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第6.5話 7対3の撤退宣言(前編)

6話と7話の間に一話急きょ思いついたので、6.5話として書きました。



1


’’ これは文化祭直前で、あったかもしれない物語 ’’


その日の昼休み、生徒会室の戸を開けて飛び込んできたのは、小林 恵だった。手にスマホを握りしめている。


「さっちー、これ見て! ありえないから!」


籠宮 沙知代が差し出された画面を覗き込む。仰木 明も横から見た。クラスのグループチャットの画面だった。


『【合同模擬店・収益配分について】 二年一組代表・久我です。 今回の合同クレープ店の収益は、一組:三組=7:3で配分します。 機材のレンタル、材料の初期仕入れ、出店登録料はすべて一組が負担しており、出資のリスクを負っているのは一組だからです。 以上、決定事項としてお知らせします』


その下に、三組側の返信が並んでいる。


『は?』 『決定事項って何』 『こっちは40人で二日間シフト回すんだけど』 『勝手に決めんな』


そして、最後の一行。


『二年三組・模擬店リーダー真田です。 その配分なら、三組は合同出店から撤退します。シフトは全員引き上げます』


「撤退、ですか」明は画面を見たまま言った。「二日前に?」


「早紀、本気だよ。昨日の夜からクラス全員、怒ってるもん。あたしも怒ってる」


恵の声には珍しく棘があった。


事情はこうだった。今年、二年一組と三組は合同でクレープの模擬店を出す。一組が鉄板二台と冷蔵ショーケースを業者から借り、初回の材料を仕入れ、出店登録を済ませた。


三組は店の飾りつけ、メニュー作り、そして二日間の店番を受け持つ。一組は同時に演劇の舞台も抱えているので、人手を出せない。持ちつ持たれつの分業のはずだった。


「でもさ、店に立つの、ほぼ全部うちのクラスなんだよ? 飾りつけも三週間かけてやった。それで三割って何。しかも相談もなしに『決定事項』って」


「一組が撤退されたら、どうなるんですか」


「店番がいないから、一組は店を開けられない。うちは機材がないから、店を出せない」


「両方ゼロ、ですか」


「そうだよ。でもいいの。馬鹿にされたまま七割持っていかれるくらいなら、ゼロでいい。クラスのみんな、そう言ってる」


明は少し黙った。籠宮が、湯呑みを置いて言う。


「書記くん。これ、生徒会の案件よね。合同出店の登録は生徒会の承認事項だし、三日前に一店舗まるごと消えたら配置図からやり直しよ」


「分かってます。……恵さん、一つだけ聞いていいですか」


「何」


「一組の案が6対4だったら、撤退しましたか」


恵は口を開きかけて、止まった。


「……分かんない。たぶん、それでも怒ってた。だって、勝手に決めたんだもん」


「7対3だから怒ってるのか。勝手に決められたから怒ってるのか。どっちなのか、そこが大事なんです」


明は立ち上がった。


「両方のリーダーに、放課後ここへ来てもらってください。三組は真田さん、一組は久我先輩で。会長、立ち会いをお願いします」


「もちろん。ふふ、修羅場ね」


「楽しそうに言わないでください」


2


放課後の生徒会室は、空気が重かった。


長机の片側に二年三組の真田早紀。腕を組み、口を真一文字に結んでいる。隣には恵と、三組の男子がもう一人。柴という名の、口数の少ない男子だった。真田さんの横で、黙って彼女の分の資料を揃えている。


向かいに二年一組の久我。眼鏡をかけた細身の男子で、収支の計算表を前に置いている。表情は硬いが、引く気配はない。


議長席に籠宮、その隣に明。


「始める前に言っておきます」明が言った。


「今日は、どっちが正しいかを決める場じゃありません。三日後に店が開くかどうかを決める場です。それでいいですか」


二人とも、しぶしぶ頷いた。


「では久我先輩。7対3の根拠を、もう一度聞かせてください」


久我は計算表を滑らせた。


「機材レンタル3万6千円。初回の材料2万4千円。合計6万円、全部一組が出した。売れ残ろうが雨で客が来なかろうが、6万円は返ってこない。損をかぶるのは一組だけなんだ。リスクを負った側が多く取るのは、商売なら当たり前だろう」


「店に立たなきゃ一円も売れないでしょ」真田さんが即座に返す。「四十人が二日間、立ちっぱなしでクレープ焼くの。それはタダなわけ?」


「タダとは言ってない。だから3割――」


「3割を決めたのは誰?」


「……一組の、話し合いで」


「三組は入ってないよね、その話し合いに」


久我は言葉に詰まった。真田さんは畳みかけない。ただ、黙って彼を見た。


明は手を挙げて、二人の間に入った。


「いったん、お二人とも止まってください。ちょっとだけ、ゲームをさせてもらえますか。すぐ終わります」


「ゲーム?」


明は財布から千円札を一枚出して、机の真ん中に置いた。


「恵さん、協力してください。今からこの千円を、僕と恵さんで分けます。分け方を決めるのは僕です。恵さんは、僕の提案を受けるか断るかだけ選べます。受けたら提案どおりに分ける。断ったら、千円は二人とも一円ももらえずに没収。一回きりです」


「……うん」


「僕の提案。僕が九百円、恵さんが百円」


「断る」


即答だった。


「断ったら恵さんはゼロですよ。受ければ百円もらえるのに」


「百円で馬鹿にされるくらいなら、ゼロでいい。明くんも九百円もらえないんだから、ざまあみろだよ」


「はい。今、恵さんがやったことが、この件の全部です」


明は千円札を財布に戻した。


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