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メルティ✕ギルティ〜その少女はやがて暗夜をも統べる〜  作者: びば!
2章。学園編〜それは、蝕まれた憧れ・上
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58。「舞台裏」の「舞台裏」

あ、ツェドリカちゃん、一人称が僕になりました。シナリオの都合上です。

人格(アカウント)凍結(ブロック)】が効かない。


 その事実に、私の体は一瞬だけ硬直しました。


 唯一よかった点は、目くらましにはなったこと。

 おかげで、もう一度隠れるチャンスが得られました。


(それにしても……どうして効かなかったのでしょうか)


 人格を凍結させることができない。ならば考えられることは二つ。


 一、複数の人格がある。

 二、人格がない。


 一は、メルティちゃんに近いパターンです。

 だいぶ前のお話ですが、メルティちゃんが【ナナ】ちゃんに取り憑かれた事がありました。

 確かそのときは、魔法【人格(アカウント)凍結(ブロック)】で【ナナ】ちゃんに退場していただいて、メルティちゃんを起こした覚えがあります。


 だから願わくば彼が、多重人格みたいなタイプであってほしいです。

 対処法だけは明確ですから。


 しかし、もしも「人格がない」タイプとしたら―――?

 あるいは誰かに操られていたら―――?


 打つ手がありません。


 ここでは大技は使えないからです。


(……一度トルジャン君を治癒してもらったほうがいいのでしょうか)

(ですが魔法には反応するようなので、迂闊に使うのは控えたほうがいいですよね)


 カジュちゃんを撫でて落ち着かせながら、トルジャン君をどうやって救出させるか思い巡らせる私。


 するとその時、私の視界に一人の女の子が映り込みました。

 ゆらりと姿を現し、そして大男の横まで軽やかに足を運びました。


 ―――私たちと見間違えたのか、それとも他に理由(ワケ)があるのか。

 彼はその少女を見つけると重低音の唸り声をあげた。

 背中に腕を回し、肉厚な斧を一本取り出す―――。


「……!?」


 しかしその禍々しい斧を振り回す間もなく、彼は地面に転がりました。

 質量にものを言わせたその肉体が腐葉土に叩きつけられると、塵埃が辺りに舞い上がりました。


「何、勝手なことをしている」


 ―――聞き慣れた声。


 視野が晴れ、浮び上がるその姿。

 生徒総括―――ツェドリカ・ゾナンブルーマ。


 前々から不穏な噂は聞いていましたが、まさかここで出会うとは思いませんでした。

 単純に、私たちを助けたと思えば楽だったのかもしれません。

 けれど、そうではない気がしてならないのです。



「ツェドリカ様」

 カジュちゃんが飛び出そうとします。

 すかさず私は彼女の口を押さえて、引き止めました。


 なにも知らない人から見れば、確かにツェドリカさんがヒーローのように映るのかもしれません。致し方ないことです。


 不可解そうに私の顔を覗き込むカジュちゃん。

 ごめんなさい。

 今は説明している場合ではありません。


「……この子は何?」

「……」


 ツェドリカさんが、大男を踏みつけたまま問い詰めています。

 顎で指し示す先は、アザだらけで転がっているトルジャン君。


 男は大粒の涙を零しながら、無言を貫いていました。

 涙だけを見て、心を緩ませる人もいるでしょう。

 しかし私とカジュは見てしまったのです。

 知ってしまったのです。


 ―――彼の涙は、暴力の前兆だと。


 ロウソクの影は大きく伸び、まるで生き物のようにうねっています。

 分岐し、融合し、断つことのできない縄のようになって、男の四肢そして首を絞めあげています。

 ぎちり。

 ぎちり。

 人体からは聞こえたくなかった音が、つぎつぎと耳に伝わってきます。


 せっかく心を強く持ったカジュちゃんでさえ、両耳を強く抑えていました。

 私だって同じようにしたいですが、二人共外の状況を知らないのは危険すぎます。


 ようやく、男は口を開きます。


「ぁあぁ……【影】よ。ついには我をも忘れたか」

「……僕を呼ぶな」


(影……ツェドリカさんのことですよね)

(やっぱりこの影ってツェドリカさんの魔法でしょうか)


「……ぁあぁ……かわいそうな、かわいそうな……。かわいそうな、あの男児は……」

「黙っとけ。オレが聞きたいのはそういうものではない」


 縄のような影を片手に握り、ツェドリカさんは男の顔面に踵をつきつけた。


「かわいそう? 馬鹿みてぇだな。相手の価値ばかり決めたがる奴ほど、可哀想なやつはいねぇよ」


 ツェドリカさんは言葉を続けました。


「オレが聞いてんのは、なぜ勝手に行動してんのか、だ。はっきり答えろ。臭い口はこっち向けるな。答えろ」

「ぁあぁ……そちらが縛っているというのに、無理難題を」

「……いいから答えろ」


 男はためらうことなく、答えた。


「……ぁあぁ……神よ。わたしが求める母体は貴方様です。なのに……それなのに、どうして()()()()()()()()に運命を決められねばならないのですか」


 怨恨。

 悔恨。


 横から、カジュちゃんが小声で尋ねてきます。

 理解できるの、と。

 私は頭を横に振りました。

 宗教のお勉強はしましたが、残念ながら暗記事項が多すぎて苦手なのです。これは難解すぎます。


 ただ、わかったことは一つ。

 ツェドリカさんは、たぶん何か危ないことをしています。

 確定はできませんが、たぶん宗教がらみのお話です。


 ややこしくなってきました。



「よく聞いとけ。お前らの宗教の事情なんて知ったこっちゃねぇ。お前らが作っている『幼児』らも、王女らとの関係も、オレは手出ししないと決めている。……(あいつら)と、同じ道を選びたくないからだ」



「僕がお前らを招いたのは、都合がいいからだ。お前らを自由にさせたのは、そのほうが注目がお前らに向いて、僕の用意が進めやすくなるからだ」



「お前らは、僕の駒でしかない」



 都合。

 もし間違いなければ、たぶんメルティちゃんを狙っていることを指しているのでしょう。


 ということは、メルティちゃんを襲いやすくするように、もっと大きな問題をもってきたということでしょうか。

 自分の行動が、影に埋もれるように。



 聞けば聞くほど、頭が真っ白になっていきます。

 知れば知るほど、わからなくなっていきます。


 これはもはや、私が立ち入っていい世界では無いような気がしました。



 ―――はぁ。



 大きなため息。

 大男のものです。


「ぁあぁ……かわいそうに……」

「何がだ」

「【影】よ……。貴女のことだ」

「……っ。なぜ僕をかわいそうだと言い切れる。僕の幸不幸は、お前が言って決まるもんじゃねぇよ」



「……ぁあぁ……【影】よ。……かわいそうに。光無しに、影があると思うのか。親無しに、名があると思うのか」

「……」


 よほど響いたのか、ツェドリカさんは苦虫を噛み潰したような顔をしました。


「……何が言いたい」


「……【影】よ。貴女がもし、狂った大人三人を『好きに操れている』とおもうならば……ぁあぁ、かわいそうなことよ。そんなはずがなかろう。……【影】よ。貴女は、良いように仄めかされ、利用されているだけ」


 男は徐ろに立ち上がりました。

 ツェドリカさんに、縛り付けられていたはずなのに。


 男は赤子で作った酒樽を肩に抱え、そして冷笑するようにして言い残しました。



「利用されているのは、貴女のほうだ―――【影】よ」



 男は霧に紛れて、やがて姿を消しました。

 しばらくは佇んでいたツェドリカさんも、煤のような影に溶けてしまいました。


 夏らしからぬ冷気が吹き抜ける森に、取り残される私たち。


「……」

「カジュちゃん?」

「……あ、え。……うん。トルを回収してくる、ね」

「ある程度回復させたら、うちのテントに連れて行きましょう。……今日のために、薬草を用意してありますから」

「キツネちゃん……ありがとう」




 ―――ばさばさ。

 ばさばさ。


 不吉な羽音。

 掠れた鳴き声。



 樹海が切り取る夜空を、無数の烏が横切りました。


「―――メルティ、ちゃん……?」


 返事は、当然ありません。

 ただ、行き急ぐ烏に伸ばしきれない手は虚しく。


 私は、目を瞑るのでした。

そろそろ衝突ですね。


次回は10/6木曜日です。お楽しみに。

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