誰も言い出していない噂(後編)

4


効果は、三日で出た。


昇降口の掲示の前には、最初こそ人だかりができたが、赤丸の意味を確かめた生徒から順に、潮が引くように関心を失っていった。


曖昧さを失った噂は、話の種としての商品価値も失うのである。部長会経由の逆流はさらに速く、週明けには「あれ、デマだったらしいよ」という新しい雪崩が、勝手に校内を転がっていた。今度は、正しい雪崩だった。


保留されていた退部届31枚のうち、面談を経て実際に受理されたのは4枚。残りは本人の申し出で取り下げられた。文芸部の一年生は、退部届の代わりに部誌四十一号の企画書を柏木さんに提出したという。


「…というわけで、一件落着。剛田先生からは『助かった』と、なぜかカップの豚汁を一箱もらったわ」


定例会で籠宮は上機嫌に報告した。が、報告を聞く明の顔は、晴れていなかった。


「書記くん? 解決したのに、また不満そうね」


「……解決はしました。ただ、宿題が残ってるんです。僕、この一週間、噂を遡ってたんですよ。聞き取りで、『誰から聞いたか』を、順番に、辿れるだけ辿った」


明は、聞き取りメモの束を机に置いた。ページの端に、矢印だらけの相関図が書いてある。


「普通、こういう噂は、辿れば発生源に近づくんです。勘違いした誰か、盛って話した誰か、そういう震源が。ところが今回は、辿っても辿っても、『クラスの誰かから』『先輩から』で、矢印がぐるぐる回るだけで…最後に、妙な行き止まりに突き当たりました。それも、三箇所」


「三箇所?」


「互いに面識のない三人の生徒です。一人は冬休み明けの電車の中で、一人は駅前のファストフードで、一人は本屋のレジの列で。三人とも、『知らない大人の女の人が、電話で話してるのを立ち聞きした』と言うんです。『来年度から内申の特別活動評価が廃止されるって、もう決まってるらしい』という電話を。


時期は全員、始業式前後の同じ一週間。場所はばらばら。……これ、噂の生まれ方として、変なんですよ。勘違いや盛り話は、顔の見える人間関係の中から生まれます。誰のものでもない声が、学園の外の三箇所で、同じ週に、同じ内容で聞こえるなんてことは…」


明は言葉を切って、言い直した。


「これが撒かれた種なら、話は別ですが」


生徒会室が静かになった。八田の電卓の音も止まっている。


「三人の記憶にある女性の風体は、ばらばらでした。スーツだった気がする、コートだった、よく覚えてない。ただ、本屋の子だけが、ひとつ覚えてました。『きれいな声で、なんだか楽しそうに話してた』。


……それと、『マフラーだったかストールだったか、変わった編み目みたいな柄の物を巻いてた』と」


明の脳裏に、いくつかの映像が続けざまに流れた。フードの縁の刺繍。委員たちが証言したOGのストール。舶来手帳の箔押し。


偶然。偶然だ。編み目柄の巻き物なんて、冬の街に何百とある。


だが、偶然という言葉の在庫が、そろそろ切れかけていることも、明は自覚し始めていた。


「……ふうん。愉快犯かしらね。手の込んだ」


籠宮の声は、いつもどおり軽かった。


誰も傷ついていない。今回も、結局は、前より良くなって終わった。部長会は結束したし、噂への免疫も学園についた。だから、いい。いいのだ。


でも、と籠宮は思う。’’ 撒かれた種 ’’と仰木は言った。もし本当に誰かが種を撒いているのなら。その誰かは、種の撒き先にこの学園を選んだ理由があるはずで。



「さ、次の議題!! 豚汁常設化の陳情、三件目が来てるわよ。オーダーよ書記くん、却下の文面を考えなさい」


「それ僕の仕事ですかね……」


窓の外では、一月の日が暮れていく。聞き取りメモの束は、その夜例の引き出しに加わった。引き出しの中身は、また少し増えた。



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