正義感で動いただけの男が、気づけば“異常転移者”として世界に排除されていた
今日からまた新しい物語を始めます。皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。
その日、雨は降っていなかった。 なのに、オフィスの空気は妙に湿っていた。
平凡な会社員・ヒゲロは、昼休みの終わりに近い社内フロアで、それを見てしまった。
部長──いわゆる社長の腰巾着たちが、一人の同僚を囲んでいる。
「お前さ、数字舐めてるだろ?」 「使えねぇな、本当に」
声は笑っていた。だが笑いではなかった。 それはただの“処刑前の儀式”だった。
同僚は何も言い返せないまま、ただ縮こまっていた。
ヒゲロは、最初は見なかったふりをした。 社会では、それが正しいとされているからだ。
だが、次の言葉で止まった。
「お前みたいなの、いらねぇんだよ」
その瞬間、何かが切れた。
ヒゲロは歩み寄った。
「……やめた方がいいと思います」
一瞬、空気が止まった。
そして、笑い声が爆発した。
「は?」「お前今なんつった?」
次の瞬間だった。
社長の側近たちが、なぜか同時に腰を落とした。
まるでアメリカンフットボールのスナップ体勢。
「おい、あれ……」 「やる気か?」
ヒゲロは理解できなかった。 理解する前に、世界が動いた。
「タックルだ」
誰かがそう言った。
そして彼らは本当に、アメフトの選手のように突進した。
人間の動きではなかった。 ただの暴力の塊だった。
ヒゲロの視界が白く弾ける。 骨が軋む音。 空気が裏返る感覚。
そのまま、彼の体はオフィスの床を離れた。
(……あ、これ死ぬやつだ)
妙に冷静な思考が最後に浮かぶ。
次の瞬間、世界は終わった。
――そして、目が覚めた。
見知らぬ空。 見知らぬ大地。
空は紫色に歪み、地平線はどこまでも不自然だった。
誰かの声が響く。
「転移成功体、確認」
ヒゲロはゆっくりと立ち上がる。
そこで初めて、自分の中に“何か”があることに気づいた。
胸の奥で、黒い水のように揺れる感覚。
それは名前を持っていた。
『Nightmarebending Level 40』
「……なんだ、これ」
理解できない。 だが、理解しなくても“わかってしまう”。
この力は──他人の“恐怖”を現実にする。
そういう種類のものだ。
風が止まった。
遠くで誰かが叫んでいる。
「異常転移者だ! 警戒しろ!」
だがヒゲロはまだ知らない。
この世界は、すでに彼を“危険物”として認識していることを。
そして、まだ誰も知らない。
この力が“何を恐怖と定義するか”を決めるのは──彼自身であるということを。
(第1章 終わり)
この第1話を楽しんでいただけたでしょうか。次のエピソードは近いうちにアップロードします。




