59。パニック
雲行きが怪しくなっていきます
翌朝。
各エリアで巡回を行なっていた教師陣に、奇妙な一報が届いた。
一部のグループに紛れて採点する、若手らからである。
ーーー『烏の大群に襲われた』。
一箇所ならあり得る。
二箇所なら偶然。
全箇所、全グループならーーー怪異。
話によれば、寝床を襲われたらしい。
そして目くらましをされている間に、辛酸を舐めて集めた核を奪われた。
さらに、何よりも首を傾げたくなることがある。
血眼になって探していると、烏がしばらくしてから戻ってきたという。
そしてご丁寧に核を手に乗せて、飛び去っていく。
個数は、元通り。
しかしどれも、自分らがあの半日かけて拾ったものではない。
ーーーまるで、「代わりにこれをどうぞ」と言いたげな行動だった。
鳥類学に明るい教師ですら、これには唸る他なかった。
烏を飼うことは稀ではない。
そして彼らは頭脳が冴えているため、集団で作業を行わせることも無くはない。
しかし、これは流石に規模がおかしすぎる。
一生徒ができる事にあらず。
と、なると数人で協力して、ということか?
否、それでも辻褄が合わない。
では、部外者の協力か?
それとも、何かの力の暴発かーーー?
判断しかねる状態に、学園本部が頭を抱える。
今のところ、人的な被害は出ていない。
よって、とりあえずのところは様子を見る形で……。
ーーーバン。
朝っぱらからの緊急会議に、半数ほどが眠たそうな半目だ。
そんな中で鳴り響いた、一つの音。
木質なドアが軋み、壁に打ちつけられた。
本部の会議室に、飛び込むのは一人の教師。
皆んなが突然のことに目が醒め、静まる中。
その教師は顔面蒼白で至極深刻な顔色を見せ、そして言い放った。
ーーー実習を緊急停止する、と。
ーーー・ーーー・ーーー
「止まるな!! こっちに逃げろ!!」
「魔導具が……!」
「今はそんな場合じゃない!早く!」
どのエリアも、混沌としていた。
生徒らは逃げ惑い、教師は頭を抱えた。
「はぁ……っ、はぁっ、先輩!」
「掴まってろ!」
とある二人ペア。
背後に差し迫る、狼の群れ。
森という地形を存分に活かした、狼ならではの集団戦法。
「先輩」と呼ばれた方の男子生徒は、奥歯を軋ませた。
手を繋ぐ相手は、同じ科の後輩。
本来は違うグループ同士だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
肩ごしに、背後に目をやった。
(……何なんだよ、あいつら……!!)
あの狼らは、明らかにおかしかった。
彼らには、本来ならば持ちうる「怯み」がなかった。
機会を伺っては攻撃を放ち、その繰り返しをひたすらに続けている。
すでに首や胴体に大火傷を覆っている個体もある。
それなのに、どの狼も狂ったように突進していた。まるで、痛みを感じぬ石膏人形のように。
「先輩、前……っ!」
後輩の叫喚に、彼はようやく足にブレーキをかけた。
しまった。
囲まれた。
薮に身を潜めている個体もあり正確ではないが、おそらくその数は五十を下回らない。
「ひっ……」
身を寄せる後輩の少女。
「おいおい、嘘だろ……」
彼女の肩をがっしりと抱きつつ、彼も心の中は戦々恐々としていた。
狼がーーー狼ではなくなった。
脳天が裂け、足が砕け、やがて形を失う。
出来上がるのは、見るに耐えない瘤の寄せ集め。
ソレらはひしめき合い、そして形成するのは無数の節足。
ーーー巨大なヤスデ。
誕生が不完全なまま、ソレは這いずり回りながら二人を包囲した。
幼少期に手に乗せていた虫の殻がお遊びに思えるほどに、ソレは堅牢な外骨格を具えていた。
先ほどまでの粘土のような変形が、あたかも夢であったかのよう。
試しに攻撃を仕掛けてみる。
岩をぶつけてみる。
しかし結果はどうだ。
ーーー無傷。絶望的な巨体であった。
高速で駆け回るわけでも、毒を噴射してくるわけでもない。
ただただ、その圧倒的な勝者ぶりを見せびらかすようにして、にじり寄るだけ。
ぺたんと、後輩が座りこむ。
カチカチと、歯を鳴らす音。
ギチリギチリと、体の節が掠れる音。
もはや思考が働いておらず、頭の中で様々なノイズが反響しているだけであった。
覆うようにして、あんぐりと開いた異形の口。
二人は目を瞑り、巨体の影が被さるのを感じた……。
ーーーどッ。
刹那の隙。
一筋の光が、怪物の頭部を打ち貫いた。
抉り取るようにして放たれた死角の一撃。
残るものは、首の断面のみ。
ずしんと、見上げるほどの肉塊が大地に打ちつけられ、砂埃が舞い上がった。
死の際に立ち尽くしていた二人。
彼らが我に返る前に、その攻撃の主から駆け寄って来た。
「お二方は大丈夫ですか。お怪我はありませんか?」
少女……?
見るからに低学年だ。
先ほどの打撃からは考えられないような、華奢な腕。
手入れが丁寧なブロンドヘアー。
勇敢な立ち振る舞い。
それでいて繊細さすら兼ね備えておりーーー。
「……先輩?」
「……あ、ああ。すまない。ええと。……名前を教えてくれるかな」
「ええ。フッサ伯爵家長女、キツネ・フッサと言います」
少女は軽く一礼をした。
「……キツネ嬢、助けに来てくれてありがとう。おかげで助かった」
「礼には及びません。お怪我ないようでしたら、次のところへ向かわせていただきますね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
彼はその少女を上から下まで眺めた。
そして目線を後方で渦巻いているヤスデに移す。
それを繰り返せば繰り返すほど、自分の記憶が疑わしくなってくる。
「ど、どうやってあの虫を倒したんだ」
うまく舌が回らない。
「どうやって、というと……。そうですね、コレで殴りました」
彼女の両腕には、ガントレットがはめられていた。
魔法で作られているのか。
「とにかく、お二方は早めにこのエリアから退出したほうが良いです。学園はあちらに向かえばすぐ見えるはずです」
「わ、わかった」
きっと、自分には想像のできない出来事だ。
彼は考えるのをやめて、未だに足取りが覚束ない後輩に目をやった。
「あ、あのっ」
「?」
「い、いったい何が、起きているのですか」
後輩の少女は涙をこらえながら言葉を絞り出した。
「悪夢が、迎えに来ました」
キツネという少女は事なさげに答えた。
そして二人に背中を向け、足を進めた。
「ここも、そろそろ危険地帯になってしまいます」
「ま、待て……。君は逃げないのか。これはもう実習どころではない。君が言うように危険ならばーーー」
「私は大丈夫です。それにこの嵐はきっと、すぐに過ぎていきますよ」
キツネは白い歯を見せて微笑んだ。
「私たちには、メルティちゃんがいますから」
お待たせしました。ふっふっふっ。。。
次回更新は10/10木曜日です。お楽しみに!




