第十一章:祭りの灯と、寄り添う二人
年に一度の祭りは、町全体を彩る特別な夜。
その灯りの下で、二人はようやく、隠すことのない自分たちの姿を、堂々と見せることができるようになっていた。
「明日から、収穫祭が始まるんですって!」
朝食の席で、彩が興奮気味に声を上げた。ギルドで貰ってきたという告知の紙を、紅蓮に見せる。
「収穫祭、か」
「町中が屋台で埋め尽くされて、夜には花火も上がるらしいです。行ってみませんか?」
彩の瞳が、期待に満ちてきらきらと輝いていた。紅蓮はその表情を見て、小さく頷いた。
「ああ、行くとしよう」
翌日の夕暮れ、二人は祭りの会場へと向かった。大通りには、所狭しと屋台が立ち並び、赤や黄色の提灯が夕闇の中で柔らかく灯り始めていた。
「わあ……!」
彩は思わず声を上げた。祭りらしい賑わいを、彼女はこれまでの人生でほとんど経験したことがなかった。村では、彼女がこうした場に顔を出せば、必ず視線と陰口が付きまとっていたから。
しかし、今この場所には、そんな怯えは一切なかった。
「何か、食べたいものはあるか」
紅蓮が尋ねると、彩は屋台の並びを見渡しながら、目を輝かせた。
「あの串焼き、美味しそうです! あと、あっちの綿菓子も」
「よし、両方だ」
紅蓮は迷うことなく、両方の屋台に向かい、彩の分と自分の分を買い求めた。彩は差し出された綿菓子を受け取りながら、幸せそうに微笑んだ。
「ふふ、子供みたいですね、わたし」
「構わないだろう。楽しんでいるなら」
紅蓮の素っ気ない、しかし優しい言葉に、彩の頬が緩んだ。
祭りの会場を歩いていると、見知った顔が次々と声をかけてきた。
「よう、二人とも! 今日も仲良くだな!」
先日の市場の青年が、笑顔で手を振ってきた。彩も自然に手を振り返す。
「今日は楽しんでいってくれよ! あ、そうだ――」
青年は少し悪戯っぽい笑みを浮かべ、近くの的当て屋台を指差した。
「あそこの屋台、景品が豪華なんだ。お前ら、腕試ししてみたらどうだ? 特に、そこの兄さんはさ」
紅蓮は屋台に視線を向けた。木製の的が並び、輪投げの要領で景品を狙うゲームのようだった。
「やってみるか」
「え、でも……」
彩が言い終わる前に、紅蓮はすでに屋台の店主に金を払っていた。
「一投で構わないんだろう?」
「あ、ああ……お客さん、加減してくれよな。これでも、そこそこの強度で作ってあるんだが……」
店主の忠告など気にも留めず、紅蓮は軽く輪を投げた。
パァン――!
木製の的が、あまりの衝撃に真っ二つに割れた。
周囲がどよめいた。
「な、なんつー威力だ……」
店主は呆然としながらも、慌てて一番大きな景品――大きな熊のぬいぐるみを差し出した。
「こ、これで勘弁してくれ……!」
紅蓮はそのぬいぐるみを受け取ると、当然のように彩へと差し出した。
「お前にやる」
「え、わたしに……?」
彩は驚きながらも、嬉しそうにそれを受け取った。大きなぬいぐるみを抱きしめる彼女の姿は、年相応の少女のように無邪気だった。
「ありがとうございます、紅蓮さん」
「……当然のことをしたまでだ」
紅蓮はそっぽを向きながら答えたが、その口元には隠しきれない満足げな笑みが浮かんでいた。
夜が更けると、会場の中心に人々が集まり始めた。花火が上がる時間が近づいていた。
「紅蓮さん、こっちです! 良く見える場所を見つけました!」
彩に手を引かれ、紅蓮は小高い丘へと案内された。町全体を見渡せる、静かな場所だった。
二人が並んで腰を下ろすと同時に、夜空に最初の花火が打ち上がった。
ドン――!
色とりどりの光が、夜空いっぱいに咲き誇る。彩は感嘆の声を上げながら、その光景に見入っていた。
「綺麗……」
「ああ」
紅蓮もまた、花火を見上げていた。しかし、彼の視線は時折、隣に座る彩の横顔へと向けられていた。花火の光に照らされた彼女の瞳――左右で異なる色を宿したその瞳が、これまで以上に美しく輝いて見えた。
「紅蓮さん? どうかしましたか?」
彩が視線に気づいて振り向くと、紅蓮は静かに首を振った。
「いや……お前の方が、花火より綺麗だと思っただけだ」
「――っ!」
彩の顔が、花火の色よりも赤く染まった。
「な、なに言って……!」
「事実を言ったまでだ」
紅蓮は素知らぬ顔で、再び夜空を見上げた。彩は真っ赤な顔のまま、そっと彼の肩に頭を預けた。
「……ずるいです、そういうの」
「そうか」
紅蓮は小さく笑うと、彼女の肩をそっと抱き寄せた。夜空に咲き続ける花火の下、二人はしっかりと寄り添いながら、その特別な夜を静かに味わっていた。
町の人々の視線が、時折二人に向けられていたが、もう彩はそれを恐れることはなかった。むしろ、誰の目にも、自分たちが確かな絆で結ばれた一組の恋人同士として映っていることが、誇らしくさえあった。
祭りの灯りの下、二人は初めて、隠すことなく寄り添う姿を町の人々に見せた。
大きな熊のぬいぐるみを抱きしめながら、彩は思う――こんな幸せな夜が、自分の人生に訪れるとは、かつては想像すらできなかったと。
花火が夜空を彩る中、紅蓮もまた、静かに誓っていた。この温もりを、何があっても守り抜くと。
平穏な日々は、まだしばらく続く――そう、二人は信じていた。




